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最後の一日編⑬ 自分が犠牲になってでも



 俺がこの世界に転生した、そのことに気づいたのはおよそ半年前、朽野乙女が月ノ宮を去った六月一日のことだ。勿論俺にはそれまで烏夜朧が歩んできた人生の記憶も持ち合わせているし、幼少期の彼の荒んだ家庭環境も思い出として残ってしまっている。

 烏夜朧はそんな過去を乗り越えて、いや周囲にそれを気づかれないようにバカっぽく振る舞っているが、それはあくまで烏夜朧というキャラが経験してきたことだ。俺はそれを他人から貰った記憶として覚えているだけで、記憶として思い出せてしまうのは嫌だがそんなに辛くはない。

 だが……ローラ先輩はどうなのだろう?


 「私は四、五歳の頃には前世の記憶が備わっていたわ。そして自分がどういう境遇にあるのか、どれだけ恵まれた環境にあるのか、なおかつどれだけ厳しい人生の中にあるのか、それを知らされることになった。

  私がどう足掻こうとも、そもそもエレオノラ・シャルロワがこの世に生を受けてから、シャルロワ家という家に生まれてしまったことにより、もう殆ど運命は決まっていたの」


 シャルロワ家は地球に居住する全てのネブラ人をまとめるリーダー的存在とされている実業家だが、ローラ先輩は決して環境に恵まれていたわけではない。一応長女という立場にあるが母親は前当主のティルザ爺さんの妾で、腹違いの妹であるロザリア先輩やクロエ先輩、メルシナの方が家柄は優れている。生まれた経緯が経緯だっただけにローラ先輩は消されてもおかしくなかったが、ローラ先輩はティルザ爺さん達への復讐のために並々ならぬ努力でシャルロワ家の当主として相応しい人間へとなったのだ。

 自業自得と言うべきか因果応報と言うべきか、奇しくもエレオノラ・シャルロワというキャラの人生をそう作り上げたおでんちゃん本人が、その過酷な人生をその身で経験させられることとなったのだ。


 「私は前世で色んな話を作り上げてきたけれど、創作上とはいえ私は多くの人々を苦しめ、そして物語の展開上必要だと思って何人もの命を奪ってきた。初代ネブスペやネブスペ2だってそう、彼女達を機械仕掛けの舞台装置だとしか思っていなかった私に、それが演出や演技でないと教えてくれたのよ」


 そう語るローラ先輩の表情は、彼女がおでんちゃんとしてではなくエレオノラ・シャルロワとしてネブスペ2の世界で歩んできた人生の壮絶さを表すかのように、思い詰めた様子で悲壮感を漂わせていた。

 ローラ先輩、いやおでんちゃんが経験させられた過去を報いと言っていいものか。もしかしたらエレオノラ・シャルロワというキャラが彼女に呪いでもかけたのかもしれない。

 じゃあ……自分が受けてきた仕打ちへの怨恨を、他人に向けて良いものだろうか?


 「じゃあ、アンタがスピカやムギに嫌がらせをしたのは腹いせや八つ当たりだったのか?」


 ローラ先輩に告白されてから俺は彼女と恋人という関係を続けてきたが、ローラ先輩のような美しい方が恋人だなんてという喜びと、シャルロワ家のご令嬢と付き合うだなんてという恐れ多さと、そして得体のしれないラスボスへの疑念がずっと俺の中で渦巻いていた。最近のローラ先輩は大分落ち着いているように見えたが、やはり腹の底は知れない。

 その後は丸く収まったとはいえ、スピカやムギを傷つけたことを俺は忘れていない。そのため俺の語気も少々強くなってしまったためか、こういう時でも涼しい顔をしているローラ先輩が俺から目を逸らして口を閉じていた。


 「そりゃ驚いたさ。本来原作だと全然関わってくるはずのないアンタがどうして第一部をメチャクチャにしてくれたのか。結局はアンタが自分で尻拭いをしてくれたから丸く収まった形になったが、アンタの気の迷いで死人が出ていた可能性もあるんだ。

  俺はただ聞きたい。あれは意味があってのことか?」


 彼女の境遇は理解する。その矛を自分に向けるか他人に向けるか、別の形に昇華させることが出来るか、理想を語ることは簡単でも全員が上手く解決出来るわけではないし、俺だってローラ先輩を責めたくはない。

