ガバガバフィルター
六月十二日、金曜日。
今日は平日だが、俺は昼ごろに学校を早退した。別に体調を崩したわけではなく、とある人に会いに行くためで……校門前に待っているシャルロワ家の車の元へ向かった。
「……いや、マジか」
月学の校門の前に停まっていたのは真っ黒なリムジン。いや、流石にこれは大げさ過ぎるだろ。
俺が近づくと待っていた運転手さんがドアを開けてくれて、俺は慌てて乗り込んだ。中には既にローラ会長が乗っていて、俺が彼女からジュースを受け取るとリムジンは走り始めた。
「昨日はどうだった?」
こんなにシートは広いのに隣に座るローラ会長がニヤニヤしながら俺に言う。わざわざリムジンという大げさな乗り物を用意したのは、俺達の話を運転手に聞かれたくなかったからだろう。
「惜しかったな。すごく惜しかった」
「そんなに乙女ちゃんの足を舐めたかったの?」
「舐めたいってわけじゃないが、そんな機会もう二度と来ないだろうから、どうせなら舐めておきたかった」
「勿体ないわね」
乙女が帰った後に望さんに散々バカにされたが、実際に舐めてみたらどんな感覚だったのだろうという若干の後悔が残っていた。
「それにな、座ってる乙女の目の前で下から覗いた時に見える視界ってのも中々絶景だった。凄く煽情的だったな」
「私も乙女ちゃんの足の爪を切っていた時に同じようなシチュになったけど、確かにあれは絶景だったわね」
「お前そんなことしてたのかよ」
「もし私が貴方の立場だったら、もうふやけるぐらい舐めまくるわ」
「お前そういうこと言うの俺の前だけにしとけよ」
と、乙女の生足に興奮する輩がここの二人現る。まぁああいう肝心なところで邪魔が入るってのも何ともラブコメっぽい展開ではあるが、もし次があるなら……いや、あってほしくないな。せめて大星とやって来てくれ、乙女。そして乙女の足を舐めるんだ、大星。
「壁ドンはどうだった?」
「照れまくってたぞ。あれは中々役得だった」
「私が壁ドンしたら同じような反応してくれるかしら?」
「……あまり乙女を困らせるなよ」
何か昨日は乙女の可愛らしい一面を見ることが出来てとても満足しているが、俺が求めてるのはそういうのじゃないんだ。
乙女がヒロインになる相手は、俺じゃないんだよ……。
「結局、乙女って大星のことどれくらい好きなんだろうな。現時点で」
ネブスペ2原作では、トゥルーエンドの世界線でも乙女はヒロインという扱いではないが、トゥルーエンドでしか見ることの出来ないイベントが追加されている。ただ大星とイチャイチャしているばかりで、この前のデートイベントもそうだ。
その裏で、烏夜朧が暗躍していたのは間違いないだろうけど。
「ちなみに、一ファンとしてどう考察する?」
「やっぱエロゲ主人公ってモテてなんぼじゃないの?」
「メタい考え方ね」
「でも朧と乙女がひっつくような関係には見えないし、やっぱり大星の方が優位っぽいよなー。やっぱ大星相手にデレデレしてる時の表情は、大星相手にしか見せないからな」
烏夜朧と朽野乙女の二人は幼馴染という大きなアドバンテージがあるが、付き合いが長くてお互いを知りすぎてしまったからか、これ以上関係が進展しそうにない。それこそラブコメのテンプレみたく大きなきっかけがないと……まぁ、この二人の間にそんなイベントは用意されていないけれども。
「ちなみにお前の構想の中にあった乙女ルートってどうなる予定だったんだ?」
「そりゃもう乙女ちゃんの乙女らしさに我慢できなくなっちゃった大星が乙女ちゃんの[ピーー]を[ピーー]しまくってもう[ピーー]が[ピーー]でグッチョグチョに……」
「とりあえずお前はローラ会長の皮を脱いでから喋れ。せめてフィルターをかけろ」
「イキスギ両成敗ね」
「なんでフィルターかけたらそうなったんだよ」
