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助けに来たぜ



 その日も、いつもと変わらない一日のはずだった。いつものようにシャルロワ家の車に送迎されて本邸に戻ると、いつもより家の中が慌ただしいように感じられた。


 「何かあったの?」


 先に家に帰っていたローザに聞いてみると、いつもバカみたいに元気な彼女から覇気は失われていて、半ば過呼吸気味で私の質問に答えた。


 「メルが、いなくなったの」


 メルシナは私の腹違いの妹だ。微妙に関係の悪い私、ローザ、クロエの三人にとてもよく懐いている可愛い妹だけど……彼女が本邸から姿を消した理由を、私は知っていた。


 「私も探しに行くわ」

 「ちょっと、どこに行くつもりなの!?」


 私は、原作から逸脱した行動をとった。本来ならエレオノラ・シャルロワはビッグバン事件当日、ほぼその事件を傍観していたようなものだったけど……すぐに運転手を手配して車を呼び出し、月ノ宮海岸沿いに保管されているネブラ人の巨大宇宙船の側へと向かった。



 本来宇宙船の中は立ち入りが禁じられているけど、私は父に連れられて中を案内されたことがある。そして扉を開けるためのパスワードも知っているから、それをパパッと入力して宇宙船の中へと入った。


 宇宙船の中は主に機関区、居住区、保管区に分けられていて、保管区にはアイオーン星系原産の植物や生物の保存のために広大なスペースが用意されていた。そしていくつか区分けされている保管区の一つで、私の父であるティルザ・シャルロワ、ネブラ人の王族の末裔でベガやワキアの父親であるハーキュリーズ、そしてネブラ人の過激派達が集まって会合を開いていた。

 でも、私が用があるのはそこではない。


 メルシナが本邸を抜け出して宇宙船の中に忍び込んだのは、病に倒れた母親のために薬を調合しようと、その薬草を集めに来たからだ。それに保管区の一角には幻の花であるローズダイヤモンドが咲いているし、その美しい花をプレゼントすれば元気を出してくれると考えたのだろう……それは、前世の私が考えた筋書きだけど。

 でも、私はメルシナを探しに来たわけでもない。


 私は、これまでに何度もビッグバン事件を防ごうと試行錯誤を繰り返してきた。何かと理由をつけて父を宇宙船に行かせないようにしたり、宇宙船が爆発する前にいるかやメルシナの姿を探して引き留めようとしたけれど……この大惨事を防ぐことは出来ない。

 きっと、今後の世界がこの事件が起きることを前提に作られているから、これはもう変えられようのない運命なんだと、私は悟ったのだ。


 ……じゃあ、私はここに何をしに来たのか?

 簡単なこと。この世界を終わらせるのだ。



 私がエレオノラ・シャルロワとして生きていて一番幸せだったのは、花菱いるかと過ごした短い夏の間だけ。ここからこの世界の終わりまで無駄な八年間を過ごすよりも、すぐに死んでまたループをした方が、彼と早く会うことが出来る。

 

 「いるか……」


 宇宙船の保管区の一つ、ローズダイヤモンドが咲き誇る区画に入って、私は床にぺたんと座ってローズダイヤモンドを眺めながら、いるかからプレゼントされた金イルカのペンダントを握りしめた。外が何やら騒がしいのは、メルシナが過激派に見つかって追いかけられているのだろう。

