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病院に封印しておくべきだった



 七月四日。一つの節目である七夕の日が近づく中、俺はお昼過ぎに駅前市街地の外れにある乙女の家を訪れていた。

 

 「材料は用意できたわ!」


 乙女の家を訪れるのは久々、というか朽野一家は一度都心の方へ引っ越す予定だったが急遽残ることになり、無事元々の自宅に戻ることが出来ていた。

 そんな朽野家のキッチンには大量の食材が用意されていた。そう、今日は乙女の母親である穂葉さんが八年に及ぶ入院生活から晴れて解放される記念すべき日なのだ。そのためのサプライズパーティーの用意を俺は任されたという次第。


 「わざわざすまないね、朧君」

 「いえいえ、僕も穂葉さんにはお世話になりましたので」


 乙女の父親である秀畝さんと乙女の二人で穂葉さんを病院まで迎えに行ってもらい、家族全員で返ってくる前に俺がサプライズパーティーの準備をする。

 まぁ準備とはいえ全てを一から作るわけではなく、乙女達が既に下ごしらえを済ませてくれたものもあるので、そんなに大変な作業ではない。


 「じゃ、じゃあ頼んだわよ、朧」

 「うん、任しといて」


 俺は乙女と秀畝さんを見送って、早速準備に取り掛かった。



 『朧が望むのなら、私は──』


 ポテトサラダを作るために茹でたじゃがいもをすり潰す中、俺の頭に先日の乙女の言葉がリフレインする。

 結局、翌日学校で会ったときは何事もなかったかのように俺も接していたつもりだったが、何となく気まずいような、ぎこちないように感じられた。それは大星達から見てもそうだったようで、何かあったのかと心配されたが、笑って誤魔化していた。


 朽野乙女が大星ハーレムに入るのを拒んだのは予想外だった。やはり乙女も心の何処かで大星への恋心を抱いていたようだが、彼女自身が抱えていた劣等感に苛まれて、自ら脱落という道を選んだ。

 彼女が大星と付き合うというのが既定路線だと考えていた俺が間違っていたかもしれない。なんかそういうのって主人公補正とかで好感度が上がりやすくなっているものなんだと俺は考えていたのだが、そんな補正が無いのだとしたら、自然にハーレムを形成している大星達ってヤバいんじゃね?


 

 しかし、これから乙女をどう扱うべきだろうか。何も人生のパートナーを作ることが正解というわけではない。乙女がどういう将来像を思い描いているのかはわからないが、どこかで誰かと運命的な出会いを果たすことだってあるだろう。

 ……なんてのたまうのは、あまりにも運命に丸投げし過ぎだろうか。


 『朧が望むのなら──』


 もし。

 もしも、烏夜朧と朽野乙女が結ばれるなら?



 ……悩む。

 むっちゃ悩む。

 どうしても、ローラ会長(アイツ)が俺の頭をよぎってしまう。


 俺の立場からすれば、烏夜朧としての幼馴染は朽野乙女、そして月野入夏としての幼馴染は月見里乙女(ローラ会長)だ。現時点でどちらか選べと言われても俺は答えられない。きっと先手を打った方が勝ちというぐらいだろう。もしも同時に両方から告白されたら、俺は潔く自害して人生をやり直してくる。


 前世でネブスペ2をプレイしていた俺としては、朽野乙女が大星ではなく朧を選ぶというのも決して解釈違いというわけではない。むしろ信頼し合っている幼馴染同士が晴れて結ばれたと祝福するだろう。

 だが当事者となっては別の話である。


 まさか、朽野乙女が転校せずに月ノ宮に残るという選択の結果が、こんな事態を生むことになるとは。

 俺が月野入夏と烏夜朧に綺麗に分裂出来るのなら万々歳なのだが。


 「あっ」


 俺はずっと乙女のことを考えてしまっていたが、ポテトサラダと作るために茹でたジャガイモを潰しすぎてドロドロしたスープ状になってしまっていた。

 ……ポテトサラダは諦めて、ポテトポタージュでも作るかぁ。



 その後は何とか料理に集中し、俺は予定していたメニューを夕方までに完成させることが出来た。

 ふぅ、もう何度料理をやって来たかわからないが、何度ループを繰り返してきてもこれは楽しいと思える。将来料理人にでもなろうかなぁ、何か朧がイタリアンとかフレンチのシェフになって格好つけてる姿も想像に容易いから、そういうのもアリか……なんて考えていると、「ただいまー」という乙女の声が玄関まで聞こえてきた。

 どうやら朽野一家が帰ってきたようで、俺は玄関まで彼らを迎えに行く。玄関には乙女と父親の秀畝さん、そして退院したばかりの穂葉さんの姿があった。俺は三人が靴を脱いでいる間に玄関前に正座して深々とお辞儀をした。


