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背後霊、紀原カグヤ



 期末考査を明日に控える中、きっと大星達はテスト勉強というのを口実にしてさぞかしイチャイチャしていることだろう。

 風の噂では美空と大星の家に集まってまた勉強会をしているらしい。スピカとムギ、そして朽野乙女が誘われたようだが……。

 

 『大星の部屋に呼ばれちゃったんだけど、何か持っていった方が良いものとかあるかな?』


 朝の八時頃、乙女からLIMEでそんな連絡が来た。いつもなら勉強会というイベントは美空と大星の家のリビングで開かれるのだが、今日は大星の『部屋』らしい。俺が今日の勉強会に誘われたのに断ったのは、その場所が理由だ。


 乙女のLIMEに俺は『ゴム』と答えようかと思ったが、どれだけお調子者の烏夜朧でも幼馴染相手にそれを言うのは流石にライン超えだと思ったため、『当たって砕けろ』とだけ返しておいた。きっともう一人の乙女が相手だったらゴムって答えていただろう。

 しかし乙女がわざわざそんなことを俺に聞いてきたということは、そろそろ乙女も大星を異性として意識するようになってきたという心情の変化の現れか。嬉しくもあるし悲しくもある。


 さて、きっと今頃大星の部屋でそれはそれはもうウフフなイベントが起きているなろうなぁと思いながら、俺は自分の部屋でテスト勉強に勤しんでいた。何度もループを繰り返してきて全く同じ範囲、全く同じ内容のテストを受けてきたからヤマを張れるし何なら大体の問題文と解答も覚えてきてしまっている。

 ぶっちゃけテスト勉強なんてする必要もないのだが、まぁ油断大敵だ。もしこの世界がネブスペ2の真エンドを迎えた後も続いていくのなら、俺は将来を見据えて勉学に励まなければならない。

 だからいつもよりかは前向きな気持ちで俺は勉強しようと思っていたのだが……。


 「お~微分積分とか懐かし~」


 机に向かって問題集を問いている俺の背後からヌッと顔をのぞかせてくる、長い青髪に黄色いリボンをつけた可愛らしい少女。

 つい昨夜、月研の慰霊塔前で出会った幽霊であり、初代ネブスペの隠されたメインヒロインである紀原カグヤ。訳あって俺の部屋にいる。


 「ちゃんとテストとかあるんだねー」

 「そりゃありますよ。カグヤさんだって月学にいた頃はやっていたでしょう?」

 「私、こう見えてずっと学年トップ争いしてたから」

 「そうは見えないですね」

 「なにをー!」

 

 カグヤさんがプンプンと怒り出すと、俺の部屋に置いてあるノート類や漫画、その他小物がひとりでにガタガタと動き出し、突然宙を飛び回る!


 「ちょっと! 僕の部屋でポルターガイスト起こすのやめてくれませんか!?」

 「何かエッチなもの見つかれー!」

 

 無駄だぜカグヤさん。俺のコレクションは何とリビングのソファの中に隠されているんだぜ。大星のも混ざってるけど。

 そして俺の部屋を散々荒らし回ったカグヤさんは、満足した様子で俺のベッドの上に座っていた。


 「ふぅ、スッキリした」

 「いやスッキリした、じゃないですよ! 片付けはどうするんですか!」

 「あぁ、私がやっておくから君はゆっくり勉強しときなさい」


 カグヤさんがそう言うと、彼女が起こしたポルターガイストのせいでとっ散らかった小物がまるで魔法のように宙を浮いて元の場所へ戻っていく。すげぇ、幽霊ってこんなこと出来るんだ。俺も死んだらこういう能力使えるのかな。ループするだけかもしれないけど。


 

 『ねぇ、君に取り憑いても良い?』


 昨夜、カグヤさんからのまさかの提案もあり、俺はカグヤさんに取り憑かれてしまった。別に取り憑かれたからといって身体的な不調に襲われることもなく、ただカグヤさんの行動範囲が広がっただけだ。それでも俺を中心にしか動けないらしいからまだ制限はあるらしいが、本人が楽しそうで何よりだ。

 ……でも、相手が幽霊とはいえ良い年頃の女の子が同じ部屋にいるのは、やはり落ち着かない。ループ一周目で色んな経験をしてきたが、やっぱりこういうドキドキには慣れていないかもしれない。


