主人公力VSヒロイン力
停学処分を受けてから一週間が過ぎた。
月学の理事長であるシロちゃんも情状酌量の余地があるとして俺や一番先輩に厳しく接することもなく、停学処分を受けている俺の家に普通に大星や乙女が遊びに来たりもしていたが、やはり表立って遊びに行くわけにもいかなかった。
そのため俺は暇を潰すために、月ノ宮海岸や月見山、月ノ宮宇宙研究所など月ノ宮町の公共施設の清掃活動、美空の両親が経営するペンション『それい湯』のお手伝い、シロちゃんの家の草むしりなど、様々な奉仕活動に励んでいた。普段は中々やることのない作業だから俺はそれなりに楽しんでやっていたが、やっぱりネブスペ2のキャラ達と中々接することが出来なかったのはちょっと辛かった。
さて、今日は七月二十三日。俺はまだ停学期間中のため月学に行っていないが、今日は一学期の終業式。つまり明日から夏休みが始まるのである。
月学で終業式が終わったお昼過ぎ、俺は月ノ宮海岸の近くにあるローラ会長の別荘を訪れていた。いつも通り冷房がガンガンに効いた快適なローラ会長の部屋に通され、好物のアイスココアをいただいていた。
「及第点というところかしら」
ネブスペ2の原作者であり俺の前世の幼馴染である月見里乙女による総括の一言。
俺とローラ会長、いや月見里乙女は、このNebula's Spaceの物語を完成させるために、原作には実装されていない幻の真エンディングを目指している。
とはいえ原作者であるローラ会長自身もその詳細を記憶しておらず、俺もローラ会長も手探り状態で様々なイベントに対応している。そのため対応も後手後手に回りがちで、七夕の事件や駅前での騒動など、想定外のイベントも起きてしまっている。
「やっぱ、まさか宇宙船から攻撃されるとは思わなかったよな。あれがこれまでの一番のハイライトだろ。そっちで何かわかることはあったのか?」
「まだ調査は終わっていないけれど、やはり七夕に地球に飛来した船団は斥候の可能性が高いわね。シャルロワグループや米軍が墜落した宇宙船の中から通信記録を発見して、宇宙のどこかにいる本隊と通信していたことがわかっているわ」
「え、じゃあやっぱ地球が侵略されるってことか?」
「そんなすぐではないだろうけど、その日が近いかもしれないわね」
今回の騒動が七夕当日、原作で言うと第一部と第二部が切り替わるという重要な局面に起きたのを考えるに、ローラ会長が言うネブラ人の襲撃が起きると予想されるのは第二部と第三部が切り替わる星河祭当日か。それまで後三ヶ月ちょっとという期間は、防衛体勢を整える為には少し心許ない長さかもしれない。
それも対策が必要というか、ぶっちゃけそんなのに対抗できるのシャルロワ財閥とかネブラ人ぐらいだろうが、この月ノ宮を取り巻く状況において他にも危惧するべきことがある。
「あのデモ隊はどうする? まだ鳴りを顰めるつもりはなさそうだが」
先日の月ノ宮駅前での騒動は、全国ニュースとなりネット上もその話題で持ちきりになるほど波紋を呼んでいる。
未だ反ネブラ人を謳う活動家達を擁護する声もあるものの、ネブラ人の代表的存在たるローラ会長に石を投げつけたこと、さらには学生を相手に実力行使に出たことが批判の的にされている。何より地球人である俺と一番先輩が活動家達と戦ったことで、月ノ宮はネブラ人との平和を望んでいるという意思表示も出来ていた。
七夕からずっとネブラ人に吹き続けていた逆風は少しは収まったように思えたが、ローラ会長の表情は暗かった。
「入夏は、本当にそれで良かったの?」
彼女が俺を入夏と呼ぶ時は、エレオノラ・シャルロワではなく、俺の幼馴染である月見里乙女として紡いだ言葉だ。
「俺は後悔していないぜ。誰かを守る為に戦うってのは、案外悪くない」
