何の変哲もない、曇り空
──好きな人と一年に一度しか会えないって残酷だよね。
──でも一年に一度しか会えないのに続けられる恋愛にも憧れるよ。
──そんな恋をしてみたいなぁ、だなんて……。
幼い頃、くだらないお願いを短冊に書いて何となく七夕というイベントを過ごしていた時の、前世の幼馴染の言葉をふと思い出す。
思えばあの時から、アイツは俺達が離れ離れになるのを予感していたのかもしれない。
朝、俺は何となく外の天気を確認した。ネブスペ2の第一部では、バッドエンドを迎えると七夕の朝は雨で始まる。もしグッドエンドの条件を満たしていたなら外は晴れているはずだ。
もしイベントを丸暗記しているならどのイベントが発生しているかでどちらのエンディングに分岐しているかはなんとなくわかってしまうが、目に見えて一番わかり易い判別方法なのである。
「曇り、か」
晴れでもなく雨でもなく曇り、昨日の天気予報通りだ。予報によると雨こそ降らないらしいが、天体観測日和とはとても言えない空模様である。
俺が今までのループを周回していて、七夕のタイミングでグッドエンドなら晴れ、バッドエンドなら雨という判別方法は効果を発揮していた。雨が降っていたら死を覚悟したもの。
しかし、曇りというパターンは二回目だ。一回目はそう、この世界に初めて転生した時である。一周目の世界で俺は、アルタの代わりに事故に遭って記憶喪失になったわけだが……つまりバッドエンドではないものの、俺達の身に何かしらの不幸が降りかかるという天からのお告げなのだろうか。
トゥルーエンドの世界線であれば、今日は大星達と一緒に七夕祭を楽しんだ後、月見山の展望台で皆でワイワイしながら花火を見るはずだ。
……やっぱり俺、その途中で事故る? まぁ記憶喪失になってしまったらローラ会長にどうにかしてもらおう。
七夕祭が開催されるとはいえ、今日は平日だ。期末考査も終わり夏休みに向けて雰囲気が浮ついている教室でいつも通り授業を受ける。放課後になると大星達と月ノ宮神社で待ち合わせをする約束をして、俺は一人で生徒会室へと向かった。
「お祭りと言えば浴衣よね」
生徒会室に一人残っていたローラ会長は、俺が入って早々にそんなことを言い始める。
「そして浴衣と言えば下駄よ。私は誰かの下駄の鼻緒が緩くなるよう細工したいのだけれど、誰のが良いと思う?」
コイツとんでもないこと考えてるな。なんか下駄の鼻緒が切れたり緩んだりしてこけちゃって、彼女をおんぶするみたいなシチュエーションもなくはないけども。
「ここはやっぱり言い出しっぺがやるべきだろ」
「お姫様抱っこしてくれるなら」
「わかった。ちゃんと用意しとけよ」
「そんなバカな!?」
そういえばお祭りの会場でローラ会長の浴衣姿とか見かけた記憶がないな。衆目の前で俺におぶられるという辱めをコイツに味あわせてやろうじゃないか。
まぁそんなことは置いといて、俺はローラ会長に聞く。
「なぁ、この空模様をどう思う?」
俺は生徒会室の窓から空を眺める。雨が降りそうな程ではないが、空は一面雲に覆われている。
「何の変哲もない曇り空ね」
「バカ言え」
「冗談よ。ま、一筋縄ではいかないということかもしれないわね」
ローラ会長も俺の隣で溜息をつきながら曇り空を眺める。
「何が起きると思う? また俺が記憶喪失になるんじゃないか?」
「その時は苦しまないように解釈してあげるわ」
「絶対にお前を巻き添えにしてやるからな」
「フフ、一緒に仲良く記憶喪失になりましょ」
前に記憶喪失になった時は散々な目に遭ったからな。俺とローラ会長が揃って記憶喪失になってしまったら、マジでバッドエンドに向かいかねないぞ。
この後ローラ会長も月ノ宮神社へ来るそうなので、俺は生徒会室で彼女と別れてそのまま下校し、軽く支度をして月ノ宮神社へと向かった。
「ま! ももろっちだ~」
大盛りの焼きそばが入ったパックを手に、モグモグと焼きそばを頬張る美空。彼女の青い髪に黄色い浴衣はよく似合っているのだが、大盛りの焼きそばで台無し感がある。この光景を見るのも何度目だろうか。
