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最後の一日編⑫ 私は、エレオノラ・シャルロワ



 前世の俺はネブスペ2の出来に十分満足していた。エロゲの中でも値は張る方だがボリューム満点だし、ローラ先輩の攻略には周回が必要とはいえスキップとかクイックセーブ・ロードを駆使すればそんなに時間がかかる作業でもない。選択肢が難しいだけで。

 しかし残念だった点とすれば、強いて言えば前作初代ネブスペの主人公やヒロインが登場しないこと。存在こそ醸し出されるものの、初代ネブスペよりも後の年代で舞台も一緒なのだから何かしらの関わりがあっても良かったはずなのだが……構想としては確かに存在していたようだ。


 俺はこの世界でコガネさん達を始めとした初代ネブスペのヒロインが成長した姿と実際に触れ合ってきて、やっぱり面白い人達だなと感じている。初代ネブスペでシャルロワ家と対立していた彼女達をどうローラ先輩達と絡ませるのか、彼女達も混じえてどんなエンディングが練られていたのか気になるところだが、おそらくこの世界ではもう迎えることの出来ないエンディングだ。

 何故なら、そのために必要な大事なピースが欠けてしまっているからだ。


 「でも、本当にここまでのシナリオがアンタの考えていた通りなのか? 乙女やベガがこの世界から消失することも、その大団円に必要なことなのか?」


 俺がそう問うと、ローラ先輩の表情が曇る。俺は彼女を責めたいわけではないが、原作者がどう考えようが自由だが、前世で一人の紳士としてネブスペ2を愛した俺にとっては、彼女達抜きでのエンディングなんて考えられなかった。

 そしてローラ先輩は小さく溜息をついた。


 「……ちなみに貴方は、どうして彼女達が消えたと思う?」

 「テミスさん達と少し話し合ってみたが、ゲーム特有のバグだと思ってる」

 「成程、悪くない考えだと思うわ。でも私が考えるに、容量不足が有力だと思ってる」

 「へ? 容量不足?」


 俺はそういうゲームの開発に携わった記憶はないが、その開発作業の中で起こり得る様々な問題の一つに容量というものがあるだろう。

 かつてのゲーム機なんかはゲームソフトの容量は何百メガバイトという時代もあって、容量が大きくなってしまった時の解決法として四枚も五枚もディスクを使うなんていう荒業もあったが、CD-ROMやDVD-ROMが一般的な時代になると容量は何倍も大きくなり、BDに至っては数十から百ギガバイトもの容量という時代になっている。

 そしてこのネブスペ2はDVD-ROMである。しかもシステムデータとゲームデータに分けられた二枚組。まぁそれだけの容量が必要なぐらいのボリュームだ、普通に考えてエロゲ三作分ぐらいのボリュームがあるのだから。

 だが、やはり二枚でもギリギリだったのだろう。


 「じゃ、じゃあこの世界にも容量があるって言うのか?」

 「さぁね。でも実際に開発段階で色々苦労したのよ、データを削っていく作業。イベントCGやテキストは削りたくないから、本当は入れたかったミニゲームとか後日談とか色々端折って無理矢理詰め込んでいったの。初期のテストプレイじゃもうバグばっかりだからかなり苦労したわ」

 「その中でヒロインの誰かが出てこなくなることもあったのか?」

 「いえ、大抵は進行不能バグね。フラグを上手く処理できなくてイベントが進まなかったり、本来とは違うルートに進んだりしたのよ。結局は容量不足に起因するものだったみたいだけど。

  もしこの世界のキャラが消えていくという現象の原因がそれじゃなかったら他に理由は思い浮かばないわね」


 そんな理由で消えるだなんてふざけるなと言いたくもなるが、ローラ先輩の推理はそこまで外れていないようにも思えた。やはりゲームにバグというものはつきものだし、エロゲも発売後に修正パッチが公式から出ることだってある。ネブスペ2も作中に誤字脱字なんかは見受けられたが、そんな致命的なバグは見たことがない。


 「ていうか、アンタは乙女やベガ達がこの世界から消えたことに気づいてるんだよな?」

 「えぇ、当たり前じゃない」

 「じゃあ、俺がベガ達を必死に探している時に、どうしてアンタは知らない振りをしたんだ?」


 第二部の終わりであり第三部の始まりである星河祭の日、俺はこの世界から忽然と姿を消してしまったベガの所在についてローラ先輩に問いただしたが、あの日のローラ先輩は知らぬ存ぜぬという受け答えしかしなかった。確かダムナティオ・メモリアエを引き合いに出していたか。だがあの時、ローラ先輩も気づいていたはずなのだ。

 するとローラ先輩は物憂げな表情で言う。


 「私だってベガがこの世界から消えたと知った時は驚いたわ。でも貴方からその知らせを聞いた時はとても信じられなかった、だってそんなこと普通ありえないじゃない。

  それに……この世界から存在を抹消されてしまったベガのことを覚えているのが私と貴方だけなんて、怖いじゃない。叔父様の件もそうだけど、どうして私だけじゃなくて貴方も覚えているのか、意味がわからなくて恐ろしかったわ」


