いるかの思い出
日傘を差して月ノ宮海岸で海を眺めていると、自転車の鈴の音が聞こえてきた。
「おーい、ローラ!」
見ると、長い釣り竿を持って、かごには釣り道具をしこたま詰め込んで自転車に跨った花菱いるかの姿があった。私のことを呼び捨てで呼んでくるのは、家族以外だと彼ぐらいだ。
月ノ宮海岸を歩いて南の方に行くと岩場がある。いるかによると地元の人もあまり知らない釣りスポットのようで、他に釣人はいない。
彼は尻に何も敷かずにそのまま岩場に座ったけれど、私のためにわざわざパイプ椅子を用意してくれていて、私はそれに座って彼が釣りをする姿を眺めていた。
「やっぱりお嬢様って釣りとかしたことないの?」
「えぇ。そういう文化があることは知ってるけど、やったことはない」
「やってみる?」
「貴方が触れたものに触るつもりはないわ」
「そんなに!? まさか僕が君のパンツを見たこと、結構根に持ってる!?」
「さぁね」
私自身はこの世界で経験したことないけれど、前に恋人と釣りに行ったことがある母からその思い出を聞いたことがある。釣りは勿論何か大物を釣って喜びたいという目的もあるけれど、例え魚が全然釣れなくても、ただ時間がゆっくりと過ぎていくのを楽しむことも出来る、と。
そんな意味もなさそうなことに時間を費やすぐらいなら、私はもっと勉学に励みたいぐらいだけど……でも、どうしてわざわざ私は彼と待ち合わせをしてまで一緒の時間を過ごそうとするのだろう。
「ここら辺だとヒラメとかシーバスが釣れるんだ」
「タイは釣れないの?」
「釣れないことはないけど、釣ったことはないなぁ……お、かかったかかった!」
どうやら獲物がかかったようで、彼がリールを巻き上げると──針についていたのは、ビチョビチョの麦わら帽子だった。
「これは大物なの?」
「……まぁ、毎度良い獲物が釣れるってわけじゃないよ。次、次は絶対大物を釣るんだ!」
彼はめげずに何度もかかった獲物を釣り上げた。髪留めリボン、白いワンピース、ブレスレット、女児モノと思われる下着、サンダル……この釣果、何か事件性ない? いつか人そのものが釣れそうで怖いけど、大丈夫かな。
「お、またかかったぞ!」
「長靴ね」
「この海にはゴミしか無いのか……!?」
こうやって釣りをしていてゴミばかり釣れると、もう少し環境問題を深刻に捉えないといけないのかなとも思う。
「でもこの長靴、結構重いわ。中に何かが……」
と、彼が釣った長靴を逆さまにしてみると、中に溜まっていた海水と一緒にボトンッと何かが岩場に落ちた。
「お、タコだ」
「ひゃああああああああっ!?」
「タコぐらいでビビるなよ。まだちっちゃいし可愛いだろ? って、いだだだだだだだだだだっ!?」
「やられてるじゃない」
まだ子どもらしいタコと格闘した末に、いるかはタコを海に投げ捨てた。タコに反撃された彼の腕には吸盤の痕がついていて、それがちょっと面白い。
「せっかく釣れたのに逃がしちゃうなんて勿体ない。たこ焼き食べてみたかった」
「タコは結構頭が良いから捕まえるの大変なんだよ。あ、折角だしローラもやってみるか? ほら」
「け、結構重いけど!?」
「僕も持つから」
と、いるかは私の背後から一緒に釣り竿を支えてくれた。
「ちょっと揺らしてやると、魚が疑似餌を本物の餌だと勘違いしてくれるんだ」
「こ、こういう風に?」
「そうそう、そんな感じ」
釣りに慣れているらしいいるかからのアドバイスも聞いて実践していると、突然釣り竿が引っ張られたように感じた。
「あ、かかったぞ! リールを巻くんだ!」
「重くて全然負けない!」
「ほら、竿の方は僕が持つから頑張れ!」
精一杯リールを巻いていくと、針にかかった獲物が海面へと浮かんできた。そしてすかさずいるかが網で掬って、岩場の上へと持ち上げた。
「すげー、タイだぞこれ!」
釣れたのはまさかの大物、タイ。まだ小ぶりだし、自分がタイを釣り上げることは何度もループで繰り返してきたからわかりきっていたことだけど……どうして、こんなに浮ついた気持ちになってしまうのだろう?
「お刺身にしたら美味しい?」
「そうだな。でもまだちっちゃいしリリースしようぜ」
「え? 折角釣り上げたのに逃がしちゃうの?」
「あぁ。でっかくなってからまた釣り上げて、刺身にして食べよう」
「結局食べるのね」
その後も私はハゼやアジなどの魚を釣ることが出来た。でもあまり大きくなかったから全部リリースしてしまったけれど……こんなひと夏の思い出も、前世の私が作り上げたものに過ぎない。なのにどうして、この時期が一番幸せに感じられるのだろう?
