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巫女服からメイド服へ



 七月十二日、日曜。いつぶりかもわからないという連休に感激のあまり号泣していた望さんを家に置いて、俺は月ノ宮海岸を訪れていた。

 まだ梅雨明け前で曇り空ではあるが、もう海開きもされているため多数の海水浴客やサーファーが海岸を訪れており、彼らを傍目に俺は海岸を南下していく。


 海岸沿いの遊歩道を歩いていくと、やがて月ノ宮海岸に墜落した宇宙船の残骸が見えてきた。

 

 宇宙船の残骸の周囲には規制線が張られており、残骸から十メートル圏内には入ることはできないが、それでも残骸とはいえ巨大な宇宙船の荘厳さを感じ取ることができる。


 やはり物珍しさからかわざわざ他県から残骸を見るためにここを訪れる人も多く、規制線の側では警備員が巡回していた。どうやら昼間のワイドショーのテレビ局スタッフもいて、生中継なのかリポーターが現在の状況を事細かに伝えていた。


 まぁ宇宙船を間近で見ても俺にわかることなんて殆ど無い。月ノ宮を攻撃したレーザーなどの危険な兵器や機関部は既に取り除かれて調査されているらしいし、宇宙船の内部から発見された宇宙人の死体も回収されているという。

 俺の前世の世界でも宇宙人の死体が回収されたみたいな都市伝説もあることはあったが、まさかそれが現実になってしまうとは。ローラ会長の言う通り、今回地球に飛来した多数の宇宙船が斥候なのだとしたら、より大規模な船団が、地球文明を遥かに超越した技術力を持つネブラ人達が敵として立ちはだかることになる。

 そんな宇宙戦争みたいな展開は勘弁してほしい……。



 墜落した宇宙船の見物を終えた俺は再び月ノ宮海岸を北上し、海岸通りにある喫茶店ノーザンクロスを訪れた。烏夜朧は夏休みや冬休みなどの長期休暇中はノザクロでバイトをしているため、それに向けて挨拶に行こうと思った次第だ。

 扉を開くとカランカランと鐘がなり、黒いエプロンを身につけた金髪の少年が俺を出迎えてくれた。


 「いらっしゃいま……あぁなんだ、烏夜先輩ですか」


 来店した客が俺だと気づいた瞬間、このノザクロでバイトしている鷲森アルタがあからさまに嫌そうな顔をする。お客様に対して何だその態度は、まぁお約束というか御愛嬌って感じである。


 「やぁやぁアルタ君、いつもの」

 「かしこまりました。ではこちらの席へどうぞ」

 「そこ、どう見ても床なんだけど?」

 「烏夜先輩にはお似合いです」

 

 中々先輩のことを舐め腐ってやがる後輩だが、こんな関係性になってしまったのは今までの烏夜朧がアルタにダル絡みしてきた歴史があるからだ。それでもちゃんと普通の席に案内してくれるあたり、冗談を交わせる間柄って感じである。向こうがどう思ってるかはわからんが……。


 俺がカウンター席に座って注文したドリンクが届くのを待っていた。そういえばついいつものって注文しちゃったけど、何が届くのだろう? 滅茶苦茶嫌な予感がするが気長に待っていると、ノザクロの入口の扉の鐘がカランコロンと鳴り響き、麗らかな少女達が来店した。


 「へいへ~い、アルちゃん元気してる~?」


 と、調子こきながら入ってきたのは、変な星型のサングラスをかけた銀髪ショートの少女、琴ヶ岡ワキア。コイツの病弱キャラはどこに行ってしまったんだ。

 ワキアの謎テンションに溜息をつきながらもアルタはまんざらでもなさそうな笑顔で出迎え、そしてワキアに続いてベガやルナもやって来た。そしてテーブル席に一人で座っている俺を見つけると、彼女達はアルタに了承を取って俺と相席することになった。


