ワガママなお姫様
『入夏ってお化けとか信じる?』
真夜中に月見里乙女からの電話で叩き起こされて、半ば不機嫌な俺が聞かされた話がそれだ。乙女が俺にわざわざそんな電話をかけてきたのは、きっと怖い映画を見たかネットで怖い話を見て眠れなくなったからだろう。
『まぁ、いないことはないんじゃないか。俺は見たことないけど、友達とか親から色々聞いたことあるだろ』
『あ、学校の七不思議とか? ウチの学校ってそんなのあった?』
『まずは夜の校庭でライブを開催している人体模型とかな』
『それはむしろ見てみたい』
『あと夜の学校のプールで泳ぎたいけどカナヅチだからプールサイドでガタガタ震えてる人体模型とか』
『何それ可愛い』
『あと人体模型が視聴覚室のパソコンを使って暗号通貨を取引したり、ネット通販で学校の備品を注文したりしてるらしいな』
『ウチの学校は人体模型しか動かないの?』
まぁ所詮は七不思議だ。何故かウチの学校の校庭に謎のペンライトが落ちていたり、何故かプールサイドにビート板が転がっていたり、何故か視聴覚室のパソコンから新しい人体模型が注文されていたりするらしいが、まぁ気のせいだろう。人体模型がひとりでに動くわけがない。
『でさ、やっぱり恋愛ゲームで心霊要素って欠かせないと思うんだよね』
『初耳だが』
『でも幽霊が攻略対象に入ってることも珍しくはないでしょ?』
『確かになくはないな』
『だからそういう話を書いてみたいんだけど、ネタ集めのために怪談を見てたら怖くて寝れなくなっちゃったんだよね。だから何か面白い話してくれない?』
乙女が寝られなくなった原因は俺の予想通りだ。わざわざ夜中にそんなことをやらなくてもいいだろ。
『まぁさっきのウチの学校の七不思議の続きなんだが』
『面白い話してって言わなかったっけ?』
『実は動く人体模型の話は聞くと呪われてしまうんだ』
『へ?』
『わざわざ学校を抜け出して、その七不思議を聞いてしまった人間の元に人体模型がやって来るらしい。だから今、お前の背後に……』
『え、やめてよそういうの。私動けないじゃん』
『じゃあ、達者でな』
『ちょっとー!?』
と、俺は電話を切ってやった。真夜中に起こされた仕返しだ。なお翌日、学校で出会った時は頭をポカポカと殴られた。なお人体模型の七不思議に関しては全て知ってしまったら死んでしまうと言うだけで、一部を聞いただけなら問題ない、はずだ。
今思えば、アイツの幽霊への多少の興味が、あのヒロインを生んだのかもしれない……。
---
--
-
首から外れた自分の頭を両手で持つ少女。青く長い髪で黄色いリボンをつけた彼女の顔はニコニコと微笑んでいたが、そんなショッキングな姿を見たクロエ先輩とジュリさんは気絶して地面に倒れてしまっていた。
「いやー、愉快愉快。人を驚かすのって楽し~」
俺はそんな二人を介抱しながら、二人を驚かして満足そうに笑っている、おそらく噂の幽霊であろう彼女を見る。
「あれ? 君はあまり驚かないんだね」
「生憎、色んな修羅場をかいくぐってきたものでして」
「修羅場とお化けは違うでしょ」
ぶっちゃけ俺もかなりビビっていたが、今までのループで何度も体験してきたバッドエンドでのショッキングなイベントのおかげで耐性がついてきている。この幽霊も見た目がヤバいだけでこちらに危害を加えてくる様子もないし。
「なーんだ。まー良いリアクションを見られて良かった~」
そう言いながら少女の幽霊は両手で抱えていた自分の頭をカポッと自分の首にはめた。そんなフィギュアみたいにつけられるんだ、頭って。
それはともかく、彼女が幽霊というか超常的な存在なのは確かだ。それでも俺が怖がらずにいられるのは……俺が、彼女のことを知っているからだ。ひとまず気絶してしまったクロエ先輩とジュリさんをベンチに寝かせて、俺は少女に問う。
「貴方は何者ですか? 幽霊という認識で良いですか?」
「うん、そうだよ~」
「じゃあビッグバン事件の犠牲者ですか?」