 過激派に撃たれて死ぬか、この宇宙船が爆発で死ぬか。そのどちらでも良かった、早く死にたい。


 「私は死んじゃうんだよ、いるか」


 私は目をつぶった。


 「人は誰であれ死ぬ運命だけど、私は今日死んじゃうんだ」


 そして、より強くペンダントを握りしめた。


 「妙な気分だよ、死を知るって」


 さらに強く、ペンダントを握りしめる。


 「でも、正直に言うよ」


 ギュッと、壊れても良いと思ってペンダントを握りしめる。


 「怖い」


 いつの間にか、私の頬に涙が伝っていた。


 「ものすごく怖い」


 でも、貴方が勇気をくれるから。


 「ものすごく、怖いよ……」


 また会いたいよ、入夏────。





 「乙女!」


 私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 「え……?」


 見ると、私がいた区画の扉を開いて、一人の少年が息を切らしながら現れた。


 「いるか……!?」


 そこにいたのは、花菱いるか。エレオノラ・シャルロワの初恋相手であり、そして今日死んでしまうはずの少年。

 今……彼は誰の名前を叫んだ? 彼はズカズカと中に入ってくると、床に座り込んでいた私の隣に座った。


 「やっと見つけたぜ。いつかここに来ると思ってたよ、乙女」

 「えっと、私はエレオノラ・シャルロワよ? 朽野乙女ではないわ」

 「いや、この時点だとお前は朽野乙女と面識がないだろ。俺だってまだ出会ってないよ。

  俺が言っているのは……お前の、ローラの前世の人間の話だよ。おでんちゃんこと、月見里(やまなし)乙女(おとめ)


 月見里乙女。どうして彼が、私の前世の名前を? その名前は、この世界に来てから誰にも言ったことはないのに……『彼』以外が知っているはずがない。


 「まさか、貴方……!?」


 私がようやく状況を理解した時、隣に座る彼はニッと笑った。


 

 「あぁ、俺は月野(つきの)入夏(いるか)だよ」


 花菱いるか、ではない。私の前世の幼馴染、入夏なの?

 いや、それはおかしい。だって入夏は、烏夜朧に転生しているはずだもの。花菱いるかと烏夜朧が同一人物だと設定した記憶もない。


 「ねぇ、どういうこと? どうして貴方がいるかに転生してるの?」

 「いやお前、自分で俺にとんでもねぇ呪いをかけやがっただろ」

 「ど、どういうこと……?」


 あまりにも想定外の出来事で私は状況を理解できなかったけれど、入夏は大きく溜息をつきながら答えた。


 「お前、自分の幼馴染の名前を自分が作ったエロゲのキャラにつけてただろ? んで、俺はメルシナからエレオノラ・シャルロワの初恋相手がいるかって名前だって聞いたことがあったんだ。

  俺も自分の名前が入夏ってことだけはギリギリ思い出せてたからまさかと思ったら……俺の、月野入夏の前世の人格は二つに分割されて、花菱いるかと烏夜朧にそれぞれ転生していたんだよ」


 ……。

 ……それ本当(そマ)

 

 「烏夜朧に転生した方の俺は、ネブスペ2というエロゲをプレイしたことだけはかなり鮮明に覚えていたが、前世の自分の生い立ちを殆ど思い出せなかった。でもあの世界が滅んだ後、俺は花菱いるかとして転生して気づいたんだ、俺は一度花菱いるかに転生して死んだ後、また烏夜朧として転生してんだよ!」

 「ど、どうして分裂しちゃったの? 私は普通に転生したのに?」

 「知らねーよ! こんなのもう殆ど呪いだろうが!」


 入夏はプンプンと怒っていたが、そんな姿が前世の彼のそのままだったから、私はつい笑ってしまった。もうすぐ私達がいる宇宙船が大爆発を起こしてしまうというのに。


 「で、でもどうしてここに来たの?」

 「いやお前、もう死のうとしてただろ」


 入夏に図星を突かれて、私は思わず彼から目を背けてしまった。すると入夏は私の手をギュッと握って言う。


 「俺は、俺なりにこの世界を、このネブスペ2という物語をどう終わらせようか考えたんだ。んで、初めてお前と出会えた世界が滅亡した後、俺はまた転生して気づいた。俺も死に戻り出来るって。

  つまり……この世界はセーブもロードも出来ない、リセットしか存在しないクソゲーだが、死に戻りすることで全ヒロインのエンディングを回収できるってことにな!」


 ネブスペ2において、トゥルーエンドの世界線に入るための条件は、全てのヒロインのグッドエンドとバッドエンドを回収すること。そしてエレオノラ・シャルロワのグッドエンドを迎えた後にニューゲームから物語を始めることで……ゲームが始まる八年前、ビッグバン事件の際の各キャラの一日が描かれる。


 「入夏……もしかして、三十周ぐらいしたわけ?」

 「おまけエンドも回収したから五十ぐらいはある。まぁ一周で第一部から第三部まで一人ずつヒロインを攻略出来るとはいえ、バッドエンドを迎えたら即終了だからな。何度も無惨に殺されてきたから変な性癖に目覚めそうだったぜ」


