最後の一日編⑤ 変態サンタのお兄さん
「おはよう、兄さん」
朝、目覚めると耳元から誰かの声が聞こえた。
横を見ると──自分の部屋のベッドで寝ているはずの俺の隣で、妹の夢那が笑顔で横になっていた。
「ぬおおおおおおっ!? 何してんの夢那!?」
俺が飛び上がってベッドから抜け出すと、夢那も起き上がってクスクスと笑いながら言う。
「だって兄さんったら、昨日せっかく帰ってきたのに大してボクのことも構わずに倒れるように寝ちゃったんだもん」
だとしても俺の寝床に忍び込む理由にはならないと思うが……だが今日は、夢那にとっても記念すべき、待ち望んだ一日なのだろう。
「どう、兄さん。十二月二十五日のクリスマス……自分の誕生日を迎えた感覚は?」
今日は十二月二十五日。世間一般ではクリスマスと呼ばれるめでたい一日だが、今日は烏夜朧の誕生日でもある。
そして……俺が、烏夜朧が今日も生存していることに、大きな意味があるのだ。
昨日、シャルロワ家主催のクリスマスパーティーの終わりに起きた事件の真相は、結局謎のままだ。確かに俺は拳銃を持った少年の姿を確認したし、シャルロワ家のSPも彼に向けて光線銃を撃ったはずなのだが、まるで幻だったかのように少年の姿は消えてしまっていた。監視カメラにもその姿は映っていないようで、他にも目撃者はいなかったらしい。
残されたのは、少年が持っていたと思しき拳銃、その拳銃から放たれた弾丸が着弾したと思しき石柱の弾痕、そしてその少年が殺害したと思しきおじさんの遺体だけだった。犯人であるはずの少年が完全にこの世界から消えてしまったかのようで、これらの事件はお蔵入りになりかねない。
まさか……ネブラ人の過激派が壊滅してしまったが故に現れた刺客とでも言うのだろうか。
「何だか不思議な感覚だよ。これから何をすれば良いのかわからない」
夢那と一緒に朝食のトーストを食べながら、そのパンの食感とバターの風味を感じながら俺は生を実感していた。
「でも、これでまだ終わりじゃないんでしょ?」
そう。昨日と今日は俺にとって大きな節目となるタイミングだったが、ネブスペ2はこれで終わりではない。
今日から、各ヒロインの個別ルートへ分岐するのだ。
「一番先輩は誰を選ぶんだろうね。あの人が三股するなんて信じられないよ」
「でも皆と結構良さげな感じだったよ?」
現状、ロザリア先輩、クロエ先輩、オライオン先輩の攻略は一番先輩にほぼ丸投げしているような状況だ。このまま一番先輩が三人を上手く攻略してくれたら良いのだが、あの一番先輩が俺みたいに三股を受け入れるとは思えない。誰か一人に絞って他二人はバッサリと振ってしまいそうだ。
まぁ現状俺もスピカやワキア達第一部や第二部のヒロインを振った状態にあるし、それでも問題なく物語は進んでいるのだから、一番先輩が上手く振ってくれたら後腐れない良い関係になるかもしれない。希望的観測だけど。
まさか今日を迎えることが出来るとは思っていなかったため今後の計画は全然練ってないが、流石に今日ぐらいはゆっくりしたい。
「最近、兄さんは忙しかったんだし少しは羽根を伸ばそうよ。せっかくのクリスマスで誕生日なんだし」
「……そうだね」
「というわけでそんな兄さんに誕生日プレゼント!」
丁度朝食を終えたタイミングで、夢那は俺への誕生日プレゼントをダイニングテーブルの上にゴトン、と置いた。ゴトン、と。
「あの、夢那。これ……」
「ダンベルだよ」
「いや見ればわかるけど」
夢那がダイニングテーブルの上に置いたのは、十キロと数字が書かれているダンベルだった。
「やっぱり色々と危ない橋を渡っている兄さんには鍛えてもらわないとねっ」
「あ、ありがとう……僕も鍛えることにするよ」
そういえば夢那って、作中最強クラスの怪物である美空に引けを取らないぐらいのパワー系ヒロインだったわ。こんなダンベルを軽々と持てる妹が味方であって良かったと俺は心の底から思っていた。
あぁ、生きているって素晴らしい。
俺は自転車に乗って真冬の凍えるような空気を体全体に感じながら、月ノ宮を駆け巡っていた。本当は俺のことを心配してくれていた夢那とゆっくり過ごしたかったが、今日はクリスマス。一昨日、月ノ宮や葉室を駆け回って買い集めたプレゼントを知り合い達に渡さなければならないのだ。
まずは海岸通り沿いのペンション『それい湯』に住んでいる大星達の元へ。
「メリークリスマス!」
「なんでサンタの格好してんだお前」
「いやクリスマスといえばサンタでしょ。プレゼントいらないの?」
「貰えるなら貰う」
「そんな大星君にはこれっ、銀のベ◯ザ」
「ぶっ飛ばすぞ」
「青のベ◯ザの方が良かった?」