一番先輩の言葉を借りるわけではないが、俺は先日の騒動での自分の行動を後悔はしていない。他にやりようはあったかもしれないが、今の自分にはあれが限界だった。
おそらく俺という存在が転生していなくても、烏夜朧があの場にいたなら、きっと同じ行動をとっていただろう。
「……それが入夏らしいかもしれないわね」
と、ローラ会長はクスッと笑った。石を投げつけられた傷はもう治ったようでガーゼはなくなっていたが……彼女が精神的に追い詰められていないか不安だった。
想定外、というかネブスペ2原作にはないイベントが立て続けに起きているが、バッドエンドに直行するようなものは起きていないのが幸いか。
それにこれから本格的に夏が始まる。夏はやはり海だ山だ宝くじ……関係ないか。夏休みはヒロイン達の水着姿を拝めるだろうし、遊園地や夏祭りは行くイベントが待っているはず。まぁどれも、まずは昨今の揉め事を解決しなければ心の底から楽しむことは出来ないが……。
「良いよね、貴方はノザクロでメイド服姿の若い子達とイチャイチャできて」
「お前も社会勉強としてノザクロで働いてみたらどうだ?」
「私にそんな暇があるわけないでしょ。精々客として行くぐらいよ」
しかもこの世界だと第二部のヒロイン勢全員がノザクロに揃うという豪華な面子。きっと俺は側で主人公のアルタがハーレムを作り上げる様を見せつけられる羽目になるだろうが、相変わらず総受け体質のアルタが無事に夏を乗り越えられるか、俺は不安だ。
「せっかくだし夏は思いっきり楽しみたいが、何かやっておいた方が良いか?」
「乙女ちゃんをどうするかね。結局まだ大星ハーレムに入ったとは言えないでしょう?」
せっかく月ノ宮に残ることが出来た朽野乙女は、大星ハーレムに入ることはなく、彼らを見守る立場となってしまった。
俺としては是非とも彼女もヒロインにしたいのだが……アルタと乙女の組み合わせは全く想像つかないしなぁ。
「でも乙女らしいと言えば乙女らしいポジションなんだよな、今。アイツがアルタや一番先輩になびくとは思えないし……」
「なら、貴方が攻略すれば良いじゃない」
「いや、朧と乙女が付き合うのはちょっと解釈違いだ」
「そうかしら? 主人公達がヒロイン達とイチャイチャしている中でしれっと外野の方で恋が実ってるのも面白くないかしら?」
どうだろう……俺と乙女が?
烏夜朧と乙女が結ばれるというのも悪くない、と最近は思うようになってきた。なんせ乙女が大星ハーレムから外れてしまったからというのもあるが、幼馴染同士が晴れて結ばれることによって幼馴染は負けフラグとかいう不名誉なフラグを折ってやりたい気持ちもある。
でもやっぱり、『俺』という存在が邪魔過ぎるんだよなぁ……なんて考えていると、朽野乙女との恋路に迷う俺の様子を見て、ローラ会長が嘲笑うような表情で言う。
「よくよく考えれば、烏夜朧が誰かと結ばれるわけがないわね。貴方に主人公力があるとは思えないもの」
「そんな酷いこと言われないといけないのか俺は?」
「貴方に主人公力があれば、きっとこの前の殴り合いだって貴方一人で片付けることが出来たはずよ」
「いや流石に一対十五は無理だって」
「きっと明星一番ならいけるわよ?」
「そりゃあの人には主人公補正がかかってるからだろうが!」
確かにあのイベントにおいて俺はメインの立ち位置ではなかった。ただ一番先輩のお膳立てをしてしまったというだけで。
「ぶっちゃけ、お前って一番先輩のことどんくらい好きなの?」
「今の姿を剥製にしたいぐらい」
「いやちょっと好きのベクトルが違いすぎてわからんのだが」
「じゃあギューッて抱きしめたいぐらい」
「結構好きじゃねぇか」
「でも私の伴侶になるにはまだまだ未熟ね」
