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スピリタスのルイボスティー割りで~



 未だ情報バラエティ番組で七夕事件についての特集が組まれている中、月ノ宮海岸に墜落した宇宙船についての続報はまだ無い。だが宇宙船に搭載されていた兵器や、それを撃退したシャルロワグループの技術力を狙って超大国が動いているとかどうとか、きな臭い噂を耳にすることが増えてきた。


 そんな物騒な話は忘れて、俺は放課後に海岸通りにある喫茶店ノーザンクロスを訪れていた。この夏、新たにノザクロに加わる新人達のトレーニングをするためだ。俺も一応経験者のため、トレーナー側として呼ばれたわけだ。


 「「「「「よろしくお願いしますっ」」」」」


 いや何か思ってたより多いんだけど? でもこんなに可愛いメイドさんが五人も揃うと、もうこれただのメイド喫茶だろ。

 ノザクロに集まった新人達は、ベガ、ワキア、ルナ、キルケ、カペラの五人。いやキルケは予想通りだったが、まさかカペラまで加わるとは思わなかった。おそらく月ノ宮に戻って来るであろう夢那も加わるはずだから、結構な大所帯になるぞ。


 「では改めて、烏夜朧でーす。ほら、アルタ君も自己紹介して」

 「వాషిమోరి ఆల్టాです」

 「な、なんて?」

 「よろしくねー、アルちゃん」

 「解読できたの!?」


 アルタが聞いたこともない言語で自己紹介していたが、それはおいといて。

 新人達のトレーニングのため、まずアルタが店員役、俺がお客さん役で見本を見せることになった。


 「おうおう邪魔すんで~」

 「邪魔するなら帰ってください」

 「あいよ~ってちょいちょいちょーい!」


 と、俺はお決まりの鉄板ネタを披露したつもりだったのだが、ベガ達はキョトンと不思議そうな表情で首を傾げていた。


 「どうしようアルタ君、ベガちゃん達に伝わってないよこれ」

 「烏夜先輩の笑いのセンスが古いからだと思います」

 「そんなー!?」


 そうか、関東じゃあまりメジャーじゃないのかこれ? 人生で一度はやってみたかったんどなぁこれ。

 気を取り直して、もう一度来店からやり直す。


 「いらっしゃいませ、一名様ですか?」

 「はい、そうです」

 「では履物についた土を全て落としてください」

 「あ、はい」

 「次に衣服を全て脱いでください」

 「全部!?」

 「そして体に塩・コショウをまぶしてもらって、こちらのアツアツの鶏ガラスープの中に入ってもらって……」

 「これ注文の多い料理店じゃないか!?」


 ダメだ、俺がボケなくてもアルタがボケてしまうぞこれ。ベガ達は笑ってくれているが、これトレーニングの見本じゃなくて漫才を見せてるだけじゃないか。


 「ご注文お決まりでしょうか」

 「じゃあこのアイスコーヒーをブラックで、あと角砂糖二つとシナモンケーキをシナモン少なめで」

 「アイスコーヒーのブラック、角砂糖二つとシナモン少なめシナモンケーキでお間違いないですね?」

 「はい、大丈夫です」

 「ではお客様、こちらへどうぞ?」

 「え?」

 「ハンター試験の受験に来たのでは?」

 「いやそんな裏メニューを注文したつもりじゃないんだけど」


 その後もおふざけ満載のトレーニングは続き……。


 「お会計千円になります」

 「じゃあ五千円からで」

 「こちら四千円のお返しになります」

 「二千円札二枚!?」

 「あとこちら、キャンペーンでお配りしているकैंडीになります」

 「なんてぇ?」


 何かキャンペーンと称してキャンディーを貰ったんだけど、これ変な材料とか使われてないよな?

 おふざけも交えながらも一通り接客の見本を見せたため、新人達の本格的な練習が始まる。


 「まずは笑顔でいらっしゃいませ」

 「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます」

 「良い感じ」


 接客業というかバイト自体が初めてだというベガは、お上品でなおかつおしとやかな雰囲気を醸しつつまるで高級店かのような対応が出来ている。やっぱ高いお店とかに行き慣れてるから自然と身についているのだろうか。


