乙女さんを僕にください! この水ようかんと引き換えに!
ローラ会長がビッグバン事件についての会見を行ってから数日。乙女も秀畝さんもやや気まずい中での月学への復帰となったが、月学の生徒達は秀畝さんがビッグバン事件の真犯人ではなかったと知ってむしろ安心したようで、二人は再びいつも通りの日常を取り戻しつつあった。
「確か、朧君はココアが好きだったね?」
そう言って秀畝さんは月学の学食に置いてある自販機でココアを奢ってくれた。放課後でも学食で時間を潰している生徒もいるが、言っても席はガラガラだ。そんな学食の隅の席に座って、缶コーヒーを飲む秀畝さんに俺は言う。
「どうです? 娑婆に解放された感覚は」
俺がそう言うと秀畝さんは大笑いしながら言った。
「別に私は牢獄に入れられていたわけではないよ。シャルロワ家の怖い人達の監視下に置かれていただけさ」
「いやメチャクチャ怖くないですか、それ」
「フフ、過激派の連中に捕まっていた方がよっぽど恐ろしい目に遭っていただろうね」
月ノ宮に広まっていた噂では、ビッグバン事件の真犯人であるという容疑がかかったために警察に逮捕されたとされていたが、実際にはシャルロワ家の管理下に置かれていたのだ。
そして、その噂を流布させていたのはネブラ人の過激派だ。ネブラ人の地位向上を画策するネブラ人の過激派は、ネブラ人の仕業とされたビッグバン事件の真犯人に地球人である秀畝さんをでっち上げることで、自分達への風当たりを弱めようと企んでいた。そして秀畝さんはビッグバン事件の真相を知っているため、自分達にとって都合の悪い彼を過激派は捕まえようとしていたが、それをシャルロワ家が守っていた、と。
「でも、自分のせいでシャルロワ家の子女達が悪く思われるのは不本意だけどね」
「まぁシャルロワ家に黒い噂が多いのは元々ですけどね」
「シャルロワ家は私を丁重に扱ってくれたし、私の妻や娘に危害が及ばぬよう保護もしてくれた。私は感謝しかないよ」
まぁシャルロワ家って私兵部隊持ってるもんね。人類がまだ実用化出来てない光線銃を持ってるんだもの。あれを見てから俺の中ではシャルロワ家に対する潜在的な恐怖が存在するが、あんなのが味方なのは心強いだろう。
「実際……秀畝さん、いや朽野先生は真相を知ってたんですか?」
俺は前世の知識でもう知っているが、烏夜朧はそれを知っているはずがないため、一応聞いてみる。すると秀畝さんは物悲しそうな表情で口を開いた。
「現場を全て見ることが出来たわけではないよ。ただあの日、ネブラ人の宇宙船に怪しい連中が出入りしていたのは気になっていたけどね。
私に事の一部始終を教えてくれたのは……あの爆心地で命からがら助かった、メルシナさんからだよ」
シャルロワ四姉妹の末っ子、メルシナ・シャルロワ。八年前のあの日、病に倒れた母親に薬草を調合するために宇宙船に忍び込み、中でティルザ爺さん達と会合していたネブラ人の過激派に追いかけられ……偶然出会った花菱いるか(俺)に助けられて宇宙船の自爆に関与してしまった。
花菱いるか(俺)はそれはそれはもう大爆発で肉片すら残らないぐらい木っ端微塵になってしまったが、メルシナはネブラスライムに守られて生還している。
「瓦礫の山と化した宇宙船で生存者を探していたら、彼女を見つけてね。パニックになっていた彼女から事の一部始終を聞かされたよ。シャルロワ家の人に確認したらどうやら事実だったみたいで、それから私はずっとそれを秘密に生きてきたのさ。ただ母親を元気づけようとした少女に全ての責任を負わせるだなんて、人のやることじゃないからね」
今でこそメルシナは歪な関係の姉達を繋ぐ可愛い末妹だが、あの明るい笑顔の裏で彼女は八年前からずっとビッグバン事件でのトラウマに苛まれているはずだ。
……花菱いるかとして俺はメルシナと一緒にあのボタンを押しているが、何度も押している内に罪悪感とかは吹っ飛んだけどね。俺が押さなかったらメルシナが一人で押してしまうだけだし。
「乙女は最近どうだい?」
「昨日は大星とデートに行ってましたよ」
「んん!? 大星君と乙女が!?」
さっきまで割としんみりした話をしていたはずなのに、大星と乙女のデートがそんなに衝撃的だったのか、秀畝さんは目を見開いて驚いていた。
「二人でゲームセンター行ったりカラオケに行ったりしてました」
「大星君って美空さんと付き合ってるんじゃなかったのかい?」
「何度も言いますが、あの二人ってまだ付き合ってないんですよ」
「同棲してるのに?」
「はい」