一番先輩は真面目で頑固なところもあるから、好青年という雰囲気ではないが……あんなハイスペックな人間を未熟といえるの、ローラ会長ぐらいだろう。
「じゃあな、また。お前も立場上大変だろうし、何かあったらいつでも頼ってくれ」
「貴方を頼るくらいならアメリカ大統領を頼るわ」
「そりゃそっちの方が頼れるだろうがよ!」
ローラ会長がアメリカ大統領とのパイプを持っているかはどうでもいい、いや持ってたらそれはそれで怖いが、俺はローラ会長の部屋を出ようと扉のドアノブに手をかけた。
「待って」
と、ローラ会長に呼び止められて俺は後ろを振り向こうとしたのだが──振り向く間もなく、俺は背後からローラ会長に抱きしめられた。腰回りを両手でギュッと掴まれ、清涼感のあるフローラルな香りが冷房の風に乗って俺の鼻をくすぐった。
「ありがとう、入夏」
彼女はローラ会長ではなく、月見里乙女としてそう言った。
「何だよ、今更」
「昔を思い出したから」
「前世のか?」
「うん。入夏はクソ朴念仁だったから知らなかっただろうけど、私はずっと入夏に感謝してたんだから」
月野入夏と月見里乙女の出会いは、あまり良いものではなかった。俺がただ、彼女がいじめられている現場を目撃しただけで……彼女が乙女だったからではなく、幼稚な正義感で突発的に行動しただけだ。
「俺はむしろその件があったから、お前が無理に俺に恩返しをしているのかと思ってた」
「そんな風に考えるから恋人が出来なかったんだよ」
「お前に言われたかねぇよ」
俺が呆れるように笑うと、彼女は俺の体を離す。そして俺が振り向くと、彼女はうつむきがちに笑っていた。
「……私は、入夏に何か出来るかな?」
前世のこともあってか、彼女はまだ俺に恩返しをするつもりらしい。
返してもらえるならどんどん返してもらいたいものだが、少なくとも今ではない。
「そういうのは考えなくていい。ただでさえお前は自分の立場ってのがあるから大変だろ? そっちに集中してくれてたら良い」
「そうだね、私は地球を救う使命を持ってるから!」
いやコイツが背負ってるものデカすぎね? 確かに本当にネブラ人の船団が本気で地球を攻撃してきたら対抗できるのはシャルロワ財閥ぐらいかもしれないが、やっぱSF映画みたいに地球の代表ヅラをしたアメリカ大統領とかが何か独立宣言して自ら戦闘機を操縦するべきだろ。一人の少女に背負わせるものではない。
「何度も言うが、無理はするなよ。俺はお前ほどの地位はないけど、愚痴を吐きたければいくらでも俺に吐き出せばいいし、真夜中にだって駆けつけてやる」
「……そうだね、ありがとう」
そう答える彼女の笑顔は、やはり無理をしているように思えた。
薄暮の空にポツポツと星が光る中、俺は夏の夜の蒸し暑さを感じながら自転車を漕いで帰宅した。大分職場環境がホワイトになった望さんは、現在出張中でそもそも家に帰ってくることがないため家には俺一人だ。
この環境に慣れてきたつもりでも、やはり誰かと一緒に暮らす環境が恋しく感じる時もある。しかし俺にはそんな仲の恋人なんていないんだよ! 主人公じゃないから!
と、今更感じても仕方ない若干の怒りを感じながら夕食の準備をしていた時、ウチのインターホンが鳴る。友人が来る時は事前に連絡が来るため、そうでなければ望さん宛の荷物でも届いたのだろうかとドアホンを確認して──ウチのマンションの部屋の前に立つ人物の姿を見た俺は、慌てて玄関へ向かって扉を開いた。
ウチの部屋の前に立っていたのは、茶髪のポニーテールの少女。大きなスーツケースを携えて、照れくさそうに笑いながら俺に言った。
「久しぶりだね、兄さん」
そこにいたのは、烏夜朧の生き別れの妹である十六夜夢那だった。
……え? なんでここに?




