兄さんと一緒に暮らしてみたくて
烏夜朧の妹、十六夜夢那。
ビッグバン事件が起きる前に両親が離婚したことでそれぞれ父親、母親に引き取られたことにより離れ離れになり、夢那は月ノ宮から離れた都心の方に住んでいた。
そして六月に、俺はローラ会長と一緒に都心まで向かって夢那の元を訪れたことがある。それは、夢那を月ノ宮へ戻すためだった。
月ノ宮学園に新設される、宇宙飛行士育成コース。やはり宇宙に関する独自のカリキュラムの多い月学で、より専門的な学科を作ろうということでローラ会長の発案で技術者育成コースと共に来年度から募集が始まることとなった。
そして、その先行モデルとして夢那が選ばれたというわけだ。
何ともご都合主義的というか、まぁどうしても夢那を月ノ宮に引き戻したかったが故に仕組まれた計画なのだが、一応夢那が通っている竹取大学附属と月ノ宮学園は運営母体がシャルロワ財閥のため、殆ど姉妹校のような関係にあるし、夢那もかなり成績優秀だったため実現したのだ。
だが俺とローラ会長は夢那に提案しただけで、やはり今の夢那のご両親の許可も必要だ。特に夢那の母親は烏夜朧の実の母親でもあるのだが、彼女は元夫と朧のことを嫌っているため、夢那を月学に通わせることに反対するだろうと思われた。
そして仮にご両親の許諾が取れたとしても、夢那は月学の寮に入る手筈だったのだが……。
「寮に入るのも不安だったし、丁度良い下宿先もあるからそっちの方が良いかなと思って」
と、夢那は俺が作ったカレーを食べながら経緯を語る。いくら辛党とはいえ、中辛のカレーに大量の唐辛子とタバスコをかけるのは、見ていてゾッとする。
「それに、集団生活をするのもちょっと不安だったんだ。何だか、プライベートの時にも友達とずっといるのは疲れちゃいそうだったし」
「僕は良いの?」
「いや、兄さんと一緒に暮らしてたことはあるから」
そんなの八年以上前の話で、その時の夢那は大分小さかったと思うけどね。
俺が知らぬ間に夢那は月学に転入する方向で話を進めていて、月学の寮に入寮するのではなく望さんの家に下宿出来ないかと相談して、望さんが俺に何も言わずに了承したから、ここが下宿先になったという。
「でも、ご両親に反対されなかった? 特に……母さんは僕のことを嫌ってると思うけど」
夢那の母親は朧の実の母親でもあるが、夫に似ている朧のことを嫌っているという設定が原作にはあったはずだ。月学の寮に入るならまだしも、俺と一緒に暮らすことを良く思わないはずだが……夢那は激辛カレーを美味しそうに頬張ると、苦笑いしながら言う。
「それでね、ボク、母さんとすんごく喧嘩しちゃったんだ。家出しちゃうぐらい」
「え、家出したの?」
「友達の家に泊まってただけだったけど、ボクはどうしても月学に行きたかったから。結局父さんとか望さんとか、あとこの前兄さんと一緒に来た会長さんも母さんを説得してくれて、やっと折れてくれたんだ」
いや待て。ローラ会長、俺に隠れてそんなことやってたの? 夢那と今のご両親との仲が引き裂かれるのは流石に俺も望まないが、一応平和的に解決したなら良かった。
「でも……月ノ宮に戻ることが決まってから、七夕事件とかあったからボクも不安だったよ。母さん達にあまり心配をかけるのも嫌だったから、月ノ宮に戻るのはやめようかとも思ったけど……最後は母さんもボクの背中を押してくれたから、そのまま来ちゃった」
「今の月ノ宮、結構物騒だけど大丈夫だった?」
「駅前で怖い人達を見かけたけど、あれぐらいなら全然」
六月に夢那に会いに行った時とは全然状況が違うからなぁ、今は。しかしネブスペ2原作では両親の事故死というイベントが無ければ夢那が月ノ宮に帰ってこれないだけに、そうした不幸なイベントを踏まずに済んだのは良かった。
