ネブラ人の生き辛さ
ステージでアームレスリング大会を見届けた後、俺は大星達と別れて行動する。本当は夢那と一緒にお祭りを巡ろうかと思っていたのだが、彼女は美空と一緒にパフェを食べに行ってしまった。
今日も前回の七夕祭と同様にネブスペ2や初代ネブスペの面々が集まっているのかと思いながらブラブラしていると、俺は海岸で足を止めた。俺の視線の先にあるのは……七夕の日に月ノ宮を攻撃した宇宙船の残骸だ。
「あ、朧ー!」
すると、宇宙船の残骸の側でレギー先輩とロザリア先輩の二人組と出会った。レギー先輩自身は第一部のヒロインだが、そういえばロザリア先輩達第三部の面々と同級生だったなと思い出す。
「久しぶりですね、レギー先輩。あとロジック先輩もこんにちは」
「そんな論理的な名前じゃないのよ私は」
「マジカル先輩でしたっけ?」
「そんなファンタジー要素もないのよ」
「おいおい朧、ど忘れしたのか? コイツの名前はボリビアだって」
「ロ・ザ・リ・ア、よ!」
俺のくだらないボケにのっかってくれるレギー先輩、やっぱり好きだぜ。でもこの世界だとどうあがいてもヒロイン勢と結ばれないのが辛い。
本当は先日、ローラ会長達と海に行った時にレギー先輩も呼ばれていたらしいが、生憎彼女が所属する劇団の講演と重なってしまっていた。
「そういえばレギー先輩、講演で関西の方に行かれてたんでしたっけ? どうでした? おばちゃんからアメちゃん貰ったりしました?」
「いや、そんなのあるわけないだろ。思い出に残ったといえば……ネブラ人だからって難癖つけられたことだろうな」
そう言ったレギー先輩の表情が曇る。
第一部のシナリオが終わった後、レギー先輩は女優への道を着実に進み始め、彼女が監督を務めた舞台も好評のはずなのだが……七夕事件の影響もあり、レギー先輩がネブラ人だからという理由だけでアンチが群がってきたのだろう。
レギー先輩の横にいるロザリア先輩は、レギー先輩の肩をポンポンと叩きながら言う。
「本当酷い話よね。レギーが何かしたって話じゃないのに、色々文句を言われるんだと。ウチの店は月ノ宮とか葉室の人がお客さんだからまだマシだけど、変な電話がかかってくるようにもなったし、ホント気が滅入っちゃうわ」
ロザリア先輩の言う通り、七夕事件で地球を攻撃したのはネブラ人の一派とされているが、地球に住んでいるネブラ人の誰かが関わっていたわけではない。よくテロや大事件が起きると、それに関わった特定の民族や宗教が矢面に立たされて攻撃を受けることもあるように、常に矛先を探している人間も多く存在する。
「劇団にも迷惑がかかるからオレはやめようかとも思ったんだけど……皆、中々それを許してくれなくてな。舞台の予定はめっきり減っちまったが、まだ劇団員としては稽古もやらせてもらってるよ」
この状況は、初代ネブスペの舞台である八年前の月ノ宮とかなり似ている。ネブラ人が関わった事件をきっかけにネブラ人の立場が危ういものとなり、主人公で地球人でもある太陽さんが、そういった迫害に苦しむネブラ人のヒロイン達と交流していく……ネブスペ2も第三部の主人公は地球人である一番先輩で、他四人のヒロインは全員ネブラ人だから結構共通点も多い。
だがあの時と決定的の違うのは、少なくとも月ノ宮の住民はネブラ人のことを擁護しているという点だ。おそらく今はネブラ人を嫌う人が世界的に見ると多数派かもしれないが、少なからず味方はいる。
「それはさておき、こんなのを飛んでるって信じられないよなー。ジャンボジェットよりデカいんじゃね、これ」
「でも母船とかになるとさらに大きいんじゃなかったですっけ?」
「どうやったらこんなのを飛ばせるのかしら」
いや、これを作ったのはアンタらネブラ人だろうって言いたくもなるが、それこそレギー先輩達がこれを作ったわけではないし動かせるわけでもない。月ノ宮に墜落した宇宙船は一通りの調査も終わって危険な部分も全て取り除かれているが、残った残骸は撤去されずにそのまま置かれている。今日も結構多くの人が集まっているから、これはこれで新しい観光スポットになっているような気もする。
屋台が並ぶ月研の方へ戻るれギー先輩達と別れ、俺は再びステージの方に戻って演目を確認する。やはり地元月ノ宮の出身である人気歌手、ナーリアさんのライブが組まれているのかと思っていたのだが、今日の演目には含まれていない。サプライズライブが入るタイミングもなさそうだし、やはり昨今のネブラ人の扱いが難しくなったことで、表立って呼ぶことは難しくなったのだろうか。
