三人のメイド誕生
パラソルの下で寝ているロザリア先輩達とは異なり、先程までバーベキューをしていたテントの下では、オライオン先輩達ゲーム配信者組四人が集まっていた。
「ロン。三万二千です」
いやなんでわざわざ海にまでやって来て、水着姿で麻雀やってんだよ。誰だご丁寧に麻雀卓を砂浜に持ってきた奴は。
そして丁度、銀脇先輩が役満である緑一色をオライオン先輩に直撃させた所だった。
「ウソ……ただ染めてるだけだと思ってた……」
「いやー、完全にそれっぽかったよね。怪しいオーラ出てたよ。あそこで二索を捨てるのはちょっと安直過ぎたかな」
「だって四暗刻テンパイしてたんだもん……」
麻雀は基本的に『役』と呼ばれる決まった形を作って上がりを目指していくものだが、その中でも役満と呼ばれるものは形を作るのが難しく、一番確率が高い四暗刻や国士無双と呼ばれる役もその確率は一万分の三ぐらいという世界だ。
やはり役満を目指したくもなるが、わかりやすいものだと相手にバレてしまったり、自分が上る前に他家が上がってしまうということが多々ある。
「というわけでお嬢様、上を脱ぐか下を脱ぐかお選びください」
「そんな罰ゲームあったの!?」
「み、ミサンガからでも良いから」
「シャウラちゃんもなんだかんだ乗り気だね?」
オライオン先輩は渋々腕につけていたミサンガを外し、次の対局が始まった。改めて思うけど、この人達はなんで砂浜で麻雀をやってるんだよ。海関係ないだろ。
とはいえ俺も麻雀は多少わかる人間なので、ちょっとだけ対局を見守ることにした。
「お、海麻雀かね。中々風流なものだねぇ」
俺がオライオン先輩達の対局を見守っていると、片手に棒付きアイスを持ったシロちゃんがやって来た。
海麻雀なんて言葉、初めて聞いたんだけど。
「シロちゃんも麻雀ってわかります?」
「一応プロの資格は持ってるよ。今はもう大会には出てないけど、昔は何度か優勝したこともあるし」
なんでプロ雀士が学園の理事長やってるんだよ。
「懐かしいねぇ……昔、月ノ宮駅前に雀荘があって、そこで毎晩のように友人達と夜を明かしたものだよ。君はトシちゃんを知ってるだろう? ノザクロのマスターの」
「あぁ、マスターですね」
「彼ともよく打つんだが、彼に集中砲火を食らわせて裸で帰したこともあったなぁ」
いや脱衣麻雀やってたのかよ。マスターが裸になっても誰も喜ばないだろうし、マスターをボコボコにするとは流石プロの資格を持っているだけはある。
やがて巡目も進んできた頃、オライオン先輩が河に牌を捨てると──。
「ろ、ロン!」
シャウラ先輩がそう宣言し、自分の牌を返す。見えたのは、各種一九牌と字牌が揃った役満、国士無双。
オライオン先輩はつい先程、銀脇先輩から役満の直撃を食らったばかりのため、二局連続で役満を食らったことになる。そんなことは滅多にないため、碇先輩はオライオン先輩に指を差してゲラゲラと笑い、普段はクールな銀脇先輩も顔をうつむかせてプルプルと肩を震わせていた。
「うそぉ……だって北が三枚も捨てられてたら良いと思うじゃあん……」
「ベラがザコ過ぎてウケる」
「顔を真っ赤にして芋砂に復讐に行ったら仕掛けられていた地雷に引っかかって爆死するぐらいダサいですね」
「じゃ、じゃあベラさんは上を脱ぐか下を脱ぐか選んでください」
「シャウラちゃんまで!?」
大分オライオン先輩達と打ち解けてきたらしいシャウラ先輩も、オライオン先輩、いやオリオンの扱い方に慣れてきたようだ。今までのループだと毎度彼女の隣に住んでいる俺が何故か色々お世話していたけど、その必要がないぐらい他のキャラと神木を深めてくれているようで嬉しい反面、もっと彼女と交流したいなぁと寂しく思ってしまう。
そしてオライオン先輩が上を脱ぐのか下を脱ぐのかどっちを選ぶんだとなった時、今度は一番先輩が俺達の側を通りがかり、碇先輩が彼に声をかけた。
「お、明星君、丁度良かった。ちょっとベラの代打ちやってくれない? このままだとベラが裸で帰らないといけなくなっちゃいそうだから」
