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最後の一日編⑰ 忘れられない、忘れたくない、だが思い出せない



 最初は緊張していたローラ先輩の部屋も、彼女の正体を知ったからかそこまで緊張することもなく、俺はまたココアをいただいてソファに腰掛けていた。


 「今日は一体何の話なんだ?」


 この世界に転生してからの俺の行動や、ローラ先輩の行動もざっくりと聞いたし、今後は二人で協力して一番先輩がハーレムを築けるよう頑張っていこうと今後の方針も決めたはずだ。

 これ以上何か話し合うことはないと思っていたが、俺の正面に座るローラ先輩はココアを一口飲んだ後、笑みを浮かべながら口を開いた。


 「恋人を家に呼ぶのに理由なんて必要かしら?」


 やめろよ、そんなこと言って俺をときめかせるの。


 「……じゃあ烏夜朧のこれまでのナンパ遍歴でも語ってやろうか?」

 「そんなのいらないわ。貴方のこれまでのナンパ遍歴も、私が前世で設定したものよ。例えば……電車に乗っていた時に貴方がナンパした白いワンピース姿の色白の少女と楽しく話した後、連絡先も交換して駅を降りたら、その女性が過去に人身事故で亡くなっていたと知った話とか」

 「怖いこと思い出させるんじゃないよ!」


 成程、烏夜朧としての行動もローラ先輩にとっては想像の範囲内だと。前世からそんなものを設定されているとは困ったものだが、自分の手の内が全てバレているのは恐ろしいことだ。


 「貴方、前世のことは殆ど覚えていないのよね?」

 「あぁ。確実に覚えているのは、ネブスペ2をプレイしたってことだけだ」

 「不思議な前世ね。自分の名前すら覚えていないの?」


 ローラ先輩に転生したエロゲライターおでんちゃんも自分がどうしてこの世界に転生したのかは覚えていないらしいが、俺に至っては前世の殆どの記憶を失っている。

 だがテミスさんのおかげで、名前だけは知ることが出来た。


 「確か……俺の名前は入夏って言うはずだ」


 入夏。それが本当に名前なのかはわからない。

 だが前にテミスさんに前世を覗かれた時、誰かが俺をそう呼んでいたはずなのだ。


 「へぇ、入夏……貴方には似合わない名前ね」

 「うるせー」

 「人の名前で入夏って聞いたの、蘇我入鹿以外で初めてだわ」

 「その人、首ちょん切られてるだろうが」


 ただ思い出せたのはそれぐらいで、仮にフルネームがわかったとしても俺の前世の記憶を気持ちよく思い出せるとも限らない。逆に前世の生い立ちがきっかけでこの世界に転生したとも思えないし……自分が死んだ時のことなんて思い出したくもない。


 「入夏と朧、ね。貴方はどっちの名前で呼ばれるのが好きなの?」

 「朧の方が慣れてる」

 「そう。じゃあ、朧……」


 するとローラ先輩はソファから立ち上がって、俺の隣に腰掛けた。ローラ先輩から漂う香水の香りが鼻をくすぐるが、やはり未だに彼女のオーラに圧倒されてちょっと仰け反ってしまいそうになったが──ローラ先輩はそんな俺を力強く抱きしめてきた。


 「朧。今日は前世のこともネブスペ2のことも忘れましょう」


 その強いオーラにいつも勘違いしがちだが、ローラ先輩の体躯は意外にも華奢なのだ。

 つくづく、この人は俺の想像を超える突飛な行動をしてくる。


 「私、貴方ともっと色んなことをしたいし、色んな所へ行ってみたいわ。この前は遊園地に行ったけれど、水族館や動物園なんてどうかしら? もっと恋人らしいデートもしてみたいし……貴方が望むなら、その先のことだって構わないけれど……」

 

 その先?

 その先のことって、どういうことだ?

 まさか……そのまさか!?


 俺の体を抱きしめていたローラ先輩はソッと離れると、妖艶な瞳で俺を見つめていた。エロゲ世界に転生したとはいえ、この世界で俺が出来たことなんて精々キスぐらい。

 でも俺は、とうとうこの人とその先を──それを想像した時、俺の頭を過った二人の少女の面影があった。


 「……ちょっと待ってくれ」


 俺には勇気がなかった。意気地なしだ。

 チャンスはもう目の前にあったのに、俺は躊躇ってしまった。

 俺の思い出の中にはまだ、朽野乙女と琴ヶ岡ベガという存在が色濃く残っていたからだ。


 「いえ、やっぱり私なんかじゃダメね」


 俺が拒絶すると、ローラ先輩は俺の体を離して溜息をついた。


 「やっぱり貴方の頭にはまだ、ベガがいるのね?」

 

 恋路にフラフラしていた俺の意思を固めてくれたベガは、星河祭当日にこの世界から消失してしまった。烏夜朧と琴ヶ岡ベガが結ばれるだなんていう結末は、ネブスペ2というエロゲにおいて最も想定外の事態だったのだろう。NTR系のエロゲだったら十分にありえる話なのだが、別に俺がアルタからベガを寝取ったわけでもない。

 ベガが消えてから一ヶ月以上経つが、俺とローラ先輩以外の皆は彼女のことを忘れたとしても、今も俺の思い出の中で彼女は輝き続けている。


 「レギー達には答えを曖昧にしていたのに、貴方はどうしてベガを選んだの?」

 「……ベガには俺がいないとダメだって、そう思ってしまったからだ」

 「随分と勘違いしていたのね、貴方は」

 「でもそれが原因で、ベガは消えたんだ……」


 失恋とも言うべきか、だがこんな終わりはあんまりだ。そんなケースは想像したくもないが、もしも病死や事故死だったなら、俺は彼女の墓の前でワンワン泣くことが出来ただろう。誰かと彼女との思い出を懐かしむことだって出来ただろう。

