最後の一日編㉖ この世界が滅ぶまで
一月三日。三が日の終わり、俺は月ノ宮神社を訪れていた。いつもなら初詣に来た人々のために境内にはズラッと屋台が並んでいるはずなのだが……屋台どころか初詣客も殆どおらず、お正月だというのに月ノ宮神社は閑散としていた。
「やっぱり世界が滅ぶかもってなると、気が滅入っちゃうよねー」
と、少ない屋台で焼きそばだのフライドポテトだの、沢山のメニューをパクパクと頬張りながら晴れ着姿の美空が言う。よくコイツは世界が滅亡するかもって時にそんなガツガツと飯を食えるな。俺はめっきり食欲がなくなってしまったよ。
「なぁ、本当に滅ぶと思うか?」
一方で革ジャン姿の大星は、境内に生えている木にもたれかかりながら俺に言う。
「さあね。おみくじ引いてみなよ、大吉だったら回避出来るかもよ」
「大凶だったらどうする気だ」
「地球が滅亡する原因を全て大星に押し付けるね」
「リスクがでかすぎるだろ」
なんて風に大星達と冗談を言い合ったが、今は何をしても溜息しか出てこない。どれだけ楽しいことをして気分を良くしようとしても、どうしてもネブラ彗星のことが頭をよぎってしまうのだ。
すると屋台でりんご飴を買いに行っていた、晴れ着姿のスピカとムギが俺達の元へ戻ってきた。きっと何もなければ俺はスピカ達の晴れ着姿を見られてテンションが上っていたはずだったのだが、やはり今はそんな気分になれない。
「大星さん、美空さん。どうぞ、お二人の分です」
「朧にはおらぁっ!」
「どうして僕にはそんな乱暴なの!?」
ムギは俺にりんご飴を投げつけようとしてきたが流石に冗談だったようで普通に渡してくれた。
「屋台のおじちゃん、もう世界が滅ぶからってサービスでタダでくれたよ」
「世界滅亡セール?」
「不謹慎過ぎるだろ」
「でも、それが現実になるかもしれないですし……」
ダメだ、せっかくお正月に初詣のために集まったのに、全員の表情が暗い。
どうして、こうなってしまったんだろう……。
この地球にネブラ彗星が衝突する可能性があると発表されてから二日。やはり世界は混乱状態に陥っていた。人類が滅亡するかもしれないという恐怖が人々から正常な思考力を奪い、日本だけでなく世界中で犯罪率が急激に悪化し、民衆の暴動で機能不全に陥った国もある。
まだ、ネブラ彗星が地球に衝突すると決まったわけではない。だが人類の殆どは、もう人類が滅ぶと信じ切ってしまっている。日本を始めとした各国首脳、さらに望さんを始めとした専門家達も人々に冷静な判断を求めているが、収拾はつきそうになかった。
「何をお願いしよっか。彗星が当たりませんようにって願う?」
「もし彗星が当たったら朧と一緒に死ねますようにってお願いする」
「僕を巻き込まないで」
初詣といえばやはり賽銭箱に小銭を投げ込んで神様にお願いするものだが……俺はただ神の御前で目をつぶって手を合わせただけで、何も願い事が思い浮かばなかった。
「冬休み終わったら学校あるのかなー」
「授業に集中できる気がしませんね……」
「むしろ避難とかさせてほしいが、避難するとしたらどこだろうな」
「開き直って皆でネブラ彗星を眺めるのも良いかもね」
「じゃあ朧は生贄に捧げるってことで」
「僕の命で人類の滅亡を防げるなら本望だよ」
仮にネブラ彗星が地球に衝突した場合、その場所が海上なら大津波が発生することが予測されているし、どこに衝突してもかなりの衝撃波が発生すると予測されている。過去の津波なんて比にならないほどの巨大な津波が世界中を襲い、沿岸部は簡単に飲み込まれてしまうだろうし、大都市の真ん中にでも落ちたら数十万、数百万人単位で命が一瞬で消えてしまうかもしれない。
それに彗星本体も勿論だが、ネブラ彗星から飛び散った破片も隕石として降り注ぐはずだ。ネブラ人の最終兵器ではあるが元々は小天体だ、しかも反物質爆弾とかいう人類には作れなさそうな兵器も搭載している。
