最後の一日編⑳ もしも白濁色とかだったら……
月ノ宮駅前のケーキ店、サザンクロスは大晦日まで営業している。隣町の葉室に新しくオープンした喫茶店アルゴの大繁盛を受けてそっちにお客さんが流れてしまうことを危惧していたロザリア先輩は、負けじと様々な施策を打ち出していた。
「馬子にも衣装ね」
サザクロ内の席に座るローラ先輩は、注文したモンブランを運んできたロザリア先輩の姿を見ながら笑顔で言った。いや、馬子にも衣装は褒め言葉じゃないな。
「うっさいわね。茶化しに来ただけなら帰りなさいよ」
「あら、お客様になんて失礼なお店なのかしら。でも良いツンデレ具合だから星五つね」
「誰がツンデレよ! 誰が!」
と、ローラ先輩にいじられてプンプンと怒っているロザリア先輩は、いつものシックなサザクロの制服ではなく、ミニスカメイドという姿だ。アルゴに対抗するためにサンタコスやメイドコスはどうかという提案をどうやら真に受けてしまったようで、ノザクロの制服(非公式)を製作したコスプレイヤーのレイさんに依頼して作ってもらったそうだ。
「いや、本当によくお似合いだと思いますよ」
「はいはいどーも。これダークマター☆スペシャル」
「あの頼んでないんですけどこれ」
金髪のツインテールにピンク色のリボンにメイド服の組み合わせの相性は抜群だ。元々のロザリア先輩の性格も相まってツンデレメイドさんの爆誕である。
俺とローラ先輩が座るテーブルには、ローラ先輩が注文したモンブランと紅茶、そして俺が注文したチョコレートケーキとオレンジジュース、注文していないけど届いたダークマター☆スペシャルが置かれていた。このどす黒い栄養ドリンクの存在は無視しよう。
「にしてもちゃんと繁盛してるじゃないですか。クリスマスも終わったのにこの客入りは中々なんじゃないですか?」
ロザリア先輩はアルゴにお客さんを奪われることを恐れていたが、カップル向け・家族向けの商品などターゲットをより広げて商品を開発していった結果、サザクロを訪れる客層を広げることに成功したようだ。
「ま、私が体を張ってこんな格好してるからでしょうね!」
「体を売るなんて低俗ね」
「うるさいわよ! 悔しいならアンタも着てみなさいよ!」
「嫌よ、そんな下賤な服」
なんてローラ先輩はロザリア先輩をからかっていたが、なんだか羨ましそうな表情でロザリア先輩が着ているメイド服を見つめていた。もしかして興味ある? 着てほしいけれど、そんな姿見たら俺は失神してしまいそうだ。
ケーキバイキングを始める前のサザクロは結構高級志向っぽくて敷居が高そうな雰囲気だっただけに、今は大分入りやすくなったのかもしれない。ミニスカメイドさんが店内を徘徊するものだから雰囲気もがらんと変わったし、可愛いメイドさん目当ての下賤な客よりは、可愛いメイドさんに憧れる小さな女の子がちらほらと見られた。
「どう? ウチのケーキの味は」
「及第点ね」
「素直じゃないわね。美味しいなら美味しいって言えばいいじゃない」
「私が自分で作ったケーキには敵わないわね」
俺達のテーブルの側でロザリア先輩はピキピキと今にもキレそうな雰囲気だったが、店の奥から私服姿の一番先輩がやって来た。今日も受験勉強で忙しい中、ロザリア先輩の手伝いに来ていたらしい。
「来ていたのか、会長……いや、ローラに烏夜。カップルの真似事でもしているのか?」
「何を言っているのかしら。私達はれっきとしたカップルよ。そうよね、朧」
「お、おう……」
笑顔のローラ先輩に名前を呼ばれるだけで俺はキョドってしまっていたが、そんな俺達を見たロザリア先輩はニヤニヤしながら口を開いた。
「あ、でもちゃんとカップルってわからないとカップル割引はきかないわよ。何かカップルらしいことでもしてみたら?」
と、ニヤニヤと笑いながら俺達を見るロザリア先輩は、どうやらローラ先輩に恥ずかしいことをさせたいようだが、ローラ先輩は動揺することなく涼しい顔で口を開いた。
「朧。私もそのチョコレートケーキを食べたいわ」
「え?」
するとローラ先輩は口をあ~んと開いた。
ま、まさか……ケーキを食べさせろと!? しかも俺が使ってたフォークでってなると間接キスになるぞ!? それすら恥ずかしがらないとか、まさかコイツの前世は恋愛強者だったのか!?