 さぞかし彼女も辛かったことだろう。だが俺は、常に死を間近に感じながら生活していたのだ。どれだけ自分の気分を鎮めようとも自然と怒りが湧き上がって自分の体に震えを感じ、ネブスペ2の世界で生きてきた自分にもこれだけのストレスがかかっていたのかと気付かされた。



 ただ、沈黙の時間が過ぎていく。

 俺もローラ先輩も一言も喋らないまま、まだマグカップに残っているホットココアにも口をつけずに、それがただ冷えていくのを待っているしかなかった。

 一度は沸騰してしまった俺の怒りも自然と冷めていき、ローラ先輩を責めるのも慮られたが、彼女は俺から目を逸らしたまま……冷徹な雰囲気を漂わせながら口を開いた。


 「愛の力なんて、バカバカしいわ」


 それは、ネブスペ2の作中で何度もローラ先輩が口にする言葉だった。


 「永遠に続く愛なんて存在しない。気の迷いや己の過ちを愛という言葉に置き換える人間もいれば、そんな見えもしないものを自分の行動原理にする浅はかな人間もいるのに、自分が過去に大好きな人に感じたこの特別な感情を、自分が大嫌いな人間がのたまう愛なんていう言葉で片付けられたくなかった」


 ローラ先輩が前世の記憶を持っていると知ってから俺はこれまでの彼女の行いを思い返してみたが、俺は未だに烏夜朧というキャラのロールプレイは中途半端なのに、彼女のエレオノラ・シャルロワとしての演技は完璧だ。

 だがきっとそれは演技なんて代物じゃなかったのだろう。例え前世の記憶で自分がそうなることがわかっていても、運命に抗うことが出来なかった少女の本物の叫びだったのだ。


 「前世の私も私なりの愛の哲学を持っていたし、私が表現したい愛というものを自分の作品に投影したかった。

  私が自分で作り上げた架空の物語が、当事者として受け止めるとこんなにも辛いだなんて……前世の私はそんなことを一ミリも考えてなかったのでしょうね」


 ネブスペ2のヒロインの中で、一番生まれ変わりたくないとすれば誰だろう? ヒロインの殆どは八年前のビッグバン事件で家族や友人を失ったという辛い過去を持っているが、シャルロワ家の面々は幼少期からかなりの重圧に耐えながら過ごしてきたことだろう、特にローラ先輩は。


 「じゃあ、スピカやムギへの仕打ちはアンタのストレスが溜まりに溜まった結果だったのか?」

 「これは弁明にならないかもしれないけれど、私も私なりに試行錯誤していたのよ。私が彼女達の夢を挫いたら、その傷ついた心を貴方が癒やしてくれると思ったから」

 「俺が?」

 「えぇ。第一部主人公の大星が美空ルートに入ってしまったのに、レギー達三人のイベントも同時に進行している。そんな中で彼女達に襲いかかるトラブルに対処できるのは貴方ぐらいしかいなかったもの。

  でもどういうわけか貴方が私のことを庇ってしまったから、かなりややこしいことになってしまったのよ」


 俺はローラ先輩の非道な行いを目の前で見ていたが、それはとても信じられるものではなかった。確かに原作のローラ先輩ならやりかねないなとは納得してしまう部分もあるが、本来そんなイベントは原作で起こらないからだ。

 確かに俺がローラ先輩を庇わずに正直にスピカやムギに説明していれば……傷心気味の二人に寄り添った俺が二人と良い関係を築けるとローラ先輩は考えたのだろう。


 「じゃあ、アンタは……アンタ自身がスピカ達から嫌われてもいいって考えてたのか?」

 「そうよ」


 何だろう、この感覚は。

 なんてバカな覚悟なんだと俺は呆れてしまいそうだったが、俺はローラ先輩と全く同じ気持ちでスピカとムギに嘘をついて、ローラ先輩を庇ってしまったのだ。


 「……自己犠牲精神が過ぎるだろ」


 俺は自分とローラ先輩に呆れるように、そう吐き捨てた。あの頃は俺も大分精神的に追い詰められていたから、あんなに死ぬことが怖かったのにも関わらず、一周回って誰かのためなら死んでも良いやとさえ考えていたのだ。

