恋人ごっこという理論武装
何度も俺とローラ会長が生きてきた世界を滅亡に追いやったネブラ人の最終兵器、ネブラ彗星。
この世界はこれまでのネブスペ2のシナリオとは大きく違う、トゥルーエンド……いや、俺とローラ会長が目指している真エンディングに向けて順調に進んでいるように思えたが、この真エンディングというのは前世世界でもまだ完成していなかったため、俺達が目指すべき結末が未だに漠然としているという問題がある。
ネブラ彗星なんて、都合よく物語を終わらせるためにやって来る死神のようなものだと思っていた。原作だとそんな設定はトゥルーエンドでも明かされないし、バッドエンドさえ迎えなければ衝突しないだろうと考えていたが……ネブラ彗星はネブラ人が開発した最終兵器だという裏設定が存在する以上、あの脅威がまた降りかかる可能性は十分に有り得る。
ネブスペ2原作でも大きなインパクトを残すイベントなだけに、ネブラ彗星が真エンディングに登場しないわけがない。
「まさか、お前……その生贄になるとか言わないよな?」
ネブラ彗星は、かつてアイオーン星系で惑星間戦争を繰り広げていたネブラ人の国家を滅ぼすために開発された兵器の一つで、地球へ逃れてきたネブラ人を追ってくる可能性もあるし、実際に襲来した。そしてネブスペ2のトゥルーエンドの世界線ではネブラ彗星の観測後に再びネブラ人の船団が日本へやって来るが、やはり彼らを追ってくるかもしれない。
するとローラ会長は笑いながら首を横に振った。
「流石にそんなことはしないわ。貴方に怒られそうだから。
それに生贄に捧げるにはもっと良いキャラがいるじゃない。私の父親とか叔父様とか」
成程。多分ティルザ爺さんは夏頃にぶっ倒れて植物状態になるし、ネブラ人の過激派の長として捕まっているトニーさんは別に殺してもいいだろうってか。
それはいくらなんでも極悪非道な所業なんじゃないかと思うが、この物語がそう簡単に勧善懲悪的な展開になるとは思えない。
「でもよ、何か泣きゲーとかだったらそういう生贄ってくじとかで無作為に選ばれて、ヒロインとかが選ばれる展開になりそうじゃね?」
自分で言っておきながら俺はそんな展開は来てほしくないなと思っていたが……さっきまで余裕そうに笑っていたローラ会長が突然頭を抱えた。
「そう、それ!」
急に俺の前世の幼馴染が出てきた。
「私、このエンディングを思いついた時に気づいちゃったの……これ、もしかしてヒロイン、いやもしかしたら主人公の誰かが無作為に選ばれちゃう奴なんじゃ!?って。多分ね、前世の私がそれを思いついてたらウッキウキでその話書いてるはずなんだよ」
「ひでぇ話だな。まさかそれが、お前が考えてた真エンドってやつか?」
「流石にこんな良いの思いついてたらメチャクチャ筆を走らせてるはずなんだよ。でも覚えてないってことは、多分違うんじゃないかなって。でも、私そういう話書きたい……!」
「本当にやめてくれ」
今は特に陰りなんて見られない愉快な日常を送っているだけに、突然奈落の底に突き落とされてしまいそうで怖いところはある。
俺とローラ会長が目指しているのは、初代ネブスペの面々も交えた大団円……しかし、皆がただワイワイと愉快な日常を送っているだけのシナリオなんてあり得ない。その日常を実際に生きている身からすれば喜ばしい限りだが、そんな単調な物語なんて面白みがないのだ。
「おそらく、佳境とも言うべきイベントはまず七夕に起きると思うわ」
「またアルタが事故に遭うのか?」
「もしくは貴方かもしれないわね」
「勘弁してくれ」
このまま物語が何事もなく平和に続いていくとは思えないが、かといって何が起こるかわからないというのは恐ろしくもある。そればかりはどれだけ前世でネブスペ2をプレイした記憶があっても対応しようがないからだ。
まぁ、普通の人生ってこういうものかもしれない。
「そういえばさ、入夏は宇宙船の中で私に言ったこと、覚えてる?」
「俺が花菱いるかだった時のか? あぁ、そりゃ何度も予行演習したからな」
「あれ予行演習とかしてたんだ」
ループを繰り返している最中、俺は皆に隠れて色々練習したんだよ。やっぱああいう時って格好良く決めたいじゃん。
そして俺はその練習の成果を宇宙船の中で発揮したわけだが──。
『お前、地球の存亡と愛する人のどっちをとるかって前世の俺に質問したことがあっただろ?』
