休暇中の(仕事がない)二人
葉室市に到着すると、俺は乙女に連れ回されて駅前の商業施設にある本屋やアニメショップに寄って彼女の買い物に付き合った。乙女は恋愛漫画を好むが、少年誌や青年誌で連載されているアクション漫画も好きで、自分のお小遣いと相談しながら最新刊を購入していた。アニメショップでは彼女が好きなアニメのグッズを眺めていたが、俺視点では懐かしいアニメばかりだ。某アイドルをプロデュースするアニメだとか、擬人化コンテンツがブームになっていた頃を思い出させる艦船アニメのコーナーも設けられている。
きっとこの世界でも将来的には俺が前世で見てきた漫画やアニメが流行するのだろう……ネブスペ2に関係ない部分に関しては前世とほぼ同じ歴史を辿っているため、株や貴金属の値動きだとか競馬の勝敗とかを正確に記憶していたらなぁと後悔することもたまにある。
そして漫画やグッズを買い漁った後、いつもならゲーセンへ向かうところなのだが、体を動かしたいという乙女の要望でボウリングをすることになった。葉室駅前にあるラウンドニャーとかいうどこか聞き覚えのあるようなアミューズメント施設の受付で手続きをしていると、後からやって来た二人組の女性が俺達を見るやいなや駆け寄ってきて口を開いた。
「あれっ、もしかして朧君?」
見ると、そこにはサングラスをかけた金髪の女性と、黒髪のサイドに星柄のリボンを巻いた女性が佇んでいた。
「あ、コガネさんにレギナさんじゃないですか」
月学のOGであり初代ネブスペのヒロインでもある有名人の二人と偶然出会った。いやこの人達と偶然出会うこと多くね?
「コガネさん達もボウリングを?」
「そうそう、せっかくだし一緒にやってく?」
「やりましょうやりましょう!」
有名人の二人と一緒に遊べるなら俺も乙女も大歓迎である。コガネさんとレギナさんの二人が「私達ってもう学割とか使えないんだ……」とショックを受けているのを傍目に俺と乙女は学割でちょっと安い料金で受付を済ませてシューズに履き替え、ボウリングの球を用意してレーンへと向かった。
「いよっしゃああああああああああっ!」
連続でストライクを決めたコガネさんが大きくガッツポーズを決めながら雄叫びを上げる。いやすげぇ、コガネさんの投球はそんなにスピードこそないものの、まるで糸を引くかのような綺麗なコースで全てのピンを倒してしまうのだ。
「て、てりゃあっ!」
一方でレギナさんはコガネさんと違って両手で球を掴んで精一杯レーンに転がすスタイル。球はコロコロとレーンを転がっていくが中々ストライクは取れず、制球も不安定でガーターになることもしばしば。
「レギナちゃ~ん、レーンに柵でも付けてもらう?」
「子ども扱いするんじゃないよ!」
芸術的なセンスはピカイチだが運動神経は壊滅的なレギナさんもそれまた可愛らしい一面だ。
「よぉーっし! いけええええええええええ!」
そして全力で投球する乙女。コガネさんよりスピードは出ているが制球は滅茶苦茶でガーターになることも多いが、それでもたまにストライクを決めるときもあるから凄い。
「いやー、乙女ちゃんを見てると元気を貰えるね」
「コガネはこうやって若い子達の側にいることで生気を奪っているんだよ」
「妖怪みたいですね」
「何をー!」
確かに乙女もコガネさんに負けず劣らず元気いっぱいだ。それにコガネさん達が乙女を可愛がっている姿を見るのも新鮮だから、もっと仲良くやってもらいたい。
「そおおおおおおいっ!」
そして俺も乙女と同じく全力投球だ。俺に技術なんてものはない、スピードとパワーで勝負だ。コガネさんと同じく連続ストライクを決めて、俺は天井を仰ぎながら胸をトントンと叩く。
「いやー、やっぱ男の子ってスピード出るねー。これは良い勝負が出来そうだよ……!」
現在のスコアは俺とコガネさんがトップを争っているという状況で、一方で乙女とレギナさんがドベを争っている。
「せっかくだし何か勝負しない? 朧君は勝ったら何かほしい?」
「コガネさんとレギナさんのサインが欲しいです」
「オッケー、じゃあ私が勝ったら……私のペットになって!」
「ワン!」
「はいお手」
「ワンワン!」
「もう負けてる!?」
「朧君にプライドというものは無いのかい?」
プライド? そんなもの、何十周と繰り返してきたループの中でどこかに捨ててきた。
だがペットになれというのは流石に冗談だったようで、俺がコガネさんに負けたら何か美味しいものを奢ることになった。
「じゃあドベになった人には罰ゲームをしてもらわないとね」
「コガネはボクが可哀想な目に遭うのを見て笑いたいだけだろう?」
「うん」
「うんじゃないが」