今日には元々月面基地建設のために発射される予定だったロケットに核爆弾が搭載されて発射されるはずだ。それがワンチャンネブラ彗星を破壊してくれるか、軌道を逸らしてくれることにかけるしかない。
結局俺達は暗い雰囲気のまま、月ノ宮神社で解散した。その後、俺が境内をウロウロしていると、本殿の裏にあるベンチに座っている二人の巫女さんを見つけた。
「あ、烏夜先輩だ~あけおめ!」
「あけおめです、朧パイセン」
「あけましておめでとう、ワキアちゃん、ルナちゃん」
一方はこの月ノ宮神社の宮司の娘であるルナ、やはり巫女服が似合っている。そしてもう一方は特に神社のお手伝いとか関係なく、ただ着たいから着ているだけであろうワキアだ。
大星達と比べると、二人の雰囲気はまだ明るさを保っているように見えた。
「ルナちゃんはこんな時でも家のお手伝いだなんて偉いね。僕は何もやる気でないよ」
「あ、朧パイセンも地球が滅ぶって信じてるんですか? 私はですね、ネブラ彗星が当たらない可能性にかけて今も真面目に生きてるんですよ!」
「私も~」
近々地球が滅亡してしまうと多くの人が信じている中、二人はネブラ彗星が地球に衝突しない未来を信じているようだ。こういう時でも前を向ける二人は素直に凄いと思える。
「ねー、烏夜先輩。もしネブラ彗星が当たらなかったら私と結婚しよ?」
「なんでわざわざ死亡フラグっぽいセリフを言ったの?」
「では朧パイセン。もしネブラ彗星が当たらなかったら私と……何をしましょうか?」
「僕とローラ先輩の結婚式に招待するよ」
「その時は友人代表の挨拶で朧パイセンを罵倒しまくります」
「じゃあ私は余興として暗い日曜日を演奏しようかな~」
なんかやっぱり、ワキアとルナは俺が振ったことに恨みを持ってるっぽい。なんかルナはまだ理性がありそうだが、ワキアはその笑顔の裏で悪いことを企んでそうなのが本当に怖い。
「でもやっぱり、皆は世界が滅ぶ前に何しようかってばかり考えちゃうよねー。アルちゃんは人類のためにロケットを作ろうとしてたけど、流石にキルケちゃんが止めたみたい」
「朧パイセンは、もし本当に世界が滅ぶとしたら何をしたいですか?」
「えぇ……どうなんだろ……」
もう今は何もやる気が出ない状態だが、世界が滅ぶ前にやりたいこと、か……。
「僕は……最後まで好きな人と一緒にいたいかな……」
パッと思い浮かんだことがそれだった。もっと色々と叶えたい欲望があるかもしれないが、俺が正直にそう答えるとワキアとルナの二人は信じられないという表情をしていた。
「何だか朧パイセンもすっかり丸くなっちゃいましたよね」
「老いだね。じゃあ私は好きなペット枠で烏夜先輩と一緒にいていい?」
「じゃ、じゃあ私は……好きな巫女さん枠で一緒にいます!」
「それなんでもありじゃん」
最後はネブスペ2のキャラ全員と一緒にいたいぐらいではあるが……地球最後の日って明確に示されるのだろうか。それもまた、専門家である望さんが発表することになりそうだ。
「ちなみに二人は地球が滅亡するまでに何かしたいことあるの?」
「札束のお風呂に入りたい!」
「随分と欲にまみれた願望だね」
「私はわぁちゃんと愛してるゲームで勝ってみたいですね」
「それそんなに重要?」
「愛してるよ、ルナちゃん」
「ぐはっ……」
「即死じゃん」
もうすぐ世界が滅ぶかもしれないというのにこれだけ明るく気丈に振る舞える二人を見ていると、少しだけ元気を貰えるような気がする。何より二人の巫女服姿を見られるだけでも十分な収穫だった。
そんな現実逃避から三日後の一月六日。本来は冬休みが終わって三学期が始まるはずだった日──ネブラ彗星を破壊するために打ち上げられたロケットが彗星の破壊に失敗し……一月十日、望さんが会見で言っていた通り元旦から十日後にネブラ彗星が地球に衝突する可能性が高いと発表された。
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