エレオノラ・シャルロワの夏
私は、再びエレオノラ・シャルロワとして生まれた。
これが何度目の死に戻りか、もう私にはわからない。少なくとも十回は超えているはず、そこまでは数えていたから。
嫌という程見てきた父親、ティルザ・シャルロワの顔。
ただ自分の子孫を、このシャルロワ家という家名を存続させるために、自分の威光を後世に伝えるために、そんな利己的な理由で形だけの家族を作り、自分が追い求める理想の子どもを作り上げようとしている人だ。
『おかえり、ローラ』
ただ機械的に私を出迎える使用人達と違って、家に帰った私を笑顔で出迎えてくれるのは実の母親だけだった。本邸の離れに隔離されたような環境に置かれ、最早父が顔を出すことすら減ってきているのに、それでも……父と戦う私を愛してくれた。
いや、違う。
実の父親をそんな悪役にしたのも、実の母親にそんな過酷な環境で生きることを強いたのは、紛れもなく私の仕業だった。
何度繰り返しても、私の幼少期は変わらない。他人が私の人生に介入する余地なんてないからだ。
それでも私は、完璧な人間にならなければならなかった。いずれ星の形をした恐ろしい兵器が人類を滅ぼすと、この世界を丸ごと消してしまうとわかっていても、常に必死で生き続けなければもっと恐ろしい運命が待ち受けている。
それがどれだけ無駄な努力だとわかっていても、結局それらが全て台無しになってしまうとわかっていたとしても……それが自分の延命処置だった。
月ノ宮学園に入学すると、ようやく見覚えのある面白い面々と出会える。あらゆる面で私に敗北してプライドをズタズタにされた明星一番、かなり重度のゲーマーという裏の顔を持つベラトリックス・オライオン、シャルロワ家のご令嬢相手でも気さくに話しかけてくるオレっ娘、レギュラス・デネボラ。
二年次になれば帚木大星が、三年次には鷲森アルタらも入学してきて、ようやくネブスペ2本編が始まる。
私は何もしなくていい。
ただ、ネブスペ2に登場する一人のヒロイン、エレオノラ・シャルロワとして振る舞うだけ。
第一部、第二部にチラッ顔を出して、意味深なセリフを残して去っていくだけ。
そして第三部でようやく……それまで隠されていた闇をさらけ出すだけ。
結局、あれから私の幼馴染が目覚めることはなかった。私が知っている、いや私がそう設定した、お調子者の男子として烏夜朧は生きていた。原作のシナリオから逸脱して、彼が私に接してくることも、他のヒロインと親密になることもなくなってしまった。
もう、私が作ったただの操り人形に過ぎない。
せめて彼がいてくれたら、少しは暇しない毎日を、どれだけループを繰り返しても、どんな結末を迎えるかわかっていても……いや、それは嫌だ。彼が側にいてほしいだなんて、ただの私のワガママだ。
きっと彼は死んでいない。多分死の淵を彷徨っている内に、私のせいでこの世界に迷い込んでしまっただけ。
きっと……死んでいない。彼が死んでしまったなんて信じたくない。そう、きっと、私と違ってまだ大丈夫なはず。
もしも私の呪いが解けたなら……もう、それで十分。
私のごっこ遊びに、彼を巻き込みたくないんだから……。
対惑星衝突型反物質誘導弾。
設定上、ネブラ人達の故郷であるアイオーン星系の惑星は崩壊している。ネブラ人が開発した恐ろしい最終兵器によって。
どうしてそんな兵器を前世の自分が思いついたのかはわからない。ただ、もしも惑星が崩壊するような兵器を作るとしたらどんな規模になるのだろうと、私はあまり科学やミリタリーには詳しくないけれど、反物質とかって強そうな言葉だから入れただけ。
地球ではネブラ彗星と呼ばれているあの恐ろしい兵器を破壊しようと計画したことは、数度、いや十数回、いやもっとあったかもしれない。
地球に避難したネブラ人がもたらした科学技術は革命とも呼ぶべき進歩をもたらしたけれど、かつてのネブラ人の文明レベルに追いつくには、私が生きている時代でも少なくとも半世紀程の年月が必要とされていた。そもそもネブラ人が地球に到達していた時点での地球の科学技術なんて、ようやく月へ人類を送ることに成功したぐらい。
それぐらいの技術なら、ネブラ人は数百年前に手に入れていた。