 すると俺と視線を合わせようとしなかったローラ先輩はようやく俺と目を合わせると、自嘲気味に微笑みながら口を開いた。


 「案外似た者同士かもしれないわね、私達」

 「恐れ多いぜ、全く」


 俺には悪意たっぷりの行動にしか見えていなかったが、あの行動に意図があったなら、試行錯誤の結果なら俺もとやかく言うつもりはない。当事者のローラ先輩とスピカ達はとっくのとうに和解しているのだから。

 しかし、俺がローラ先輩に抱いている疑念は他にもある。


 

 「ムギが七夕祭のコンクールに応募した絵に色々と注文を付けた芸術家を覚えているか? あの後、あの芸術家は月見山の展望台で死んでいたが、それは本当にアンタの仕業じゃないのか?」


 七夕祭のコンクールでムギの絵に難癖をつけてきた芸術家の男は、何の前触れもなく月見山の展望台の下で死亡していた。公には転落による事故死と処理されているが……彼がローラ先輩と揉めていただけに、黒幕なんじゃないかという疑念がどこかにあった。

 しかし、ローラ先輩は首を横に振る。


 「信じてもらえるかわからないけれど、私、いやシャルロワ家はあの事故に関与していないわ。元々原作にも出てこない謎のキャラだから私もどうすればいいか悩んでいたけど、いなくなってくれてホッとした部分もあったわ。こんなことを言うのは不謹慎かもしれないけれど」

 

 シャルロワ家には色々と黒い噂があるが、俺に正体を明かしてくれたローラ先輩がそこまで隠す必要もないだろう。物語の展開を円滑にするために誰かを殺害するのもどうかとは思うが。

 ローラ先輩の答えを聞いても心のモヤモヤが晴れない俺に対し、彼女は「そういえば」と呟いて話し始めた。


 「貴方は月見山に出没する殺人鬼の噂を知ってるはずよね? 七夕祭の日に話していたもの」

 「あぁ、大星と美空が天体観測の夜に目撃したらしいんだ。俺は見たことないが……」

 「いえ、貴方もちゃんと見たはずよ。この世界からメルシナという存在を消そうとした殺人鬼がいたでしょう?」


 ローラ先輩にそう言われて俺はハッとした。

 

 「えっ、あいつが例の殺人鬼だったのか!?」

 「私はそう考えているけれど」

 「でも、原作にはあんなのいなかっただろ!?」

 「いえ、私の頭の中にはいたのよ。でも採用されなかった、いわば没データの亡霊といったところね」


 公に販売されているゲームから没データが見つかることは多々あるが、こういうエロゲ世界でも没データが出てくることあるの!? 没データが殺人鬼とか怖すぎるだろ。


 「私も最初は、この世界は原作ネブスペ2のシナリオに沿っているものかと思っていたけれど、私しか知り得ない隠しネタだとか情報が次々と出てくるの。まことしやかに噂されていた殺人鬼の存在で、私はようやく確信できたってところね」

 「じゃあ、なんでそんな奴がメルシナを狙ったんだ?」

 「そりゃ貴方を殺したかったからじゃない?」


 いやそんなへっちゃら顔で言うんじゃないよ、そんな物騒なことを。俺やメルシナの命がかかってたんだぞ。

 バグだの没データだの、ローラ先輩の推測が正しいのなら何ともゲームらしい理由ではあるが、メルシナを狙った殺人鬼に関する大きな謎があった。

 ローラ先輩に話すかどうか迷ったが、何かの手がかりになるかもしれないと思い、俺は覚悟を決めた。


 「なぁ、あの殺人鬼なんだが……前世の俺に似てるんだ、見た目が」


 あの時、メルシナを狙った少年の顔を一瞬だけ見ることが出来たが、瞬時に前世の俺だと気づいた。それまで、前世の自分の容姿なんて考えたこともなかったのに。

 ローラ先輩も半ば信じられないという様子だ。どうして没データが、しかも殺人鬼が俺に似ているんだ。もっとかっこいいポジションにいてほしかった。


 「前世の貴方ってあんなに若かった?」

 「それはわからないが、何か直感的にそう思ったんだ。あ、俺だって感じで」

 「貴方があんなに純粋そうで感じの良い少年だったなんて信じられないわね」

 「いや前世の俺だってそんな少年時代を過ごしてたかもしれないだろ! 多分……」


 ただの偶然なのだろうか。

 俺の前世が何か関係しているなら……も、もしかして俺の前世って殺人鬼!? いや、エロゲを嗜んでいた殺人鬼って肩書、最悪過ぎるだろ……。


 

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