最後の一日編㉔ ネブラ人の最終兵器
『──地球の側を通過したネブラ彗星は、太陽に最接近後に太陽系外へ飛び出すような軌道を取っていましたが、太陽系の惑星に引き寄せられたか、あるいは小天体などの衝突によるものと思われる事象が原因で、進路を変えて再び地球へと接近しています』
ネブスペ2世界、二〇一六年一月一日。新年はいつもお正月特番が放送されるものだが、新年早々物々しい雰囲気の特番が急遽組まれることとなった。
テレビ画面に映るのは、烏夜朧の叔母である月ノ宮宇宙研究所の所長である望さんだ。月ノ宮宇宙研究所を始めとした各国の研究機関による緊急会見で、望さんがモニターに映し出された天体図でネブラ彗星の軌道を説明していた。
『ネブラ彗星は地球へ接近する間も他の天体からの作用を受けて若干の軌道の変化はありますが、このまま進むと……地球のすぐ側を通過するか、あるいは最悪の場合……地球に衝突する可能性があります』
彗星が地球に衝突する。望さんのその一言で会見場はざわつき、望さんの表情も深刻そうなものに変わる。
『必ずしもネブラ彗星が地球に衝突するとは限りません。ですがネブラ彗星の大きさは直径百三十から百五十キロメートル、約六五〇〇万年前に恐竜を絶滅させたとされるチクシュルーブ衝突体と同等か、それ以上の衝撃波を伴って地球に衝突するかもしれません。現段階で断言することは出来ませんが、もしもネブラ彗星が地球に衝突する場合、その衝突の衝撃波だけで数百万から数千万人、そしてその後に待ち受ける急激な環境変化により、地球は荒廃してしまうでしょう』
チクシュルーブ衝突体は、メキシコのユカタン半島に巨大なクレーターを残した隕石だ。その衝突が恐竜の絶滅を引き起こしたとされている。
それ以上の威力を持つ隕石が、地球に迫っているということか……その衝突による威力もさることながら、その衝突が地球の環境に及ぼす影響は計り知れない。
『そしてネブラ彗星が地球へ最接近する時期は、早くて十日。遅くとも二週間以内です』
……テミスさん。貴方は占い師として優秀過ぎるんだ。
どうして、こんなことまで当たってしまうんだ……。
会見に同席していたアメリカの研究機関の偉い人によれば、元々月面基地を建設するために発射予定だったロケットにしこたま核爆弾を詰め込んで打ち上げて、ネブラ彗星を破壊するか、軌道を変える予定らしい。よくある隕石落下もののSF映画であるあるな展開だが、まさか……それが現実として直面するなんて。
「そんな……」
正月の朝からそんな最悪なニュースを、俺は家のリビングで夢那と一緒に見ていた。流石の夢那も俺の体に抱きついて怖がっていたが、俺も怖くて夢那の手をギュッと握りしめていた。
俺はまだ夢を見ているのだろうか。
それともネブスペ2の世界から、突然それに似たSF映画の中へ転生してしまったのだろうか。
まだ、ネブラ彗星が地球に衝突することが決まったわけではない。実際地球には日頃から大小さまざまな隕石が降り注いでいるし、小惑星なんかが地球のすぐ側を通過することも珍しくない。
そう、絶対に当たると決まったわけではないのだ。
「ねぇ、兄さん。これもゲームの中で起きるイベントなの?」
夢那の問いに、俺は首を横に振って答えた。
「こんなこと、起こるわけがないよ。バッドエンドでもこうならない」
そう、これはネブスペ2原作で用意されたイベントではない。俺がこの世界に転生してからイレギュラーなイベントが何度も発生してきたが……こんな人類の存亡がかかったイベントが偶然起きたとは思えなかった。
そして夢那と一緒にネブラ彗星に関する特番を見ていると、俺の携帯に通知が入った。俺にLIMEを送ってきたのは、この未曾有の危機について一番知っていそうな人物、ローラ先輩だった。
『今から別荘に来なさい』
来れる?とかではなく、まさかの命令だった。どうやら俺に拒否権はないらしい。
