真エンドの仮説
俺とローラ会長は犬飼家の裏口からこっそり抜け出して庭へ出た。犬飼家の敷地にはカラフルなアジサイの花が咲き乱れており、月下に照らされた銀髪の少女と合わさって幻想的な風景に見えるのだが──。
「やっぱり美少女に囲まれるのってたまらないわね」
そんな銀髪美少女の皮を被った変態が雰囲気をぶち壊す。
「自分が作ったキャラに囲まれて満足か?」
「えぇ、勿論。美人美人ってチヤホヤされるのは悪くないわね」
俺から見るとネブスペ2のヒロイン達は皆美少女だが、設定上だとローラ会長がとりわけ一番綺麗という評価になっている。俺の前世の幼馴染がそいつの皮を被っているというのがなんとも腹立たしい。
「でもあまり驕るんじゃないぞ。お前もさっき言ってただろ、美人薄命だって」
「大丈夫です~私は前世も美人でしたから~」
「可愛くねぇ奴だな」
まぁ俺の前世の幼馴染である月見里乙女が美少女だったというのは俺も否定はしない。変人だったというだけで、喋らなければきっとチヤホヤされていただろうに。
「それにしてもトントン拍子でイベントが進んでいくな。順調すぎて怖いぐらいだ」
今日はレギー先輩の舞台があったが、昨日は昨日で今日と同じく犬飼家のリビングにて勉強会が行われていた。これまで俺が経験してきたループと違うのは、朽野乙女が参加していたという点だ。まぁいつもよりワイワイしていたというのと、乙女がずっと『稍重』、『馴致』、『糺の森特別』の漢字の読み問題に苦戦していたことは覚えている。
「順調、ね……でもまだ油断は出来ないわ。現時点では殆ど原作のトゥルーエンドのシナリオ通りよ。多分スピカちゃんが育てていたローズダイヤモンドが普通に咲いて、ムギちゃんが乙女ちゃんと合作で絵を完成させるぐらいね」
ネブスペ2原作のスピカルートでは、彼女が丹精込めていた幻の花ローズダイヤモンドを中心に話が進んでいき、ムギルートでは彼女が七夕祭の絵画コンクールに向けて親友の乙女と製作していた絵を巡って色々トラブルが起きるのだが……今日のレギー先輩の舞台で何もトラブルが起きなかったことを考えるに、何もトラブルが起きることなく進んでいくだろう。
そう、トゥルーエンドは各ヒロインのイベントは意外とあっさり進んでいく。まぁそもそもトゥルーエンドの世界線に辿り着いた紳士達は散々ヒロイン達のイベントを見てきたはずだ。
トゥルーエンドで焦点が置かれるのは、第三部のローラ会長ルートで残された謎……八年前のビッグバン事件を巡るネブラ人の過激派の動きだ。そこでやっとローラ会長が慕っていたトニーさんがネブラ人の過激派の長であると明かされるわけだが……肝心のトニーさんは既に捕まってしまっている。
「でも、今後何か大きなイベントは起きるのか? トニーさんは捕まったから過激派が何か事件を起こすわけでもないだろ?
初代ネブスペの面々を登場させるって言っても、結局どういうエンディングになるんだ?」
このネブスペ2の世界は未完成なのだ。原作者であるおでんちゃんこと月見里乙女は、新規ヒロインの追加だとか初代ネブスペのキャラ達も登場させて真エンディングなるものを考えていたらしいが、ネブスペ2の発売直後に開発チームが解散してしまったため、発売されずじまいだ。
まぁそれは、彼女が洪水に巻き込まれて亡くなってしまったからだろうが……。
「入夏は、トゥルーエンドの世界線で起きる一番大きなイベントって何だと思う?」
舐めた質問をしてくれる。俺が一体前世でどれだけネブスペ2をやり込んだと思ってる。
「星河祭の夜にネブラ人の宇宙船がやって来ることだろ」
第二部の終わりであり第三部の始まりである月学の学園祭、星河祭の夜に観測されたネブラ彗星と同時に、新たなネブラ人の船団が地球へやって来るのだ。そしてネブラ人の過激派は彼らと組んで地球を支配しようと目論む、というのが大きな流れになっていくのだが……もういないんだよな、肝心の過激派が。
「そのイベントがキーになることは間違いないわ。多分七月ぐらいにはその予兆が出てくるはず」
「でももし過激派が暴れまわったとしても、シャルロワ家の私兵部隊が普通に迎撃するだけなんじゃないか?」
「原作だとそうね。じゃあ、初代ネブスペとネブスペ2のキャラ達に共通することって何だと思う?」
初代ネブスペと、ネブスペ2のキャラ達の共通点、か。どちらも舞台は月ノ宮町であり、そして主人公もヒロイン達も月ノ宮学園の生徒だ。
そして、この物語のキーとなるのは……。
「ビッグバン事件、か」