現状、実力的にはレギナさんも乙女も互角という状況だから、どっちがドベになるかわからないな。二人共下手というわけではないが、レギナさんはストライクを決められていないから少しずつ加点している一方、乙女はたまにストライクを決められるがガーターも多く、スコア的には互角になっている。
「どうしましょう? ダークマター☆スペシャルでも飲んでもらいます?」
「いや、レギナちゃんは結構飲み慣れちゃってるから、ナーリアちゃんの曲を歌ってもらうとかどうかな?」
「屈辱的だ……絶対に勝たなければ」
「そんなに嫌なの?」
なお乙女がドベだった場合は大人しくダークマター☆スペシャルを飲んでもらうことになった。
前世でもそうだったが、朧がボウリング上手くて良かったぜ……それに俺は何十周もループを繰り返している間に何度も大星達とボウリングに行って腕を磨いてきたんだ! コガネさんに負けてられないぜ!
「フウウウウウウウウウッ!」
再びストライクを決めてガッツポーズを決めながら雄叫びを上げるコガネさん。まさか、10フレーム目にして三回連続でストライクを決めるとは、なんて勝負強い人なんだ。
これで次に投げる俺はコガネさんと同じく10フレーム目で三回連続でストライクを決めなければコガネさんに勝つことが出来なくなってしまった。
「ここでボクは……ストライクを決める!」
しかし俺の番が回ってくるまでにレギナさんと乙女の投球がある。二人のドベ争いもかなり盛り上がっている状況だ。今は乙女のスコアの方が勝っているが、レギナさんにもまだ逆転の可能性がある。まだこのゲームでストライクを決めていないから、ここでなんとしてもストライクを取りたいところ──。
「とりゃあっ!」
レギナさんは全力で投げているつもりかもしれないが、ボウリングの球はレーンの上をコロコロと転がっていく。制球が不安定でいつもはガーターになりがちだったのだが、球はレーンの真ん中を転がっていき──全てのピンを倒した!
「や、やったー!」
「チッ」
「おいコガネ。どうして舌打ちをしたんだい?」
レギナさんは初めてストライクを取り、現時点で乙女を逆転。二投目はガーターになってしまったが、同じく制球が不安定でガーターになりがちな乙女にはプレッシャーがかかる場面となった。
レーンの前に立つ乙女は緊張からか体を震わせていたが、深呼吸をしてから口を開く。
「ふぅ……この一球のためなら、私の腕がどうなっても良いわ」
いやボウリングで腕を壊そうとするんじゃないよ。
「頑張れ乙女ちゃん! レギナをボコボコにしてやりな!」
「行くわよ────あっ」
乙女は渾身の力を込めてボウリングの球を投げようとしたが、力を入れすぎたからか遠心力で体がふらついてしまい、そのままバランスを崩して顔から床にビッターンと倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫か乙女!?」
「いだぁい……」
こんなドジっ娘だったのかコイツは。
「大丈夫? 膝とか擦りむいてない? 私のスコアを分けてもいいよ?」
「君はどれだけボクを負けさせたいんだい?」
俺達は乙女を心配して彼女の方にばかり気を取られていたが、突然愉快な音楽が流れ始めた。
見ると、乙女が投げた球が知らず知らずの間にレーンの上を進んでおり、それがたまたまメチャクチャ良いコースだったからか、ストライクが決まっていたらしい。
そしてこの時点で、乙女が逆転勝利を決めた。
「え、ボク負けたの?」
「はいレギナ、後でカラオケ行こうね。フリータイムで朝までやろう」
なお乙女の二投目は普通にガーターだったものの、軍配は乙女に上がった。そのためこの後、レギナさんはナーリアさんの曲を歌わされる羽目になった。レギナさんが歌っている姿、全然想像できないなぁ。
しかし俺のコガネさんとの勝負はまだ終わっていない。俺は三連続でストライクを決めなければならないのだ。
「そおおおおおいっ!」
一投目。思っていたコースから少し逸れてしまったが、当たりどころが良かったのか見事ストライクを決める。
「なんか……ボク達と比べると凄いハイレベルな戦いしてるね……」
「私と投球スタイルは同じはずなのに……」
二投目。投げる時に少しバランスを崩しかけたが、難なくストライクを取ることが出来た。
「フフッ、やるね朧君……それでこそ私のライバルだよ!」
やべぇ、マジで二連続でストライクを取れるとは思ってなかった。俺ってこんなにボウリング上手いんだ。
「朧君、コガネをとっちめてやって。もし君が勝ったら、月学時代のコガネがメイド服を着た時の写真をプレゼントするよ」
「わかりました、頑張ります!」
「おいレギナちゃん、マジでやめろ」
「朧、頑張れ~」
レギナさんと乙女の二人に応援された俺は、月学時代のコガネさんのメイド服姿を拝むために、渾身の一球を投げる──俺の思いを乗せた球は勢いよくレーンを進み、全てのピンを勢いよく倒した!