だがローラ先輩からの提案は俺にとっても都合が良かった。
『夢那も連れて行っていいですか?』
『いえ、一人で来て』
こんな状況で家に夢那を一人で置いていくのは不安だったが、ローラ先輩は俺達の内情を知る夢那にも伝えられない話をするつもりらしい。
「夢那。今からローラ先輩のところに行ってくるから、ワキアちゃんやキルケちゃんのところに遊びに行くと良いよ」
「いや、ボクも兄さんと一緒に行くよ」
「もう残り僅かかもしれないから、最後ぐらいは友達との時間を大切にしてきなさい」
夢那は俺と一緒に来たがっていたが、正直言うと隕石が降ってくるような世界滅亡の危機に俺達が出来ることは何もない、精々神様に祈ることぐらいだ。俺やローラ先輩と一緒に何か難しいことを考えるよりも……残り僅かかもしれない時間を、大切な友人達と一緒に過ごしてほしかった。
俺は自転車を漕いでローラ先輩の別荘へと向かう。今日はお正月。折角新年を迎えたというのに、月ノ宮の街にそんな綺羅びやかな雰囲気は無く、不安からか皆家に閉じこもっているようだ。
最早ローラ先輩の別荘に顔パスで入れるようになった俺は、出迎えてくれた使用人の人に案内されてローラ先輩の部屋へと向かい、中へ入った。ローラ先輩は部屋の奥、月ノ宮海岸を一望できる窓際に立って物思いにふけているようだった。
「あけましておめでとう、朧」
そう言って俺の方を向いたローラ先輩は笑顔で新年の挨拶をする。そんな呑気な挨拶をしている場合ではないとわかっているだろうに。
「……あけおめ。新年早々最悪の気分だよ、こっちは」
俺は不安や恐怖から本当に憂鬱で仕方なかったが、俺が側まで近寄ってくるとローラ先輩は俺に笑顔を見せた。
そんな呑気な態度のローラ先輩に若干苛立ちも感じたが、ネブラ彗星が降ってきて地球が滅亡するかもしれないという状況でこれだけ飄々としていられるということは、やはり彼女は何かを知っているのだ。
「なぁ……これも、アンタの頭の中にあったイベントなのか?
これもバッドエンドの一つなのか?」
俺の目の前にいる銀髪の麗しい少女は、このネブスペ2世界を作り上げた原作者が転生した姿。この世界では原作にないイベントが何度も起きているが、それは前世の彼女が構想していたシナリオの一つでもある。
少しだけ、疑問があった。
日本随一の実業家であるシャルロワ家の次期当主であるローラ先輩の、月学を卒業後の進路がフワッとしていたことだ。以前、彼女は未来の自分の姿なんて想像つかないという風に話していたが、それはシャルロワ家の次期当主という重圧の中で生きているローラ先輩がただ悩んでいるだけだと思っていた。
違う……ローラ先輩は、そんな未来を考える必要がないとわかっていたのだ。
「まぁ、落ち着きなさい」
こんな危機に直面して落ち着いていられる人間がいるわけないと思うが、ローラ先輩は俺の目を見据えて話し始めた。
「ネブラ彗星はおよそ五十年前、この月ノ宮町に住んでいたアマチュア探検家が……明星一番のおじいさんにあたる人ね。彼が発見したことから『アカボシ』と名付けられたけれど、その直後にネブラ人の船団がやって来たことから、『ネブラ彗星』と呼ばれるようになったわ」
ネブラ彗星についての大雑把な歴史は俺も前世の頃から知っている。作中でそう説明される、というか何なら朧が説明していた。発見したのは一番先輩の祖父であるという設定もあるが、残念ながら八年前のビッグバン事件で亡くなっている。
「でも、あれは星じゃないわ。彗星でも小惑星でもない。
あれは……ネブラ人が生み出した最終兵器、対惑星衝突型反物質誘導弾よ」
……。
たいわくせいしょうとつがたはんぶっしつゆうどうだん?
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