 「本日は遠路はるばるようこそおいでくださいました。当館女将の烏夜ボロ子でございます」

 「いやボロ子て」

 「この名の通り年季が入ってボロボロな当館でございますが、ごゆるりと堪能してくださいませ」

 「クソ失礼じゃん」

 「どうもお世話になります、朽野です」

 「乗らなくていいから、父さん」

 「旅館って言ってるのに露天風呂が付いてないとか詐欺じゃないかしら」

 「面倒な客にならないで、母さん」


 あまり俺がボケ倒すとツッコミ役の乙女が疲弊してしまいそうだ。ボロ家とか言ってすいません、普通に新築でスマート家電も充実している良いお宅だと思います。

 俺が乙女達と一緒にダイニングへ向かうと、テーブルに並べられた豪勢な食事を見て穂葉さんが簡単の声をあげた。


 「あら、朧君がこれを用意してくれたの!?」

 「当館自慢の夕食でございます」

 「その設定まだ引っ張るんだね」

 「私もちゃんと下ごしらえとかしたんだから!」


 諸事情あってポテトサラダは急遽ポテトポタージュになってしまったが、俺は普通にシーザーサラダを作ったり唐揚げを揚げたり筑前煮を煮たり卵焼きを焼いただけだ。うん、すげぇ働いてるじゃん俺。

 とはいえ下ごしらえは乙女や秀畝さんがやってくれていたから、筑前煮を煮てる間はスマホでソシャゲしてたけどね。


 さて、穂葉さんの荷物の整理も手短に終わらせて、早速穂葉さんの退院祝いパーティーを始めることとなった。


 「では僭越ながら僕が代表でスピーチさせていただきます」

 「結婚式みたいね~」

 「誰の?」

 「私と母さんの新たな門出だよ」

 「何言ってんの?」

 「穂葉さん、ご退院おめでとうございます。僕は今日という日が来るのをとても心待ちにしておりました。かしこまると上手く話せなくなりそうなので、いつものようにはーちゃんと呼ばせてください」

 「そんな呼び方したことないでしょうが」

 「よろしくねボ◯ちゃん」

 「いや◯ーちゃんはちょっとアウトだから」


 ふぅ、ボケるのって楽しい。何よりツッコミがいてくれるのが頼もしいぜ。でもこの四人で集まると秀畝さんと穂葉さん御夫婦までボケに回るとは思わなんだ。


 「僕がはーちゃんと出会ったのは、共通の友人であるアブドゥル・アヒヤと一緒に遊んだことがきっかけでした」

 「いや誰」

 「葉室でマレーシア料理店を経営しているイケメンさんね」

 「実在するんだ」

 「まぁなんやかんやあって僕ははーちゃんと知り合いになり、長い入院生活を送ることになっても周囲に元気を振りまくはーちゃんが退院できる日を待ちわびていました」

 「急に端折るのやめなさいよ」

 「せっかくの料理が冷めてしまうからね」


 ぶっちゃけここで俺がスピーチをする意味なんて全くない。俺だって頑張って料理を作ったからへとへとだし、早く美味しい飯を食いたいんだ。

 

 「では穂葉さんの退院を祝いまして、かんぱーい!」

 「かんぱーい!」


 穂葉さんはあくまで乙女の母親でありネブスペ2のヒロインではないが、俺にとっては穂葉さんの退院も喜ばしいことなのだ。やはり烏夜朧として昔から穂葉さんにお世話になっていたからだろうか。


 「乙女、最近学校はどう? そろそろ彼氏出来た?」

  

 まぁ、食事を始めて早々にこんな爆弾をぶっこんでくる人ではあるが。突然そんな質問をされた乙女はむせてゴホゴホと咳き込んだ。


 「母さん、いつも言うじゃん。いい加減しつこいよ、そういうの」

 「あら、朧君はもう孫が出来たって聞いたわよ」

 「何そのデマ」

 「今度五人目の孫が新馬戦に出ますね」

 「アンタ種牡馬だったの?」

 「カラスヤオボロ直系の中山1200は買いか……」

 「やめて父さん」


 穂葉さんが烏夜朧のことをどう思っているかは知らないが、一応俺も同じ場にいるのに乙女の恋路について話すのは勘弁して欲しい。だが何とか話をそらすことが出来そうだ。


 「ちなみに朧君はどうなの?」

 「はい?」

 「か・の・じょ!」

 

 ヤバい、この人を病院から解放したのは失敗だったのでは? 何とか理由をこじつけて病院に拘束しなければならないのではと俺は今更後悔を始めていた。


 俺が変な冷や汗をかいている中、穂葉さんは期待の眼差しで俺のことを見ているし、秀畝さんは諦めたように笑っているし、乙女に至っては勝ち誇ったような表情でニヤニヤしていやがる。

 畜生! これは外れイベントだったか!? まさか朽野家にトラップばかりだとは思わなかった!


 どうしたものかと俺が天を仰いだ時、朽野家のインターホンが鳴った。


 「あら、お客さん?」


 誰だろうか、もしかして大星達がサプライズで登場?

 だがグッドタイミングだ。誰であれこれは助け舟──ドアホン越しに秀畝さんが対応し、俺達も玄関へ向かって来客を出迎えた。


 「どうもこんばんは、お忙しいところ失礼いたします」


 朽野家を訪れたのは、黒髪短髪の好青年っぽい雰囲気の若い男性と、艷やかな長い青い髪の麗しい女性、おそらく夫婦なのだろうか。手には紙袋を持って、出迎えた俺達に笑顔を向けて言う。


 「はじめまして。隣に引っ越して参りました、天野太陽と申します。こちら妻のブルーです」

 「こんばんは。一家団欒のところ失礼します」


 ……え?

 朽野家を訪ねてきたのは、天野太陽と天野ブルー。

 初代ネブスペの主人公とメインヒロインが来ちゃったんだけど?


 

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