それでもスイカは割れません
シロちゃんが用意してくれた大きなスイカをシーツの上に乗せて、海で泳いでいた夢那やパラソルの下で寝ていたロザリア先輩達も集めて、スイカ割りを始めることとなった。
じゃんけんで割る順番を決めて、タオルで目隠しをしてグルグルと回って方向感覚を失わせてからスイカを割るという手順だ。
トップバッターはメルシナだ。
「メルー! 右よ右!」
「ローザの戯言に騙されちゃダメよ。左よ左」
「いや何が戯言よ!」
「メル、フラットウッズモンスターをぶちのめすように棒を振って」
「アンタはメルと何を戦わせようとしてるのよ」
「いっきまーす!」
メルシナの渾身の一発は、スイカの右脇をかすめて砂浜をトンッと叩いただけだった。
続いてはオライオン先輩である。
「ベラ、回れ右よ」
「真後ろってこと!?」
「いけっ、そこで右△R2だよ!」
「コマンド!?」
「もっとヒートゲージをためるんです!」
「必殺技撃つの!?」
ゲージがたまりきっていなかったのか、オライオン先輩の必殺技も不発に。
続いてはクロエ先輩である。
「私には見える……スイカに化けた火星人の姿が……!」
「いや、火星人がスイカには化けないでしょ」
「クロエお姉様ー! もっと前ですー!」
「てりゃー!」
目隠しをしていたはずなのに本当に見えていたのか、クロエ先輩はスイカを叩くことこそ出来たもののパワーが足りなかったのか割れなかった。
続いては乙女である。
「ヤバ、何も見えないんだけど」
「落ち着きなさい、乙女ちゃん。そのまま真っすぐよ」
「いや、今真正面に僕がいるんですが!?」
「いくわよー!」
「ちょっと待ってー!?」
真正面に俺がいると伝えたはずなのに乙女は何も力加減することなく俺を棒でぶん殴ろうとしてきたが、間一髪で避けることが出来た。
続いては銀脇先輩である。
「リゲルー! もっと左よー!」
「私は今、明星様の従者なので貴方の命令を聞く必要はありません」
「その設定まだ続いてたの!?」
「ここは私が前世で薩摩藩士だった時に習得した示現流で……!」
銀脇先輩の雄叫びを上げながらの一振りは誰よりも力強いものだったが、肝心のスイカには当たらず、砂浜に大きな溝を作っただけであった。
続いては俺だ。結構目隠ししてグルグルと体を回すと本当に方向感覚を失ってしまう。
「朧ー! もっと悲しそうにー!」
「どゆこと!? それスイカ割りに必要!?」
「意中の人に告白したけど振られて、帰宅途中に犬の糞を踏んづけて頭に鳥の糞が直撃した時ぐらいの悲しさ」
「いやメンタルがやられてスイカ割りどころじゃないんですけど!?」
「じゃあビッグフットとスレンダーマンと八尺様が肩を組んで仲良くダンスをしているのを見かけた時ぐらいの喜びで」
「そんなので喜ぶのクロエ先輩ぐらいでしょうが!」
「兄さん、もっと根性入れて!」
「はああああああああああーっ!」
何かメチャクチャな指示ばっかりだったが、俺は渾身の一振りを放つ──スイカに命中こそしたものの、手に痺れるような痛みが入っただけでヒビすら入らなかった。スイカ割りってこんな大変なの?
続いては夢那だ。
「よし……目指すはホームラン!」
「凄い。助っ人外国人みたいな構え」
「でもこれだとスイカが飛んでいっちゃうんじゃない?」
「いくよおおおおおおおお!」
バッターみたいな構えをしたためどこかに飛んでいくんじゃないかという不安もあったが、夢那の渾身の一発はスイカにクリーンヒットし、見事スイカを綺麗に割ってみせた。
……俺が全力で割ろうとしてもヒビすら入らなかったのに、それを割っちゃうってどんなパワー?