 「あ、その問題、その天体の質量がそれ以上超えると白色矮星からⅠa型超新星になるよ」

 「いや僕はチャンドラセカール限界を使った問題を解いてるわけじゃないんですよ」

 「じゃあトルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界?」

 「いくらなんでも月学では習わないですよそんなの。ただそれを言いたいだけでしょうが」

 「だって知ってても使う機会がないんだもーん」


 チャンドラセカールって名前の響き、何だか格好いいよな。どんな理論なのか全く知らないけど、人生で一度は言ってみたい言葉、チャンドラセカール限界。


 「あ、それの答えはカノッサの屈辱では!?」

 「貴方、テキトーに言いたい言葉を叫んでるだけじゃないですか? これの答えはアウステルリッツの三帝会戦です」

 「それもそれで格好いい用語だよね」

 「ちなみに三帝って誰を指しているかはご存知で?」

 「ナポレオン一世とフランツ二世とアレクサンドル一世?」

 「それは知ってるんですね……」


 俺のテスト勉強のアドバイスをしてくれているのかどうかわからないが、一応初代ネブスペの設定上ではカグヤさんもかなりの秀才だ。多分初代ネブスペの面々でもトップクラス。

 なんか俺の隣から顔を覗かせるカグヤさんにドキドキしているが、実際に感じるのはちょっとした冷気だけだ。


 「カノッサの屈辱って、誰が最初にそう呼んだんだろう。私の友達がこれをカノッサの凌辱って言い間違えて爆笑した記憶があるよ」

 「嫌ですよ、王様が凌辱される姿を見るの」

 「じゃあお姫様ならOK?」

 「それを教皇が見てるってのはヤバいでしょう」


 その後もカグヤさんは俺の側でフヨフヨ浮きながら俺のテスト勉強に付き合ってくれて、一人でやるよりも楽しく勉強することは出来たと思う。若干感じ取る冷気がちょっと怖いが、俺は本当に大丈夫なのだろうか? 変な霊障が出そうで怖い。


 望さんは今日も帰ってこないとのことなので、俺は自分の分の食事を作って夕食をいただく。何か目の前でカグヤさんが物欲しそうな顔でじ~っと見てきたけど、幽霊はご飯なんていらないだろ。そう思っていたが、何か供え物として出されたら満足感だけはあるらしい。冷蔵庫に残っていたダークマター☆スペシャルを供えたら苦い顔をされたが。


 そして夕食後は、カグヤさんがいつも暇潰しで見ていたというテレビ番組を見せてあげていた。ソファでカグヤさんの隣に座っていると冷気を感じるんだが、幽霊って周囲の気温を下げる能力を本当に持っているのか?


 「カグヤさんは、ずっと僕に取り憑いたままで良いんですか?」


 元々月研の地縛霊だったというカグヤさんは、もっと色んな場所に行きたいという理由で俺に取り憑いてしまった。今のところは何ら害もないから、若干恥ずかしいことを除けば俺は構わないのだが、カグヤさんが成仏できずに幽霊として彷徨っている理由に俺は関係ないのだ。

 カグヤさんはきっと、太陽さんやブルーさんと一緒にいたいはずなのだから。


 「私は少しぐらい不自由な方が好きかな」


 そう答えたカグヤさんの表情は、とても今の状態を受け入れているようには見えなかった。


 「ほら、七夕伝説だと織姫と彦星は限られた時しか会うことが出来ないでしょ? 私はそれぐらいでも良いと思ってる。私が生きていた頃は太陽と一緒にいられて楽しかったけれど、長い間離れ離れになって彼と会うのを待ち焦がれる気持ちも、意外と悪くないよ」


 ……何だか心が痛い。前世で幼馴染と離れ離れになって連絡を取り合わなくなった俺とは違う。

 そう思うと、やはり前世の俺と乙女の関係は『恋人ごっこ』に過ぎなかったのだろう。


 「どうやったらカグヤさんは自由に動けるようになるんでしょうか。月研の地縛霊になってたのって、やっぱりビッグバン事件の時にあの場所で死んだからですか?」

 「そうだね。私の胴体の骨はお墓に入ってるみたいだけど、頭は見つけてもらえてないんだ。私自身もどこにあるかはわからないけど」


 そう言ってカグヤさんは自分の頭をポンッと外して両手に抱えて舌を出してニコッと微笑んだ。その姿、心臓に悪いからやめてほしい。

 それはさておき、地縛霊というのはこの世に未練があるのは勿論、特に生前にその土地その場所で何かがあったから縛られているのだ。それを解決すれば、カグヤさんは自由になれるのだろうか?


 「じゃあ、探しに行きましょうか。カグヤさんの頭」

 「……え、本当に?」


 だってこのままカグヤさんが側にいられると困っちゃうもん、俺。



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