 「へいへ~い、烏夜先輩は今日も一人~?」

 「なんて悲しいことを言うんだ」

 「きっと烏夜先輩も一人になりたい気分だってあるはずなんだからっ」


 と、ベガは俺のことをフォローしてワキアの頭をコツンと叩いた。


 「それで、ワキアちゃんのそのサングラスは何なんだい?」

 「良くぞ聞いてくれたね、烏夜先輩。これはかの喜劇王、チャップリンから幾千の時を経て私へと受け継がれた秘宝、ミラクルスターグラスだよ。これをかけるとあら不思議、世界の明るさが四分の五倍になるんだよ!」

 「あのチャップリンの秘宝だって……!?」

 「烏夜先輩、落ち着いてください。これはワキアが射的の景品で当てただけなんです」


 まぁそんなとこだろうと思っていたけどね。

 それにしてもワキア、謎の病が治って元気になってくれたのは良いのだが、彼女から病弱という属性を奪うとただの愉快なキャラになってしまう。儚さは一体どこに行ってしまったんだ。


 「な、なんか今日のワキアちゃんはいつもよりテンションが高いね。何か良いことあったのかい?」

 「ふふ~ん、何があったと思う? 正解したら私のスリーサイズ教えてあげる」

 「本当に!?」

 「すみません烏夜先輩。今日のワキアはいつもよりちょっとおかしいんです」


 双子の姉であるベガが困っているぐらい、ワキアはいつもよりテンションが高いというかノリが鬱陶しくなっている。まぁそれも可愛らしいが。

 すると、俺達の会話の輪に入ってこなかったルナが、ようやく口を開いた。


 「いえ、わぁちゃんは私のために、私を元気づけるために頑張ってくれてるんです」


 いつもより陽気なワキアに対し、いつもは彼女に負けず劣らず元気なルナがややしょんぼりとしていた。

 それもそうだ……七夕祭当日、月ノ宮へ突如襲来した謎の宇宙船の攻撃により、ルナの実家である月ノ宮神社は全焼してしまったのだから。住んでいた家の方は無事だったそうだが、それでも思い出の神社が焼失してしまったことを誰よりもショックに感じているに違いない。


 「そうか……ワキアちゃんはルナちゃんを元気づけようと無理をして……」

 「烏夜先輩が泣き始めちゃった!?」

 「どうして朧パイセンが泣いてるんですか!?」

 「いや、ワキアちゃんの健気な姿に感動しちゃって……」

 「烏夜先輩、大丈夫ですか? 疲れてるんじゃないですか?」

 

 俺、ワキアの病気を治せて本気で良かったと思う。未だにワキア編のバッドエンドで彼女に文字通り食べられた時のことをたまに夢で見てうなされることもあるが、ワンチャン食べられるのもアリだなと思っている自分もいた。

 それに、やはりベガとワキアの二人が仲睦まじく接している姿を見られるだけで、俺は十分幸せである。


 「そういえば、神社って再建されるの?」

 「シャルロワグループが再建してくれることになったんです。なので、私はもうシャルロワグループの奴隷になるしかないんです……」

 「奴隷に!?」

 「私はこれからシャルロワ会長『様』と呼ばないといけないですし、シャルロワ会長様が廊下をお通りになる時は道を開けて土下座しないといけないんです」

 「大名行列か」


 月ノ宮神社もまぁまぁ大きいお社だったし、再建するとなると多額の費用がかかるだろう。寄付なんかで集めるのも一苦労だから、きっとローラ会長が気を利かせたに違いない。それでも再建費用をポンッと出せるのは凄いと思うが。

 

 「でもやっぱり再建されるまで時間がかかるので、私は一時お手伝いをすることが出来ないんです……私の兄は工事のお手伝いをしてますけど、非力な私はただ見ていることしか出来ず……」


 そうか、もしかして一時の間、巫女服姿のルナを見ることが出来ないってこと!? 俺は定期的に巫女服姿のルナを見に行って癒やされて、罵倒されることに快感を覚えていたのに、それが叶わなくなるということか。まさかそんなところに影響が出てしまうとは思わなんだ。

 それに神社の手伝いにやりがいを感じていたルナにとって、その仕事が無くなったこともショックなのだろう。


 「じゃあ、ここで働く?」


 すると、俺達のテーブルにドリンクを運びに来たアルタがルナにそう提案した。

 つまり……巫女服ではなく、ノザクロのメイド服を着たルナが見られるってこと!?


