一対五
今日は七月一日。このループの世界に来て早一ヶ月。レギー先輩、スピカ、ムギの三人のイベント回収に奔走していたあの頃がとても懐かしく感じる。
本来ネブスペ2にはない真エンディング(と思われる)イベント、特に初代ネブスペのヒロインを中心としたイベントが多々起きており、俺とローラ会長が目指すネブスペ2の真エンド、それを持ってしてこの物語の完成が近づいているように思える。あと半年ぐらいあるけど。
「幽霊のヒロインって欲しかったのよね」
放課後、生徒会室に呼び出された俺はローラ会長と二人きりで今後のことについて話し合っていた。話題はもっぱら、まさかの登場となった初代ネブスペの隠されたメインヒロイン、カグヤさんについてだが。
「俺もカグヤさんに会えて感動してるよ。幽霊とは思えないぐらい元気だし、人懐っこくて可愛い人だよな」
「彼女との共同生活はどうだった?」
「マジで最高だった」
「エロゲ主人公の気分は味わえた?」
「でもエロいイベントは起きなかった……」
「それは残念」
やはりテスト期間中となるとどうしても若干気持ちがピリつくところもあるが、カグヤさんが側にいてくれて俺は幸せだったと思う。まぁお風呂ならまだしも、トイレに入ってくるのはやめてほしかったが。
「それにしても、宇宙人も幽霊になるのね」
「いやお前が考えたんだろ元々は」
「私もまさか今も彼女が幽霊のまま存在してるとは思ってなかったのよ」
先日カグヤさんの遺品である黄色いリボンを見つけた後、ドローンに封印されたままのカグヤさんは月ノ宮周辺を思い思いに旅しているようだ。謎のドローンの目撃情報が相次いでいるが、まぁ幽霊の噂が広まるよりかはマシだろう。リボンもカグヤさんのお墓に供えられ、月見山に生えていたカグヤさんの裸像もローラ会長が回収して別荘に飾っているという。
「だが、そのカグヤさん関連でイベントが起きると思うか? 今までのループで一度も見たことなかったんだが」
「どうかしらね。これで本当の意味で初代のヒロインが揃うはずだけど……今後何が起こるかなんて想像つかないわ。でも近々、七夕の前後で大きなイベントが起きるはず」
「何か予兆でもあるのか?」
「ただの勘よ。前世の私ならそこら辺で大きなピンチを用意するはずだと思うだけ」
今のところネブスペ2第一部の期間内で変なイベントは起きていない、はずだ。きっと大星は美空、スピカ、ムギ、レギー先輩、そして乙女の五人のヒロインに囲まれて、いずれは大人の階段を一つ登ることになるだろう。ネブスペ2のトゥルーエンドの世界線では、大星は美空達四人のヒロインと仲良くイチャイチャする夜を越えるハードなイベントがあるが、まだ攻略可能なヒロインではない乙女にそういうイベントは用意されていない。
何か彼ら六人だけでイチャイチャやっていると思うと疎外感があるが、これもモブの友人キャラの宿命である。
「そういえば貴方、大星達がいつ[ピーー]パーティーするか知らない? そろそろだと思うけど」
「[ピーー]パーティーって言うんじゃない。そんな淫れてなかっただろ、原作だと。
あと知ってるわけないし、知りたくもないわ!」
気づけばもう七月、あと一週間で第一部の期間が終わり、鷲森アルタを主人公とした物語が始まる。彼を中心としたハーレム物語が始まることだろう。トゥルーエンドの世界線だとアルタは記憶喪失にならないし、相変わらずアルタ総受けという構図を見られるはずだ。
俺はそんな光景を見られることを楽しみにしているが、一方でローラ会長は憂鬱そうに溜息をついていた。
「そういえば最近、お前の方はどうなんだ? 財閥の会長になって忙しいんじゃないのか?」
「確かにやることは増えたけど、肉体的な疲れより精神的な疲れの方が大きいわね。ネブラ人の過激派はもう壊滅的とはいえ、全滅できたかどうかはわからないの。首領だった叔父様を捕まえたとはいえ、また騒動を起こしそうなのよね」
「トニーさんは元気にしてるのか?」
「えぇ。今は拘置所でずっと写経しているわ」
トニーさんも兄であるティルザ爺さんとのいざこざがあったというだけで、根っこから悪い人ってわけではないと思うが、ビッグバン事件が起きた原因にもなってしまったし、未だに表舞台にいられると余計にローラ会長達も困ってしまう。
「念の為、七夕祭にはシャルロワ家の私兵部隊も待機させる予定よ。例え宇宙人が攻めてきたとしても撃退出来る準備は整えるわ」
「宇宙戦争でも始める気かよ。あまり暴れすぎると、また変なバグとか起きるんじゃないか?」
「その時はまたループすればいいじゃない」
「やめろよ、その手荒な解決法」