夕食を終えて夢那が入浴している間、俺は望さんの部屋をどうにか住める状態にするために片付けていた。
ブルーさんという優秀な副所長のおかげで望さんはちゃんと休みを取れるようになったとはいえ、やはり天文学を専門とする仕事上、夜に活動することが多く、そもそも出張とかも多いため夢那には望さんの部屋を使ってもらうことにした。流石に俺の部屋を共同で使ってもらうわけにはいかないし。
夢那が入浴を終えてその後に俺も入浴し終えると、夢那は荷解きを終わらせてリビングのソファに座っていた。俺は夢那の分の麦茶も用意して彼女の隣に座る。
「友達と離れ離れになるのって辛くない?」
「会えない距離じゃないし、都会もそれなりの生き辛さはあるよ。まだ月ノ宮って田舎の方だし、のどかに過ごせそうだもん」
いや夢那、田舎を舐めるなよ。お前の同級生の女子達ヤバいから。いや冷静に考えたら夢那って原作だとアルタの大事な大事な[ピーー]に唐辛子とかぶっかけてる奴だから同類か。俺の妹ヤバいな。
「それに兄さんは最近どうなの?」
「僕、停学になったんだ」
「ウソー!?」
夢那はコップの麦茶をこぼしそうになるぐらい驚き、俺はここ最近の騒動について夢那に説明した。七夕の事件、そして駅前での騒動……全国ニュースでは知ることの出来ない、当事者からの詳細な情報を夢那は興味津々という様子で頷きながら聞いてくれていた。
「それで兄さんが停学になるのって可哀想だね。騒動のことはボクも知ってたけど、まさか兄さんが関わってたとは思わなかったよ」
「夢那はネブラ人のこと、怖くないの?」
「ボクは子どもの頃とか、それに前に通ってた学校でもネブラ人の友達いたし、この前のことでネブラ人を怖がるんだったらさ、そこら中で戦争してる地球人のことも怖がらないといけなくなるじゃん」
夢那が住んでいた都心の方も月ノ宮程ではないがネブラ人が多く、彼らが直接的に迫害される場面を目撃したことはないものの、噂であることないこと言われたり陰口を叩かれることが多かったという。今でこそネブラ人は地球人と同じように生活しているが、元々彼らが宇宙人ということもあって、底知れない恐怖を抱くのは仕方ないだろう。
「その怪我なんだろうなぁって思ってたけど、それって殴り合ってついた傷なの?」
「そうだよ。先輩と二人で十五人を相手に戦ったから」
「兄さんって結構強いんだね。ボクがもう少し早く来ていれば加勢出来たのに……」
「いや参加しなくて良いんだよ、停学になっちゃうから。夢那って腕っぷしに自信あるの?」
「流石に十五人は相手できないけど、多分二、三人なら倒せるよ」
何? 俺の周りって武闘派しかいないの? 確かに夢那ってネブスペ2のキャラだと美空と同じくらいの運動神経を持ってる設定だし、武術にも精通してるのかね。そういえば前に夢那に会いに行った時、調子に乗ってナンパしてみたら見事に痛い目に遭った気がする。
「まぁ月ノ宮は色々あったけれど、月学は今のところいつもと変わらないよ。誰もネブラ人を嫌ってなんかないし、夢那もすぐ馴染めると思う。何か月ノ宮でやりたいことある?」
「月見山を登ったり、海で遊んだり、あとアルバイトとかしてみたいかな」
「じゃあ僕がバイトしてる喫茶店はどう? 夢那と同い年の女の子がたくさん働いてるし、多分マスターに頼めばすぐに働けると思うよ。半分メイド喫茶みたいなところだけど」
「兄さんもメイドしてるの!?」
「いや僕は厨房にいるだけなんだけど」
これでノザクロに第二部のヒロインが全員揃うことになるのか。原作のトゥルーエンドの世界線でもノザクロはベガ達がただキャッキャしてるだけの可愛い空間だったが、そんな環境で働けるなんて俺はなんて幸せなのだろう。最近は大変なことばかりだが、この夏は色々と期待できそうだ。