ネブラ彗星がアイオーン星系を滅ぼした兵器かもしれないという説は、シャルロワ家の中でもまことしやかに噂されていた。丁度父もそれに対する不安はあったようで、あの最終兵器に対抗するための兵器を開発しようとしていた。
シャルロワ家が持つコネクション、財力を全力で注ぎ込んで、核爆弾を超える破壊力を持つ兵器を作ることは可能でも、やはり十数年ちょっとぐらいの期間では間に合わなかった。
いつしか……私は、あの最終兵器に対抗しようという気持ちすら失った。
私はこの世界を見ているだけでいい。私が作り上げた青春を、私が作り上げたキャラ達が楽しんでいる姿を見ているだけで十分だ。
幸いなことに、烏夜朧の中に彼が転生したことによって乱数調整でもされたのか、それまで各主人公はメインヒロインしか攻略しなかったのに、他のヒロインを攻略するようになった。カペラ・アマルテア、碇遊星、銀脇リゲルなど原作ではモブだった彼女達が主人公達と結ばれるエンディングも見ることも出来たから、おかげで彼がいなくても新鮮な気持ちになれて少しは楽しかったし、見事大星と結ばれたレギーをからかうのはとても気持ちが良かった。
もしかしたら彼が転生しているかも思って烏夜朧にちょっかいを出しても、やっぱり彼はいなかった。でもこれまであまり関わってこなかった烏夜朧が意外にも面白いキャラだとわかったのは収穫だった。彼も結構根に持つタイプのようで、私のイタズラに対して仕返しをしてくることもあった。スカートをめくってきたり着替えを覗いてきた時は、むしろ彼の度胸に感服してしまうぐらいだったけれど、ちゃんと厳しくお仕置きはした。
でも……やっぱり彼がいないと物足りなかった。
そんな彼らの幸せな生活が長くは続かないことを私は知っていた。どう足掻いても年が明けてすぐに世界は崩壊してしまい、私はまたエレオノラ・シャルロワに生まれ変わる。
一番がロザリアやクロエ達のルートに入ってしまった時は、もしも彼らがバッドエンドの要件を満たしてしまったら、私がこの手で彼らを殺めなければならないのかと怖かったけれど、幸いなことに私が手を下す前に世界は滅んでくれる。
でも……私が何度も生まれ変わる度に、失われる命がある。
どうすればこの世界が、この物語が幸せな終わりを迎えるのか、私はその方法を見つけることが出来なかった。
私は何度もループを繰り返すことは出来るけど、残念なことにセーブやロードは実装されていない。バッドエンドとかで死んでしまったらリセットされて最初から始めないといけないだなんて、とんだクソゲーだと思う。
だから、この世界は永遠にトゥルーエンドを迎えることは出来ない。あの世界に入るためのフラグが立っていないから。
そう……もう、詰んでいるの、この世界は……。
また、私は戻ってきた。
ビッグバン事件が起きる直前の夏。この後、この月ノ宮の町で大惨事が起こるとは思えないぐらい、いつものようにセミの鳴き声や波のさざめきが響き渡る、いつもの夏。月ノ宮海岸に近い小高い丘の上に立つシャルロワ家の用地……いずれ私の別荘になる場所で、私は晩年の母と一緒に過ごしていた。
そう、これはほんの気まぐれ、という設定。
幼い頃の私はシャルロワ家が使っていた避暑地の別荘やプライベートビーチを使うことが許されなかったけれど、月ノ宮海岸で遊ぶことは許されていた。
でも、この月ノ宮という町でシャルロワ家のことを良く思わない人間の方が多い。良からぬことを企んでいる輩もいるかもしれないからと私の母も言っていたけれど……私はまた、母と暮らしていた家をこっそり抜け出して、夕暮れ時の月ノ宮海岸へと向かった。
夏は日の入りが遅いとはいえ、この月ノ宮で他に遊べるような場所なんてないため、観光客の殆どは早々と切り上げてしまい、残っているのは近くに住んでいる地元住民ぐらい。散歩している人をチラチラと見かけるけど……靴を脱いで裸足で砂浜を歩いていると、砂浜から男の子の生首が生えているのが見えた。
何度見ても、やっぱりこの光景はおかしいと思う。
「あの……貴方、何をしているの?」
近づいてみると、どうやら首から下が砂の下に埋まっているだけみたいだ。近くにはスコップも転がっているから、自分で掘った穴に入って、そしてまた埋め戻した、と。
……なんで?
