いけっ、夢那! アームレスリングだ!
今日は八月二十日。例年なら月ノ宮神社で旧暦の七夕祭が催される日だ。
しかし月ノ宮神社は先日の宇宙船の攻撃で破壊されてしまったため、今年は月研や月ノ宮海岸に屋台やステージが設けられることとなった。俺は月研の所長である望さんに呼ばれて運営側として参加することになったのだが──。
「ネブラスライム! 次はロダンの『考える人』だ!」
「スラー!」
俺のかけ声に合わせて、ネブラスライムが自分のスライム状の体を自在に操って、芸術家ロダンが作り上げた傑作『考える人』のブロンズ像の形に変化した。しかも色合いまで本物っぽく精巧に変化させることが出来るため、その姿を見た観客達が歓声をあげた。
「よ~しっ、その調子だ!」
「スラ~」
俺が撫でながら好物の缶コーヒーを与えると、ネブラスライムは体をクネクネと動かして喜んでいた。どうやらこいつは微糖派らしい。
俺は今日、月研の一角に設けられたスペースで宇宙生物とショーをしている。多分括り的にはイルカショーとかと一緒のはずだ。実際、宇宙生物は人間の言葉を発せなくても人間とコミュニケーションを取ることの出来る知能が高い個体もいるし、地球に生息する生物と比べるとかなりへんてこな生態をしているから見ている分には面白いだろう。
ではなぜ、俺が係員としてショーをやっているのかというと、俺がたまに望さんの手伝いで宇宙生物の捕獲をしているからか、望さんから勝手に宇宙生物の扱いが上手いという太鼓判を押し、当日にこんな役目を負わされることになった。
「いけっ、ネブラミミズ!」
「ミッズ~!」
「よしっ、ネブラミミズ! 10万◯ルトだ!」
「ミズミズ」
「あ、それは出来ない!? じゃあ100ボルトだ!」
「ミッズー!」
「それは出来るの!?」
どうせなら優秀そうな個体を集めてショーをしたいため、アストレア邸の近くにある、ローズダイヤモンドが咲いていた花壇に住み着いているネブラミミズを連れてきたのだが、こいつが電気属性だったの今日初めて知ったわ。
「いけっ、ネブラタコ! ふしぎなおどりだ!」
「クッパ~」
「このネブラタコのダンスを見ているとあら不思議、段々眠気に誘われ……zzzzzz」
もしかして俺、飼育員の才能ある? いやこれ、飼育員ってよりかトレーナーな気がしてきた。
ショーで自分の役割も終えてベンチで一休みしていると、浴衣姿のスピカとムギ、そして乙女がわたあめやりんご飴を片手にやって来た。
「こんにちは、烏夜さん。先程のショーは凄かったですね」
「楽しめたなら良かったよ」
「あれはポk……」
「やめるんだムギちゃん」
ネブスペ2にはよく宇宙生物が登場するが、総じて彼らはヒロイン達を襲って様々な快感を与えるだけだ。そういうエロゲみたいなイベントさえ起こさなければ普通に可愛い生き物だと思うんだが。
そして乙女がわたあめをつまみながら言う。
「ねぇ朧、大星とか美空を知らない?」
「多分美空ちゃんがまた食道楽してるんじゃないかな。ほら、噂をすれば」
一体どう注文したらそうなるんだってぐらい大量のたこ焼きが盛られた皿を持たされた大星と、そのたこ焼きを満足そうにつまむ美空がやって来た。
「何そのたこ焼きの量」
「屋台のおじちゃんがサービスしてくれたんだ~」
「サービスし過ぎでは……」
「さっき朧っちもショーを頑張ってたから一個あげるよ~」
「え、良いの? じゃあ一個……ほぎゃああああああああああ!?」
「朧ー!?」
お皿に大量に盛られたたこ焼きの一個をつまむと、アッツアツなのも驚きだったが、口に含んで噛もうとした瞬間に強烈な刺激に襲われた!
