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最後の一日編㉕ そして、私は諦めた



 ネブラ彗星は、彗星どころか天体ではない。ネブラ人が生み出した最終兵器……え、ネブラ人ってあんなバカでかい兵器を作ってたの?

 俺はまだその事実を知らされて戸惑っていたが、ローラ先輩は説明を続ける。


 「太陽系と違ってアイオーン星系の各惑星に文明を築いていたネブラ人は、やがて惑星間で生まれた諍いを武力で解決しようとして様々な兵器を開発したわ。生物兵器に気象兵器、使えるものは何でも使った……でも新しい兵器をどれだけ生み出しても、それに対抗できる兵器、それをさらに越える破壊力の兵器がいくつも生み出された。

  そんな生存競争の末にネブラ人が生み出してしまったのが、反物質を利用した高性能爆弾。宇宙を漂う小天体に爆弾を取り付けて、そのまま敵対国家の惑星に衝突させる……流石に惑星を破壊することは出来ないけれど、生物は絶滅するでしょうね」


 俺は忘れていた。

 今や地球人と同じように生活しているネブラ人だが、元々は遥か宇宙の彼方にあるアイオーン星系で人類よりも優れた文明を築き上げていたのだ。人類もこれまでの多くの戦争を引き起こした歴史があるとはいえ、戦場はこの地球の中に留まっている。しかしアイオーン星系のそれぞれの惑星に文明を築き上げていたネブラ人は、世界大戦というか宇宙戦争という大規模な戦いで荒廃してしまったのである。


 「そんな兵器が、どうしてはるばる太陽系までやって来たんだ?」

 「アイオーン星系を脱出した避難民を追いかけてきたか、あるいはその避難民を匿う地球を狙ったのかもしれないわね」

 

 言ってしまえば、原因はネブラ人にある、と。

 もしその事実が明らかになれば、ネブラ人への迫害が激化してしまうかもしれない。だが、例え人類とネブラ人の戦いが今から起きたとしても、最早両者共倒れになるだけだ。何故なら一ヶ月も経たない内に地球は滅んでしまうからだ。


 惑星を破壊しようとするだなんて、人類からすればとてもスケールの大きい話だが……でもそういう兵器を作ってしまいそうだなと納得できてしまうのは、遥か彼方の宇宙から地球へやってこれたネブラ人の技術力が立証しているからだ。

 


 近々世界が滅んでしまうなら、一体何をすれば良いのだろう?

 ネブラ彗星が衝突しない、あるいは衝突したとしても地球文明が存続するという僅かな可能性にかけて、普段通りの生活を送る? いいや、例え自分の精神状態が問題なかったとしても、きっと周囲はそうではない。

 世界が混乱状態に陥るのは目に見えている。色々考えればやりたいことは山程思いつくかもしれないが、今論ずるべきはそこではない。

 俺は、目の前の銀髪の少女……彼女に転生した、ネブスペ2の原作者に、聞かなければならないことがある。


 「なあ、ローラ先輩……いや、おでんちゃんよ。これも、お前の頭の中にあったことなのか?」


 ネブラ彗星がネブラ人の最終兵器だったなんて知らされたのは今が初めてだ。数多のバッドエンドが用意されているネブスペ2といえど、流石に世界が滅ぶとかいう救いようのないエンディングは存在しなかったはずだ。

 ただ……原作者の頭に構想だけでも残っていたら? 彼女がアペンドに追加されるシナリオの一つとして考えていたら、それが現実になったのかも……しかし俺の予想に反して、ローラ先輩は首を横に振った。


 「信じてもらえるかわからないけれど、これは私が考えたことではないわ。どうして自分が作り出した世界を隕石で滅ぼしたくないもの」


 そう言ってローラ先輩は俺に微笑んでみせた。

 違う。俺が気になっているのはそこじゃない。

 

 「じゃあどうして貴方は、こんな状況で笑っていられるんだ?」


 俺だって今も怖くてしょうがない。あと十日か二週間ぐらいで世界が滅んでしまうとわかった今、何をすれば良いのかわからない。

 だがローラ先輩は今も俺に笑ってみせるだけの余裕がある。どれだけ人間が出来た人でも、普段から冷静沈着で落ち着きがある人でも、こんな状況でそんなに平静を装えるはずがない。

 そしてローラ先輩は、尚も俺に微笑みかけながら──しかし明るさは見えない、諦めすらも感じる笑顔で言う。


 「私は何度も味わってきたのよ、この結末を」


 ……。

 ……何度も?

