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最後の一日編㉗ 私が、世界で一番愛した貴方を……



 二〇一六年、一月十日。

 この世界が終わるタイムリミット。


 学校も休校し殆どの公共交通機関もストップしており、あらゆる経済活動が世界中で止まっていた。日本では各所に避難所が設けられたが、どうせ何も防げないと諦めているか、彗星が衝突しない可能性にかけて街に残る人、例え衝突しても僅かに生き残る可能性を信じて高台へ逃げる人に分かれていた。


 空を見上げると、とても世界が滅ぶだなんて信じられないぐらいの青空が広がっている。いつもは電柱とかを見たらカラスやスズメがとまっていたりするのだが、街から動物は消えてしまった。お店も閉まっていて駅は電気すら点いていないし、まるでゴーストタウンのようだ。


 そんな人っ子一人いない街を歩いていると、無力な自分の惨めさを思い知らされる。

 俺は何のためにこの世界に転生したのだろう?

 前世であんなに好きだった乙女を、烏夜朧として一緒に築き上げてきた思い出も全て無駄にして、結局救うことは出来なかった。第二部でアルタがキルケルートに進めたのだから、第一部で乙女ルートがあってもおかしくなかったというのに。

 

 この世界に起きるバグによって消えてしまったとはいえ、俺は乙女やベガを救うことは出来なかった。むしろ俺の行動が二人をこの世界から消失させてしまったと言ってもいい。

 俺が本当に本来の烏夜朧らしく生きていれば、こんなことにはならなかったのだろうか……?


 

 そんな虚無感に打ちひしがれる中、俺はある人を探して月ノ宮を彷徨っていた。彼女がいるはずの別荘に行っても使用人すらいないし、連絡しても繋がらないし、ただ彼女がいそうな場所を見つけようとしていた。

 月ノ宮学園、月ノ宮駅、ケーキ店サザンクロスなどと巡っても彼女どころか誰も見つからなかったが、無人の喫茶店ノーザンクロスへ寄った後、月ノ宮海岸へ向かうと……ようやく彼女を見つけることが出来た。



 彼女は海風に銀色の髪をなびかせながら白浜に佇んで、雲一つない青空を見上げていた。まるで絵画のような光景だ、とても世界が滅ぶ直前とは思えない。


 「やっと見つけたぜ」


 砂浜の上を歩きながら、俺は彼女の後ろから話しかけた。しかし、俺の声が届いているはずなのに、彼女はこっちを向こうとはしなかった。


 「最後ぐらいは、恋人と一緒にいてくれるもんだと思っていたんだがな」


 俺がそんな冗談を飛ばすと、彼女はようやく俺の方を向いた。いつもの人を舐めたような笑顔を浮かべているものかと思っていたが、笑ってもいないし、特段悲しんでいるようにも見えない。

 ただ、この世界の結末を、その終わりを悟ったような表情だった。


 「……もうすぐ世界が終わるというのに、どうして私に会いに来たの?」


 この地球にネブラ彗星が衝突する可能性があると知らされた元旦の日から、ローラ先輩は俺のことを避け続けていた。何度も死に戻りを繰り返してきたローラ先輩は、何をしたとしてもこの世界が滅んでしまうことを、奇跡なんて起きないことを知っていたのだ。


 「最後ぐらいは、恋人と一緒にいたいだろ?」


 なんてカッコつけてみると、仏頂面だった彼女が呆れた顔でフッと笑った。


 「愛なんてバカバカしいって、私は今までに何度も言ってきたつもりだけど?」

 

 ネブスペ2の世界を何度もループして、エレオノラ・シャルロワとして何度も厳しい人生を送らされてきた彼女は、もう愛なんてものを信じられないかもしれない。

 だが口ではそう言っても、彼女がまだ愛に飢えているという証拠がここにある。


 「じゃあ、どうしてアンタはここに来たんだ?」


 白波が押し寄せる月ノ宮海岸。ここには、ローラ先輩の思い出が詰まっている場所だ。


 「ここは、アンタが初恋の人と出会い、そして別れた場所だろ?」


 八年前、いや九年前、ビッグバン事件が起きる直前の夏にエレオノラ・シャルロワは月ノ宮海岸で一人の少年と出会い、そして恋をした。今も彼女はその少年の幻影に囚われている、それが原作でのローラ先輩だ。

