大星と乙女のデート
「ねぇ朧っち、もうちょっと前に出れない?」
月ノ宮駅前、ゲームセンターのプライズコーナーの隅。両替機の後ろから俺と美空、スピカ、ムギ、レギー先輩の五人はとある二人の様子を伺っていた。だが小さい両替機の後ろに五人も隠れるスペースなんてあるわけがなく、何故か俺は一番下側で殆ど床に這いつくばるような形でその上から四人が様子を伺っている状態だ。背中に何か当たっているような気がするが気にしない気にしない。
「無理だって美空ちゃん。あの二人にバレちゃうよ」
「いっそのこと朧が床に寝そべったらいいだろ」
「いやレギー先輩。一番背の高い僕が上側に行けば良いだけでは?」
「出た身長マウント」
「いや物理的にマウントとってるのムギちゃん達でしょ」
「あ、大星さん達が移動しますよ」
俺達の視線の先には、UFOキャッチャーの景品を恨めしそうに睨みつける大星と、そんな彼を見ながら苦笑いする朽野乙女の姿があった。
そう、俺達は今……大星と乙女の初デートを尾行しているのだ!
時は遡って、帰りのHRが終わってすぐのこと。
「よし! 今日は久々にゲーセン行こ!」
今日一日、授業の内容が全部ちんぷんかんぷんだったという乙女はフラストレーションが溜まっていたようで、以前のように俺達をゲーセンに誘おうとしていた。
「もうすぐ期末考査だっていうのに乙女は呑気だね」
「うぐっ」
「しかもおとちゃん、何気に私より赤点ラインが近いんじゃない?」
「ぎぃっ」
「で、でもたまには息抜きも必要でしょうし良いんじゃないですか?」
「そ、そうだよすーちゃん! 実は今とっても欲しい景品があって……」
まぁスピカの言う通り、期末考査前だからといって勉強ばかりの毎日は余計にストレスがかかってしまうだろう。俺も乙女も交えてゲーセンに行ってみたいから乗り気ではあったのだが……何か思いついた様子のムギが俺と美空、スピカを集めてコソコソ話を始めた。
「ねぇ皆。あえて私達は断ってさ、大星と乙女の二人きりにさせてみない?」
……。
……何それ。メチャクチャ面白そうじゃん。
「そしてその二人を僕達って尾行するってことだね?」
「そういうことだよ。二人の初々しい初デートを見守ろう」
「でもどうやって断るの?」
「何か予定があることにしましょうか」
大星と乙女をあえて二人きりにさせてデートっぽい雰囲気を作り、その二人を尾行する。なんて名案なのだろう。いや、ネブスペ2原作のトゥルーエンドの世界線でも見ることの出来るイベントだが、意外とすんなりイベントが起きてくれた。
そこで俺達は、大星と乙女を二人きりにさせるために誘いを断る理由を取り繕う。
「ご、ごめ~ん大星、おとちゃん。私、今日パパとママから冷凍のワニを買ってくるように頼まれちゃってて~」
「いや、それぐらいなら俺も行くが」
「は、葉室まで行かないとだから別にい~よ~」
「冷凍のワニ……ワニって食べられるの?」
いや美空、もうちょっと上手く演技してくれ。美空のご両親は月ノ宮海岸でペンション『それい湯』を経営しているが、そこでワニの肉を使うことあるの? 何の料理に使うんだよそんなもの。
「すみません、大星さん、乙女さん。私とムギは今日、お母様と餃子を食べるために宇都宮と浜松を行ったり来たりしないといけないんです」
「そんなことあるか?」
「フルコースで楽しんでくるから」
「餃子のフルコース……?」
俺はこの人達と同じ世界観に生きているのかね。しかもここから宇都宮と浜松に向かおうと思ったら新幹線を使っても絶対に今日中には帰ってこれないぞ。しかも行ったり来たりって何で往復してるんだよ。
「ごめん大星、乙女。僕は天命に導かれて空港までマイハニーを迎えに行かないといけないんだ」
「朧にハニーなんていないだろ」
「いや僕にツッコむならもっとツッコミどころあったでしょ」
「どれだけ早い在来線や新幹線を使っても今日中に宇都宮と浜松の餃子を食べることは出来ないってこと?」
「そんな西村◯太郎みたいなミステリーじゃないんだよ」
大星と乙女は何故か俺の用事だけツッコんできたが、まぁこれも原作通りってところだ。
「ちなみにレギー先輩も舞台の稽古があるって言ってたよ」
「え……? じゃあ、私と大星の二人っきり?」
「うん、そうなるね」
「いや、俺と二人で行ってもしょうがないだろ」
「でも乙女さん、欲しい景品があったのでは?」
「だったら獲ってあげないとね、大星」
「俺はそんな上手くないんだが?」
と、俺達は圧力をかけて大星と乙女を二人きりでゲーセンに向かわせた。大星は特に気にしていない様子だったが、いつもは元気な乙女が急に顔を赤らめて、モジモジと大星の様子を伺っていた。
そうだよ。そういうのを見たかったんだよ俺は。このために死にものぐるいでループを繰り返してきたんだ!
