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今すぐにでも成仏させたい



 Nebula's(ネブラズ) Space(スペース)2ndに登場する攻略可能なヒロインは合計十二人。かなりのボリュームでその分エロゲの中でも割高な方ではあるが、それ以上の面白さがあのどでかいパッケージの中に、ディスクの中に詰め込まれていた。


 第一部に登場する朽野乙女というキャラは、ヒロインのように見えて烏夜朧と同じくバカばっかりやっているお助けキャラというポジションだ。そして第一部の途中で彼女が突然転校してしまうことをきっかけに、丁度共通シナリオから各ヒロインの個別ルートへ切り替わるのである。

 

 第一部でシナリオから退場させられてしまう彼女だが、トゥルーエンドの世界線では転校しない。その点についてはこの世界も原作とは変わらない(少々荒療治だったが)。そして無事月ノ宮に残れることになった乙女は、エロゲらしいムフフなシーンこそ用意されていないものの、大星ハーレムに組み込まれる……はずだった。


 

 誤算だった。

 確かに乙女は大星に淡い恋心を抱いていたが、それを実らせることが出来なかった。美空達本家ヒロインの大星へのラブコールが強すぎたからだ。俺は乙女も美空達と同様に大星のことを好きになるものだと思い込んでいたが、美空達が原因でその熱が冷めてしまうとは予想外だった。


 「言い得て妙だね、恋人ごっこだなんて」


 俺は自分の焦りを誤魔化すように笑って、悲しげな表情を浮かべる乙女にそう言った。


 「僕も乙女が大星に好意を抱いているのは気づいてたよ。だから乙女が大星と二人きりでデート出来るよう仕組んだりしたこともあったね」

 「……あ。もしかしてこの前、スピーちゃん達と一緒に尾行してた時の!?」

 「そうそう。きっと美空ちゃん達も、乙女を自分達の仲間だと思ってるはずだよ」


 美空も乙女との付き合いは長いし、乙女のことをかなり信頼しているアストレア姉妹も彼女の恋を応援しようとしていた。きっと乙女が素直に大星への好意を美空達に相談すれば、喜んで一緒に大星をよってたかって襲うはずだ。こわ。


 「乙女は、本当にその恋を諦めたいのかい?」


 俺は乙女の真意を探るべく、そう問うた。

 

 「私は、皆の恋を応援していたいから」


 トゥルーエンドの世界線における朽野乙女は、第二部や第三部においても鷲森アルタや明星一番の恋を応援する立場としてかなりお節介を焼くキャラとなる。

 だが、それは本当に乙女の本当の気持ちなのか。


 「せめて、一度でも大星に思いを伝えてみたらどうだい?」


 大星が乙女のことをどう思っているかわからないが、雑に振ったりなんかしないはずだ。

 だが、乙女は首を横に振る。


 「良いんだよ。大星がすーちゃん達に注ぐ愛情を奪いたくないから。

  それに……私の好きな人が、他の人の方を向いてるの、私は嫌だから……」


 乙女って独占欲あったのか。可愛いなコイツ。

 いやそんなことを考えている場合ではない。美空達は当たり前のようにハーレムを受け入れているが、それを嫌う人だって勿論いるはずだ、乙女もその一人。

 俺が、それに気づかなかっただけで……。


 

 俺は迷った。

 乙女と付き合いの長い幼馴染として、俺は彼女の背中を押してやるべきだ。だが、それはどういう方向で?

 乙女は一体、俺にどう背中を押してほしいのか。大星への恋を諦めるべきではないと言うべきなのか、彼女の決心を尊重するべきなのか。


 前世の俺、月野入夏としては、諦めてほしくない。俺は大星と乙女がイチャイチャしているのを見たい、二人が上手くいくようにお節介を焼きたい。

 だが、俺のそんな個人的な好みで考えるべきではないだろう。朽野乙女を含めたこの世界の人間達は決して、決まったプログラミングでシステマチックに動くよう設計された機械的な存在ではないのかもしれない。

 

 美空やレギー先輩、そしてスピカとムギは、乙女の恋心をきっと応援することだろう。ネブラ人の制度では一夫多妻も多夫一妻もOKとかいうあるまじき理論で何とも思わないはずだ。

 ネブスペ2のトゥルーエンドは、登場人物達が皆幸せになるように導くもので、俺とローラ会長がこの世界で目指す真エンドもそうだ。だがやはり、全員が全員幸せになる、というのは難しい……。



 「ごめんね、朧。変な話聞かせちゃって」


 少しの沈黙の後、気まずくなったのか乙女は誤魔化すように笑ってそう言った。


 「何だか、スピーちゃん達のことが羨ましくなっちゃうこともあるんだよ。皆キラキラしてて、何かに夢中で、熱中していて……私はそんなにキラキラしていないし、秀でてることなんて無いから……」


 諦めてほしくない。だが無理をさせたくもない。

 彼女がそう決めたのなら、俺が無理に干渉しても迷惑になるだけだ。



 だが。

 決して、朽野乙女が劣っていたわけではない。


 「乙女」


 ベッドの上に座る乙女を正面に見据えて、俺は彼女と目を合わせた。


 「君が卑屈になる必要はない」


 俺が好きな乙女を、乙女自身が否定しないでほしい。


 「誰かを魅力的に感じる部分は色々ある。明朗快活な美空ちゃんのパワフルさ、意外に家庭的な部分がそうかもしれないし、スピカちゃんのおしとやかさや丁寧さ、お花を愛する純粋な気持ちかもしれないし、ムギちゃんの破天荒さ、絵に熱中する姿、時折見せる乙女な部分かもしれないし、レギー先輩の意思の強さ、夢を追いかける姿がそうかもしれない」