無事にスイカも割れ、その後食べやすいようなサイズに切ってから各々にスイカが振る舞われた。各々が楽しそうに交流しながらスイカを食べている姿をしみじみと眺めていると、ローラ会長が側にやって来た。
「どう? 可愛いヒロイン達とのひと夏の思い出は」
「写真に残しまくりたいな」
「安心なさい。きっとイベントCGとして実装されるはずよ」
「いや俺達は見ること出来ないだろ」
各々が違うタイプの水着を着ていて、もう眼福で大満足である。多分俺が写真に残したら殺されるだろうが、オライオン先輩やロザリア先輩が皆とよく自撮りを撮ったりしていた。
「でも、例年と……いや、これまでのループと比べると、やっぱり他の観光客が少ないようには感じるな」
この月ノ宮という地域は房総半島の太平洋側を舞台にしており、湘南海岸程ではないとはいえ夏場には関東に多く住まう人々が多く訪れる一大観光地で月ノ宮の主要産業でもある。
俺はこれまでに何十周とループを繰り返して烏夜朧として何度も月ノ宮の夏を見てきたが、今年の月ノ宮海岸を訪れる海水浴客はいつもより少なく感じられる。
それはやはり、七夕の事件が影響しているのだろう。
「でも、特別なシナリオが続いているようには感じるわね。今までこんなことなかったもの」
「なんか本編より話が大事になってるが、これ本当に風呂敷を畳めるのか?」
「大丈夫よ。前世の私なら例え破れようとも風呂敷を畳んでみせるわ」
「いや破れたらダメだろ」
ネブスペ2は作中で大事件が起きるわけではなく、あくまで主人公やヒロイン達の周囲を中心にした日常のシナリオが殆どだ。初代ネブスペだってビッグバン事件の直後ではあるものの、全員が巻き込まれるような事件が起きたりはしない。
やはり俺達が目指している真エンドというものは特殊なのだろう。普通ギャルゲ等で主人公やヒロインが窮地に陥るイベントは、誰かの個別ルートに入って起きるもので、それが彼らの関係を進展させるものだ。現に俺もそういうイベントに遭遇したこともある。
だが今、この世界で起きていることはネブスペ2や初代ネブスペのキャラだけでなく、この世界全体を巻き込んでいるような気がするのだ。
「夏休みぐらいはゆっくりしたいわね。今、シャルロワグループは結構苦しい状況にあるけれど、葉室の遊園地も無事に開業したし」
「そういえばそんなのあったな。そっちの経営ってどうなんだ?」
「想定よりかなりキツイわね、やっぱり」
ネブスペ2の作中では、隣町の葉室市郊外にUniverse・Space・Japanとかいうどこか関西の方にありそうなテーマパークのパチモンみたいな娯楽施設が完成するのだが、昨今の混乱した情勢でも無事に開業している。しかし、やはりその運営母体がシャルロワ財閥という影響もあってか経営は芳しくないようだ。
「きっと私達もいずれ遊園地に行くことになるわ。でもそこからが本番よ」
「夏休み明けの九月にはアルタ達が林間学校、そこから星河祭準備があって十一月に本番か」
「そこでネブラ彗星が観測されて、ネブラ人の船団が地球に襲来するでしょうね。それで地球は終わりよ」
「待て待て待て待て!」
何かローラ会長はあっさりと説明してくれたが、普通に地球の滅亡を今後の予定にいれるんじゃない。
「あれって対抗策あるんだろ? 実際に月ノ宮に来たのは撃退できたし」
「でもあれは事前にシャルロワグループが防衛体勢を整えていたからよ。地球のどこに来るかわかりにくい以上、世界中に配備しないといけないけれど、生産は間に合わないわ。
それに昨今のゴタゴタのせいでグループ全体の経営が結構危うい状態だから、そっちに回せる予算も無くなってきているの。堂々と超大国と取引できたら儲けられるのだけれど」
「もしかして倒産とかする?」
「流石にそれは無いわよ。私は優秀だから」
こんな奴が一大企業の経営に参画しているとか信じられないが、一応設定上は有能とはいえ相当プレッシャーもかかるだろう。
大星達第一部の面子が割と何事もなく今はイチャイチャしていて、きっとアルタ達第二部の面子も普通のこの夏を楽しく過ごしてなんとなくハッピーエンドを迎えるのだろうが、おそらく一番大変な目に遭っているのはローラ会長のはずだ。
まずはローラ会長達ネブラ人や、ネブラ人が多く通う月ノ宮学園の理事長であるシロちゃん達が頭を悩ませる反ネブラ人派の活動家の存在をどうにかしたいところだが、シャルロワ財閥が私兵部隊を使って無理矢理追い出すと余計にややこしい問題に発展するだろうし、前に問題を起こした俺が介入するわけにもいかない。
俺の知り合いには多くのネブラ人がいるから、彼らを悩ませる存在はどうにか解決したい。しかし俺もローラ会長も介入することは出来ないという八方塞がりの状態なのだ。
大きなスイカを食べ尽くしたところで、本日の集まりはお開きとなった。俺としては乙女や夢那、シャウラ先輩が第三部の面子と交流できて良かったと喜べた反面、この夏を存分に満喫するためには、まだ不安要素が多く残っているという状況であった……。