「この変な頭のフィギュアはなんだ?」
「知らないの? 最近アニメもやってる『クールガイおから君の絹ごし講座』の主人公よ」
「あぁ、だから頭が絹ごし豆腐になってるのか」
「その頭は絹ごし豆腐じゃなくて木綿豆腐よ」
「そんな違いわからんだろ!?」
月ノ宮駅前にあるゲーセンはそれ程大きくないが、プライズコーナーには流行りの漫画やアニメのぬいぐるみやフィギュアは一通り揃っている。若者が多いとはいえこんな田舎で採算が取れているのか甚だ疑問だが、まぁネブスペ2のシナリオを円滑に進行するために都合よく用意されているのだろう。
大星と乙女は店内をウロウロしながら目的の景品を探していた。俺達は二人にバレないよう、大星と乙女を視界に捉えられる位置から二人の様子を見守っていた。
「大星はあまりアニメとか見ないからな~」
「ヒロインの子が可愛らしいですよね。チャイナドレスを着てて」
「麻婆豆腐モチーフなの?」
「いや臭豆腐モチーフ」
「……独特の臭いがしそうだね」
どうやら俺はこの世界の文化についていけそうにない。
それはともかく、俺達が二人を尾行していると、なんとなく見覚えのあるフィギュアやぬいぐるみを傍目に、乙女達は奥へ奥へと進んでいった。
「あ、これよこれ!」
と、乙女が指を差して駆け寄った台の中に入っていたのは……何かのビルをモチーフにしたらしいクッションだった。なんだこれ。
「これは……え、これなんだ?」
「知らないの? 『ビルディングこれくしょん』、ビルこれに出てくる国連本部ビルちゃんのクッションよ」
「国連本部ビルちゃん……?」
今すぐネブスペ2の原作者であるローラ会長を呼び出して説明してもらいたい。建築物の擬人化なんてニッチ過ぎるだろ、しかも擬人化っていうか見た目殆ど一緒だし。
「これが欲しいのか?」
「うん。抱き心地良さそうでしょ?」
「そうか……? 俺はビルに対して抱き心地とか考えたことないぞ……?」
「さいたま新都心のランド・アクシス・タワーちゃんも結構良いのよ!」
「いやどれのことを言ってるのかさっぱりわからん。せめて東京タワーとかにしてくれ」
「東京タワーちゃんはロリババア感のあるキャラで和装がとても似合うわ。大星には新宿センタービルちゃんが似合うわね」
「そ、そうか……」
果たして東京タワーに対してロリババア味を感じた人がこの世にどれだけいるのだろうか。和装は似合いそうだけど。
と、大星は未知のコンテンツに戸惑いを隠せていなかったが、そんな大星を放って乙女は小銭を入れてボタンの操作を始めた。
「いくわよー!」
「ちょっと右に行き過ぎてないか?」
「あーっ!?」
一回目、無常にもアームがかすっただけで掴めず。
「お、掴んだぞ」
「アームの力が弱いわ!」
二回目。アームはクッションを掴んだが上に上がりきる前にクッションは落ちてしまった。
「ヤバッ!? ちょっと奥に行っちゃった!?」
「出口に跳ね返ったな……」
三回目。クッションを掴んで惜しいところまでいったが、返しに跳ね返されて出口から遠ざかってしまった。
その後も何度も小銭を入れて、小銭がなくなったら両替を繰り返して乙女は挑戦していたが……烏夜朧として何度も彼女にゲーセンに誘われた俺は知っている。
