クロエ先輩とアレク畑ジュリ三郎とお化け
月ノ宮に心霊スポットは少なくない。
まず多くの犠牲者を出したビッグバン事件の舞台であるため、月研の敷地内にある慰霊塔だとか爆発で壊滅的な被害を受けた海岸通り付近では亡霊が彷徨っているとかいないとか、ビッグバン事件直後は色々な噂が広まっていた。
他にも月ノ宮神社の神隠し伝説だとか、かつてこの地を治めていた領主の呪われたお墓だとか、単純に雰囲気が出ているだけの謎の廃墟だとか、本当に霊が出るのか出ないのかは定かではないが、心霊スポットはどこにでもあるものだ。
それは、かつてビッグバン事件の爆心地だった月研も例外ではない。敷地内にネブラ人の宇宙船が保管されていて、元々この場所に建っていた旧月研は宇宙船の爆発で跡形もなくなってしまったのだ。
そんな月研で、夜な夜な敷地内を徘徊する青い髪の少女の亡霊の目撃情報が出ているという。さらに月学の制服を着ているらしく、俺の知り合いだと美空の髪色も青いが彼女ではないらしい。
「え、何それ。私聞いたことないんだけど、皆知ってるのかな。ちょっと聞いてみよ」
クロエ先輩から青い髪の少女の幽霊の話を聞かされた望さんは結構怯えているようで、声を震わせながら内線をかけた。わざわざ内線で聞くんだ。
「あー、もしもーし。あのさ、青い髪の女の子の幽霊の話って聞いたことある?
うん……え、そうなの? え? 皆知ってるの? あ、そう、わかったわ」
どうやら知らないのは所長である望さんだけだったらしい。
「なんか皆、私が怯えないように気を遣ってくれていたみたいね。私はこれから夜勤なんて出来ないわ」
「ご安心ください。お化けだからといって全部が全部害がある存在というわけじゃないです。何か危害を及ぼしたって噂はないですし」
「やっぱりビッグバン事件の犠牲者のお化けなんですかね?」
「その可能性が高いと思う。というわけで、そのお化けを探したいのですが良いですか?」
「うん、いいよ。早く追っ払って」
明後日から期末考査だってのにお化け探しか。まぁクロエ先輩も成績は良いはずだし、まずこの問題を解決しないとそっちに集中できないのだろう。
望さんの許可も出たため、俺は一旦帰宅してからまた夜に月研を訪れた。クロエ先輩も一度帰宅したようで、月研前で待ち合わせした。俺は待ち合わせ時間より早めに行ったのだが、月研の建物の前にはクロエ先輩ともう一人、探偵っぽい格好をした見覚えのある女性が佇んでいた。
「すいませんクロエ先輩、待たせてしまいましたか?」
「ううん、そんなに待ってないよ」
「それと、そちらの方は……」
探偵っぽいコートを着て、探偵っぽい帽子を被り、そして何を見るために持っているかもわからない虫眼鏡を持った金髪の女性は、クックックと不気味に笑いながら言う。
「ん~私はアレク畑ジュリ三郎……このホシさんが犯した最大のミスは、この私に目をつけられてしまったことですねぇ」
「え、あのアレク畑ジュリ三郎さんですか!?」
「アレク畑ジュリ三郎でした……」
いや何だよアレク畑ジュリ三郎って。古畑◯三郎はそんな格好してないだろ。せめてホームズとかであってくれ。
そしてそんな彼女の出来の悪いモノマネに半ば呆れながらクロエ先輩が言う。
「まぁ悪ふざけはそこまでにして、ちゃんと挨拶してよ」
「悪ふざけじゃないですよ!? こっちもちゃんと真剣にやってるんですっ!