「うーん、じゃあ何で私が幽霊になったと思う?」
青い髪の少女はあざとく舌をペロッと出して俺に聞いてきた。さてはコイツ面倒くさいタイプだな。
「ふむ。まずは貴方が月ノ宮学園の生徒だというのはわかります。そしてそのリボンの色……月学のリボンやネクタイの色が学年ごとで違うこと、そして周期から察するに、もしかして貴方はそこに倒れているジュリさんと同級生なのではないでしょうか。
まぁ、それは貴方が八年前のビッグバン事件の犠牲者という前提条件が必要ですけど」
「えー、すごいすごーい。ジュリちゃんの同級生ってところまでは合ってるよ。
じゃあ私が成仏できない理由ってなんだと思う?」
こんな場所で突然出会った面識があるはずのない幽霊の生い立ちなんて、俺が知っているわけがない。見た目が旧日本兵や落ち武者だったり、ここら辺に飛び降りスポットがあるわけでもないのだから。
そう、あくまで烏夜朧が知らないというだけだ。
月野入夏である俺は、彼女が何者かを知っている。
「誰かのことが好きだったから、とかですかね」
俺がそう答えると、彼女は頬に手を当ててニコッと微笑んだ。先程までの幽霊ながら快活そうな雰囲気とは打って変わって、儚げな笑みを浮かべながら口を開いた。
「好きだった、じゃないよ。今でも好きなんだから」
健気な少女が抱いた恋心は、残念ながら意中の人に伝えることは不可能だ。いや、伝えることは出来たとしても、もうその恋が実ることはない。
「貴方は、今もその好意を誰かに伝えたいんですか?」
俺がそう問うと、少女は悲しげに笑いながら首を横に振った。
「ううん。今はあの青春を思い出して懐かしむだけで十分。彼の邪魔はしたくないからね」
「寝取ってみたいとか考えたことは?」
「ある」
いやあるんかーい。
「考えたことはあるんだよね。どうにか私自身が起こせる超常現象で彼を寝取ることが出来ないか。ポルターガイスト現象の応用で彼の[ピーー]に[ピーー]をハメて[ピーー]させることが出来ないか試してみたんだけど、当時の私はまだ幽霊としての能力が未熟だったから激しい動きは不可能だった……でも今の私ならいけるかもしれない!」
やべぇ、俺の何気ない一言がこの幽霊の変なスイッチを押してしまったかもしれない。
「ねぇ君、[ピーー]持ってない?」
「こんな場所に持ってくるわけがないでしょうに」
「あ、じゃあ君の家に行けば置いてある?」
「生憎僕はそういう道具には頼らない主義なので」
「いや別に[ピーー]じゃなくても良いんだよ。君の[ピーー]をシコシコ出来るものがあれば」
「僕にそういう趣味はないのでやめてください」
正直言えばあるけど、ここは我慢だぞ俺。この人と関係を持つとややこしいことになりかねない。
俺が慌てて拒絶すると、少女はクスッと笑って言う。
「まぁ、これは私のただのワガママだよ。私がどれだけ誰かのことが好きになっても、恋をしても、愛を確かめ合おうとしても……」
少女は俺の方に近づくと、俺へ手を伸ばしてきて頬に触れようとしてきた。だが俺の頬はフッと冷気を感じ取っただけで……少女の手は俺の体を掴めずに貫通していった。俺が彼女の手を掴もうとしても同様に、やはり実体がない。
「お化けの私に、そんな権利なんてないんだよ。だから、私の恋物語は八年前で終わり」
そう言ってはにかんだ少女の笑顔は、やはりどこか悲しげで……海から吹き付ける潮風で周囲の木々はさざめいているのに、彼女の青い髪も黄色のリボンも風になびかなかった。
「貴方は、一体何者なんですか?」
俺は少女の正体を知っているが、確認のため聞いておく。
「私は、紀原カグヤ。ただのワガママなお姫様だよっ」
その口上は、前世の俺が知っているそのままの、カグヤのセリフだ。
ネブスペ2の前作である、初代Nebula's Space。今から八年前、ビッグバン事件が起きた直後の月ノ宮を舞台にした物語の、もう一人のメインヒロインだ。