 ローラ先輩の言葉を聞いても最初は理解できなかったが──『何度も』、その言葉の意味を理解した瞬間、ローラ先輩は部屋の一角に並ぶ本棚の方へ歩き出した。


 「ついてきなさい」


 ローラ先輩が本棚に並んだ本をガコンッとずらすと、それがスイッチになっていたのかゴゴゴゴと本棚が扉のように開いて、地下への階段が開かれた。ここは二階だから一階へと繋がっているのかと思いきや、階段はさらに地下へと繋がっているようだった。

 いや忍者屋敷かよ。



 「なぁ、アンタは何を知ってるんだ?」


 ただ足音が響く薄暗い階段を降りる途中で、俺は何度もローラ先輩に話しかけた。だが俺の先を進むローラ先輩は俺の質問に何も反応せず階段を降り続ける。

 どれだけ降りたかわからないが、おそらく地下一階部分まで降りてきた。何か物々しい扉でもあるのかと想像していたが、意外にも普通の作りの木のドアが入口となっていて、ローラ先輩が鍵穴に鍵を差し込むと、ドアが開かれた。


 「な、なんだここは……」


 ローラ先輩が部屋の明かりを点けると、この異様な空間を目の当たりにすることとなった。

 おおよそ六畳間ぐらいのそれ程広くもない部屋の四方の壁を埋め尽くすように、赤い文字が記されているらしいおびただしい量のメモが貼られていて、部屋の奥に置かれている小さな勉強机には大学ノートが山積みにされ、そして床も大量のメモで埋め尽くされてしまっていた。

 半ばホラーのような空間に思える光景にビビりながらも、俺は床に落ちていたメモの一枚を拾った。


 『ベガ「ではどうぞ! 私の頭をナデナデしてください!」

  選択肢1、撫でる→◯

     2、撫でない→✕

     3、頬をつねってみる→△

     4、膝の上に乗せたい→◎』


 これは……原作だと第二部で主人公のアルタが記憶喪失になっている夏休み、アストラシーショックで甘えん坊になってしまったベガとのイベントでの選択肢か。この世界でアルタの代わりに記憶喪失になった俺もこのイベントに遭遇したはずだったが、確か普通に撫でてたっけ? 頬をつねってみるのも反応が面白そうだし、何なら膝の上にベガを乗せてみたかった。


 いや、こんな過去の思い出を懐かしんでいる場合ではない。他のメモも確認してみると、ネブスペ2のシナリオでルート分岐に関係する選択肢の解答例、各登場人物のプロフィール、七夕祭や星河祭など重要なイベントが起きる一日のスケジュールなど、ネブスペ2に関係する攻略情報が書き殴られているようだった。

 そしてこれらのメモを残したのは……。


 「もう、何度この世界の住人として生まれ変わったのか、私は覚えていないわ」


 床に散らばったメモをスリッパで踏みながら、ローラ先輩は部屋の奥にある小さな勉強机の方へと向かう。


 「ちなみに、私が初めてこの世界に転生した時は……七夕の日、ベガを事故から守ろうとして死んでしまったわ。

  でも事故で死んだはずの私は、どういうわけかまたエレオノラ・シャルロワとして生き返った。自分が死に戻りしていると確信できたのは五回目、バッドエンドでレギーに殺された時だったかしら」


 俺も前世の記憶を頼りにネブスペ2の攻略情報をノートに残したが、ローラ先輩も発想は一緒だったらしい。

 しかしローラ先輩のそれは、もう何周目かもわからないループで築き上げられてきた歴史なのだ。それまでのループで学んだことをメモに残していき、これだけの量になったのだろう。