「うん? いや、自然を感じているんだよ」
砂浜に頭だけ出した同い年ぐらいの男は、バカみたいな笑顔でそう言った。
「……体を砂浜に埋めると、自然を感じられるの?」
「いや、この海岸にいるカニとかの目線になって押し寄せる波の迫力を感じたかったんだ」
何度聞いても、やっぱりその動機を理解することは出来ない。
「ちなみになんだけどさ、満潮になると君が立っている場所ぐらいまで海になるんだよ」
「それがどうかしたの?」
「いや、僕が埋まってるのって君のところより海側じゃん?」
スカートの中を見られたくないから彼の側までは近寄らなかったけれど、満潮時には彼が埋まっている場所は海に浸かってしまう、と。つまり彼は息が出来なくなってしまうのだ。
「……一生に一度のお願い。た、助けてくれない? 掘ったは良いんだけど出られなくなったんだ」
これは世紀のバカが現れた。きっとダーウィン賞ものだろう、同じ日本人として恥ずかしいぐらいの愚行だ。
でも、一生に一度のお願いならしょうがない。私は溜息をついた後、彼の側まで近づいてスコップを手に取った。
「あ、白色だ」
「ふんっ!」
「いっだぁ!?」
せっかく善意で助けてやろうとしたのに、あろうことか彼は私のスカートの中を覗いてきたから、スコップで思いっきり叩いてやった。
「このまま貴方を見捨ててもいいのよ」
「ご、ごめんなさい! でも君だってまだ人を見殺しにしたくはないでしょ!?」
「じゃあ目をつぶってて」
すると流石に背に腹は変えられないと、彼は自分の欲望を押さえてちゃんと目をつぶってくれた。彼の性癖を狂わせてみるのもちょっと面白いかもしれないけれど、それは前に試したことがある気がするし今回はやめておこう。
どうせ、彼もいなくなってしまうのだから……。
「ねぇ、君の名前は?」
「エレオノラ・シャルロワ」
「へぇ! もしかしてあのシャルロワ家のお嬢様!?」
「そう。そんな私のパンツを覗き見たら、どうなるかわかってる?」
「……あの、なんでもするので許してください。本当にごめんなさい、とても似合っていると思います」
「ふんっ」
「いっだーい!?」
私がシャルロワ家のご令嬢だとわかっても、彼は恐れすことなく気さくに話しかけてくる。なんでもするって言ったから、前に身動きが取れない彼の顔をスカートの中に包んでみたこともあったけれど、あの頃の私はどうかしてた。
「そういえば、貴方の名前は?」
スコップで彼の体の回りの砂浜を掘りながら、私は彼に聞いた。
「僕は、花菱いるかだよ」
花菱いるか。
前世の私が、ちょっとした遊び心でそう名付けた。原作だと彼の存在が出てくるだけで名前は明かされない。
……自分が作ったエロゲの登場人物に、自分のリアル幼馴染の名前をつけるだなんて、私はなんてクレイジーなんだろう。
「いるか、ね……そんな頭が良さそうには見えないわ」
「良く言われるよ!」
「褒めてないから」
これが、エレオノラ・シャルロワにとって最初で最後の、輝かしい夏の思い出の始まりだった。
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