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喧嘩っ早い二人



 月ノ宮駅前で反ネブラ人派の活動家達を見かけてから、月ノ宮では街中で彼らをよく見かけるようになった。月学の授業中にも街宣車が学校の側を周回するため、学校側や月ノ宮町側から公共施設周辺での活動を控えるようにという注意もあったが、彼らの活動が収まる気配はない。


 「生き辛い世の中になったわね」


 放課後、駅前の喫茶店サザンクロスにて試作メニューのケーキを食べながらローラ会長が言う。

 もし俺がローラ会長の素性を知らなければ、シャルロワ財閥は何か隠しているんじゃないかという疑念を持っていたに違いない。やはり何か企んでいるのではないかと世間の人々がシャルロワ財閥に疑念を抱くのは、そこまで不思議ではないが……。


 「俺達が何を言っても、そして時間が解決してくれる問題ではないだろうな。八年前のことがあっただけに」


 ローラ会長と同じく試作メニューのケーキを頬張りながら一番先輩が言う。

 俺は望さんのおつかいでシフォンケーキを買いに来ただけなのだが、偶然ローラ会長と一番先輩がいて、そしてサザンクロスを経営するロザリア先輩から試作メニューを一緒にいただいていた。


 「世間じゃ色々言われてるけど、ローラがやったことは別に間違いじゃないわよ。現にこの街の人達はアンタに感謝してるんだから。何も知らない連中が好き勝手吠えているだけよ」

 「貴方が私を褒めるなんて珍しいわね」

 「私だって感謝はしてるわよ。出来れば事前に教えてもらいたかったけれど」

 「ロザリアは秘密とかすぐにバラしそうだからな」

 「私だって口は堅いわよ!……多分」


 なんてローラ会長達が話している中、俺はふと店内から駅前の方を見る。今日も駅前では活動家達が元気に反ネブラ人を謳っている。


 「ローラ、お前はこんな呑気に外に出てて良いのか? 最近は月ノ宮も物騒になってきたが」


 海外ではネブラ人の子供を狙った殺人事件まで起きているように、ネブラ人達を取り巻く環境は過去最悪とも呼べる状況だ。

 一番先輩の懸念に対し、ローラ会長はなおもケーキを頬張りながら言う。


 「むしろネブラ人の代表的存在たる私が雲隠れしてしまうと、まるで逃げているみたいになってしまう。この一連の騒動の原因は私にあるし、その責任から逃げるつもりもないわ」

 「せめて護衛でもつけたらどうだ?」

 「それだと、まるで私が怯えているみたいじゃない」


 と、ローラ会長は平静を装っていたものの、シャルロワ財閥の会長であり、この地球に住むネブラ人達を束ねる立場にある彼女が大変でないわけがない。一応私服を着たSPが護衛しているらしいが、この日本でももしもの事が起こりかねない。

 俺も彼女の助けになりたいのだが、連絡を入れても心配しないでと返されるだけで、ますます心配になるばかりだ。

 

 「それより、八月から出そうと思ってる新メニューの味はいかが?」

 「甘さがくどい」

 「糖分を感じ過ぎて体が拒絶反応を起こしているわ」

 「うそぉ……」


 俺達はロザリア先輩が考案した新メニュー、羊羹ケーキの試作をいただいていたのだが、甘さがくど過ぎてダメ出しの嵐であった。



 ロザリア先輩の試作をいただいて、望さんから頼まれていたお菓子も書い終えると、俺はローラ会長達と一緒にサザンクロスを出た。そしてローラ会長は店の外で待っていた送迎用の高級車に乗り込もうとしたのだが──その時、駅前のいた活動家達がローラ会長の存在に気づいて指を差してきた。


 「おい、エレオノラ・シャルロワがいるぞ!」


 活動家達はローラ会長の存在に気づくと、ロータリーから交差点を渡ってゾロゾロと三、四十人ぐらいでこちらへやって来ようとしていた。


 「ろ、ローラ会長。早く退散した方が良いですよ」


 結構数の多い集団がやって来たため、俺はローラ会長に早く帰るよう諭したが、彼女は一歩も退こうとはしなかった。


 「いえ、いずれ私が自分の口で彼らと話す必要があったはずよ。私が、ネブラ人として──」


 自ら活動家達と話そうと意気込んでいた彼女だったが、そんな彼女の頭部に何かが飛んできた。見るとローラ会長の足元には五センチぐらいの石ころが転がっていて、ローラ会長の頭部からは血が流れ出していた。


 「……意外と手荒な真似をしてくるのね」


 物を投げつけてくるなんていつの時代だよと俺は驚いていたが、それでもローラ会長は頭から血を流しながら前を向いて活動家達と対峙しようとしていた。

 俺はローラ会長を庇おうと咄嗟に前に出ようとしたのだが、側にいた一番先輩が黙って俺を止めて、代わりに前に出る。きっと一番先輩もローラ会長を庇おうとしたのだと俺は思ったのだが、彼は活動家の連中を睨みつけながら口を開いた。


 「おい。今、彼女に石を投げつけたのは誰だ?」


 俺達の側までやって来た活動家達を睨みながら、彼らを睨みつける一番先輩がそう口にした。

 ……あれ? もしかして一番先輩、俺よりメチャクチャキレてる?