大星が犬飼家のお世話になっているのは色々な事情あってのことだが、あんな美少女達と一つ屋根の下で過ごせるってのはラブコメ主人公の特権である。
「そうか……私も妻のご両親にご挨拶したこともあったけれど、いずれ私もそんな立場になるんだね……」
「秀畝さん! 乙女さんを僕にください!」
「せめて手土産ぐらい持ってこい!」
「流石に僕もその時は持っていきますよ、つまらないものぐらい」
親が教師だと結構教育が厳しそうだが、秀畝さんはちょっと乙女に甘いところがある。俺も生徒として秀畝さんの教師としての姿を見ているが、そんな厳しく怒っているところを見たことがない。生徒の相談に快く乗って優しくアドバイスしてくれるし、生徒のおふざけに対しても寛容でノリも良い先生だ。
まぁ、こういう人が怒る時こそメチャクチャ怖いだろうけど。秀畝さん、ひたすらに理詰めで責めてきそうだから。
なんて話していると、丁度乙女が鞄を持って俺達の元へとやって来た。
「こんな隅っこで何してんの、二人で」
「乙女の彼氏が私のところに挨拶に来た時の練習だよ」
「親側が練習することあるの?」
「秀畝さん! こちら大阪土産の面◯い恋人です! これで乙女さんを僕にください!」
「わかった」
「面◯い恋人でトレード!?」
一人娘が彼氏を連れてくるってどんな気分なんだろうなぁ。秀畝さんは乙女を溺愛しているわけではないが、月学に復帰してから何度も俺に乙女の調子を聞いてくるし、やはり親として気にかけているのだろう。
「手土産は何でもOKですか?」
「私としては羊羹とかが良いかな。水ようかんだと尚良し」
「持ってきた手土産の内容で決めるの?」
「じゃあ朧君。次はバージンロードを歩く練習をさせてくれないか」
「恥ずかしいからやめて」
「僕が新婦役ですね」
「それは絶対におかしいでしょ」
秀畝さん、乙女の結婚式ですんごい泣いてそうだ。そんな秀畝さんを見て奥さんの穂葉さんが大笑いしている姿が容易に想像できる。
その結婚式には是非とも参加させてもらいたいが……実際、このネブスペ2でハーレムエンドを迎えた後って大星達はどんな生活を送っているのだろう? もし大星が無事ハーレムを築き上げたら、大星が五人の新婦に囲まれているところを俺は泣く泣く見ているしかないってこと?
「そういえば乙女は何の用でここに?」
「朧の家に遊びに行こうと思って。前に読んでた漫画、まだ途中だったから」
「秀畝さん。娘さんが年頃の男子の家に一人で上がり込もうとしてますよ。どう思います?」
「いやそういうのじゃないから」
「別に私は乙女の相手が朧君だったとしても、一発シバいてからちゃんと受け入れるよ」
「なんで一発シバく必要があるんですか?」
「受け入れなくていいから! ほら行くよ朧!」
俺は秀畝さんに別れを告げて、乙女と一緒に帰路につく。なんだかんだこうして二人で帰るのは久しぶり、というか俺は初めてだ。
月学の校門を出て、俺が住んでいるマンションがある月ノ宮駅の方へと歩きながら、乙女は溜息をついて口を開く。
「結婚なんて気が早いわよね。まだ彼氏すらいないってのに」
「大星は?」
「昨日のはち・が・う・か・ら!」
そう言って乙女は俺の背中をバンッと力強く叩いた。
「全部朧に仕組まれてたって思うと余計に腹立たしいわ! いつか朧にも同じドッキリ仕掛けてやるんだから!」
「僕は美空ちゃんやスピカちゃん達とデート出来るなら大歓迎だよ」
「しまったわ! 朧に同じドッキリ仕掛けても全然ドッキリにならないじゃない!?」
何を言ってるんだか乙女は。まぁ美空達にデートに誘われて、それが罰ゲームだったりドッキリだって明かされたら俺だってショックは受けるけどね。一晩は泣けるよ。
「楽しみだね、乙女の花嫁姿を見るの」
「朧に見せるつもりはないけどね」
「良いもーんだ。僕は秀畝さんや穂葉さんとホットラインがあるから勝手に教えてもらいますぅー。招待状を偽装して勝手に披露宴に参加して美味しいご飯を食べて帰りますぅー」
「ぐぎぎ……腐れ縁もここに極まれりね」
実際に乙女の花嫁姿を見たら俺は泣いちゃうかもしれないけどね。
でもそんな未来が待ち遠しくもある……何度もループを繰り返して辿り着いたこの世界線なら、きっとそれは夢ではないはずだ。
月ノ宮駅前の喧騒が近づく中、乙女はハッと何かに気づいた様子で手を叩いた。
「そうだ! 朧ってスペブラ持ってたわよね。それで勝負しない?」
「何かを賭けるつもりかい?」
「そうよ。勝った方が負けた方の言うことを何でも聞く、これでどう?」
ほう……。
この俺に勝負を挑もうってか……!