 だが、もうそんなことさえ望めない。



 今、俺にはローラ先輩という素晴らしい恋人がいるのに、過去の恋人のことを忘れられずにウジウジしている俺はみっともないだろう。

 だが気を落とす俺を気遣うように、ローラ先輩は俺の頬に優しく触れた。


 「私の視点でも、ベガは貴方のことをとても慕っているように見えたわ。彼女の幼馴染であるアルタを超えるだなんて、貴方も中々侮れないわね」

 「巡り合わせだよ、何もかも」

 「ベガがこの世界から消失してしまったのも、巡り合わせだと言うつもり?」

 「俺にはわからねぇよ、そんなこと……」


 烏夜朧は元々ベガと面識があったものの、彼女とより接するようになったのはやはりあの事故がきっかけだ。本来はアルタがいるはずのポジションに俺が居座ってしまい、俺がただベガルートへ進んでしまっただけだ。役得ではあったが、あんな結末はあんまりだ。


 「それに……俺には、いや烏夜朧には朽野乙女っていう大切な幼馴染がいるんだ。原作者のアンタなら、朧と乙女が歩んできた道のりだって知ってるはずだろ?」


 家庭環境が複雑で夢那も離れてしまい、人生に絶望していた朧を救ってくれたのが乙女なのだ。だが、烏夜朧から大切な幼馴染を奪ったのは、俺の目の前にいる奴だ。


 「烏夜朧だけじゃない。前世の俺にとっては朽野乙女が最推しのヒロインだったんだ」

 「あら、攻略も出来ないのにどうして?」

 「恥ずかしいことを聞いてくるな。まぁいい……第一部の前半はスピカやムギの親友になった乙女が話を引っ張っていたし、ムードーメーカーっていうだけあってアイツがいるだけで場の雰囲気が明るくなるんだ。それに乙女みたいに普段は太陽に負けないぐらい明るいヒロインが、時折儚さを見せるっていうギャップもたまらない。

  乙女は勉強が出来るわけでもないし、かといって抜群に運動神経が良いわけでもない。ただ俺は、笑顔がかわいい奴が好きなんだ」


 きっとアペンドで攻略可能なヒロインになるんだろうなぁと俺は思っていたし、トゥルーエンドでは乙女が転校するイベントは起きずにずっと物語に登場し続けるから、それだけでテンションが上がるくらいだった。俺はその世界線も前世で見たから、第二部においても第三部においても、朽野乙女という存在を欲していたのだ。

 と、俺は原作者に対して熱く語ってしまったが、その愛が伝わってしまったのか、ローラ先輩はクスクスと笑いながら言った。


 「まるで私とは正反対ね。ちなみにだけど、乙女って大星だけじゃなくてアルタや一番とも親交があるわよね?」

 「あ、あぁ確かにそうだな」

 「だから折角だし、あの三人それぞれの視点で乙女を攻略できるようにしてみたかったのよね」


 ……それはまたすごい裏話だな。第一部でも第二部でも第三部でも乙女がヒロインとして登場する、と。率直な感想を述べると、フラグ管理がだるそうだ。ネブスペ2は前部のセーブデータを参照して進行していくから、主人公が乙女と結ばれた世界線と結ばれなかった世界線で全然世界が違うように思える。まぁ、それは他のヒロインにも言えることだが。


 「それに他のヒロインを差し置いて乙女のことが好きだなんて、貴方も中々変わり者ね。やっぱり朧に転生したから、そのバイアスもある?」

 「それもあるかもしれないが、前世から乙女が俺の最推しであるのは本当だ。なんていうか……別に運動神経とか関係なく、性格が明るい子が好きなんだ。俺の幼馴染に似ているから……」


 と、俺は自分で口に出した言葉に疑問を持った。

 俺の、幼馴染?


 「貴方の幼馴染って、それは前世のお話?」

 「あ、いや……え? 今、俺の幼馴染って言ったか?」

 「自分でそう言ってたと思うけれど」


 烏夜朧の幼馴染は朽野乙女だ。

 だが、『俺』の幼馴染って誰だ?


 ──ありがとう、入夏。


 泣いているのは、誰だ?


 ──入夏のおかげで、私も幸せだったよ。


 誰だ──俺の記憶の奥底に眠る少女へ手を伸ばそうとしたが、無常にも彼女との距離はどんどん離れていき、彼女の姿は俺の脳裏から消え去ってしまった。



 「今、何か思い出せそうだった?」


 前世のことを思い出そうとする度、こうだ。一体俺が何に怯えているのか俺自身わからないが、全身に鳥肌が立ち過呼吸気味になってしまう。ローラ先輩はそんな俺の背中を擦ってくれていた。


 「……わからねぇ。誰かが、いるんだ。俺のことを呼ぶ誰かが。でも、思い出せない」


 どうして俺は、こんなにも前世のことを思い出せないのだろう。過去の記憶なんて段々と薄れてしまうものだが、確かに彼女の存在は忘れてはならないように感じるのだ。


 「もしかして貴方って……中々面白そうな人生を送っていたんじゃない?」


 ……一介のエロゲプレイヤーの人生に、そんな興味があるだろうか?

 山程エロゲを嗜んでいた紳士の人生なんて、とても満ち足りたものとは思えない。

 しかし……ローラ先輩は一体、俺の前世に何の期待をしているのだろう?



 少しでも面白い、続きが読みたいと思ってくださった方は是非ブックマークや評価で応援して頂けると、とても嬉しいです!

 何卒、よろしくお願いします!

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