お納めください、こちらコスプレグッズです
嬉しいことに、この世界のイベントは俺が命がけで頑張らずとも順調に進んでいた。一周目で燃えている学校の校舎に取り残された少女を救うためにレギー先輩と一緒に突入したりだとか、月学の校舎から飛び降りようとしていたムギを救出したりだとか、俺のメンタルが疲弊しそうなイベントは今のところ起きていない。
スピカが愛情を込めて育てているローズダイヤモンドももうすぐ花開きそうだし、ムギは乙女と協力して絵を描いているみたいだし、レギー先輩の舞台もつつがなく進んでおり、そして美空は相変わらず大星とイチャイチャしている。まぁ俺が大星に発破をかけて原作のヒロイン四人、そして帰ってきた朽野乙女とのイベントを進行させるため何かと手引きをしなければならないが、これまでの苦労と比べれば全然マシ、むしろ楽しいぐらいだ。
これまでのループだと、大星とスピカが無事に結ばれた後で一人泣いていたムギを慰めたりしたが、それでも烏夜朧とムギの間に何も進展が無くて俺は心の中で泣いていたし、この後で第二部のヒロインのバッドエンドを回収しないといけないんだよな……とナイーブな気分になることだってあった。
友人の恋路を応援するというのも面白い立場ではあるが、俺の恋が実るわけではない。まぁ、しつこいぐらいラブコールを送ってくる奴がいるから頑張れるが。
さて、なんだかんだで期末考査が近づく六月二十日、土曜日。これまでのループと比べるといくらか期末考査に集中できそうで、本番前の総仕上げと行きたかったところなのだが、俺は叔母の望さんに呼ばれて昼間に月ノ宮宇宙研究所へと向かった。
「誰か~私の右腕になれ~」
段ボールや資料が山積みになってとっ散らかっている所長室で、望さんはデスクに突っ伏していた。相変わらず黄色い紙はボサボサで、目の下にクマを作っている。
この月研の副所長であるトニーさんがネブラ人の過激派の長として捕まってしまったため、どうやら望さんの仕事量が増えてしまったらしい。
「新しく副所長を選べば良いんじゃないの?」
「呼んでるんだけど、向こうの仕事の都合でこっちに来れるのが来月になるのよねー。だから朧、暇があったら手伝って……」
望さんがいつも仕事に追われているのは、大体面倒な仕事を後回しにしているから因果応報なのだが、今回ばかりはネブスペ2のシナリオに巻き込まれてしまっただけだから流石に可哀想だ。
俺も宇宙に関しては一定の知識はあるが、専門家の望さんの研究を手伝えるわけではない。というわけで俺の仕事は望さんの部屋のお片付けである。
「朧~どっかそこら辺にアメリカの大学の先生から届いた手紙があるはずなんだけど知らない?」
「便箋に『F◯ck you!』って書かれてるこれ?」
「そうそうそれそれ。あと一つあるはずなんだけど」
「この『S◯n of a bitch!』ってやつ?」
「それそれ」
「何か悪いことしたの?」
「さぁ。国際会議の時にカンチョーしたことしか覚えてない」
逆によくそんな人がちゃんと手紙を送ってきてくれてるな。今だったらメールの方が早いと思うんだが、望さんはそういうメールをチェックする習慣がなさそうだ。まぁ手紙もチェックしないだろうけど、なんでこんな人が所長なんてやってるんだって改めて思う。
「あ、見てこれ。この星を結ぶとチ◯コみたいに見えない?」
「望さんってトニーさんに対していつもそんなこと言ってたの?」
「トニーは呆れた顔をしながらも付き合ってくれてたわよ」
トニーさんが闇落ちしたのって確かティルザ爺さんと一人の女性を巡った争いがきっかけだったらしいが、半分ぐらいは望さんが原因なんじゃないだろうか。
そんな望さんに呆れつつ所長室を片付けていると、望さんの上に置いてあるデスクに内線がかかってきた。
「はーいもしもしーお疲れちゃーん。へ? 今日は何かお客さん来る予定ないけど? アポ無しはちょっと……べえぇっ!? 女の子!? しかも若い!? いーよいーよ、ここまで案内しちゃって!」
