最後の一日編⑯ 私は合法的にワキアと一緒にお風呂に入ることだって出来るのよ
十二月二十七日。俺は今日もノザクロでバイトに勤しんでいた。ノザクロは今日で仕事納めになるのだが、キルケとアルタは年末年始の温泉旅行の準備があるためお休みだ。ゆっくり温泉を楽しみやがれリア充どもめ!
そして今日、ノザクロのシフトに入っているのは、俺とマスターとレオさん、夢那、そしてこの冬に新しく仲間になったワキアである。ぶっちゃけそんなに忙しくもない冬のノザクロにこんなに人数はいらないのだが……今日はちょっとしたイベントが開かれようとしていた。
「エブリワァン……トゥデイはミー達のライブにカミングしてくれてベリーベリーサンキュー!」
と、マスターがマイクを握りながら意気揚々と話す。マスターが店内にピアノを置いたことでおしゃれなクラシックやジャズが流れていそうな雰囲気のあるカフェへと変わったが、本日はワキア(ピアノ)、レオさん(ドラム)、そして俺(ギター)の三人でちょっとしたライブを披露することになった。実際にジャズバンドが演奏を披露するカフェやクラブもあるが、あくまでノザクロの店員達による演奏だ。観覧するためにはドリンクを一つオーダーする必要があるが、前々からの告知を見たのかいつもより多くのお客さんが店内に詰めかけていた。
「続いてトゥデイのメンバーを紹介するよ! まずはこのノザクロのニューヴィーナス、ワキアー!」
「Foooooooooooooooo!」
いやテンション高いな二人とも。
「次はノザクロのミスター・アローン、レオナルドー!」
「誰がミスター・アローンだ! あと俺の名前はアルビレオだー!」
その怒りのツッコミ代わりにレオさんがドラムを叩く。
「そしてノザクロのミスター・プリズナー、ボローボーイ!」
「僕は何か犯罪を起こしたんですか!?」
女神、独り身、キッチン囚人の三人での演奏だ。俺とレオさんの二つ名が悲しすぎるのは気のせいだ、ワキアの引き立て役に過ぎない。
さて、MCを務めるマスターが場を盛り上げてくれたはいいものの、マスターは何か楽器を演奏するわけでもなく、俺達はノザクロの店内BGMとして曲を演奏するだけだ。ワキアの発案で人気歌手のナーリア・ルシエンテスのメドレーを演奏することになり、俺はマスターからアコギを借りて演奏に混ざっている。側で見ていてもワキアが奏でるピアノの音色は心惹かれるものがあるし、レオさんもちょっとかじっている程度とは言っていたが中々のドラム裁きだ。
いや~前世でちょっとだけギターかじってて良かったぜ。しかもナーリア・ルシエンテスの曲の殆どはネブスペ2のOP曲やED曲、さらには劇中曲としても使用されていて、前世の俺はそれをギターで弾いたりもしていたから緊張はあるものの弾くことは出来ている。
俺も前世で色んなエロゲに触れてきたが、やはりエロゲ音楽も好きだ。古いエロゲのサントラなんかは中々市場に出回らないから、アキバや中野のショップを巡ってプレミアがついたCDを買ったりしたものだ。アニメ化するほど人気になったエロゲソングがカラオケに収録されることはなくはないものの、やはり歌いたい曲が収録されていないことの方が多いのが残念なところ。
まぁ、エロゲというジャンルがジャンルなだけに、あまり表で扱いにくいのだろう。
「サンキューエブリワァン!」
俺達の演奏が終わると、マスターが再びマイクを握った。すると俺達の演奏を聞いてくれていたお客さん達が温かい拍手を送ってくれていたが、一番目立っているのは何もしていないマスターだった。
「ふー、初ライブにしては上々じゃねーかな」
「レオさんってドラム上手いんですね、意外です」
「お前がギター弾けるのも結構意外だけどな」
俺は前世でもよくそんなことを言われた気がする。良いだろうが、若気の至りでちょっとギターをかじって友達とバンド組んでも。
一方でワキアは演奏を聞いていたお客さん達から声をかけられて、それに笑顔で応対していた。ワキアが入院していた病院で時折ピアノを弾いていた時もそうだったが、ワキアは愛想を振りまくのが上手い。別に打算的というわけではないだろうが、なんて愛嬌のある子なんだとしみじみと思う。