だが良いぜ……そっちがその気ならやってやろうじゃないか。ロザリア先輩達に俺達のアツアツっぷりを見せつけて、あの揉み心地良さそうな尻を叩いて一番先輩との恋路を進展させようじゃねぇか。
「ほら、ローラ先輩。あーん」
俺がローラ先輩の口元にケーキを運ぶと、彼女はパクッとそれを頬張った。そしてモグモグと頬張ってゴクンと飲み込むと、ローラ先輩は無邪気な笑顔を浮かべて言った。
「やっぱり恋人から食べさせてもらうケーキの味は特別ね、フフ」
……。
……なんだコイツ、無敵か?
「ば、バカな……!」
俺はローラ先輩からのときめきの直撃を受けて悶絶していたが、俺達のアツアツっぷりを見たロザリア先輩は驚愕している様子で、一番先輩も戸惑っているようだった。
「あ、明星! 今すぐケーキセットを持ってきて! 私達も見せつけてやるわよ!」
「は? どうして俺がお前とそんなことをやりゃならんのだ」
「アイツに負けるのが悔しいわ!」
何かロザリア先輩の尻を叩いて彼女の心にアツアツの炎をつけることには成功したらしい。ローラ先輩に対抗しようとプンスカと怒るロザリア先輩の姿を見て和やかな気持ちになっていると、ローラ先輩が俺の肩を叩いてきた。
「ねぇ、朧はモンブラン食べたくないの?」
「へ?」
ローラ先輩の前には食べかけのモンブランが半分ぐらい残っている。いや、俺はモンブランも好きだけど……え、もしかして。
「いや、別に良いですよ。カップルって証明は出来たじゃないですか」
「食べたくないの?」
「別にそこまで」
「た・べ・た・く・な・い・の?」
ローラ先輩はモンブランにフォークを突き刺すと、半分も残っていたモンブランを丸々俺の方へ向けてきた。
お、俺もあーんをしていいのか……?
「わ、わかった……」
そして俺が口を大きく開けて受け止める準備を整えると──ローラ先輩はヒョイッとフォークの向きを変えて、モンブランを自分の口の中に突っ込んだ。
……嵌められた。
「一口で頬張る贅沢は中々出来ないわね」
大きな口でモンブランを頬張ったローラ先輩は満足そうな表情だ。
「お嬢様らしからぬ下品な食い方だな」
「こういう時だってあるわよ、きっと」
まぁそんないたずらっぽいのもローラ先輩らしいと言えばローラ先輩らしいかもしれない。この、相手の気持ちのボルテージを自分で上げておきながら一気に地の底へ突き落とす感じが。
こんなシーンもはたから見ればバカップルっぽいかもしれないが、ケーキの準備を終えたロザリア先輩と一番先輩が俺達の席の側へ戻ってきた。
「じゃあいくわよ、明星。覚悟しなさい」
いやただあーんってするだけでしょうが。
「なんで俺が……」
と、ケーキが乗ったお皿を片手に一番先輩がうんざりした様子で言う。そしてロザリア先輩はというと、一番先輩に期待して大きく口を開けていたが──彼女の口に入れられたのは、ケーキではなかった。
「むぐっ!?」
彼女の口に押し付けられたコップ。その中には怪しいオーラが漂うどす黒い液体が……そう、ダークマター☆スペシャルだ。
さぁロザリア先輩、貴方もその餌食となるのだ。
「ちょ、ちょっと! なんでこんなもの……もががっ!?」
コップを無理やり口に押し付けられてダークマター☆スペシャルを飲まされているロザリア先輩の姿、なんか……ダメだ、俺にはローラ先輩という恋人がいるのにロザリア先輩にそういう感情を抱いてはいけない。
何かあれだ、[ピー]とか[ピー]を強制的に飲まされている系のAVみたいな風景だ。ダークマター☆スペシャルが白かったらヤバかった。忘れかけてたけど、ここはエロゲの世界だったわ。
「はぁ、はぁ……やってくれたわね、明星、うぐっ……」
とはいえちゃんと食べ物を粗末にせずにちゃんと飲み切るあたり、やっぱり育ちが良い。まぁロザリア先輩はかなりダメージを受けたようだったが。
「どうだった、あーんの味は」
「ものによるってことがわかったわね、えぅっ……これ、こんな味なのね……」
なお、ロザリア先輩にダークマター☆スペシャルを飲ませたのは一番先輩だが、彼にダークマター☆スペシャルをそっと渡したのはローラ先輩である。
無理やりそれを飲ませる一番先輩も中々ドSだが……そんな知りたくもない一面を知らされた一日だった。
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