「あちゃ~激辛唐辛子入りのハズレを引いちゃったのかもねー。一個だけだったのに~」
「この量の中から一個を引き当てたんですね、烏夜さん……」
「でもお笑い的には百点……悔いはないよ、グフッ」
「朧ー!?」
こういうロシアンルーレットのような文化を作り出した人間に一発食らわせてやりたい。でも割と簡単に笑いを取れるからそれはそれで美味しかったりもする。
その後、俺は大星達と屋台をブラブラと巡った。金魚すくいだとか射的だとか、お祭りらしい遊びを一通り楽しんだ後、海岸に設置されたステージへと向かった。
ステージでは月ノ宮力自慢大会と称してアームレスリング、もとい腕相撲大会が開催されていたのだが、ステージ上でかなり大柄のラガーマンのような男を見事倒した華奢な少女に注目が集まっていた。
「おおーっと!? 優勝候補の現役ラグビー選手がまさかの敗戦!? 見事勝利したのは可憐に現れたダークホース、十六夜夢那ー!」
「やったー!」
おい何してんだよあの妹は。ヒロインだからって何やっても良いわけじゃないんだぞ。
「……ねぇあれ、朧の妹ちゃんじゃない?」
「うん、そうだね……」
夢那が俺の妹だって紹介して驚かれるのは慣れていたが、それは烏夜朧にあんなに可愛い妹がいるわけではないという先入観から生まれる驚きのはずで、あんな怪物だからと驚いているわけではなかったはずだ。
「う、噂には聞いていましたけど、すごいですね……」
ほら、スピカがもう若干引いちゃってるもん。本当に同じ人間かどうか怪しく思い始めてしまう。
ステージ上では司会進行を務めるMCがマイクを握りながら、次の挑戦者を募集していた。
「さて、他に挑戦者の方はいらっしゃいませんか~? 優勝賞品は月ノ宮町屈指の名店、サザンクロスの特製巨大フルーツパフェですよー!」
「え!? 巨大フルーツパフェ!?」
マズい。名店サザンクロスの特製巨大フルーツパフェという商品に、ネブスペ2作中で最強格の怪物、犬飼美空が反応してしまった。
「はいはーい! 私やりまーす!」
「え、本当に行くの!?」
「いや、でも美空ちゃんならもしかしたら……」
犬飼美空、十六夜夢那、共にどうしてその体躯から人並み外れた怪力を出せるのか不思議でしょうがないが、作中最強格の直接対決が実現するなんて……今までテニスとかスポーツでの対戦は俺も見たことあるが、これは腕っぷしが物を言う競技。
これまで数々の強者を倒してきた十六夜夢那、そしてそんな王者に挑む犬飼美空がステージに上り、一際大きな歓声が上がる。すげぇ、腕相撲でこんな盛り上がることあるんだ。
しかもこれ、性別で区分されてるわけじゃなくて本当に無差別級なのに、事実上の決勝戦がこの二人になるとは……逆に大丈夫だろうか? ネブスペ2ってバッドエンドで良く殺される死にゲーみたいな側面あるけど、こんなくだらないイベントで死人が出たりしないよな?
俺がそんな不安を抱えたまま、戦いのゴングが鳴らされた。そして夢那と美空が腕に力を入れた瞬間、会場にブワッと強い風が吹いたように感じられた。
「な、何なの、あの迫力は……!?」
「みるみる戦闘力が上がっているだと……!?」
「ムギちゃん、どっから出したのそのスカウター」
「かなり拮抗してますよ!」
夢那と美空のパワーはかなり拮抗しているようで、ステージ上で繰り広げられる壮絶な戦いに会場の熱気はさらにヒートアップする。作中で割とムチャクチャなことをやってる美空を相手に拮抗してるの、俺の妹強すぎるだろ。
だがステージ上で熱戦を繰り広げる両者の表情に疲れが見え始めた時、夢那の体勢が若干崩れた隙に一気に美空が押し込んだ!
どうやら持久力では美空の方が勝っていたようで、美空がそのままステージ上でガッツポーズを決めると、観客達が大きな歓声で彼女の勝利を祝った。
「すごい……あんな大柄の人を倒した夢那ちゃんを倒せるなんて……」
「いや、むしろ美空と対等に戦えるあの子もかなりヤバいんじゃない?」
夢那の腕が折れなくて良かったと俺はホッとしていたが、当の夢那はステージ上で悔しそうに項垂れていた。しょうがないよ夢那、相手は人間じゃなかった。
しかし勝利した美空は夢那に手を差し伸べて言う。
「君も中々強かったよ。今まで色んな人と腕相撲やって来たけど、私とこんなに長い間戦っていられたのは君だけだった。
せっかくだし、一緒にパフェを食べようよ!」
「い、良いんですか……!?」
そして両者が熱い握手を交わした後でハグすると、再び歓声が上がった。
いや、なんか良い感じの話にしようとしてるけど、これなんだったの? 美空と夢那の怪物っぷりを見せつけられただけなんだけど……あの二人には逆らうなという神からのお告げだったのだろうか。




