後悔する前に、伝えたいこと
気絶から目を覚ました夢那は、突然目の前に現れた幽霊、初代ネブスペのヒロインである紀原カグヤさんを見てもう一度気絶しかけていたが、どうにか踏ん張っていた。
「ど~も~私は紀原カグヤ、しがない幽霊だよっ! 君の噂はよく聞いてるよ」
「へ? どういう風に?」
「八年間も生き別れの兄のことを想い続けて、両親の反対を押し切って月ノ宮に戻ってきた兄想いの妹ってことをね……」
改めて事の経緯を口で説明されると恥ずかしくなったのか、夢那は恥ずかしそうに笑っていた。いやなんでカグヤさんがそれを知ってるのって感じだが、幽霊だからどこかで見ていたのだろうか。俺の部屋だけじゃなくて他の場所にもお祓い用の御札を貼っておくべきだな。
「私もね、生きていた頃は可愛い双子の妹がいるからね、ついつい妹って存在を可愛がっちゃうんだよね。君もお兄さんの遺志を継いで元気に育つんだよ」
「いや、僕はまだ死んでないんですが?」
カグヤさんの双子の妹は、新しく月研の副所長になったブルーさんだ。性格こそ違えど容姿はかなり似ている。
「そもそも、あの……本当に幽霊なんですか?」
「うん、そだよー。ほら」
「ほぎゃああああああああ!?」
ミールさんがスッと十字架を取り出してカグヤさんに向けると、みるみる内にカグヤさんの体が十字架に吸収されていく。完全に吸い込まれる寸前でミールさんは十字架をしまったが、なんなんだこの力関係は。
その後、ブルーさんと太陽さんのイチャイチャを見に行きたいというカグヤさんはテミスさんとミールさんを連れてどこかへ行ってしまった。俺はそろそろ打ち上げが始まる花火を夢那と一緒に見ようと思っていたのだが丁度その時、俺達がいたステージの側を乙女が通りがかった。
「あ、朧。こんなところにいたんだ」
「あれ、乙女は大星達と一緒じゃなかったのかい?」
「いや、これから花火の打ち上げが始まるのに、私がいちゃ雰囲気が台無しでしょ」
なるほど、大星ハーレムの面々に気を遣ったのか。乙女もすっかり親友ポジらしいキャラになってしまったが……彼女の立ち位置をどうするかというのは悩みものだ。
お祭りが開かれている今日ぐらいは忘れていたい、という気持ちと、今日だからこそ何かイベントを起こしたいという気持ちが俺の心の中で背反していたが……乙女が合流してからすぐ、何やら夢那がニヤニヤしながら口を開く。
「あ、そういえばボク、望さんに呼ばれてたんだった。じゃあね、兄さん、乙女さん!」
「え、ちょっと夢那ー!?」
俺は望さんから何も話を聞いていなかったが、夢那は俺達を置いて猛スピードでどこかへ走り去ってしまった。
……まさか、夢那は気を利かせたつもりなのだろうか? 俺は若干困惑していたが、乙女ははにかみながら口を開いた。
「朧って、これから予定ある?」
「いや、全然」
「じゃあさ、そこのベンチで一緒に花火見ようよ。ここからでも結構見えそうだし」
海岸の管理事務所の側にあるベンチに腰掛けて、俺は乙女と一緒に花火を見ることになった。
そして、花火の打ち上げが始まる。色とりどりの花火が薄暮の空に花開き、ドォンドォンと轟音が鳴り響く。先月の七夕祭では宇宙船の襲撃もあって見ることが出来なかったから、随分と懐かしく感じる。まぁ何度もループを繰り返している間はまぁまぁ一人悲しく花火を見上げていたこともあったけどね。
そんな花火に思いを馳せていると、隣に立つ乙女が夜空を見上げながら口を開いた。
「いつもありがとね、朧」
突然乙女にそう言われた俺はドギマギしそうになっていたが、平静を装いつつ言う。
「何さ、藪から棒に」
「なんだか、朧にはいつもお世話になっちゃってるから。ノザクロでバイトしたいって言ったらすぐに働けるように斡旋してくれたし……」
「あれはマスターのおかげだよ」
ノザクロに可愛い女の子が集まるのはおそらくマスターの趣味ではないはずなのだが、特に意味もない面接を済ませて即採用で即日から就労可って、個人経営だからこそってのもあるだろうが、それでよくあのお店は成り立っているなぁと思う。それは店主のマスターや長年勤めているレオさん、そしてアルタが優秀だからってのもあるだろうが。
「お母さんもさ、すっかり元気になっちゃって。入院してた時の分を取り返すぞってぐらいアウトドア派になっちゃったの。今日も父さんと花火を見に来てるし」
「夫婦水入らずって感じだね。僕は乙女達が今も家族仲睦まじくしているだけで嬉しいよ」
「何それ、変なの」
乙女は知らないだろうが、俺はそんな世界が来ることを待ち望んで何十周もループを繰り返してきたからね。ループを繰り返す度に、俺は月ノ宮駅で特急列車に乗る乙女を見送ってきたんだ。もう二度と見たくない。
「今でも、あの時を思い出すと体が震えちゃうの。自分の思い出の全てが無くなってしまいそうで……いつかどこかで別れることはあるだろうけれど、大切な人と離れ離れになるのってこんなに辛いんだって、実感したから……」