まぁ良いでしょう。私はジュリエット・アレクサンダー、探偵さ」
「何か他のも混じってきたじゃないですか」
「せやかて工藤」
「僕は工藤じゃないんですよ」
ジュリエット・アレクサンダー。初代ネブスペのヒロインの一人で、月学在籍時にはずっと探偵ごっこをしていた人だ。一周目の世界では刑事のマルスさんと共に現れてトニーさんの悪行を暴いた人でもある。
なんかふざけているようにしか見えないが、ちゃんと探偵としての腕は持っているらしい。
「どうも、烏夜朧です。ジュリさんもお化けの調査に?」
「そうなんですよ。実は友人からも噂を聞きましてね、丁度気になっていたところでシャルロワ家の方からご依頼を頂いたので馳せ参じました。必ずや私がこの事件を解決してみせましょう、かぁちゃんの名にかけて!」
「また別なのが混じってきたじゃないですか」
何かとキャラの濃いコガネさん達初代ネブスペのヒロイン勢でも独特の個性を持っている人だ。シャルロワ家から直々に依頼を受けた、というのはクロエ先輩だけでなくローラ会長の思惑もそこはかとなく感じられる。
そんなジュリさんの協力も得て、俺達は夜の月研の敷地内を巡ることにした。まずは一番出そうな場所である慰霊塔へと向かう。
「ジュリさんはもうお化けがどんな人なのか推理できてるんですか?」
「勿論です。え~今回の犯人も実に手強いですが、噂される彼女は月ノ宮学園の制服を着ています。もしかしたら月ノ宮学園の生徒の中に自殺してしまったり事件に巻き込まれてしまった方がいるかもしれないと思って調べましたが、該当する生徒はいませんでした。
そう、八年前の件を除けば、です」
ジュリさんはおでこに人差し指を当てながら、相変わらず古畑◯三郎のモノマネをしながら説明する。俺は古畑◯三郎は何となくわかるけど、そのドラマ自体は見てないから何がどこまで似ているのかわからねぇんだよ。
「八年前のビッグバン事件では、私の友人を含め月ノ宮学園の生徒も多く犠牲になりました。まさか自分の友人が成仏できずにお化けになっているだなんて信じたくはないですが、この目で確かめてやりたいですね。
以上、アレク畑ジュリ三郎でした」
いや最後名乗る必要ないだろ。
「でも自分、探偵業をやっててお化け探しなんて依頼されたのは初めてでワクワクしますよ!」
「ジュリさんはお化け平気なんですか?」
「いや、あの、出来れば会いたくはないですけども」
「……ちなみにクロエ先輩は?」
「会ったことないからわからない」
大丈夫かなこのパーティ。俺もそういう怪談とか心霊的な話はあまり得意じゃない。お化けこそ見たことはないが、クロエ先輩と同じく会ってみないとわからないところはある。せめて二人を置いて逃げるなんていう格好悪いことはしたくない。
梅雨時ではあるが今日は快晴に恵まれ、慰霊塔は月明かりに照らされていた。だが街灯は少なく、照明も暗めのため中々に出そうな雰囲気のある場所だ。
「ひ、久々に来ますがやっぱり怖いですねぇ……ナンマンダブナンマンダブ」
ジュリさんは慰霊塔の前で拝みながら周囲を警戒していた。俺も辺りをキョロキョロと見回してみるが、慰霊塔の周囲は鬱蒼と生い茂った森に囲まれていて、それらが作り出す暗闇から今にも何か出てきそうな雰囲気がある。
「ちなみに噂だと他にはどこに出やすいんですか?」
「月見山の展望台とか登山道とか、あと海岸の方とか。慰霊塔も結構目撃情報が多いけれど……」
この独特の雰囲気を醸し出す場所で若干体を震わせていると、突然ビュウウと強い海風が吹いた。木々のさざめきが一層不気味さを増大させる中、俺はふと海岸の方を向いた。どういうわけか、クロエ先輩やジュリさんもほぼ同時に同じ方向を見ていた。
「ドーモ、コンバンワ」
月ノ宮学園の夏服を着た少女が、俺達の背後に佇んでいた。こんな場所でこんな時間に誰かと出会うだけでもびっくりしてしまうが、彼女を見た瞬間に鳥肌が立ったのは──彼女の首から上が無くて、彼女がその手で笑顔の自分の頭を持っていたからだった。
「「「お、お化けだああああああああああああああっ!?」」」