朽野乙女はUFOキャッチャーがあまり得意ではない。
「うぐぅ……どうしてこんなに難しいのぉ~」
一体いくら費やしただろう、途中途中で店員さんにクッションの位置をずらしてもらったりアドバイスしてもらったりしているのだが、乙女は半泣きになってUFOキャッチャーの前で項垂れていた。
しかし、隣に立つ大星は乙女の肩をポンと叩いて言った。
「大丈夫だ乙女。俺が獲る」
「大星……!」
すげぇ格好いいじゃん大星。
そして大星は自らの財布から小銭を投入してボタンの操作を始める。
「あっ、ミスった」
一回目。アームはクッションより奥側に行ってしまい、かすりもしない。
「クソッ、どうして落ちてしまうんだ!?」
二回目。クッションは掴めたがアームが上まで上がった時のちょっとの反動で落ちてしまった。
「だああっ! 違う、違うんだ!」
三回目。焦りからかイライラからなのか、ボタンを押すタイミングをミスって空振り。
……まるで救世主かのように登場した大星だが、残念だが大星もUFOキャッチャーの腕前はお察しのとおりだ。両替機の裏で見守る俺達ですら溜息をつくレベル。
「大星……そこはかっこよく決めないとダメだよ……」
「あれぐらいならちょちょいのちょいで取れそうだけどね」
「加勢してはダメでしょうか」
「ダメだよスピカちゃん、ムギちゃん。二人は今、新幹線で宇都宮か浜松に行ってる頃合いだから」
「まだ東京駅にすら辿り着けてないかも」
なお美空もUFOキャッチャーはあまり得意ではないが、スピカとムギはそれなりの腕前。多分俺よりかは上手かったような気がする、設定上では。まぁ前世の知識を総動員しようとしても、前世の俺もそんなに上手くなかったな。
そして大星と乙女が国連本部ビルちゃんを手に入れようと挑戦を始めて三十分が経った頃……。
「いけーっ! いけぇーっ!」
UFOキャッチャーの前であんな絶叫してる人、初めて見た。
国連本部ビルちゃんの手足に上手くアームが引っかかり、それが取り出し口に落ちたと同時に祝福の音楽が鳴り響き、大星と乙女は大きくガッツポーズを決めていた。
「や、やったわー!」
乙女は取り出し口から景品を取り出してそれを掴むと、ぴょんぴょんと飛び跳ねて無邪気に喜んでいた。
何とも微笑ましい光景だが……国連本部ビルを手に入れてあんなに喜ぶ人っているんだな。
「ふぅ、どうにか予算内に収まって良かったぜ」
「ありがと、大星。これでウチにあるベルレモンちゃんと並べることが出来るわ」
「そ、そうか……」
ちなみにベルレモンとはEUの機関の一つである欧州委員会の本部ビルのことだ。
「……ねぇ大星、結構注ぎ込んじゃったんじゃない?」
「お前程じゃないぞ」
「いやでも、そんなに使わせちゃったのも悪いし……そうだ、サザクロで何か奢ってあげる!」
そして二人は、ゲーセンから近い月ノ宮駅前のケーキ店、サザンクロスへと向かった。
「凄いよおとちゃん、自然な流れでサザクロに誘ってる」
「このままラ◯ホまで一直線だね」
「そ、そこまで行ったらどうしましょう?」
「流石にないよそれは」
この時点だとまだサザクロにケーキバイキングは無いが、一体どんなイベントを見せてくれるのだろうと若干心を踊らせながら、俺達は二人の後をついて行ったのだった。