 「え、私が? 私がアルちゃんと一緒に?」

 「夏場はお客さん多いし、人ではいくらでも欲しいってマスターが言ってたんだ。ルナも神社で接客とかやってるしいけるんじゃない?」

 

 経緯は違えど、ネブスペ2のトゥルーエンドの世界線でもルナもしれっとノザクロでバイトすることになる。でもまさかアルタがそういう風に誘うとは意外だった。しかもルナもアルタのことをもうアルちゃんって呼んでるし。

 アルタの提案を受けて、少々落ち込んでいたルナの表情が明るくなった。


 「ねぇアルちゃん、それって私達も良いの?」

 「まぁマスターに聞いてみれば?」

 「よしっ、じゃあアルちゃん。このドリンクを作ったシェフを呼んできて」

 「いやこれ作ったの僕なんだけど」


 そう言いながらアルタはテーブルの上にドリンクを並べていく。他三人の前には普通のジュースが並んでいるのに、俺の前に置かれたのはダークマター☆スペシャルだった。そういやさっき、俺はいつものってテキトーに頼んだけど、やっぱ俺はアルタに嫌われてるのかな。

 そしてアルタが俺達のテーブルを離れて厨房の方に向かってから一時すると、褐色の肌に真っ白なアフロが目立つ、グラサンをかけた大男がやって来た。


 「ストーリーはハードさせてもらったYOー!」


 ノザクロのマスターこと塩尻寿樹。久々に見たけどやっぱデカすぎだろこの人。ワキア達の体躯に比べると四、五倍はありそうなんだが。


 「実はレオナルドがホームのカバーでベリービーズィーでね。キャッツのハンドもレンタルしたぐらいだったんだよ!」


 このノザクロで働いていたフリーター、レオさんはルナのお兄さんであり、つまり実家は月ノ宮神社だ。さっきルナも言っていたが、レオさんが実家の手伝いで不在ってなるとノザクロを回すのが大変になってしまうだろう。だから(キャッツ)(ハンド)借りたい(レンタルしたい)ぐらいだと。

 

 「えっと、応募はどうすれば?」

 「お、ノザクロでワーキングする? じゃあ面接を始めるよ」

 「今ここで!?」

 「わ、私は白鳥アルダナって言います! アルちゃんと同じ月ノ宮学園の一年生です!」

 「今までにアルバイトの経験は?」

 「実家の神社の手伝いでお掃除をしたりお守りを販売したりしてました!」

 「クッキングの経験は?」

 「あ、あまり得意ではないですけど頑張ります!」

 「接客の自信は?」

 「神社でも一応接客はやってましたけど、それとは違うと思うので頑張ります!」

 「うん、ベリーグッド! 今日からルナーもミー達の新しい仲間だよ!」

 「即決ー!?」


 こんな軽いノリでバイトを採用してしまうのがマスタークオリティ。七夕事件のせいでネブラ人に対する風当たりが強くなっているが、マスターはそんなことを気にしないだろう。


 「ちなみにそちらの二人もどう? ノザクロでワーキングしないかい?」

 「え、良いんですか? 私、接客とか慣れるのに中々苦労しちゃいそうで……」

 「アルタ的にはどうだい? このガールフレンドの二人は?」

 「ガールフレンドではないですけど、ベガは真面目に働いてくれると思いますよ。ワキアはふざける時もあるでしょうけど、ちゃんと仕事はするでしょうし明るくなると思います」

 「じゃあアルタのドラムスタンプもあるわけだし、二人もミー達の新しい仲間だよ!」

 「縁故採用!?」


 このノザクロでバイトリーダーだったレオさんが神社の再建のためいなくなってしまったのは痛手だが、代わりにベガとワキアとルナが来てくれるんだったらむしろプラスかもしれない。

 ごめんレオさん、俺は貴方よりベガ達三人の方が嬉しい。貴方は神社の再建を頑張って。

 

 

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