「ほら、いい眺めだろ!?」
「展望台からの方がもっと高いわ」
「でも木登りってのもいいだろ?」
「私のスカートの中を見たいだけでしょ?」
「だ、だから僕が先に登ってやったんだろ!?」
ある日は、月見山の中を駆け回って彼と木登りをしたり。
「ほら、アイス半分こしよう」
「こんな棒がついたアイスもあるんだ」
「ローラお嬢様、まさかこんな美味しいアイスを食べたことないのか?」
「ただのソーダ味のアイスじゃない」
「ナポリタン味の方が良かったか?」
「考えただけでゾッとするからやめて」
ある日は、海岸沿いにあったコンビニでアイスを買って、彼と分け合って一緒に食べたり。
「うおー! カブトムシ、ゲットだぜ!」
「よく触れるわね、そんな化け物に」
「結構可愛いぜ? カブトムシはクワガタと違ってハサミもないし、この足のチクチク感がたまらないんだよ。ほら、怖くないから乗っけてみろって」
「ゆ、ゆっくりお願い……」
「はい」
「ひいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
「ダメかー。こんなに可愛いのになー」
ある日は、虫取り網を持って彼と昆虫採集をしたり。
「ローラって泳ぎは上手いのか?」
「この前、全国大会で全種目で優勝した」
「こっわ」
「それより私の水着を見て、何か感想はないの?」
「あっちにいるチャンネー、まじたまんね~」
「ふんっ」
「いだだだだだだだだだだっ、つねるなって!」
ある日は、水着を着て海で一緒に泳いだり。
「ローラって頭良いの?」
「この前、全国模試で一位だった」
「こっわ」
「貴方は夏休みの宿題はためちゃうタイプ?」
「……一生に一度のお願いだ! 宿題手伝って! 何でもしますから!」
「じゃあ作文課題で私について語ってくれるなら手伝ってあげる」
「おっけー、任せろ!」
「本当にやるんだ……」
ある日は、結構終盤まで夏休みの宿題をためてしまう彼の宿題を手伝ってあげたり。
「スイカうめ~」
「汚い食べ方ね」
「いや、スイカはこうやってがっつくのも風流があるだろ。あ、どこまでスイカの種を飛ばせるか勝負しようぜ!」
「嫌よ」
「……ははーん。この僕に負けるのが怖いんだな、ローラお嬢様」
「あら、私を煽ってまで勝負を挑むなんて大した度胸ね。かかってきなさい、私は全国スイカの種飛ばし選手権大会で優勝したのよ」
「それは流石に嘘だろ」
ある日は、月ノ宮海岸でスイカ割りをして一緒にスイカを食べたり。
「花火のこの火薬の臭いって良いよな~」
「もっと光とか音を楽しみなさいよ」
「ローラは線香花火ばっかりしてるじゃん」
「ほら、線香花火に火を点けたまま向こうまで行けるかチャレンジをしてるの」
「お前って結構子どもっぽい遊びするんだな」
「うるさいわね」
ある日は、月ノ宮海岸で一緒に花火で遊んだり……ついこの間、初めて会ったばかりだとは思えないほど、どういうわけか私は貴重な夏休みを彼との時間に費やした。
彼の普段の話を聞いていると学校で友達がいないわけでもなさそうなのに、どうして私と遊んでくれていたのだろう。もしかして……と、ちょっと淡い期待をしてしまうぐらいには、私も彼に惹かれてしまっていた。
もう、何度目かわからない恋を、実るはずもない恋を、また性懲りもなく始めてしまうのだった。
「ほら、これやるよ」
夏休みの最終日、月ノ宮海岸で彼は私に金イルカのペンダントをプレゼントしてくれた。
「夏休みが終わったら学校も別々だし、会えなくなるだろ? でもそのペンダントに念じたら、僕が何かを感じ取ってすぐに駆けつけてやるから! ゴ◯ブリが出た時は任せろ!」
きっといるかは、恋とか関係なくこのペンダントを私にプレゼントしてくれたのだろう。私のことを、大切な友人だと思ってくれて……。
「ありがとう、いるか……」
そして、また夏は終わった。
結局、今回も彼に思いを告げられないまま……。
もしも、私がほんの少しでも勇気を出したら、未来は変わるのかな?
折角こんな可愛い女の子に転生したのに結局告白する勇気がないなんて、前世の私と変わらないよ……。
そして私には今回も何も変えられぬまま、ビッグバン事件当日を迎えた。
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