月ノ宮を去った後の乙女は、幼馴染の烏夜朧どころか親友だったスピカやムギとも連絡を取り合うことはなかった。半ば逃げるような形での引っ越しだったし、スピカ達と連絡を取ることでさえ辛かったのだろう。そして、自分の父親があの大事件に関わっていたことへの、乙女なりのけじめだったのかもしれない。
「でもさ、私達もいずれ月学を卒業したら離れ離れになっちゃうって思うと、ちょっと怖くなっちゃうんだ。私は未だに進学とか就職とか、自分が何をやりたいのかもぼんやりとしたままだから……」
乙女が月学に入ったのは、仲が良い大星や美空、そして幼馴染の朧と一緒の学校に通いたかったというのが理由だ。学業が優秀なスピカは月学卒業後に良い大学に入っているだろうし、絵画のセンスを持つムギは芸術の道を進むだろう。大星や美空はペンション『それい湯』を手伝いながらそれぞれの道を模索するだろうが……きっと月学に在籍していた時よりも交流は減るだろう。
人生において何度も入学や卒業を繰り返すことになるが、新しい友人が出来ると同時に、仲が良かったのに疎遠になってしまう友人もいるのだ。
「朧ってさ、進路はどうするの?」
「愛の伝道師」
「……アンタに聞いたのが間違いだったわ」
「冗談だよ。僕もはっきりと決まっているわけじゃないけど、夢那は宇宙飛行士になりたいって言っているし、それをサポートできるような仕事をしてみたいね。あるいは、望さんみたいな研究者とか」
「じゃあ、やっぱり進学?」
「そうなるだろうね」
どの大学に進学するかまでははっきりと決まっていないが、場合によっては俺はローラ会長についていかないといけない可能性もある。ローラ会長は海外留学も示唆しているから、その場合は俺も海外に行かされるのだろうか。学費をシャルロワ家が負担してくれるなら喜んでって感じだが。
ぶっちゃけどれだけ夢を持っていても、どこかで挫折することもあるし、何かをきっかけに心変わりすることもある。幼い頃からの夢を叶えるというのも勿論素晴らしいことだが、どこかで挫折を味わってもそこで挫けずに、新たな道を進めるのも立派だと思う。前世の俺はなんとなく大学に入っただけだったけど、偶然知り合った友人と一緒に起業することになったし。
しかし、残念なことに俺が進学する大学に乙女が来ることはないだろう。来てくれるのなら嬉しいが……いや、今から勉強をガチで頑張れば難しくはないか。
でも俺は乙女の人生の邪魔をしたくはない。大星ハーレムに入れずにヒロインから脱落したような形になってしまったが、まだチャンスを失ったわけではない。しかし乙女がそのハーレムに入ったところでど うなるのだろう? 大星が何か助言をしてきっかけが生まれるだろうか?
一体、どういう未来が乙女にとってのハッピーエンドになるのだろう?
「別れが突然やって来ることもあるんだよ。乙女がそうだったように」
今の世界ではローラ会長の助力もあって朽野一家を月ノ宮に引き留めることが出来たが、きっとあんな形で月ノ宮を去ることは乙女にとって不本意だったはずだ。何よりもスピカ達と突然離れ離れになることが辛かったに違いない。
そして俺も、前世でそんな別れを経験している。立ち位置としては、乙女側で。
「例えばビッグバン事件がそうだったように、予測不可能な事態が自分の大切な人の命を突然奪ってしまうことだってあるんだよ。もしかしたら、この前の七夕がそんな日になっていたかもしれない。
だから……後悔のないように生きていたいね。後悔をしないってのも難しいけれど、残された人に不幸になってもらいたくない。普段は気恥ずかしくて言えないような気持ちもちゃんと伝えておかないと、カグヤさんみたいに成仏できなくなっちゃうからね」
どの口が言っているのだろうと我ながら思う。だが、もうあんな出来事に遭遇したくはない。旅立つ側としても、去る側としても。あの時のことが思い出に深く刻まれていたからこそ、ローラ会長……いや、月見里乙女は、烏夜朧と朽野乙女の別れに過去の自分を投影したのだろう。
まぁカグヤさんを引き合いには出したが、カグヤさん自身は今も結構楽しそうに幽霊ライフを満喫してるけどね。
「じゃあ、朧も私に何か思うところはあるの?」
と、乙女は俺をからかうように笑いながら言う。きっと乙女は俺がボケるのを期待しているのだろうが……烏夜朧、君ならどう答える?
「僕は、乙女と出会えて幸せだなって思えるよ。少なくとも、あの時君に救われたから、僕は今もここにいる」
不思議な感覚だ。
『──私は、入夏と出会えたことが一番の幸せだよ』
前世の記憶が蘇る。
『あの時君に救われたから、私は今もここにいる』
乙女から言われた言葉を、俺は乙女に伝えている。もしかしたら乙女は、あの時の俺と同じような心情になっているかもしれない……。