「お前達は脱衣麻雀をやっているのか? しかし海麻雀とはこれまた風流だな」
なんで一番先輩まで海麻雀に理解があるんだよ。
だが一番先輩も麻雀のやり方は理解しているようで、二局連続役満を食らったオライオン先輩に変わって卓についた。
俺はシロちゃんと一緒に四人の対局を見守っていたが、一番先輩が加わったことで若干卓の雰囲気が変わったように感じる。何? ここからいきなり麻雀漫画でも始める気か? ネブスペ2、というか初代ネブスペでも麻雀用語とかは頻出していたが、あまりエロゲを嗜む紳士達と麻雀が好きな層は被ってないんじゃないかなぁ。でも脱衣麻雀がテーマのエロゲとかもあるし……」
「ちなみに理事長って役満とか上がったことありますか?」
「全部あるよ」
「全部!? 天和とか九蓮宝燈も!?」
「確率的には低いかもしれないが、何度もやっていると巡り会えるものだよ」
なんてシロちゃんの麻雀遍歴も聞きながら対局を見守っていると、大分河も埋まり始めた十巡目、一番先輩のツモ番で──。
「ツモ」
一番先輩がツモった牌は、何も書かれていない『白』の牌。
「一応聞くが、四暗刻単騎はダブル役満扱いか?」
「え……? ま、まぁそれで良いけど」
一番先輩の恐ろしい質問に碇先輩達が震え上がる中、一番先輩が自分の牌を返した。
「大三元、字一色、四暗刻単騎。六万四千オール」
麻雀では一つの役満を揃えること自体がかなり難しいことなのだが、役満は複数の形を複合させることが可能だ。大三元、字一色がそれぞれ役満で、四暗刻単騎はダブル役満の扱いのため、四倍役満、さらに親番なら点数が加算されて十九万二千点とかいう意味のわからない点数になってしまうのである。
「いや一番先輩、ヤバすぎませんか」
「流石は一番だね。私が昔から鍛えてきただけのことはあるのだよ」
きっと碇先輩達は代打ちとしてやって来た一番先輩もボコボコにして笑いものにするつもりだったのだろうが、まさかの返り討ちという結果に、最早恐怖のあまり声が出ないという様子。一方で代打ちの一番先輩が自分のマイナスを帳消しにするどころかプラスにしてくれたため、後ろでオライオン先輩が大はしゃぎしていた。
「え、もしかしてこれ、私達が裸にならないといけないやつ?」
「ではお嬢様の命令で裸にされたというボードを首から下げて裸になりましょうか」
「それだと私が変態みたいになっちゃうじゃん。今日一日は語尾に『にゃあ』ってつけるとか」
「そんにゃあ……」
「いやシャウラちゃん、適応早すぎでしょ。ここは勝った明星君に決めてもらおうよ」
「は? 俺が? 何かって言われてもなぁ……おい烏夜、何か良い案はないか?」
「では碇先輩と銀脇先輩とシャウラ先輩が今日一日、一番先輩のメイドさんになるとかどうですか」
「じゃあそれで」
まさか俺に話が振られるとは思わなかったが、俺のちょっとした思いつきで碇先輩達三人が一番先輩のメイドさんになることとなった。
「ご主人様、何なりとご命令を。立ち仕事は嫌なのでデスクワークでお願いします」
「わがままな従者だな」
「うちわでも仰ぎましょうか」
「それ古代エジプトとかの従者だろうが」
「殿! 出陣でござるか!」
「一人だけ従者の世界観が違いすぎるだろ」
銀脇先輩は元々オライオン先輩の従者だから主人が変わっただけで自然体で、碇先輩もなんだかんだ乗り気である。まさかのシャウラ先輩だけ従者の世界観が戦国時代だが。
「……あれ? 私には何も無いの?」
「いや、明星君が帳消しにしただけでベラはクソ雑魚だったじゃん」
「碇、口が悪いぞ」
「失礼いたしました。オライオンお嬢様は際立ってクソ雑魚でございましたね」
「いや言ってること変わらないじゃん!?」
かくして海麻雀とかいう、わざわざ砂浜でやる意味があるのかわからない麻雀大会が終わり、本日のもう一つのメインイベント──スイカ割りが始まろうとしていた。