 「次に人数を確認して。二名様ですか?」

 「お? もしかしてカップル~? アツアツだね~」

 「お客さんに鬱陶しく絡まないこと。知り合いならまだしも」


 ワキアはちょっとフランク過ぎるが、まぁ月ノ宮の住民なら殆ど知り合いみたいなものだし、観光客が相手でも緊張されるよりかは良いだろう。


 「じゃあ空いてる席にご案内。こちらのテーブル席へどうぞ」

 「こちらのテーブル席へどうぞおいでなさいませ!」

 「ちょっと口調は変だけど、まぁ良いかな」


 いつも神社のお手伝いをしているルナはちょっと緊張気味ではあるが、慣れれば全然やっていけそうだ。


 「声をかけられたらメニューを取りに行ってね」

 「オムライスを百五十人前ですね!」

 「業者でも来たのかい?」


 キルケはまぁ、今までに何度も繰り返してきたループで一緒に働いてきたから、ドジな部分がありながらも頑張る彼女の姿をこの目で見てきた。


 「じゃあ最後にお会計ね」

 「えっと……え? PA◯PYってなんですか……?」

 「ウチは全国の交通系ICカードを使えるから、まぁ慣れていけば大丈夫だよ」


 最早レジにファイルで保管されている支払い方法の一覧を見てカペラは驚愕していたが、まぁそんなのは滅多に来ないし来てほしくないし、どうしてこんな小さな喫茶店でそんな膨大な量の交通系ICに対応してるんだよ。



 「さて、一通り練習もしたし、せっかくだから本番行ってみようか」

 「何だか緊張するね……」

 「だいじょーぶだって、このお店ってそんな怖い人とか来ないでしょ!」


 まぁのどかな田舎だし、行楽シーズンを迎えると観光客が多く来店するとはいえ、このノザクロの客層はかなり平和的だと思う。多分このお店に来た人はベガ達を見てメイド喫茶だと勘違いしてしまうだろうけど。

 すると丁度その時、入口の扉が開いてカランコロンと鐘が鳴り響いた。早速新人達の本番が──。


 「あら、面白い面子が集まってるわね」


 なんとやって来たのは制服姿のローラ会長だった。なんでこんなタイミングで来るんだよ、確かに俺が事前に教えてたけど。

 ローラ会長の来店にベガ達は最初は驚いていたものの、ゾロゾロと彼女の側に集まってもてなし始めた。


 「いらっしゃいませ、一名様でよろしいですか?」

 「えぇ、そうね」

 「寂しいならお供しよっか?」

 「じゃあワキアを指名するわね」

 「ではテーブル席にしますか?」

 「えぇ、お願いするわ」

 「ご注文は何になさいますか?」

 「アイスココアを一つ」

 「ご、ご一緒にケーキはいかがですか?」

 「フフ、じゃあモンブランをお願いしようかしら。かなりサービスが手厚いのね、このお店」


 いやもうローラ会長を五人で取り囲んでるじゃねーか、なんだあの状況。アルタも苦笑いしているが、まぁ最初の客が知り合いで良かったかもしれない。それに可愛いメイド姿の後輩達に囲まれてローラ会長もどこか楽しそうだ。絶対心の中でグヘヘとか言ってるだろアイツ。



 まぁいつまでも俺もベガ達の様子を見ているわけにも行かず、トレーニングはアルタに任せて普通の業務に戻る。夏の間、ホールはベガ達がワイワイしているのだろうが、残念ながら俺はやはりキッチンに収監されることとなる。俺の料理の腕がどんどん上がっていくのはここに閉じ込められているのも一つの要因だろう。オムライスもメチャクチャふわふわトロトロに仕上がるようになったもの。

 そして手が空いたのでふとホールの方を見ると、ベガ達がアルタからトレーニングを受けている中、ローラ会長がお客さんとしてノザクロに来ていたご婦人から話しかけられていた。


 「この間はありがとねぇ、シャルロワさんところのおかげで助かったわぁ」

 「いえ、とんでもない」

 「色々好き勝手言う人達もいるかもだけど、私達はいつもシャルロワさんにお世話になってるから、これからも頑張ってねぇ~」


 と、シャルロワグループの会長でもあるローラ会長を励ましてくれていた。滅多にないことだからローラ会長も照れくさそうに対応している。


 一昔前までは考えられない光景だ。月ノ宮町周辺はシャルロワ財閥がお金を落としてくれているから成り立っていると言っても過言ではないが、この地域の実権を裏で握っているのではと疑念を持つ住民も少なくなかった。多少なりとも、皆がシャルロワ財閥を嫌っていたのだ。


 だが七夕事件をきっかけに、月ノ宮の住民のシャルロワ財閥に対する感情が変わったのかもしれない。謎の宇宙船による攻撃から自分達を守ってくれた、と。 

 何かと孤立しがちなローラ会長に味方が出来たと思うと、何だか感慨深い。そんなことを考えていると、再びカランコロンと扉の鐘が鳴ってお客さんがやって来た。


 「おーい、マスター! マスターはいるかー!?」

 「おぉ、フォグボーイじゃないか!」


 キッチンから入口の方を覗いて俺はたまげた。ギリギリ入口を通り抜けられそうな体躯のガチムチで毛むくじゃらの大男がマスターと熱い抱擁を交わしていたからだ。あのマスターよりもデカいだと!?