 そうか。乙女達の消失はローラ先輩、いやおでんちゃんにとっても想定外の事態だったのだ。きっとその時の俺もローラ先輩だけが何故か乙女やベガ達のことを覚えていたなら恐怖を覚えていただろうし、何か勘ぐってしまっていたはずだ。まぁ俺は実際ローラ先輩のことを怪しく思っていたし……まさか彼女も転生者だったなんて、彼女に協力を仰ごうという考えさえあれば何か出来たかもしれないのが悔やまれる。


 「容量不足……じゃあ、本来原作にないイベントが多発してしまったから、この世界のキャパを超えてしまったということか?」

 「あくまで私が立てた仮説よ。一応烏夜朧がヒロインの誰かを寝取るイベントも構想としてはあったし、乙女やキルケ、カペラといったモブヒロイン達もアペンドで昇格させるつもりだった。でもこの世界で貴方がベガと交際することになり、そしてネブスペ2ではまだ実装されていなかったキルケルートにアルタが進んでしまったことが、ベガが消えてしまった理由かもしれないわね」


 朧を竿役にしようとしていたという話は初耳だが、この世界から消えてしまった三人は明らかに原作のシナリオから逸脱した行動を取っている。乙女は月ノ宮を離れてから戻ってくることも、連絡してくることすらもないし、ベガは朧と付き合うはずもないし、トニーさんの正体はトゥルーエンドの世界線以外で明かされることもない。


 そうなると、乙女とベガが消失してしまったのは俺が原因だ。俺はしきりに乙女と連絡を取ろうとして彼女を月ノ宮へ帰ってこさせようとした。俺はなんとしてでもトゥルーエンドの世界線へ行こうとしていたからそうしていたのだが、それが乙女の消える原因となった。

 だがベガが消えてしまうのなら、アルタやキルケも消えてもおかしくないはずだ。ネブスペ2にキルケルートなんて存在しないのだから。そしてその二人どころか、そもそもそのイベントを起こすきっかけとなった俺自身が消えてもおかしくない。

 

 もしかしたら、俺の大事な人が立て続けに消えてしまったのは、俺に対する当てつけや警告だったのかもしれない。

 ネブスペ2の世界が意思を持つとは考えられないが、ありえるとすれば……俺の目の前に座っている、この人の意思か。

 だが、俺がローラ先輩に聞きたいことは他にもある。


 「何か問い詰めたようになってすまない。俺はこの世界に転生してから、烏夜朧というキャラに迫る死から逃れるために色々と努力してきたが、原作とは全然違うイベントが何度も起きた。

  俺が好き勝手動いてしまったから色々と歯車が乱れてしまったかもしれない。でもアンタがこの世界の大団円を望むなら、そりゃ俺だって協力したいさ」


 ローラ先輩が言うアペンドというのは、きっと乙女やキルケといったネブスペ2では攻略することが出来なかったモブヒロイン達の昇格が含まれた内容だろう。それらを含めたさらに壮大なストーリーがあったなら俺も期待したいが、そう簡単に上手く進むとは思えない。

 その理由は……今、俺の正面に座るキャラにある。


 「ただ、二つだけ確認させてくれ。

  どうしてアンタは、第一部でスピカとムギに対して妨害行為を働いたんだ?

  そして、どうして第三部の始まりで一番先輩ではなく俺に告白したんだ?」


 他にも聞きたいことはあったが、俺は質問を二つに絞り込んだ。

 まず第一部にて、ローラ先輩はスピカが育てた幻の花ローズダイヤモンドを引きちぎり、そしてムギが乙女と共同で制作した七夕祭のコンクールに出展するための絵をビリビリに破って台無しにしてくれた。これらは本来ネブスペ2で起きるイベントではない。

 どうして、この人はわざわざ介入、しかも妨害とも思えるような行動をしてきたのか?

 そして第三部。何故原作に沿わずにモブキャラの俺に告白したのか? それまで多少の関わりはあったものの俺は何度かローラ先輩を怒らせたこともあったから、絶対に俺に惚れていたわけがない。

 なのにどうして、この人は俺に告白してきたのか?


 「面白い質問ね」


 するとローラ先輩は涼しい顔でマグカップに入ったココアに口をつけた。

 この雰囲気は……おでんちゃんじゃない。俺が今まで見てきた、ローラ先輩の冷徹な姿そのものだ。


 「私が転生に気づいたのは幼子の頃。確かに私には前世の記憶が備わっているから、この世界で何が起こるかを知っていた。勿論、ビッグバン事件もね」


 この世界の運命を変えようと思えば、いくらでもチャンスがあったはずなのだ。自らの苦しい境遇を打破しようという気概もあったことだろう、だが過去の歴史が原作ネブスペ2と全く相違ないということは、ローラ先輩の努力は全て水の泡に帰したということだ。

 彼女が俺をバッドエンドという地の底へ突き落とそうとしたのは、そのチャンスを掴もうという気持ちすら奪われたためだったのかもしれない。


 「私は一介のライター、おでんちゃんであると同時に、この世界で生を受けた麗しきご令嬢、エレオノラ・シャルロワでもあるの。

  貴方は……シャルロワ家という環境で育った私が、そんなまともな人間だと思っているのかしら?」


 俺は以前、トニーさんがこの世界から消失した時にローラ先輩の生い立ちを聞かされた。その生い立ちは原作で語られるものと同じものだった、中には前世の人格が存在したはずなのに。

 そう……おでんちゃんは、彼女自身が作り上げたエレオノラ・シャルロワが育った環境に、自ら苦しめられてしまったのだ。



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