美空とパフェを食べに行った夢那に、ステージの客席で待っているとだけ連絡してステージの演目を眺めていると、俺の隣に二人組の怪しい女性がやって来た。なんか魔女っぽい見た目だなぁと思ったが、その姿を見て俺はハッとした。
「あ、テミスさんにミールさんじゃないですか。お久しぶりですね」
「久しぶりね、ボロー君」
「お久しぶりの味噌煮~」
テミスさんと出会うと未だにドキッとしてしまうのは昔のクセというか身に染み付いてしまった条件反射か。前は出会う度にずっと死相が濃いって言われ続けていたから……この世界でも何度か出会っているが一度も死相に関しては何も言われていないため、直近で俺が死ぬ予定は無いのだろうか。あってほしくないけど。
「ボロー君が一人なんて珍しいわね。もしかして迷子?」
「いや、実は……」
「あ、ウチが当ててあげるよ。ムムム……今、君はアームレスリング大会で準優勝に輝き、優勝者と一緒にパフェを食べている自分の妹を待っているところだね?」
「いやなんでわかるんですか」
「顔に出てる」
そんなバカな。俺ってそんな顔に出やすいの? だからテミスさんって俺の死相を見るだけでわかってたの? 今までのくだりをずっと見られていたか読まれていたとしか思えない。
「ボロー君って妹さんがいたの?」
「あ、はい。色々あって生き別れだったんですけど、また月ノ宮に戻ってくることになりまして」
「その色々ってのをウチが当ててあげるよ……あぁ、そうだったんだね。まさか君がスネー◯イーター作戦で小型核爆弾を爆発させていたなんて……」
「ミールさんは一体どの世界線のお話をされてるんですか?」
絶対烏夜朧にあるはずのない経歴が聞こえてきたのだが、もしかしてミールさんは全てわかった上で詳細は伏せておいてくれたのだろうか。俺かて烏夜朧としての身の上はあまり今の友人達に話したくないし。
「テミスさんやミールさんもステージを見に来たんですか?」
「何か面白いことがないかと思って。占いの参考にもなるだろうし」
「……今やってるの、日本舞踊ですけど」
「踊りながらやる占いってのも面白そうじゃない。ソーラン節とかフラメンコとかタップダンスとか」
「良いね~そういうの。ウチもそういうの取り入れてみよっかな」
探究心があるのは尊敬するが、この人達の占いとか霊能力ってかなり斜め上の方法過ぎる点がある。常に新鮮な感じがするから面白いけれども。
「それよりお二人が占いや霊能力を披露する方が盛り上がりそうじゃないですか?」
「運営さんから依頼は来たのだけれど、私の占いって大人数の前だと効果が薄れちゃうの。神秘感が無くなっちゃうでしょ?」
「そうそう、ウチもそんな感じ。あまり公衆の目に触れちゃうとそういうスピリチュアルさが失われちゃうんだよね~」
あ、一応そういうの大事にしてたんだこの人達。
以前は、特に一周目の世界では俺が転生したことをテミスさんも知っていたからかなり親しい関係だったのだが、この世界では、というかあの時以外は俺もテミスさんのことを避けていたから、こうして話すことも少なくなっていた。だから少し寂しく感じていたのだが、この人なら見ただけで俺の素性を看破しそうだからこっちから近づきにくいのだ。
テミスさんとミールさんの二人と話していると、美空と巨大フルーツパフェを食べていた夢那が俺に手を振りながら戻ってきた。
「やぁ夢那、紹介するよ。こっちの美人さんが占い師のテミスさんで、こっちの美人さんが霊能力者のミールさんだよ」
「テミスって、あの月ノ宮の魔女の!? あ、ボクは十六夜夢那って言います!」
「あらあら、可愛い妹さんね。ボクっ娘だなんて良い趣味してるわね、ボロー君」
「昔、兄さんに言えって言われたんです」
「そうだったっけ!?」
「フフ、冗談だよ。ボクが兄さんのを真似ただけ」
テミスさんは結構占い師として有名だから夢那は彼女と出会えてテンションが上がっているようだ。
「でも兄さん、どうやって占い師と霊能力者の知り合いを作れたの?」
「あぁいや、テミスさんは僕の友達のお母さんで、ミールさんはこの前──」
この世界でミールさんと出会ったきっかけを話そうとした瞬間、俺は突然ゾッと背中に寒気を感じた。この感覚は何度か味わったことがあるから俺は感づいた──彼女が来た。
「うらめしや~」
夢那の背後に現れた一人の少女。月学の制服を着ているが、首から上がなく──黄色いリボンをつけた長くて青い髪の頭を両手で抱えていた。夢那が振り返るとその少女はニコッと微笑んだのだが──。
「へうっ」
「夢那ー!?」
その人間とは思えない造形を見た夢那は気絶してしまい、俺は慌てて彼女の体を支えた。
そうか……こんな力自慢な妹でも、やっぱこの首なし幽霊って怖いんだな……。