 「朧君も久しぶりだなぁ! 相変わらずノザクロだとキッチンに閉じ込められてるんだねぇ」

 「どうもお久しぶりです、霧人さん」


 まるでビッグフットみたいな大男の名は犬飼霧人。犬飼美空の父親なのだが……ちゃんと血は繋がっているはずなのに、美空の父親とは思えないんだよなぁ。

 すると霧人さんの後ろからひょこっと青いショートボブの可愛らしい女性が顔を覗かせて笑顔で口を開いた。


 「こんにちはっ、マスターに朧君っ。今日もお疲れ様~」


 後ろにいたのは犬飼美雪。美空の母親で、霧人さんと一緒に近くのペンション『それい湯』を経営している。とても子持ちとは思えない若々しさと可愛らしさを持つ人で、逆年齢詐称してるんじゃないかっていつも疑いたくなってしまう。


 「ペアで揃ってトゥデイはどうしたんだい?」

 「いや、娘達が気を利かせて店番をしてくれることになって、ちょっとした休みが取れることになったんだ」

 「だから今日は久々のデートなんですよ~」


 未だにアツアツだなこの二人は。ネブスペ2に出てくる夫婦の中で一番温かい家庭を築いているかもしれない。シャルロワ家とは大違いだ。

 そしてそんな犬飼夫婦の元にやって来る、ノザクロの新人メイド達の姿が。


 「いらっしゃいませっ、二名様ですか?」

 「わ~可愛らしい店員さん達がいっぱいだ~今日は二人だよ~」

 「カウンター席とテーブル席とございますが、どちらにしますー?」

 「今日はカウンターで二人で並んで座るか」

 「ご注文はお決まりですか?」

 「俺は日本酒をダークマター☆スペシャル割りで」

 「私はスピリタスのルイボスティー割りで」

 

 この夫婦、喫茶店で酒を飲もうとしてる。言うてもうすぐ閉店なのに。しかもダークマター☆スペシャル割りって何? 霧人さんってドMなの? まぁ確かに霧人さんは平気で飲んでそうだけど。

 あと、しれっと美雪さんもとんでもない酒を飲もうとしてない?


 「まだキュートなガール達にアルコールは早いね」

 「ちぇー」

 「ここってお酒出してましたっけ?」

 「二人はノザクロのカスタマーじゃなくて、ミーのプライベートなカスタマーだよ」

 「俺の師匠なんでな」

 「え、霧人さんってマスターの弟子なんですか? 何の弟子なんです?」

 「メキシコで対麻薬戦争をしていた時に出会って、そこで色々料理を教えてもらったんだ」

 「ンー、懐かしいねぇ。亜熱帯のジャングルでアドベンチャーしていた時代も」

 

 対麻薬戦争をしていた時に出会ったって何? そういやマスターって傭兵だった時代もあるっていう謎の経歴を持ってるけど、もしかして霧人さんもそんな設定持ってる? そんな平和とはかけ離れた環境で生きていたのに、どうやって戦いとは無縁そうな美雪さんと出会えたんだよ。

 

 マスターは犬飼夫婦のためにお酒を作っていたが、一方でノザクロの閉店時間も近くなってきたため、アルタはベガ達に閉店作業をトレーニングしていた。

 そんな中、お客さんとしてやって来ていたローラ会長も帰ろうとしていた時、カウンター席に座っていた犬飼夫婦が彼女の存在に気づいた。


 「おぉっ、もしかしてシャルロワのお嬢ちゃんかい?」

 「えぇ、エレオノラ・シャルロワです」

 「こんにちは~いつも娘達がお世話になってます~」


 ローラ会長と犬飼夫婦の絡みを見られるなんて新鮮だなぁ。原作だとトゥルーエンドの世界線でちょっと関わったぐらいか。


 「この間はとても助かったよ~ウチのペンションの近くにもレーザーが着弾してまっ黒焦げになっちゃってたから、撃墜するのが遅かったらウチのペンションが消し炭になっちゃってたかも~」

 「土地なら全然貸すから、ウチにも砲台を作ってくれないか?」

 「フフ、ありがとうございます。是非検討させていただきますね」


 犬飼夫婦もローラ会長、というかシャルロワ財閥を好意的に捉えてくれているようだ。やはり七夕事件がきっかけなのだろうか。

 ベガ達のトレーニングをしている傍ら、ローラ会長と接する地域の住民達の様子を見ていると、色々と懸念事項はあるものの、地球人とネブラ人の間に生まれた溝を埋められる未来が少しだけ見えたような気がした……。

 

 

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