「食うか喋るかどっちかにしろ」
隣に立つ大星にそうツッコまれると、美空は黙々と焼きそばを食べていた。食べる方が優先なのね。
「やぁ大星。良いねぇ君は浴衣姿の可愛い彼女がいて! ぼっちの僕とは大違いだねぇ!」
「急にキレるな」
言っておくが冗談でもなんでもなく、俺の心の叫びなんだからな。
なんて若干恨み辛みを覚えていると、俺達の元へ近づく紺色の浴衣姿の少女が一人。
「遅かったわね。私達も結構着付けに時間がかかったのに」
朽野乙女。彼女が七夕祭に参加しているのを見るのはこれが初めてだ。いや過去にも俺達は何度も七夕祭に参加しているが……これが乙女の浴衣姿か。ゴクリ。
いつもはセミロングぐらいの長さで乙女が髪を結ぶことなんて殆どないが、今日は三つ編みを作って赤いリボンで留めている。いつもの彼女とは違う雰囲気を醸し出していて、不覚にも俺は目を逸らしてしまう。
「何か言いなさいよ、朧」
「馬子にも衣装だね」
「何をー!」
と、俺が乙女にしばかれるまでがいつもの流れ、か。この日常を今日という日に味わえることが感慨深い。
そして同じく浴衣姿のスピカ、ムギ、レギー先輩もやって来て、俺達は一緒に屋台を回ることにした。
さて、今回の七夕祭と同時に絵画コンクールが開催されている。原作なら審査委員達による多数決で事前に優秀賞とかが決まるはずなのだが、今回は何故か一周目の世界と同様に当日に月ノ宮じ神社を訪れた来場客等による投票制となっている。俺が知らない内にローラ会長が糸を引いていたのだろうか。
コンクールの投票に必要な投票券は七夕祭の屋台を利用すれば貰えるため、俺達はブラブラと月ノ宮神社の境内を巡る。
まず目についたのは、地元月ノ宮宇宙研究所が催している宇宙生物とのふれあいコーナーだ。
……なんだか嫌な予感しかないが。
「わ〜この丸っこい生き物かわい〜」
「それはネブラマンジュウモドキだね。触った感触がGカップのオッパイに似てるんだって」
「つまりこの生き物を胸に二体くっ付けたら私もGカップになれるってこと?」
「やめなさいムギ。そんな偽物を付けても大星さんは喜びませんよ」
「大星、感想は?」
「いや求められても困るんだが」
オッパイの感触に似てる生物を触るの、逆に勇気がいるんだけど。それにどこに目とか口がついてるんだこの饅頭っぽい生物は。
「この人の手の形をした生き物はなんなんだ……?」
「そいつはヒトノテモドキモドキモドキですね」
「そんなややこしい名前をつける必要があったの?」
「指使いがテクニシャンなんだって」
「……何に使うんだ?」
ただの人の手の形をした生き物だ。五本の指(足?)を器用に動かしてウネウネと檻の中を移動している。こんなのと触れ合いたくないんだけど。しかもコイツの指使いが中々テクいっていう知識はいらん。
「見て皆。こいつの舌使い、ヤバいよ」
「これはネブラモルモットだね」
「舌使いとか言うな」
「うひゃあっ!? こいつメッチャ舐めてくるぞ!?」
「こんな豪快な下で私の……」
「言わせないよ!?」
舌使いが中々テクニシャンなネブラモルモット。数を集めればヒロインの身体中をペロペロするという嗜虐的なシーンを見れそうだが、悪用はやめよう。
その後はたこ焼きやポテトフライ、かき氷、りんご飴などの屋台を転々として投票券を集めた。まぁ一人一回しか投票できないが、お祭りの屋台飯って何でも美味しそうに見えてしまうものだ。
「ももっ! もももっもも!」
「美空さんは何と言っているのでしょう?」
「ここ! マダガスカァル!」
「せめて地球儀を持ちなさいよ」
ちょっと美空の胃袋はブラックホール並みに異次元過ぎるが、乙女も含めて皆が思い思いにお祭りを楽しんでいるようで何よりだ。
一通り屋台を満喫した俺達は、ムギと乙女が共同で製作した絵を見るためにコンクールの会場へと向かった。