 人の好みなんて色々だ。純情だとかツンデレだとかヤンデレだとか、そういったテンプレ的な属性こそあれど、あらゆる作品に登場するヒロインがヒロインとして輝くのは、彼女達しか持ち得ない魅力があるからだ。


 「でも、乙女だって負けてないさ。乙女はいつだって笑顔が絶えないし、暗い雰囲気になりかけた時はいつも先陣を切って盛り上げてくれるし、一緒にゲームをしていると色んな反応を見せてくれて楽しいし、ちょっとドジなところも可愛いし、恋愛面に初心で攻められるとドギマギしてしまうのだって魅力的だよ。

  何より、親友のことを大事に思いやることが出来る人が、優れていないわけがない」


 乙女の反応なんて気にせず、俺は話し続ける。


 「君がどれだけ自分の短所を恥ずかしく感じていたとしても、それは恥じることじゃないよ。乙女だって転校してきたスピカちゃんやムギちゃんが月学に早く馴染めるように奔走するぐらい誰かのために一生懸命になれるっていう長所があるし、誰だって短所を持っているんだ。

  むしろ少しぐらい短所があれば、それを一緒に直していこうって、それと上手く付き合って生きていこうって考えることだって出来るんだ」


 乙女の周囲にはネブスペ2の主人公やヒロインばかりだから劣等感を感じてしまうのかもしれないが、常に優秀な成績を残している品行方正な一番先輩やローラ会長だって、完璧な人間ではないのだ。

 短所があるからこそ、それを補えるし、支え合って生きていける。


 「乙女、君は美空ちゃん達に負けないぐらい魅力的な人間だよ。これは冗談でもなんでもなく僕一人の勝手な意見かもしれないけれど、これだけは伝えたかった」


 きっと。

 きっと、月野入夏()でなくても、烏夜朧もこう言っていたはずだ。

 ……そうだろ?



 「……ふ、フフッ」


 俺がなりふり構わず思いをぶつけた後、乙女は呆気にとられたようにポカンとしていたが、一時すると突然笑い始めた。


 「どうして笑うのさ」

 「なんだか、朧から真面目な顔でそんなこと言われるなんて、思ってなかったから」


 今になって恥ずかしくなってきたんだからやめろ。つい勢いで長々と喋ってしまったが、もしかして俺、結構恥ずかしいこと言ってたか?

 何だか急に体が熱くなってきたので、俺は慌てて乙女から目を逸らした。その誤魔化し方がバレバレだったのか、乙女はさらに大笑いして言う。


 「でもずるいよ、そういうの。最近は大人しくなったと思ってたのに私のことを口説こうだなんて、どんな魂胆?」


 あ、そうか。乙女視点だと烏夜朧って全然女性を口説かなくなったから大人しくなったように見えるのか。前のループだと結構ロールプレイを頑張っていたが、もしかしてそれって結構重要だった? 出来ればやりたくないんだけど。


 「何なら、僕と恋人ごっこでも始めてみるかい?」


 と、俺はツッコミ待ちでそう言って、乙女の反応を待っていたのだが──。


 「良いよ」

 「え?」


 乙女の返答に驚き、俺は驚いて彼女の方を向いた。俺のベッドの上に座っていた乙女はベッドを降りて、椅子に座る俺の方へゆっくりと歩み寄ってきた。

 

 「朧が望むのなら、私は────」


 あまりに突然のことで俺の心の準備がままならないまま、乙女の顔が近づき────思わず目を瞑った瞬間、突然ゾゾゾッと激しい寒気に襲われた。



 「うらめしやああああああっ!」


 

 突然女性の叫び声が聞こえてきたため慌てて目を開くと、俺と乙女の側に月学の制服を着た青い髪の少女がフヨフヨと浮いていた。頭には黄色いリボンをつけていて、満面の笑みを浮かべているが……その顔は首から取れていて、両手で抱えられていた。

 明らかに人間ではない。


 「ぎゃああああああああああああっ!?」


 きっと彼女を初めて見たであろう乙女は俺の耳をつんざく程の悲鳴をあげて、そのまま俺の部屋を飛び出していった。


 「あ、乙女! 待つんだ!」


 乙女が元々着ていた服が乾燥機にかけられていたはずだが、乙女はそれを回収するのも忘れずにちゃんと逃げ帰っていった。器用な奴だな。


 「いやー、あんなに驚いてくれると驚かし甲斐があるってものだよ、えへへ」


 と、自分の頭をカポッと自分の首にはめて、俺の側をフヨフヨと浮きながら笑顔で幽霊が……いや、カグヤさんが言う。

 ミールさんが持っていた呪具であるドローンに封印されて月ノ宮中を飛び回っていたはずだが、どうやらようやく解放されたらしい。そのおかげで壁をすり抜けて俺の家の中に入ってきたというわけか。

 俺は黙って自分の部屋に戻り、鞄の中から十字架を取り出してカグヤさんに向けた。


 「悪霊よ消え去れ! 破あああああああああっ!」

 「いやああああああああああっ!? なんで君がそれを持ってるのー!?」


 俺が十字架を向けるとカグヤさんは慌てて退散していった。ミールさんから護身用にと十字架を貰ってて良かったぜ。十字架って本当に効くんだ。

 せっかく良い雰囲気だったのに邪霊に邪魔をされてしまったが……いや、むしろ助けられたのだろうか。



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