『俺は、愛する人だ』
『人類のために死んだってのも、勿論素晴らしいことかもしれないが、俺はお前と出会えたことを、お前を愛することが出来たことを、死後の世界で皆に自慢してやるんだ』
……今思えば、恥ずかしいこと言っちゃってるな俺。
なんて過去の自分の黒歴史に悶える中、ローラ会長は無邪気に笑いながら言った。
「私、結構嬉しかったんだから。入夏からああいうこと言われて。
だからもしさ、私が生贄になるって言ったら、入夏はついてきてくれる?」
俺に死ねと申すか。
出来ることなら俺が一人で生贄になって宇宙へ飛び出したいぐらいだが、残念ながら俺が転生した烏夜朧はネブラ人ではないため生贄としての役目を果たすことが出来ない。まぁ俺が一人で行くと言ったらきっとコイツは悲しむだろうし、その逆も然り。
「いや、そうならないように頑張るべきだろ」
だが、そんな未来は来ない方が良い。来るかもしれないとわかっているなら、俺達はそれを変えるチャンスがある。
すると、ローラ会長は俺の手をギュッと掴んできた。
「入夏なら、そう言ってくれると思ってた」
やめろ、その姿で恥ずかしいことするな。俺が無駄にドキドキしてしまう。
我ながら、なんか世界を救うためと言って俺とローラ会長が宇宙に飛び出して囮になるという結末も何だかそれっぽいなと思える。ていうか俺達が揃って死んでも、またループするんじゃね?
俺達のループは、この物語が完結したら無くなってしまうのか? そんなことを考えていると、俺達の後方から人の気配を感じた。
「なんだかいい雰囲気じゃ~ん?」
ビクッと肩が震えると同時に、俺とローラ会長は後ろを振り返った。犬飼家の裏口を出て俺達の背後にニヤニヤしながら立っていたのはコガネさんだ。
「こ、コガネさん!? どうしてここに?」
「いやーちょっと外の空気を吸いたいなーと思って外に出ようとしたら、二人がいなくなってるのに気づいてさ」
俺達の話が聞かれていたか? 裏口が開く音すら聞こえなかったから全然気づかなかった。
コガネさんに俺達の前世のことがバレると、色々とややこしいが……。
「何だか怪しいとは思っていたけど……まさか二人がこっそり逢瀬する仲とは思わなかったね」
いや、どうやらコガネさんは俺達の話に聞き耳を立てていたわけではないようだ。ただ俺とローラ会長がイチャイチャしているだけだと思ってくれている。まぁ半分ぐらいイチャイチャしてたけど。
ローラ会長も俺と同じくホッとした表情を浮かべており、コガネさんに対して口を開いた。
「逢瀬だなんて、一体私達が何をしていたとお思いで?」
「へ? なんかイチャイチャしてたんじゃないの?」
「つまり、その証拠は見ていないと」
何が言いたいのだろうと俺が横で不思議に思っていると、ローラ会長はいきなり俺の方を向いて肩を掴んできて──背伸びをして、俺に顔を近づけてきて、勢いよく力強い口づけをしてきた。
「むぐっ!?」
ローラ会長はすぐに口を離したが、俺の首の後ろに手を回して、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。
こいつ……!
「これでいかがでしょう?」
そんな俺を置いて、ローラ会長はコガネさんに言う。こいつは自分がシャルロワ財閥の会長だという立場を忘れてるんじゃないか。ご令嬢が俺みたいな庶民と禁断の恋愛なんて、そんなの創作の世界でしか──。
「むほー!」
むほー!とか言うんじゃないよコガネさん。どんな興奮の仕方だ。でもコガネさんって今でこそ大人っぽくなったが、初代ネブスペの頃は大分変なキャラだったからこんな感じか。
「こりゃ良いものを見させてもらったね……安心しなよ二人共、このことは私の胸に留めておくから」
そう言ってコガネさんはニヤニヤしながら家の中へと戻っていった。どうだろう、コガネさんってこういう時はちゃんと秘密を守りそうな気はするのだが、なんか軽い拍子で意図せずともポロッと漏らしてしまうような間抜けさを感じる。
「……おい、どういうつもりだ」
「何って、恋人ごっこのつもりだけど?」
「来年まで我慢しろって言っただろ!?」
「そんなの聞いてないです~」
コイツ、自分がエロゲのヒロインだってことを忘れてるんじゃないか。
真エンドを目指しているのに俺とローラ会長の間に変なフラグが立ったら、どんでもないことになりかねないぞ……。




