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恋人ごっこ、再び



 いつからだっただろうか。離れ離れになった幼馴染のことを恋しく思うようになったのは。

 

 形式上月見里乙女と付き合っていたとはいえ、今思えばあんなのはただのごっこ遊びに過ぎなかった。カップルの真似をして放課後や休日に一緒に街へ出かけて、何となくウィンドウショッピングをしてみたり、ファミレスなんかでご飯を食べたり、息抜きに海や遊園地に行ったり……彼女が作りたいシナリオの取材のために俺は付き合っていたが、そんな日常を送れることが幸せだったということに気づくのが遅かった。


 幼馴染以上、恋人未満という関係は不思議と心地よかったのだ。それが俺達らしい関係だと思っていたし、今更彼女に気を遣うなんてこともなかったし、それ以上の特別な関係への進展なんて考えたこともなかったし、進展の方法もわからなかった。

 ただダラダラと、俺と乙女は青春という偽題が添えられた毎日に浮かれていたのだ。そんな日常が突然終わりを告げることになるだなんて、やはり神様は残酷だ。



 思えば、どうして俺は彼女からの最期の連絡を受けてすぐに探しに行こうとしたのだろう。

 俺だって忙しい毎日を送っていたし、ボランティアとはいえ救助活動は素人がやったって二次被害が増えるだけだ。それでも俺がわざわざ会社を休んでまで故郷まで飛んで帰ったのは……彼女に別れを告げるためだったのだろうか。

 

 彼女の生存なんて絶望的だった。増水した川に転落して海まで流されてしまったなら捜索はさらに困難になる。俺かてスキューバダイビングなんてやったことはないし、そういうプロを雇えるだけの金があったわけでもない。

 

 ただ、別れを言いたかったのだ。

 自分の学生時代に青春という彩りを与えてくれた幼馴染に。

 例え彼女が骨だけの状態で見つかったとしても、それでけじめがつくはずだった──。



 「ねぇ、入夏。私の恋人になってよ」


 エレオノラ・シャルロワというキャラの皮を被った幼馴染からの告白。

 もう生きて会えないだろうと絶望していた彼女と、こういった形とはいえ再会できたことは奇跡みたいなものだし……姿形こそ違えど、俺達はもう一度青春を作り出すチャンスがある。


 「今度は……ごっこ遊びなんかじゃない、本物の恋をしたい」


 クリスマスに突如として終わりを告げることになった子どもみたいなごっこ遊びが、再び始まろうとしていた──。



 「違うだろ、乙女」


 ……だが、俺は月野入夏でもないし、お前は月見里乙女でもない。


 「俺は烏夜朧で、お前はエレオノラ・シャルロワだ」


 本来、俺達にそんな記憶なんて存在しないし、月野入夏も月見里乙女もこの世界に来るべきではなかったのだ。


 「烏夜朧は単なるモブに過ぎないし、誰とも結ばれない。そしてエレオノラ・シャルロワは明星一番にとってのメインヒロインだろ?

  俺達が目指す真エンドが原作のトゥルーエンドにある程度沿っているものだったら、エレオノラ・シャルロワだって明星一番のハーレムに入っているはずだ。俺なんかにうつつを抜かしている場合じゃない」


 恋愛ゲームやエロゲにおいて、主人公の友人キャラがヒロインの誰かを寝取るという展開は珍しいものではない。だがそういう展開はやはり賛否両論あるもので、ネブスペ2のトゥルーエンドはハーレムエンドと呼ばれることもあるが、そのハーレムに烏夜朧は入れないのである。彼は最期までお調子者の親友ポジのままだ、まぁ最後まで生きていられるだけありがたいが。

 ……そう、俺とお前は、自由に生きられないんだよ。


 「そっか……」


 彼女は笑顔こそ浮かべていたものの、見るからに気落ちしてシュンとしてしまっていた。

 もし俺達が好き勝手やることを許されているなら俺も喜んで好き勝手やらせてもらう。

 だがそうもいかないのは、年明けにこの世界が滅んでしまう運命にあるからだ。真エンドを迎えたらあのイベントを回避できると確定したわけではないが、少しでも希望があるのならば、俺達はこのネブスペ2という物語を完成させなければならない。

 


 ……。

 ……かといって、幼馴染の願いを、彼女が勇気を出してぶつけてくれた告白をただ無下に断るほど、俺は極悪非道ではない。


 「もしネブスペ2が真エンドを迎えたら、お前が月学を卒業するタイミングで物語は終わるはずだ。

  じゃあその後は俺達がどう生きるかは自由ってことだろ?」


 ネブスペ2はトゥルーエンドでも終わるタイミングは第三部と同じで、一番先輩達が月学を去る三月に終わる。


 「お前がその時まで待てるかわからないが、そこでごっこ遊びは終わりにしよう。お前が言う、本物の恋とやらを始めてみようぜ」


 俺は俺なりの誠意で彼女の告白に応えたつもりだったが……喜ぶかと思いきや、どういうわけか彼女は口をへの字にして不機嫌そうな表情で口を開いた。


 「……入夏って昔からな~んか大事なことを言わないよね」


 ……成程。

 彼女が俺に何を言わせたいのかなんとなくわかったが、なんか……こっちが先に言うのは何か悔しい。


 「それはお前だってそうだろうが」

 「じゃあ私は三月までちゃんと待ってるから、その時はちゃんと告白してよ?」

 「あぁ。それまではごっこ遊びを楽しもうぜ。あと告白するつもりだったんなら、その直前に股間を蹴り上げてくるのはどうかと思うぞ」

 「あれはエレオノラ・シャルロワとしてのロールプレイだから。後は個人的な趣味」

 「ふざけんな!」


 何事にも褒美がある方が気合が入る。俺達にはこのネブスペ2という物語を完成させるという役目もあるし、まずは大星が築き上げるハーレムに朽野乙女も組み込まなければならない。