 俺は中々の名推理だと心の中で自画自賛していたのだが、ローラ先輩はクスッと笑って言う。


 「半分正解で、半分不正解ね」

 

 するとローラ先輩は軽く砂浜を蹴って、無邪気な笑顔を浮かべながら話し始めた。


 「前世の私には幼馴染がいたの。ずっと私を大切にしてくれたバカな人が。

  私はずっと昔からお話を作るのが好きだったんだけど、それを嫌な顔せずに読んでくれる人だったんだ。私が初めて作ったエロゲのシナリオも読んでくれたわ」


 いやエロゲシナリオを幼馴染に読ませようとするの、中々クレイジーだな。幼馴染とはいえ中々勇気がいるぞ、それは。


 「どうして彼のことを好きになったかなんて思い出せない。きっと恋の魔法にかけられて盲目になっていただけかもしれないね。本当に、魔法にかけられたみたいに……私は、彼に夢中になっていた。

  私がもっとエロゲのベッドシーンをリアルに描写できるようにって無理くり口実を作って、恋人ごっこも始めた……私にとっては告白だったんだけど、彼は渋々OKしてくれたんだ。どれだけ本気だったかわからないけど」


 『じゃあさ、私と付き合ってみない?』


 ベッドシーンをリアルに描写したいからって口実で幼馴染に告白するって、やっぱりコイツの前世はクレイジーだな。


 『私とさ……良いこと、してみない?』


 ……。

 ……なんだろう、この記憶は?


 「恋人ごっこ、楽しかったよ。初めて手を繋いでくれた時はとてもドキドキしたけれど、彼の体温を感じることが出来て、とても安心したんだ。取材とか勉強っていう口実で、水族館とか動物園とか遊園地とか色んなところに連れ回したけれど、なんだかんだノリの良い彼が好きだった。

  ワガママを言うなら……観覧車のゴンドラの中とか、誰もいない夕暮れの教室とかで、もっと良い雰囲気になりたかったけれど……」


 前世で凌辱モノは最高ですねぇ!とか言っていたエロゲライターのセリフとは思えない。こんなに純粋だったのに、一体何が彼女を狂わせてしまったんだ。


 「でも、彼は急にいなくなっちゃったんだ。親御さんが離婚しちゃった関係で、とても遠くへ行ってしまったの。最初の方はしつこいぐらい連絡を取り合ってたけど、段々疎遠になって……いつしか、音信不通になっちゃったんだ。

  大学で同志と出会ってゲームを作ることになったけど、昔から温めていたシナリオを読み返して……思い出したの。彼との思い出を……彼と綴った輝かしい青春の一ページを」


 青春は人によって体験する時期が違うかもしれないが、その幸せを知ることが出来るのは、青春という時期が過ぎ去った後のことだ。時が経つにつれ輝かしい思い出がさらに彩られてしまうが……彼女もその一人だったらしい。


 「もしも、彼が今も私のことを覚えてくれているなら、私の布教が成功してくれているなら、私が作ったゲームを遊んでくれるって信じてた。だから私は……彼との思い出の一部を、ネブスペに落とし込んだの」


 『ねぇ、美少女ゲームって知ってる?』

  

 ……自分が作ったエロゲを、音信不通になった幼馴染が遊ぶ可能性なんてあるだろうか? 自分がプレイしたエロゲの開発に知り合いが関わっていたって知らされたら驚くだろうが……。


 「でも流石にメインシナリオに入れるのは恥ずかしいしあからさま過ぎるかなと思って、サブストーリー程度にしたんだ。

  作中で名前は出てこないけど、愛に飢えた少女を一目惚れさせた少年。

  そして……幼馴染という関係だけど、理不尽な理由が原因で別れてしまう二人。

  彼に与えるヒントはこれだけで十分かな~って思ってたんだけど……難しかったかな」


 幼馴染という間柄で、別れてしまう……ネブスペ2の登場人物の中でパッと思い浮かぶのは、烏夜朧と朽野乙女だ。


 『ありがとう、入夏』


 ……誰だ?


