烏夜朧と朽野乙女とエレオノラ・シャルロワの大三角
七月五日、日曜日。七夕前最後の休日。
今日はレギー先輩の舞台が行われている日なのだが、俺は劇場ではなくローラ会長の別荘にいた。
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
ローラ会長の部屋のソファに座る俺の目の前には、ミニスカのメイド服を着たローラ会長の姿があった。
うむ、眼福眼福……いや待て、なんだこの状況。
「おい、急にコスプレなんか始めてどうしたんだ?」
「昨日ネレイドに教わったから、早速披露しようと思って」
「まさか衣装まで買ったのか?」
「えぇ。彼女がデザインした衣装を大人買いしてきたわ」
ローラ会長がメイド服を着て烏夜朧にご主人様って言ってる構図、他の誰かに見られたらとんでもない誤解を招きそうだ。絶対におかしいもん、これ。
でも似合ってるなぁ。いつもシックな雰囲気の服ばかり着ているからそのギャップもあるが、無駄に見てくれが良いから完成度が高すぎる。
「次は何が良い?」
「おまかせで」
「じゃあちょっと待ってて」
もしかして今日、七夕前の大事な休日を一日費やしてローラ会長のファッションショーを見せられるのか? 葉室市の劇場ではレギー先輩の舞台が上演されているというのに。でもレギー先輩の舞台はこれまでのループで何度も見てきたから別に良いか。セリフを完璧に覚えられるぐらいには見たし。
そして一時して、クローゼットルームからローラ会長が出てきた。
「逮捕しちゃうぞ☆」
ほう、ミニスカポリスと来たか。前世だとそんなミニスカ姿を見せてきたことないのに、ローラ会長に転生したのを良いことに、コイツはそれを武器にしやがっている。
元々エレオノラ・シャルロワというキャラ自体、胸のボリュームこそ控えめではあるが足も長くてかなりモデル体型だからなぁ……このローラ会長の姿を独り占めできるのは中々の贅沢だ。
「わざわざモデルガンと手錠まで買ったのか」
「どの罪で逮捕されたい? 外患誘致罪?」
「死刑確定じゃねぇか」
「ちなみにパンストと生足だったらどっちが好み?」
「生足で」
「わかったわ」
いやわかったって何?
ローラ会長はまたクローゼットルームに引っ込んで着替えを始める。そしてまた一時して出てくると、今度は修道服を着たシスターのコスプレだった。
……何故かミニスカで生足を晒しているが。
「すげぇデザインだな、それ」
「でも創作作品だと意味もなくわざわざミニスカを選ぶ教育的によろしくないシスターだっているでしょ?」
「意味もなくって言ってやるな」
「それに私は覚えてるんだよ。入夏が太ももフェチだってことを」
「やめろそんなことを思い出すんじゃない」
「少しでも邪念を抱いていたなら一周回ってワンって鳴くと神の許しを得ることが出来るけど」
「ワンワンワンワン!」
「大分穢れてるじゃん……」
俺の前世の幼馴染、月見里乙女という奴はローラ会長とは全然違ってちっこい奴だったが、そういえば前世でも彼女のコスプレファッションショーに付き合わされたような気がする。そう思うと元々コスプレが好きだったのかもしれないな。
……人格的にはどうであれ、俺の前世の幼馴染が追い求めていた容姿ってローラ会長のような姿だったのだろうか。
「どう? この巫女服。着るの大変だったけど」
「ワン!」
「もう人語を喋れなくなってる……」
「やっぱ巫女服って最高だよな。エロゲとか恋愛シミュによく出てくる理由がわかるぜ」
「着物とか浴衣とか、そういう和装の服がはだけた時の色気ってヤバイよね」
「お前も中々こじらせてるな……」
ネブスペ2でデフォで巫女服を着ているのは月ノ宮神社の娘であるルナぐらいで、一応第二部のヒロイン勢が神社のお手伝いで巫女服を着るイベントもあるし、俺もこの世界に転生してきて何度も見てきて堪能させてもらった。
でも和装キャラがいないのが惜しまれる。ローラ会長達も立場上、式典とかで着物を着る機会はありそうだが……でも大和撫子な宇宙人というのも中々不思議な話だな。
その後も魔法少女だとかナース服とか色々なコスプレを堪能させてもらったが、こんなことで呑気に時間を潰してて良いのかとも思い始めた。そしてチャイナドレスを着て満足したらしいローラ会長は、スリットが中々際どい格好のまま俺の正面のソファに座って足を組んだ。
「さて、明後日の七夕のことだけど」
「このまま話を進めるつもりか? 集中できる気がしないんだが?」
「まず聞きたいのだけど、大星はもう卒業したのかしら?」
卒業。
一般的には学校での全過程を終えること、あるいはアイドルがグループを脱退する時に使われる言葉だが、童◯や処◯ではなくなること、つまり初体験を終えた時の隠語として使われることもある。
画面越しにネブスペ2をプレイしていた時ならグッドエンドを迎えれば見ることが出来たが、烏夜朧という立場ではそのイベントに立ち会うことは出来ない。
いや、エロゲとして楽しむのはまだ良いとして、実際に立ち会いたいと思うような趣味はないけど。
「そういえば……この前、大星が美空達を引き連れて遊びに言ったことがあったんだが、もしかしてあの時……!?」
「学校で私と話した時ね。やっぱり皆で出かけてたのね……そのまま犬飼家かアストレア邸で事に及んだに違いないわ!」
いや何を興奮してるんだコイツは。俺は大星達がイチャコラしていたという事実を知らされてちょっと複雑だよ。
「安心したわ。私も密偵に探らせていたんだけど、ちゃんとエロゲらしいイベントは起きていたのね」