 第一部から第三部まで一人ずつグッドエンドを回収できたら、全ヒロインのグッドエンドの回収は四周で終わる。エレオノラ・シャルロワだけ条件が特殊だけど。

 しかしバッドエンドを回収するとなるとどうしても烏夜朧が死ぬ運命にあるから、全ヒロイン分十二回は殺されたということだ。


 「え、でも私が朧を殺した覚えはないよ?」

 「だって第三部は世界が滅亡するから途中で終わるだろ? でもちゃんと条件を満たせるようにイベントはこなしてもらった。お前と一番先輩がイチャイチャする姿もちゃんと見届けた」

 「じゃあ、時折朧が私のスカートをめくったり着替えを覗いてきたりしたのも何かの計算?」

 「いや、それはただの腹いせだ」


 それは……なんかごめん。毎度お仕置きしちゃってたけど。


 「十二人のヒロインのグッドエンドとバッドエンドを回収してる途中で、カペラとか碇先輩とか原作には実装されてなかったヒロイン達のルートも回収出来たぜ。テミスさんとか紬ちゃんも攻略できたからびっくりだ。

  だが……一人だけ、ヒロインが揃わないんだ」

 「え、誰のこと?」

 「朽野乙女だ」


 入夏が言っている意味がすぐにわかった。おそらくトゥルーエンドの条件を満たしているはずなのに、入夏が烏夜朧として転生したと同時に、原作とは違って朽野乙女が月ノ宮を去ってしまうのだろう。

 それはきっと、この世界が別の終わり方を求めているからに違いない……。


 「えっと、じゃあ入夏はずっと朧に転生してたことに気づいてたの?」

 「あぁ」

 「じゃあどうして私に言ってくれなかったの?」

 「いや、ちゃんと烏夜朧に徹してないと上手く話が進まないと思ったからだよ。おかげさまで大分上手くなったぜ、烏夜朧のロールプレイ」


 入夏……私は早々に挫けてしまったのに、彼なりにこの世界を攻略しようとしてたんだ……。


 「んで、そろそろお前の心がズタボロになって、初恋相手との夏の思い出を早く迎えたいからこのタイミングで死にに来るだろうって思ったんだ。

  バカ野郎、俺が頑張ってんのに死んでるんじゃねぇよ。烏夜朧として転生出来ねぇだろうが!」

 