 『入夏のおかげで、私も幸せだったよ』


 乙女ではない少女が、俺に笑顔で別れを告げようとしている。


 「彼、私と別れる時になんて言ったのか、覚えてるのかなぁ」


 砂浜の上に佇む銀髪の少女が、どういうわけかバス停の側に佇む黒髪の少女の姿とシンクロする。

 俺は、あの時……。


 「お前と一緒にいられて、俺は幸せだった、よ……?」


 不思議と、あの時の言葉が、場面が蘇ってくる。


 『入夏……』


 俺が乗り込んだバスを、追いかけてくる少女。


 『入夏!』


 まるで、烏夜朧が特急列車を追いかけている時のようだ。


 『入夏……!』


 何度も、俺の名前を呼ぶ、幼馴染の名前は──。



 「────乙女、か」


 俺の前世の記憶に、僅かに残っていた少女。

 俺は、彼女の名前をようやく思い出すことが出来た。

 俺は、知らない間に彼女の名前を何度も呼んでいたんだ。

 この、エレオノラ・シャルロワに転生したクレイジーな奴の名前を。

 俺の、前世の幼馴染の名を……!


 「バーカ。遅いよ、思い出すの」


 姿はエレオノラ・シャルロワではあるが、その無邪気な笑みは、確かに俺の前世の記憶の中にある。まさか、自分が作ったエロゲの登場人物に自分の名前をつけるクレイジーな奴だとは思わなかった。


 「お前……いつから気づいてたんだ?」

 「前に自分の前世の名前が入夏だって教えてくれたでしょ? そんな変な名前の奴、他には蘇我入鹿ぐらいしか思い浮かばないわ」

 「それだったら首をはねられてしまうだろ俺は」


 まだ思い出せた記憶は一部ではあるが、確かに俺の前世の記憶に存在する。エロゲを作りたいと突拍子もないことを言い出して、幼馴染に自作のエロゲシナリオを読ませてきた幼馴染が。

 

 しかし、こんな奇跡的な再会を喜べる暇はない。



 轟音と共に、空を星が駆けていくのが見えた。それは星というにはあまりにも黒ずんでいる物体で、一瞬だけ俺達の真上を通り過ぎた真っ黒な巨体は、炎を纏いながら水平線の向こうへ消えていった。


 「また、滅んじゃうんだよ、この世界は」


 そう言ってローラ先輩は、いや、乙女は空を眺めていた。

 

 「おい、乙女! 本当にこの世界は滅ぶのか!?」

 「うん。もう街の人もバグで消えちゃってるからどうにもならない」


 そう語る彼女の笑顔は、とても世界が滅ぶ寸前とは思えなかった。

 こんな状況でも笑っていられるなんて……一体コイツは、どれだけ世界の終わりを見届けてきたのだろう。


 「一つだけ教えてくれ! お前が今までループしてきた世界でも、俺には、烏夜朧には前世の記憶があったのか!?」

 「ううん。烏夜朧が奇妙な行動をとったのは、この世界線が初めて。とても頑張ってくれたけど……それでも、ダメだったんだ」

 「な、なら、次の世界で俺が前世のことをちゃんと思い出せたら、もしかしたら世界は滅びないかもしれないだろ!?」


 俺は彼女にそう訴えかけたが、それでも彼女は……もう諦めたように笑っていた。


 「嫌だよ。もう私、頑張りたくない……」


 彼女はもう、負けていた。自分が作り上げたエロゲのシナリオ、そして世界にうんざりしてしまい、もう勝負する気力すら失ってしまっていた。

 一体彼女がどれだけループしてきたのかはわからない。だがその度エレオノラ・シャルロワとして厳しい環境で育ち、幸せな結末を迎えることも出来ず、世界が滅ぶ未来を見据えながら生きていかねばならない。


 そんな人生の一体何が面白いだろうか。何度も世界の滅亡を見届けた彼女に、もう気力は残されていない。


 なら──俺が、頑張るしかあるまい。


 「待ってろよ、俺が絶対にこの世界を救う方法を見つけてやる!」


 彼方に見える水平線が、段々と高く高くなっているように見えた。どうやら地球に衝突したらしいネブラ彗星の衝撃で大津波が発生したらしい。


 「必ず、俺がお前を迎えに行くから」


 俺はそう宣言して、彼女の体を強く抱きしめた。やがて静かに迫る巨大な壁のような津波が、俺達に見える世界を奪っていくまで……。


 

 ──ありがとう、入夏。


 ──こんな形だけど、また会えて嬉しい。


 ──そして……ごめんね、入夏。


 ──私は、貴方を呪ってしまったみたい。


 

 

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