 「自分が作ったゲームなのに、最初は第一部を乗り越えることすら苦労したわ。美空は簡単だったけれど親友のレギーを生存させることすら私には難しくて、何度もスピカやムギと一緒に死んできた。

  そして何度も死に戻りする内にわかってきたの、この世界を生き延びる方法が。簡単なことだったのよ、ただ私がエレオノラ・シャルロワらしく振る舞っていれば良かった」


 俺も小さな勉強机の側まで近づくと、机の上に広げられた大きな紙に赤い文字でエレオノラ・シャルロワの生い立ちが事細かに記されていた。きっと彼女はかつての自分が作ったエレオノラ・シャルロワというキャラの生い立ち通りに生きようとしたのだろう。

 そして最後には……『世界の滅亡』と記されていた。


 「どうしてこの世界が滅亡するんだ? 俺やアンタが何もしなくても滅亡するのか?」

 「えぇ。前に言ったでしょう、この世界は未完成なの。例えば……複数人いるヒロインの全員に寄り道してしまって必要な好感度を貯めることが出来なかった場合、どんな結末を迎えると思う?」

 「……少なくとも、そのヒロイン達のグッドエンドは迎えられないだろうな」

 「そういうこと。貴方にとっては第一部、第二部と順調に進んできたように思えるかもしれないけれど……おそらくこの世界のグッドエンドの条件を満たしていない。つまりバッドエンドね」


 ネブスペ2のアペンドディスクでは、朽野乙女や鷹野キルケなど複数のヒロインの個別ルートが実装される予定で、さらには初代ネブスペのキャラ達も勢揃いした大団円ルートも考えていたとローラ先輩は言っていた。そしてこの世界は彼女の構想も反映されているが……つまり、一介のエロゲプレイヤーに過ぎなかった俺が知らないエンディングがある?

 いや、そもそも朽野乙女や琴ヶ岡ベガらが消えてしまった時点で、グッドエンドなど存在しないのだ。


 「じゃあ、どうすればそのグッドエンドの条件を満たすことが出来るんだ?」


 ローラ先輩は勉強机の上に山積みになっていた大学ノートの内一冊を手に取ると、パラパラとページをめくる。

 そして開かれたページには、前世の彼女が練っていたらしいネブスペ2の真エンドについて書かれていたが……全て赤いペンでバツ印がつけられていた。


 「私は、それを思い出せないの。貴方が前世の自分を思い出せないように……私は、この物語を終わらせる方法を知らない」


 今まで平静を装っていたローラ先輩の体が小刻みに震え始めた。そして、彼女の目から頬を伝って落ちた涙が、ノートに染みを作った。


 「自分が考えていたかもしれない攻略法を考えて、何度も試して……何度も、世界は滅んだの」


 ノートに記されていた真エンドのメモと赤いバツ印は、これまでローラ先輩が何度も死に戻りを繰り返して試してきた実験の結果だったのだ。

 

 「そして……私は、諦めた」


 数え切れないほどネブスペ2のバッドエンドをその身で味わい、どれだけ頑張っても最後は世界が滅亡してしまう、そんな死に戻りを何度も経験したローラ先輩の心は、もうボロボロだったのだ。



 そんな人に、俺はどう声をかけたら良い?

 この世界がダメでも次はどうにかなると、根拠のない励ましで頑張れとエールを送る? これまでずっと頑張ってきた人に、まだ頑張れと言えと?


 残念ながら俺は、烏夜朧は主人公ではない。この物語を動かせるのは、その中心にいるのは、主人公である帚木大星、鷲森アルタ、明星一番の三人と、十二人のヒロインだけ。

 俺が世界を変えてみせると豪語しても、俺には何も出来ないという無力感だけが襲いかかる。


 弱々しく泣き出してしまったローラ先輩に声をかけることも出来ず、俺はただ立ち尽くしていた。

 

  

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