ここ一ヶ月の俺の動きは、大星と美空や乙女達ヒロインの仲を取り持つぐらいで、あまり能動的には動いていない。せいぜいカグヤさん関連ぐらいか。
未完成のネブスペ2世界が滅亡する理由、そしてかつてのループの世界でベガや乙女が消えてしまった原因としてゲームのバグとかいうこっちからは干渉しようのない現象が起きてしまった。それに対しての警戒もあるため俺は大人しくしているつもりなのだが、果たして七夕以降、特に夏休みはどうなることやら。
ローラ会長はこの後、シャルロワ財閥の仕事があるため先に帰り、俺も特に用事はなかったため秀畝さんとお喋りに行こうかと校舎の中をブラブラしていた。
大星は美空達と一緒に遊びに行ってしまったし、俺は空気を呼んで誘いを断った。大星は今頃、スピカとムギの家で五人のヒロインに囲まれてイチャイチャしているのだろう。何度もループを繰り返してきた俺はネブスペ2のキャラ達との色恋沙汰にはすっかり無縁になってしまったが、可愛い女の子達の元気な姿を見ているだけで癒やされるからそれで十分だ。
ビバ青春、ビバエロゲ。俺はもうおこぼれに預かれなさそうだけど。
なんてちょっとセンチメンタルな気分で廊下を歩いて角を曲がろうとしたところで、突然飛び出してきた生徒とぶつかりそうになった。
「おわああっ!?」
エロゲだったらぶつかった衝撃によって現実ではとてもあり得なさそうな体位、いや体勢でヒロインとイベントが起きたりするのだが、残念ながら相手は金髪の華奢な男子生徒だった。
「あれ? アルタ君じゃないか。そんなに慌ててどうしたんだい?」
廊下の角から飛び出してきたのは、ネブスペ2第二部の主人公である鷲森アルタだ。ぜぇぜぇと肩を揺らしてかなり息切れしている。
アルタはぜぇぜぇと息を切らしながら、何やら深刻そうな面持ちで口を開いた。
「た、助けてください、烏夜先輩」
「な、何があったんだい?」
「僕、女にされて変なお店に連れて行かれるかもしれないんです」
「ごめん、一から十まで理解できないんだけど」
何か思ってたのと全然違う事態に巻き込まれてた。
「なんかベガ達と話していたら、どういうわけか話の流れで僕が女装させられることになって、そういうお店なら大人気だよってワキア達が割と本気の表情で言うので、逃げてきたんです」
あぁ、成程。確かにアルタは中性的な顔立ちで男子にしては小柄な方だから、さぞ女装も似合うことだろう。
「成程ね。僕も見てみたい」
俺、アルタの巫女服姿とか見てみたい。
俺から邪悪な気配を感じ取ったらしいアルタは、俺からソソソと離れて悲壮な表情を浮かべながら口を開く。
「ヤバい! この人も敵だった!」
「ア~ルちゃ~ん!」
「あ、奴らが来てるぅ!」
廊下の奥からベガ達の声が聞こえてきて、アルタは大急ぎで走り去っていった。相変わらず総受けだなぁ、彼。
そして一時して、アルタを追いかけていたベガ、ワキア、ルナ、キルケ、カペラの五人が俺の元へやって来た。
「あ、どうもこんにちは烏夜先輩」
「烏夜先輩! アルちゃん見なかった?」
「さっきここを通り過ぎていったよ」
「今、アルちゃんに女装をしてもらおうと思ってるんですよ!」
また悪いことを考えてらっしゃる。ベガ、ワキア、ルナの三人は烏夜朧と元々知り合いだが、キルケとカペラと話すのは初めてか。軽く自己紹介を交わしたが、やはり彼女達の興奮は収まらない。
「アルちゃんには無限の可能性があるんです……是非ともドレスを着てもらいたいんです」
「私はゴスロリを着てもらいたいな~」
「やっぱり王道の巫女コスですよ!」
「私達の制服も似合うはずです!」
「あ、あえてミニスカポリスというのも……!」
やべぇこいつらの団結感。原作だと現時点でキルケはまだベガやアルタ達とはそんな親交があるはずじゃなかったのに、何かしれっとこの輪の中に入ってる。
「朧パイセンも見たくないですか、アルちゃんの巫女姿」
「メチャクチャ見たい」
「一枚五万でいかがです?」
「……乗った!」
「いや乗っちゃダメですよ烏夜先輩!?」
「新手のブルセラみたい」
「やめなさいワキア」
俺との話も手短に、ベガ達は仲良くアルタを追いかけていった。彼らが仲睦まじいようで何よりだ。きっとアルタもあの五人に囲まれたハーレムを築くことになるだろうが、これに夢那も加わるはずだ。
……なんか逆にアルタが生き延びることが出来るのか不安になってきた。
さて、鷲森アルタの明日はどっちだ……ともかくベガ達と会えて満足した俺は、そのまま帰宅したのだが、夜になって突然、朽野乙女から連絡が来た。
『今から朧の家に行っていい?』