もし前世の俺が普通に画面越しでエロゲとして乙女ルートを見ることが出来ていたならそりゃ喜んでいただろうが、この世界に転生すると完全にナマモノ相手になっちまうからなぁ……見たいけど見たくない。
「私がちょっと反省しているところは、ネブスペ2のヒロインって結構押しが強いのよね。特に第一部と第二部は。アルタ君なんて総受けだし。
だから童貞が喜びそうなシチュエーションってどんなのかなって処女の私が考えた結果、私でも[ピーー]なHシーンが生み出されてしまったわけよ。乙女ちゃんってやっぱ受けだと思うから[ピーー]責めとか[ピーー]プレイとか似合うと思って」
「フィルターかけろって言ってんだろ」
「そりゃもうドチャシコよ」
「フィルターの穴ガバガバ過ぎるだろ」
月見里乙女がエレオノラ・シャルロワの皮を被ったままふざけてるから俺の中でローラ会長のイメ損が甚だしいが、最近色々と大変なコイツが元気そうで何よりだ。コイツ自分でハードル上げてるけど大丈夫か。
「ちなみに入夏がこの世界に転生してから一番興奮したシーンって何? 三位まで答えて」
「俺がそれを答えるメリットがあるか?」
「後で鰻の特上を食べさせてあげるから」
「三位はワキアに喰い殺された時かな」
「かなり予想外の答えが出てきてびっくりなんだけど」
病に脳まで蝕まられて豹変してしまったワキアに文字通り喰い殺された時は中々に悶絶したが、あれは良かったなぁ。肩に噛みつかれて肉ごと持ってかれると思わなかったし、爪を剥がれて指を一本一本噛みちぎられていった時はもう悶絶していたが、次第に快感に変わっていった。
「二位はあれだな、スピカに刺された時」
「殺された思い出しかないの?」
「一位はベガに殺された時だな。失血死するまで中々きつかったが、あの恍惚とした表情のベガは最高だった」
ネブスペ2のグッドエンドの裏で主人公とヒロインを繋ぐお手伝いをしている烏夜朧だが、エロゲのおこぼれを預かることは出来ず、それなのにバッドエンドではとばっちりを受けて必ず殺される運命にある。
俺はエンディング回収のために何度もバッドエンドを迎えて殺されてきたが、今振り返るとなんだかんだ楽しかったと思える。二度と戻りたくないが。
「もしかして私……入夏の性癖破壊しちゃった? もうベガちゃんとのキスじゃ満足できない体になってる?」
「あくまで一周目の世界限定ならあれは一位だけどな」
「じゃあ現時点だと越えてるんだ、あれ……」
一周目の世界に限定するなら、三位はレギー先輩との添い寝で二位はワキアとお風呂に入った時のことだろうか。あの頃の俺はまだまだ純粋だったなぁ、どこでおかしくなっちゃったんだろ。
「こうなったら入夏の性癖をもとに戻さないといけないじゃん。このままだと入夏に何かあった時、わざとバッドエンドを迎えて殺されにいくかもしれないってことでしょ?」
「超メンヘラじゃねぇか俺。流石にそんな性癖はねぇよ」
「本当に? 私は女の子を凌辱する趣味はあっても野郎なんかを凌辱する趣味はないよ?」
「まぁそれは全てが終わってからで良いだろ」
「私は良くないけど!?」
そりゃ何度もループを繰り返していた頃はかなり苦しい思いをしていたが、何も嫌なことばかりってわけではない。普通にネブスペ2というエロゲのファンである俺からすれば、俺の推し達がイチャイチャしている姿を側で見ることが出来るだけで良い。
もっとも、もし俺を中心としたハレームを築けるならそれも喜ばしい未来かもしれないが……一時的に幸せな時間を過ごすことは出来ても、その後に待ち受ける未来が明るいものとは思えない。だってネブスペ2のヒロイン、乙女みたいなモブヒロインも含めると二十人を超えるんだぜ?
その後はとりとめもなく二人でエロゲ談義をしていたが、そんな低俗な話をしている間にリムジンは都心へと入り……目的地である竹取大学附属の学校へ到着した。