何かアポ無しで客人が来たらしいが、特に何の用事かもわからないのに、若い女の子ってだけで望さんはOKを出しているではないか。これで大丈夫なのか月研のセキュリティは。MIBとかがいるような世界観だったら死人が出そうだ。
そして一時すると所長室のドアがコンコンとノックされ、望さんがわざわざ自ら出迎えに行ってドアを開いた──。
「初めまして。クロエ・シャルロワです」
なんと望さんの元を訪れたのは、シャルロワ四姉妹の一人であるクロエ先輩だ。シャルロワ家に生まれながら自分の趣味であるオカルトに没頭している中々に変わった人だが、エロゲヒロインらしく銀髪の美少女であるため、彼女の訪問に望さんはテンションが上がっているようだ。
「朧、そっちのソファの上のやつどかして。後お茶も入れてあげな」
「はいはい」
一応客人用のため置かれていたソファの上を整理してクロエ先輩が座れるスペースを確保し、そしてインスタントラーメンを作るために置かれていた電気ポットを使ってお茶を用意した。そして資料に埋もれていた棚から茶菓子を取り出して二人の元へ出しに行くと、あんなに仕事で疲れていた様子の望さんは先程までとは打って変わって元気になっていた。
「どーも、初めましてクロエ先輩。二年の烏夜朧です」
「うん、知ってるよ。ローラの金魚のフン」
何か酷い言われようだな。俺ってこの世界でクロエ先輩ともう会ってたっけ? 今まで何度もループを繰り返してきたからどのタイミングで誰と初対面なのかわかりにくい。
俺はローラ会長とは仲良くさせてもらっているが、まだロザリア先輩やクロエ先輩とはそんなに話したことはない。それにしてもクロエ先輩が月研、しかも望さんの元に一体何のようだと不思議に思っていると、お茶を一口飲んだクロエ先輩が口を開く。
「まずは、烏夜所長にお詫びを申し上げます。私の叔父が大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「あぁいや、もう良いんだよそんなこと。なんかここ最近、シャルロワ家の人達がボスラッシュみたいな感じで毎日謝りに来てくれてるし」
「こちら、心ばかりの品ですがどうぞお納めください」
「おっ! これ、竹取大附属の制服じゃん。一度は着てみたかったんだよね~……って、どうしてシャルロワ家の人達は私の趣味を知ってんの!?」
クロエ先輩がお詫びの品として望さんに渡したのは、俺の妹である夢那が通っている竹取大学附属の制服だ。ド派手な赤色だが上品さと可愛さを兼ね備えた制服で、望さんは戸惑いながらも喜んでいるようだ。
望さんの趣味はコスプレ。所長室の一角には修道服だとかジャージメイドだとかコスプレ衣装が山積みにされているが、もしかしてあれも全部シャルロワ家からの贈り物? だとしたら絶対発起人はローラ会長だろ。
「では気を取り直して。実は私、趣味でUMAやお化けを探すのが好きなんです。所長さんはどうですか?」
「あぁ、ネッシーとかツチノコみたいな? お化けはちょっと苦手だけど、まぁそういう噂は結構聞いたことあるわよ。ウチの敷地内にある慰霊塔とか、あと月見山も結構心霊スポットって言われたりするし」
ビッグバン事件の犠牲者を弔うために建てられた慰霊塔は森に囲まれた立地という関係で夜はかなり不気味な雰囲気だし、月見山の登山道も夜は明かりが少ないからちょっと怖いところはある。
それに、この月研は八年前までネブラ人の宇宙船が保管されていたし、ビッグバン事件で完全に破壊された旧月研が建っていた敷地にそのまま建て替えられている。だから当時の犠牲者の霊が出てもおかしくない立地だが、お化けが出るとかいう噂なんてあったら怖くてしょうがないんだが。
「所長さんは何も見たことはないんですか?」
「うーん、昔は噂とか聞いたことあるけど、ここで見たことはないわね。何かあるの?」
するとクロエ先輩はニヤッと笑う。
「実は……この月研にお化けが出るという噂があるんです」