 確かにそうだと思って、私は思わず笑ってしまった。入夏はそんな私の頭に軽くゲンコツを食らわせた。


 「でも、どうしてそんなに入夏は頑張れるの? せっかくエロゲ世界に転生したんだから、もっと好き放題やればよかったのに」


 死に戻りするなら尚更のこと、邪なことを考えるのが普通だと思うけれど……彼は私にイタズラしてくる以外は、原作の烏夜朧として忠実に動いていた。

 すると私の隣に座っていた入夏は立ち上がって、私にビシッと指をさしながら言った。


 「お前、地球の存亡と愛する人のどっちをとるかって前世の俺に質問したことがあっただろ?」


 確かに、私は学生の時に入夏にそんな質問をしたような気がする。彼は地球の存亡って答えてた気がするし、私は両方って答えていたと思う。


 「俺は、愛する人だ」


 それは、唐突な告白だった。


 「人類のために死んだってのも、勿論素晴らしいことかもしれないが、俺はお前と出会えたことを、お前を愛することが出来たことを、死後の世界で皆に自慢してやるんだ」


 彼が、私の幼馴染の月野入夏が、こうして私に素直な気持ちをぶつけてきたことなんて滅多になかった。

 私と、出会えたこと。

 私を、愛することが出来たこと……。

 でへへ……。


 「でも入夏って、烏夜朧としてヒロイン達を結構誑かしてたくせに何カッコつけてるの?」

 「うるせーよ! せっかく良い感じのセリフを言ったのに何ぶっ壊してくれてるんだ! 何度も死に戻りしてる内に思いついた名言なんだぞ!?」

 「ダッサ」


 でも、入夏が私のために奔走して、今こうして私を助けに来てくれたのも事実。


 「でも、嬉しい」


 ありがとう、入夏。

 こんな世界に巻き込んでしまったのに、私のことを大切に想ってくれて。



 でも、私達が再会に感動していられる時間は短かった。外から光線銃の銃撃音が聞こえる、このままではメルシナの命が危ない。


 「まずい……ごめん、乙女。俺はもう行かないといけない」

 「ま、待って! どこに行くの!?」

 「勿論、メルシナを助けに」


 そう。

 花菱いるかは、このビッグバン事件で死んでしまうんだ。本来は自分を守るために連れてきた宇宙生物にメルシナを守らせて……。


 「そんな顔するなよ。月野入夏()は自分が死ぬ運命だってことはわかってるんだ。でも花菱いるか()は死なないといけないんだ、今後の世界に俺はいらない」

 「そ、そんなことないよ! どうして入夏が死なないといけないの!?」

 「俺も試したんだ、花菱いるかが生き延びる方法がないか。でもどう足掻いても宇宙船は爆発するし、どれだけ防御手段を用いても花菱いるかは死ぬ。宇宙船の爆発と花菱いるかの死、二つの事象が……この世界が前に進むために必要なことなんだよ」


 ネブスペ2のトゥルーエンドでも、花菱いるかが助かることはない。そもそもネブスペ2は、このビッグバン事件という大惨事を前提に作られている物語。それが起きなければ……きっと、そもそもこの世界がなかったことにされてしまうのかもしれない。


 「だから俺、行ってくるよ。ただ乙女、俺と一つ約束してほしい。

  俺は今まで何度も死に戻りを繰り返して全ヒロインのエンディングを回収してきたんだが、カペラや紬ちゃん達も大星やアルタ達に攻略させることは出来たのに、朽野乙女だけはダメだったんだ。乙女が月ノ宮を去った直後に、烏夜朧がようやく前世の記憶を取り戻すからだ。花菱いるかから烏夜朧に何かメッセージを残せないかと思ったが無理だった。

  だから、お前に頼みたいことがある」

 「な、何?」


 すると入夏は、首から下げていた金イルカのペンダントを外して、それを私の手のひらの上にのせてギュッと握らせた。


 「八年後の六月一日、乙女が月ノ宮を去る当日。朽野乙女を月ノ宮に引き留めてほしい。

  そして、その時に烏夜朧にこのペンダントを返してくれ。次は、お前が俺を迎えに来る番だ」


 そう言って入夏は金イルカのペンダントを私に託して、外へと駆け出した。


 「ま、待ってよ、入夏!」

 「行け、ネブラスライム!」

 「え?」

 「スラーッ!」


 すると扉の向こうで待機していたらしいネブラスライムが私に飛びかかってきて、スライム状のネバネバ、ヌメヌメの体が私を包み込むように襲った。


 「ちょ、ちょっと、何だかすっごくヌメヌメしてるんだけど!?」

 「それがお前を爆発から守ってくれるから我慢しろ」

 「このままだと、私エロ同人みたいにされちゃうけど!?」

 「思い出せ、お前がこのエロゲ世界を作ったんだろうが」

 「それもそうだった!」

 「スラッ!」


 この宇宙船の中に忍び込んだメルシナは、最強の防御力を持つ宇宙生物に守られたから、爆心地にいたのにも関わらず生還している。この宇宙船の中で過激派と会合を開いていた私の父達もそうだ。


 「んじゃ、俺はメルシナのところに行って宇宙船を爆発させてくるから、特等席で見とけよ」

 「ま、待って!」


 メルシナの元へ向かおうとする入夏を、私は引き留めた。


 「ありがとう、入夏。私、必ず入夏を助けに行くから」


 すると、入夏は私に笑顔を向けた。


 「あぁ、待ってるぜ」


 そう言い残して、入夏は姿を消してメルシナがいるはずの機関室へと向かった。

 そして一時して──私の世界は眩い閃光に包まれた。しかし最強の防御力を持つネブラスライムが私を守ってくれて、大爆発によって原型を失った残骸達に囲まれながら、私は夜空を眺めていた。

 あの星のどこかに、花菱いるかがいると信じて。



 そして、八年後──。



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 何卒、よろしくお願いします!

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