「そんな不安だったのか?」
「えぇ。もしも自分が作ったエロゲが全年齢版になったらどうしようかと思っていたもの」
「余計な要素を増やすんじゃない」
そういえば妙に先週の大星達と他ヒロイン達の距離がさらに縮まったように感じたが……そうか、もう大人の階段を登ってしまったのか。頑張れ大星、中々に過酷だったと思うが、アルタとか一番先輩と比べると大分ソフトな4Pだったんだからな。俺はベガ、ワキア、ルナ、夢那、そして新たに加わるカペラとキルケの六人を同時に相手することになるアルタが生きて帰ってこれるのか不安でしょうがない。
「ほら、そもそも原作のトゥルーエンドってエロ要素は結構少なかったじゃない?」
「まぁシナリオ自体そんなに長くないからな」
「そこに初代ネブスペの面々が加わることになるわけだけど、彼らが[ピーー]パーティーを始めるとは思えないのよね」
太陽さんが初代ネブスペのヒロイン達を同時に相手するとなると、一対十だからな。それに太陽さんはもうブルーさんと結婚しているわけだし、あの二人に恋愛的なイベントが起きるわけもないし、そんな浮気とか不倫とか昼ドラめいたイベントが起きてほしくもない。
……ちょっと見てみたいけど、そんな事態になったらどうしようもないから勘弁してほしい。
「明後日はどうするんだ? 一応七夕祭は大きな区切りになるはずだろ?」
「大きなイベントが起きるかもしれないけれど、極力自然体でいましょ。そんな誰かが突然死んでしまうようなイベントは起きないと思うけれど、何かあったら頑張って体を張って頂戴」
「いや、俺がまた記憶喪失になるかもしれないんだが?」
「その時は私が責任を取るから」
「……どうやって?」
「まず介錯するための刀を用意するわ」
「責任の取り方が古式過ぎるだろ」
トゥルーエンドの世界線だとアルタが事故に遭うこともなく、ただ彼らが夏休みを楽しく過ごす姿が描かれる。その裏でビッグバン事件の真相に迫るイベントが起きたり伏線が張られたりするのだが……もう解決しちゃってるしなぁ。
帚木大星を中心とした第一部のシナリオは、何事もなく順調に進んでいるかのように思えるが……一つだけ、懸念点がある。
「なぁ、一日にお前と話した時、朽野乙女も大星達と一緒に遊びに行ってたんだ」
「じゃ、じゃあ乙女ちゃんも加わったってこと!?」
「興奮するな。残念だが、その前に大星達と別れて俺の家に来たんだよ。自分は美空達程大星のことは好きになれない、って言って」
俺は先日の件についてローラ会長に説明した。もしかしたらあの日、朽野乙女は後々起こり得るイベントを雰囲気で察知して大星達と別れたのかもしれない。だから俺にあんな話をしてきたのだろう。
「成程。良かったじゃない、それって貴方と乙女ちゃんのフラグが立ったということじゃない? おめでとう」
喜んでいるのか喜んでいないのかわからない声色でローラ会長は言う。
「いや、俺が乙女と付き合えるならそれは万々歳なんだが、お前は良いのか? 俺が他の女と付き合って」
乙女が朧のことを異性として意識しているのかはわからないが、何かフラグは立てられるような気がする。
でも俺は、このネブスペ2で語られる範囲のシナリオが終わるまで、つまり来年の三月、ローラ会長が卒業するタイミングで……前世で一度途絶えてしまった関係を復活させようと約束している。俺の勘違いでなければ、つまりそれは交際関係が始まるというわけだ。
ローラ会長は俺の質問に対し一時黙っていたが、アイスティーを一口飲んだ後で口を開いた。
「嫌だ。乙女ちゃんが烏夜朧と付き合うのは良いけど、入夏が乙女ちゃんと付き合うのは解釈違い」
「どういう意味だコラ」
「入夏が付き合って良いのは私だけよ」
やっぱり可愛い所あるなコイツ。
「でも乙女ちゃんを不幸にするのは許さない」
いや無理難題をおっしゃる。
「……乙女を他の男にあてがってみるか?」
「別に男だけじゃなくても良いじゃない」
「じゃあ誰だ?」
「……あれ? もしかして乙女ちゃんって朧がいなかったら余り物なの?」
余り物って言ってやるな。そう仕組んだのは原作者であるお前だろうが。
別に乙女はパートナーがいなくても元気にやっているだろうが、やっぱり彼女の恋路は見てみたいという願望も残っている。でも自分が介入できないという制約もある。
「いっそのこと二股OKか聞いてみましょう」
「品格を疑われると思うぞ」
「あ、でも入夏って私のこと好きでしょ?」
「そうだが」
「ぐはっ」
自分で言っといて何で自分でダメージ受けてんだコイツ。
「ぐふっ……これって私が乙女ちゃんのことを好きだからいい感じに三角関係になるんじゃないかしら?」
「んなバカなこと言ってる場合かよ」
俺と乙女とローラ会長で三角関係を築いて一体どうしようって言うんだ。
ローラ会長は何やら淫らな妄想をしているようで半ば興奮した様子で口を開く。
「案ずることはないわ。これからまた夏が始まるのよ。夏を言えば海よ、そこで何もイベントが起きないはずがないわ。私はここで必ず乙女ちゃんの水着姿を堪能するんだから!」
梅雨が明けたら夏本番だ。何度目かわからない夏休みが始まるわけだが、きっと俺は色んなキャラと海や遊園地へ行くことになるだろう。この身で何度も経験したイベントだが、やっぱ水着姿は何度見ても飽きないものだぜ、ぐへへ。
そのためには……七夕という大きな節目を、皆で無事に乗り越える必要がある。
……だが、この胸騒ぎはなんだろう?