 待ってろよ乙女……お前を絶対にヒロインにしてやるからな。



 「ねぇ、自転車で来たんでしょ? なら私を別荘まで送って頂戴」


 彼女はまたローラ会長というキャラを演じ始めて、俺の自転車の側に近寄った。


 「いやローラ会長、二人乗りとかしたことあります?」

 「やっぱり入夏が私に敬語使うのウケる」

 「じゃあな」

 「ちょっと待って冗談だから!」


 俺も本当はタメ語で話しかけたいが、やはり周囲の目もあるため二人きりの時しかタメ語は使えない。まぁアイツにへりくだって敬語とか謙譲語とかを使うのは若干癪ではあるが、俺もほとんどローラ会長だと思って接しているからあまり違和感は感じていない。向こうも大体はローラ会長として演じてるし。


 「こういうの憧れてたんだよね。荷台に横乗りするの」

 「漕いでる側からすると結構怖いんだが」

 「でもスカートで荷台を跨ぐのもみっともないでしょ?」


 そう言ってローラ会長は自転車の荷台に横乗りする。なんかこういうのテレビドラマとかで見たことあるぞ。

 シャルロワ財閥の会長を乗っけてると思うとかなり重圧がヤバいが、バランスに気をつけながら俺は自転車を漕ぎ始めた。


 「やったことなかったね、こういうこと」


 通りを走っていると、後ろに乗るローラ会長が言う。


 「通学は基本徒歩だったからな。出かける時はバスとか使ってたし」

 「でもこういうのって凄く恋人っぽくない?」

 「ネブスペ2でもアルタがベガやワキアを自転車で送るイベントがあっただろ」

 「あと初代ネブスペでもレギナちゃんとかを送るイベントがあったね。大好物なんだよ、こういうシチュ」


 成程。初代ネブスペもネブスペ2も、いや彼女が手掛けた作品には彼女の趣味が盛り沢山ということか。アルタの大事な大事な息子に唐辛子とかタバスコをまぶすとかいうぶっ飛んだプレイもコイツの趣味なのか?


 「そもそも、ローラ会長は自転車とか乗るのか?」

 「無い」

 「それは大層なご身分なこって。お前、前世は自転車乗るの下手くそだったよな」

 「中学の頃にはちゃんと乗れてたでしょ!?」

 「俺が猛特訓してやったからな」


 自転車を漕ぐのが下手な奴って本当にいるんだなぁと思いながら、前世で彼女を猛特訓してやった記憶がある、懐かしい。ろくに電車やバスが走っていない田舎だと出かけるのに自転車が必須だったからな。


 「ぶっちゃけさ、毎日毎日車に送られるってのは楽なんだけど億劫になっちゃうから、二人でデート行くときは自転車に乗せてよ。葉室までなら自転車で行けるでしょ?」

 「いや結局お前は楽したいだけだろ」

 「こんにちはアッシー君」

 「やめろやめろ」


 なんて話しながら自転車を漕いでいると、長い長い坂に差し掛かった。そう、ローラ会長の別荘は月ノ宮海岸から近いことは近いが、小高い丘の上にあるのだ。決して険しい訳ではないが、長く緩やかな坂は結構俺の体力を奪っていく。


 「頑張れ~」

 「お前は良いよな乗ってるだけだから! ていうか降りろよ! こんぐらい歩けるだろ!」

 「あら、シャルロワグループの会長である私を歩かせる気なの?」

 「うるせーよ箱入り娘がよ! あ、ヤベ、雨降ってきた!」

 「シャルロワグループの会長たる私を雨に濡らせるなんて大罪ね」

 「畜生ビチョビチョにしてやりてぇ!」


 ポツリポツリと雨が振り始める中、俺は踏ん張って自転車を漕ぎ続けて、何とかビショビショになる前にローラ会長の別荘に到着することが出来た。


 「ご苦労さま。はい、合羽。サイズが合うかわからないけれど」

 「あぁ、どうも。これって洗って返せばいいか?」

 「いらないわよ貴方が着たお古なんて」

 「じゃあお前の匂いを堪能してやるぜ! クンカクンカ!」

 「残念でした~私は着てないから新品のビニールの匂いしかしません~」

 「チクショー!」


 文句は言いつつも俺はローラ会長から貰った合羽を羽織った。振り始めた雨は段々と強くなってきていて、暗い雨空を見上げながらローラ会長は呟いた。


 「弱まるまでここで雨宿りはどう? 少し雨に濡らしてしまったから風邪をひくかもしれないし、体を温めた方が良いわ」

 「まぁそうだな、結構降ってきたし。前に雨の中お前とダンスして風邪を引いたこともあったからな」

 「バカは風邪を引かないって思ってたんだけど」

 「うるせーよ」


 お言葉に甘えてローラ会長の別荘で少し休んでいこうかと思ったのだが、ローラ会長はニヤリと微笑んで口を開く。


 「少し体も冷えてしまったし、折角ならお風呂に入らない? 私と一緒に」


 ……。

 ……ローラ会長と一緒にお風呂?


 ……。

 ……それは流石にごっこ遊びのラインを越えてるぞ!?


 「いや、やっぱり帰る! 帰るぞ俺は!」

 

 俺は慌てて自転車に跨って、逃げるように自転車を漕ぎ始めた。


 「やーい意気地なしー」


 後ろからそんな声が聞こえてきたような気がしたが、これで良かったんだ。前にワキアと一緒にお風呂に入ったこともあったが、それとこれとでは話が別だ。

 ネブスペ2が終わる三月よりも前に、俺が我慢出来なくなってしまいそうだから。


 

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