「よっしゃああああああっ!」
「ま、負けただと……!?」
俺は今日一番のガッツポーズを決めた。
「さてレギナさん。約束通り写真を見せてもらいますよ」
「はいこれ、星河祭の時のコガネだよ。後で君の携帯に送っておくから、コガネを脅迫したい時はこれでゆすると良い」
「わかりました」
「いやわかりましたじゃないんだが?」
まぁ初代ネブスペをプレイした時に見たことあるけどね。でも写真を貰えるのはありがたいぜ。
「あ、そうだ。約束通りサインしてあげるよ。でも色紙とかある?」
「今は持ち合わせてないですね」
「じゃあ今度サイン入りの何かをプレゼントしてあげるよ」
「ボクもそうしようかな。せっかくだし乙女ちゃんにも何かプレゼントするよ、今日は楽しませて貰ったし」
「え、本当ですか!? ありがとうございます!」
そういえば確かに俺も乙女もコガネさんとレギナさんの二人に勝負で勝っているのか。頑張ったなぁ俺達。
そんな嬉しい約束もしてもらえたところで、俺達はラウンドニャーを後にして葉室駅へと向かう。改札を通ってホームで電車を待っている時にコガネさんが口を開く。
「さて、君達はこの後予定ある? カラオケでレギナちゃんにナーリアちゃんの歌を歌ってもらおうと思うんだけど」
「あと二時間ぐらいならいけますよ!」
「でもお二人も予定とか大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ、私は仕事の予定殆ど無くなっちゃったから!」
いやそれ、笑顔で言う事じゃないと思うんだが? モデルや女優として活躍し、バラエティ番組にも引っ張りだこなコガネさんが暇ってことは滅多に無いはずだが──そこで俺はハッとした。
「やっぱ最近は、色々と難しい情勢になっちゃったからね……」
と、コガネさんは寂しげに言う。コガネさんもレギナさんも、いや初代ネブスペのヒロイン勢は全員ネブラ人だ。
ネブラ人というだけで何かと攻撃を受けやすくなった今、テレビに出にくくなってしまったのだろう。
「ボクも七夕祭の後は海外へ行く予定だったんだけど、海外の方が危険そうだからね。夏の間は月ノ宮に残ることになりそうだよ」
「アンチも増えたなぁって実感するよね。何か呟くだけで凄く盛り上がっちゃうもん」
俺達はまだ学生だが、有名人であるコガネさん達に対する風当たりはさらに強いだろう。まさかそんなところにまで影響が出ているとは……。
「ま、丁度長い休みが欲しかったし、今日は嫌なこと忘れてレギナちゃんに歌ってもらおう!」
「ボクは嫌なんだけど?」
俺達も難しいことは忘れ、電車で月ノ宮まで戻った後に駅前のカラオケ店へ入り、レギナさんによるワンマンショーを聞かせてもらっていた。
今はまだ楽しい日常を過ごすことが出来ているが……地球人とネブラ人の間に生まれた大きな溝は、すぐには埋まりそうになかった。