被害の大小はあれど、初代ネブスペとネブスペ2のキャラ達は八年前のビッグバン事件で家族や友人を失っている。夢那は当時既に月ノ宮から離れていたが、一応父親を失っているし地元の友人も失っているから、やはり重要な出来事のはずだ。
「初代ネブスペで私が描いたのは、ネブラ人への風当たりが強くなった過酷な時期に描かれる恋。ネブスペ2はその八年後、あの大事件を乗り越えるための恋よ。
ビッグバン事件は、二つの物語における重要な軸となる出来事なの。だから私も入夏も、この事件を防ぐことは出来なかった……あの事件が起きなかったら、そもそもNebula's Spaceという物語は生まれないでしょうから」
月見里乙女はエレオノラ・シャルロワとして、そして俺は烏夜朧ではなくて花菱いるかとしてビッグバン事件を防ぐことが出来ないか試してみたが、どうしてもビッグバン事件を防ぐことが出来なかった。
トゥルーエンドの世界線ではネブラ人の船団が地球へやって来て、その内一隻が再び月ノ宮へやって来るが、皆が皆歓迎ムードというわけではなかった。やはりあの宇宙船の爆発が皆の脳裏に色濃く残っているからだ。
「まさか、もう一度ビッグバン事件が起きるかもしれないってことか?」
「さぁ、それはわからないけれど……私が危惧しているのはそれじゃないわ。貴方も経験しているはずよ」
そして、俺はようやく彼女が言いたいことを理解した。
俺達が本当に恐れるべきは、新たにやって来るネブラ人の船団ではない。
彼らを追いかけてやって来た、ネブラ人の最終兵器だ。
俺がそれに気づくと、ローラ会長は夜空を見上げながらフフッと笑っていた。
「その表情を見るに、どうやら理解できたみたいね。八年前、私が入夏に檄を飛ばされてから、私はただ呑気に八年間を過ごしたわけじゃないわ。
前世の自分がどんな結末を考えていたのかは思い出せないけれど、ネブラ人の最終兵器……対惑星衝突型反物質誘導弾なんて代物をどうして思いついたのか。アイオーン星系はその兵器で滅んだという設定だけれど、それがネブラ彗星に姿を変えてはるばる地球までやって来るのは偶然じゃないと思ったわ。
そう……きっとあれが、私達のラスボスよ」
これまでのループで、誰のグッドエンドやバッドエンドを迎えても、必ず年明け頃にネブラ彗星が地球へやって来て世界を滅ぼしてしまった。あの最終兵器は地球へ逃れてきたネブラ人達を追ってやって来た可能性が示唆されていたが、新たに地球へやって来るネブラ人を追って来る可能性も十分に有り得る。
無理矢理世界を滅亡させるなんてご都合主義にも程があるだろと俺は若干憤慨していたが、最初からラスボスは顔を出していたということか?
「いや、待てよ。仮にネブラ彗星がラスボスとして、どうやって倒すんだ?」
「もう一個、ネブラ彗星を作るのよ」
「……マジで言ってるのか?」
ネブラ彗星、もとい対惑星衝突型反物質誘導弾はその名の通り反物質とかいうまだ人類が実用化出来ていないオーバーテクノロジーを使用した超兵器だ。しかもただ爆弾をつけるだけではなく、小天体に誘導機能までつけなければならないのだ。
この世界が現実世界より科学技術が進歩しているとはいえ、まだ人類はその域に達していない。
「別にネブラ彗星を破壊するだけなら爆弾は必要ないわ。あのネブラ彗星自体が大きな爆弾なのだから。
難しいのは、あの彗星を狙って命中させることよ」
「じゃあどうやって当てるんだ?」
「星河祭の日にやって来るであろう、ネブラ人の宇宙船を使えるわ。数隻もあれば小天体ぐらい簡単に運べるでしょう」
「……ネブラ人ってそんなにヤバいの?」
「えぇ。宇宙人だもの」
たまに忘れかけるが、そういえばネブラ人って地球人と共存してるのが不思議なくらい高度な文明を生きてきた民族だ。むしろネブラ人の過激派のように地球の支配を企んでいる方が、SF作品で多く描かれている宇宙人らしい姿だろう。
まぁ、宇宙人だからという言説はご都合主義のようにも聞こえるが。
「でも、もしかしたら間に合わないかもしれないし、失敗する可能性もあるわ」
「その時はどうするんだ? またやり直すか?」
「いえ、最終手段が残っているわ。生贄を捧げることよ」
「……生贄?」
どういうことかと思ったが、あのネブラ彗星はアイオーン星系から逃れたネブラ人を追ってきているのだ。
つまり、あのネブラ彗星に向かってネブラ人を乗せた宇宙船を飛ばせば、それに向かってくれるだろうという考えか。何かひでぇ話だがかなり手っ取り早い方法ではある。
ただその考えを思いついた時、嫌な未来が俺の頭をよぎる。
「まさか、お前……その生贄になるとか言わないよな?」