「銀でも青でも黄色でもねぇんだよ」
どういうわけか俺の部屋には過去に朧が来ていたらしいサンタやトナカイのコスプレ衣装があって、生を実感して心が浮かれている俺はサンタの格好で自転車で外を駆け回っている。
「気を取り直して、大星にはこれっ、スマホケース」
「お、丁度買い替えようとしたところなんだ。普通に助かる」
「そして美空ちゃんにはこれっ、男の胃袋を掴む悩殺料理レシピ」
「やったね! これで大星の胃袋を握り潰せるよ!」
「いや潰すなよ」
長い付き合いだから結構安めでプレゼントを用意できてありがたい。調子乗って買いすぎたからな。
「そして誕生日おめでとう、朧っち! はい、これ私からの誕プレ」
「め、メガネ? 僕は別にそんなに目も悪くないけど」
「伊達メガネだよ。朧っちなら似合うんじゃない?」
「じゃあかけてみるよ」
「メガネサンタおじさんになったな。あ、ほらよ。俺からもくれてやるよ」
「あ、コントローラーのスタンド式充電器だ。丁度欲しかったんだよね~」
そして大星と美空の妹である晴と美月にもプレゼントを。
「あ、変態サンタお兄さんだ」
「何そのヤバそうな異名。晴ちゃんにははいこれっ、ネコのキーホルダー」
「何で私の好み知ってんの?」
「美月ちゃんにはこれっ、耳栓」
「これで隣の部屋からの音を防げてよく眠れるようになります……」
兄と姉達のイチャイチャっぷりを毎日のように見せつけられている二人は大変そうだ。
「朧さん、これ私からの誕生日プレセントです」
「えっ、クッキー!? 美月ちゃんの手作り!?」
「はい。最近は結構上手に作れるようになってきたんです」
「……晴ちゃんからは何かないのかな?」
「ほらっ」
「チ◯ッパチャップス!?」
「くれてやるだけ感謝しなさい」
今日俺が来ることを予告したわけではなかったのだが、こうして俺への誕プレを用意してくれて本当に嬉しい。
俺は美空から貰った伊達メガネをかけ、晴から貰ったチ◯ッパチャップスを舐めながら、同じく海岸通りにある喫茶店ノーザンクロスへ向かった。
「オー! ボローボーイじゃないか! メリークリスマス! ナイスなメガネだね!」
「メリークリスマスですマスター。このメガネはさっき貰ったんです。あ、これは僕からのささやかなプレゼントです」
「ベリーグッド! ナイスなサングラスだね」
なんで冬の間もサングラスつけてるんだろ、このおじさん。
「カラス、俺にもプレゼントないのか?」
「レオさんの分もちゃんと用意しておりますよ。これどうぞ」
「なになに……素人童◯の貴方におすすめの風◯の楽しみ方……って、なんてものよこしてくれるんだ! ちゃんと勉強させてもらうぞ!」
本当にそれで良いんですかレオさん。
「そしてボローボーイはトゥデイがバースデーだろう? これ、ミーからのプレゼントだよ。メナーと一緒に食べるとグッドだよ」
「美味しそうなケーキですね、ありがとうございます」
「カラス、俺からも誕プレだ」
「これダークマター☆スペシャルじゃないですか!」
お次は今日ノザクロのシフトに入っていて、丁度休憩中のアルタとキルケの元へ。
「やぁお二人さん。クリスマスバイトデートかい?」
「はいっ、そうなんです!」
「いやそうじゃないでしょキルケ」
「烏夜先輩ってメガネかけてましたっけ?」
「これはさっき友達から貰ったんだよ。そんな元気抜群のキルケちゃんにははいこれっ、聴診器」
「これでアルタさんとお医者さんごっこが出来ますねっ」」
「え?」
「アルタ君にはこれっ、ペンシルロケットの模型」
「あ、どうも」
占いが趣味でありながら医療関係への道を志しているキルケに冗談半分で聴診器をプレゼントしてみたが、何かアルタが何かに巻き込まれてしまいそうだ。まぁ二人には楽しんでもらおう。
「いつもお世話になっている烏夜先輩にもクリスマスプレゼントです!」
「占い全書……あ、これテミスさんが監修してるの!?」
「烏夜先輩は今日が誕生日でもあるんでしょ。はい、なんだかんだ貴方にはお世話になってるので」
「これは、巻き笛セット……!? とても嬉しいよ、ありがとうアルタ君!」
「そんなもので喜ぶ烏夜先輩が怖いですね」
いつもは素っ気ないアルタがこういう時に俺に対してもプレゼント用意してくれるの、凄く嬉しい。家で巻き笛拭きまくろ。
その後、一旦俺は家に帰宅して大星達から貰った誕プレやマスターから貰ったケーキを冷蔵庫に入れて、またメガネサンタのお兄さんとして自転車に跨ってまた街へと駆け出した。
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