もしも、宇宙人が友好的だったなら
七夕祭の会場に集まった月ノ宮町の住民は、上空に現れたUFOがネブラ人の宇宙船であると即座に理解できた。かつて月ノ宮海岸に保管されていた宇宙船はビッグバン事件で破壊されてしまったが、俺達よりの下の世代でも生で宇宙船を見たことがある子ども達もいるはずだし、少なくとも写真で見たことがあるはずだ。
とはいえ、そもそもネブラ人の宇宙船が地球へやって来たのは五十年以上前の話だ。宇宙船が空を飛んでいるのを見るのは殆どの人が初めてだろう。
まるでSF映画さながらのようだと俺は感動していたが、七夕祭の会場である月ノ宮神社は半ばパニック状態に陥っていた。
「すごー! 本当に飛ぶんだあれって!」
宙をフヨフヨと浮きながらカグヤさんはテンションが上がっているようだ。カグヤさんってビッグバン事件の爆発で亡くなったから結構複雑な気分なのかと思ったけど、何か普通に無邪気な子どもみたいにはしゃいでる。
「もしかして、ネブラ人の避難民?」
「そうかもしれないわね。先人達が地球に辿り着いたのは奇跡のようなものだったけれど、まさか他の避難民も来るとは……」
平静を装いながらローラ会長はそう呟いたが、少し不安げな表情で俺を見た。ローラ会長が抱える不安はきっと俺と一緒だろう。
ネブスペ2において、七夕は第一部と第二部が切り替わる重要なポイントだ。これまで繰り返してきたループの中で俺は何度も大星達のグッドエンドを見届けたし、何度もバッドエンドで殺される羽目になった。
それはトゥルーエンドの世界線でも同様で、本来はネブラ人の過激派が騒動を起こすタイミングなのだが、現状ネブラ人の過激派はローラ会長のおかげで壊滅状態にある。
そして俺とローラ会長は、ネブスペ2のトゥルーエンドとは違う、初代ネブスペのキャラ達も交えてこのNebula's Spaceの世界の真エンディングを探していたのだが、この七夕のタイミングで大きなイベントが起きることは予測していた。
「ネブラ人の避難民って、あの一隻だけでしょうか?」
「もしかしたら今頃、世界各地に現れているかもしれないわ。でも……ネブラ彗星は来なかったわね」
トゥルーエンドの世界線では、ネブラ彗星が観測される星河祭のタイミングでネブラ人の宇宙船が再び地球へやって来る。
だからそのタイミングが早まっただけだと思えば、ネブラ人の宇宙船がやって来たことはそこまで不思議ではない。ただ、太陽系から遠く離れたアイオーン星系からはるばる地球へやって来たネブラ人達は、ネブラ彗星に導かれるようにして地球へ辿り着いたはず。
もしネブラ人の宇宙船が来るのなら、ネブラ彗星も観測されるはずなのだが……必ずしもそこはセットではないのだろうか。あくまで演出というだけで。
「全然降りてこないね。何してるんだろ」
「降りられる場所を探してるんじゃ……」
「また海岸に降りるかもしれませんね」
俺達が見上げる先にあるネブラ人の宇宙船は、上空に浮遊しているだけで何も行動していなかった。
原作よりかなり時期が早いが、もうネブラ人の避難民が地球に到達したのかと思い俺も若干ワクワクしていた。
「え? 何か光ったよ──」
しかし突然、ネブラ人の宇宙船の下部から赤い光が放たれた。それは何かの照明のようかと思ったのだが、宇宙船の下部から放たれた赤い光線が月ノ宮神社の本殿に着弾し、轟音と共に大爆発を起こしたのを見て──俺は、あの宇宙船が地球人に対して敵意を持っていることに初めて気付かされた。
爆発により炎が上がる神社の本殿からは黒煙が上がり、お祭りに集まっていた人々は悲鳴を上げながら逃げ惑い、境内は一気に混乱に包まれた。
きっと人々は突然現れた宇宙船に不安を感じながらも、ネブラ人という前例があったからこそ油断してしまっていたのだろう。
無常にも、地球へやって来る宇宙人が全て友好的ではないということを教えてくれた。
「や、ヤバ……!?」
乙女は無意識なのか俺の腕を掴みながら、怯えた様子で空を見上げながら言う。カグヤさんもアワアワと慌てふためきながら宙を舞っていたが、ローラ会長は悲鳴も上げず特に怯えた様子も見せずに、ただ空に浮かぶ宇宙船を眺めていた。
何かを悟ったような彼女の表情を見て、俺は慌てて話しかける。
「は、早く逃げましょう、ローラ会長」
月ノ宮神社の境内が混乱に包まれる中、ローラ会長はフッと微笑んで口を開く。
「案ずることは無いわ。
いずれ、こういう時が来ると思っていたから」
え、嘘。知らなかったの俺だけ?
ローラ会長、いやその中に眠るネブスペ2の原作者、月見里乙女が何を考えているのかさっぱりわからなかったが、どこからともなく機械音が聞こえてきたので、俺は月見山の頂上の方を見る。
「え、何あれ」
青々とした木々に彩られた月見山に現れた多数の砲台。え、砲台?