 俺もローラ会長を庇うように前に出たものの、側にいた俺まで一番先輩の迫力に圧倒されてしまい、少し及び腰になってしまっていた。駅前を通りがかる人々も何だ何だとこちらを見ていたが、ただならぬ雰囲気を感じたのか近づこうとはしてこなかった。


 そして一人の活動家の男が手を挙げると、一番先輩は男の胸ぐらを掴んで、そして彼の顔を思いっきり殴りつけた!


 鈍い音と共に、殴られた活動家の男は地面に倒れた。他の活動家の連中が一番先輩の行動に戸惑いざわつく中、彼は活動家達に対して言う。


 「お前達もこうなりたいか? ドクズ共が」


 ……あの一番先輩が、今までに見たことないキレ方してる。この人、インテリだと思ってたのにもしかして武闘派なの!? 確かに一番先輩は学業だけでなく運動神経もトップクラスだが、喧嘩にも強いのだろうか。

 一番先輩の迫力に圧倒されて活動家達の中にも怯えてしまったのか後ろに下がる人もいたが、十四、五人ぐらいの腕っぷしの立ちそうなガタイの良い連中が残った。

 明らかに多勢に無勢だが、それでも怒り狂う一番先輩は物怖じせずに口を開く。


 「ネブラ人に文句があるなら俺が相手してやる」


 一番先輩はやる気だ。一人で活動家の連中と立ち向かうつもりだ。

 俺は一番先輩を止めるべきだろうか? この局面を暴力で解決しようとすると、きっと月学を停学になってしまうだろうし、より大きな騒動に発展してネブラ人に対してますます逆風が吹いてしまう可能性もある。

 一番先輩やネブラ人のことを考えるなら彼を止めるのが賢明な判断かもしれないが──俺はローラ会長の方を向いて小声で言う。


 「早く帰れ、お前も怪我してるだろ」


 ローラ会長が手で押さえている頭からは赤い血が流れていたが、それでも彼女は逃げようとしていなかった。


 「でも、私が逃げるわけには」

 「お前がいる方が問題がややこしくなる。ここは俺と一番先輩に任せてくれ。ネブラ人のお前じゃなくて、地球人の俺と一番先輩が立ち向かうことで、きっと事は動くはずだ」


 俺はローラ会長に、いや彼女の中にいる月見里乙女に早く帰るよう促し、そして俺は一番先輩の元へと向かう。

 いつ戦いの火蓋が切られるかわからない一触触発の現場で一番先輩の隣に立つと、一番先輩が俺に言う。


 「どういうつもりだ、烏夜。お前が喧嘩するようなタマには見えないが」

 「それはこっちのセリフですよ、烏夜先輩。それに僕だって昔は武闘派だったんで、結構いけますよ」


 前世の懐かしい記憶を思い出す。俺は自分の幼馴染をいじめていた奴とずっと殴り合いばかりしていた学校生活を送っていたんだよ。

 一番先輩がこんなに喧嘩っ早いのも意外だったが、元々反ネブラ人の活動家達に対して鬱憤が溜まっていたのかもしれないし……きっとローラ会長が傷つけられて、堪忍袋の緒が切れてしまったのだろう。

 それは、俺も同じだ。


 「良いんですか、一番先輩。貴方も停学になっちゃいますよ。ここは僕に任せてください」

 「ローラを守るためなら、俺は退学になったっていい。お前も良いのか?」

 「一番先輩一人に任せるのは不安だったので」

 「生意気な奴め」


 そう言って一番先輩は呆れるように笑った。

 なんだよそれ、主人公かよお前。いや主人公だったわこの人。なんか俺がお膳立てしたみたいになっちゃってるじゃん。

 

 「調子に乗るんじゃねぇぞ、ガキ共」


 そして俺達の前に立ちはだかるガタイの良い連中のリーダーらしき男が言う。やべぇ、何か格闘技の選手かってぐらいムッキムキなんだけど、反ネブラ人の活動家達ってこんなに怖いの? ただの市民団体だと思っていたのに。

 だがそんな武闘派集団を前にして、俺も一番先輩も怯えずに啖呵を切る。


 「それはこっちのセリフだよ、クソ野郎共が」

 「さぁやろうぜ、俺達はこの街を守るんだよ!」


 そして、戦いの火蓋が切られた────。



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