そして俺やレオさんが片付けをしていると、ワキアに近づく長い銀髪の少女が一人。彼女の存在に気づいたワキアはパァッと眩しい笑顔で口を開いた。
「あ、ローラお姉さんだ!」
ワキアは気づいていなかったようだが、いつの間にかローラ先輩がノザクロを訪れていて、ココアを注文して席に座っていたのだ。
尻尾がついていたらブンブンと振っていたんじゃないかというぐらいワキアがローラ先輩の登場に喜ぶ中、ローラ先輩はワキアの頭を撫でながら言った。
「良い演奏だったわね、ワキア。ピアニストにならないなんてもったいないぐらいよ」
「私は堅苦しいのが苦手だから、こういうちょっとしたライブとかショーで気楽に演奏していたいな~」
ワキアも俺や夢那達と同様に冬の間だけの短期バイトだが、マスターは今後も定期的にピアノのミニコンサートを開催してワキアを呼ぶつもりだそうだ。まぁギターやドラムがいなくたってワキア一人で十分に映えるからな。
そんなミニコンサートも終わって閉店時間を迎え、片付けを終えたら後は帰宅するだけなのだが……マスターを残して裏口から出ると、ローラ先輩が外で待っていた。
「待っていたわ、ダーリン」
やめてくれよ、皆の前でそう呼ぶの。
「へぇ~烏夜先輩、ダーリンって呼ばれてるんだ~結構アツアツじゃ~ん」
「兄さんも中々隅に置けないね~」
ほら、こうやってワキアと夢那が悪ノリしてニヤニヤしながら俺の背中をツンツン突いてくるだろうが。
「ワキアちゃん。兄さんね、最近毎日のようにシャルロワ先輩の家に通ってるんだよ。でも全然朝帰りとかしないの」
「やーい意気地なしー」
「いわれもない誹謗中傷はやめて」
一方でレオさんだけは恨めしそうな目で俺のことを見ていた。
「はぁ……リア充めぇ、どうして俺の回りはリア充ばっかりなんだよぉ!」
それはそういう風にシナリオを組み立てたローラ先輩に言ってくれ。
さて、ワキア達には明かせない秘密の関係になってしまった俺とローラ先輩は、ノザクロからほど近いローラ先輩の別荘へと歩いて向かっていた。時折海から吹いてくる潮風に凍えていると、隣を歩くローラ先輩が口を開いた。
「……ワキアが可愛すぎて辛いわ。死にたい」
いや急にどうしたんだこの人。
「な、なんだ? ワキアが可愛いことは同意するが」
「ワキアにローラお姉さんって呼ばれて慕われることは、エレオノラ・シャルロワに転生して唯一良かった点かもしれないわね……ワキアったら私のことを見つけると、いつも子犬のように尻尾を振って駆け寄ってくるの……もう食べちゃいたいぐらいよ」
俺はいつものクールな雰囲気のローラ先輩に慣れているから、あまり前世の部分を表に出さないでくれ。イメージが崩れるし俺も未だに戸惑うんだ。
「アンタが拘りまくった妹キャラなんだろ? 何かアンタにとって一番のエピソードとかないのか?」
「そうね……何か思い出というよりは、合法的にワキアの体の肢体を触ることが出来たり、一緒にお風呂に入って彼女のあられもない姿を見ることが出来るのは、かなりの役得だと思ってるわ」
何か恐ろしいことを言っているような気がするが、大丈夫かこの人? 同性間でもセクハラは成立するんだぞ。
「なぁアンタ、いつかワキアを襲ったりしないよな?」
「そんなことしたらワキアに嫌われてしまうじゃない。はぁ、私がエレオノラ・シャルロワに転生することがわかっていたなら、ワキアが私の妹になるイベントが欲しかったわ……」
この人、前にも俺の妹である夢那を欲しがっていたし、どんだけ妹に貪欲なんだ。ローラ先輩自身にも妹が三人もいるのにそれでも満足できないなんて……特に気にしていなかったが、ローラ先輩に転生した人が女でまだ良かったと思う。
なんかこの悶えっぷりを見る限り、道を踏み外してしまうそうな未来も見えなくはないが。
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