何かミサイルランチャーみたいなのが出てきたんですが? 予想だにしない物体が現れて俺達はたまげていたが、それらの砲台から無数の光線が宇宙船に向かって放たれるのを、ローラ会長は涼しい顔で見守っていた。
「すごい。SF映画みたい」
目の前で起きるあまりにも非現実的な光景を見て、乙女がそう呟いた。俺も同じ感想だ。
月見山だけでなく月ノ宮町各地から上空に浮かぶ宇宙船に向かって無数の光線やミサイルのようなものが放たれ、次々に着弾している。いくつかは撃ち落とされたりしているが、宇宙船から炎が上がっているのを見るに着実にダメージを与えているようだ。
「い、いつの間にこんな防衛陣地みたいなのが作られてたの!? 要塞みたいになってるよ!?」
「先人達が地球へ到達したのと同様に、好戦的なネブラ人がやって来る可能性を鑑みてのことよ。これらの設備が完成したのはつい最近だったからギリギリだったわね」
ローラ会長、隠れてこんなの用意してたの? 宇宙戦争でも始める気かよ。いや始めたのは向こう側だけども。
月ノ宮各地に現れた砲台から放たれた光線による迎撃により上空の宇宙船は段々破壊されていたが、それでも逃げずに地球への攻撃を続けており、宇宙船の下部から再び赤い光線が放たれ──。
「ぎゃああああああああああああああっ!?」
俺達の側に浮いていたカグヤさんに直撃した。
いや、直撃したと言っても貫通したというか霊体のカグヤさんをすり抜けていっただけで、後ろの木々に着弾していた。
「危ない危ない。いやこれ、もし私が死んでなかったら死んでたね」
こんな時に何を言ってるんだこの人は。
でも、あんなヤバそうな光線に直撃されても無傷なカグヤさんがいるのは都合が良い。
「そうだ、カグヤさんが囮になれば良いんですよ!」
「君は人の心とか無いの?」
「いいえ、名案だわ。あの宇宙船、中々しぶといから撃墜するまで敵の目を引き付けといて」
「幽霊に囮を任せることある!?」
カグヤさんは戸惑いを隠せていなかったが、七夕祭の会場で逃げ惑う人々を見て決心したのか、人気のない森を背後にしてカグヤさんはフヨフヨと宙に上がって口を開いた。
「へいへ~い、かかってこいや~! お前達のビームなんて私には全然効かないんだぞー! 悔しいならもっと近づいてきやがれ──わああああああああああああっ!?」
あまり慣れていないのか可愛らしい挑発だったが上空に浮かぶ宇宙船には効果てきめんだったのか、再びカグヤさんに向かって光線が放たれた。だがカグヤさんが囮になったおかげで、光線は誰もいない地面に着弾した。地面に大穴が空いて黒焦げになっているのを見るに、あれが人の多い場所に着弾したら凄惨なことになるぞ。
「え、また何か飛んできた!?」
どこからともなく現れた無数の小型の無人機のようなものが月ノ宮の上空に襲来する。
「いえ、あれはシャルロワグループが開発した無人戦闘機よ」
シャルロワグループって軍需産業にも手を出してたの?
上空に現れた小型の無人機は無数の光線の中をかいくぐり、無人機から放たれた光線が次々に宇宙船の船体に大穴を開けていくのが見えた。
いやヤバすぎだろ、シャルロワグループの技術力。そんなに考えたことなかったけど、そもそもネブラ人が凄いのか。
「あ、落ちていきますよ!」
地上の砲台や無人戦闘機の攻撃によるダメージに耐えられなくなったのか、上空に浮いていた宇宙船は黒煙を上げながら落下を始める。なおも砲台などからの攻撃は続き、それらの攻撃の威力で落下地点を調整し、宇宙船は月ノ宮海岸に墜落した。
上空に現れた宇宙船による騒動によって七夕祭の会場に集まっていた人々はどこかに避難したようで、燃え盛る月ノ宮神社本殿の消火のために消防団が駆けつけていた。
月ノ宮を無差別に攻撃する宇宙船が墜落したことに乙女やカグヤさんは安堵の表情を浮かべ、乙女の両親である秀畝さんや穂葉さん達も駆けつける中、ローラ会長は月ノ宮海岸に墜落して黒煙を上げる宇宙船の残骸を眺めていた。
これは、かなりまずいことになった。
ローラ会長がこの事態を想定していたとしても、この大事件が後にどんな影響を及ぼすか、それがどれだけ厄介かを彼女は知っているはずだ。ひとまず敵がいなくなったのは一安心だが、これからが正念場だ。
轟々と燃え盛る本殿の炎は、人々の願いが込められた短冊にも延焼し、笹の葉と共に短冊が熱気に煽られて宙をヒラヒラと舞っていた。
そして一枚の短冊が、俺の足元にヒラヒラと落ちてきた。拾ってみると、誰のものかわからない短冊にはこう書かれていた。
『いつまでも、朧と一緒にいられますように』




