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最後の一日編③ 一番不運な日



 ローラ先輩の挨拶が終わってから俺が何をしていたか、俺は全然覚えていない。多分乾杯の音頭をとった後、ローラ先輩に連れられて政財界の重鎮達への挨拶回りをしていたんだと思う。

 俺はジュースが入ったグラスを片手にローラ先輩と会場内を回っていたが、一口も喉を通る気がしなかった。


 「お疲れ様。一通り挨拶は終えたから、ゆっくりディナーでもいただきなさい」


 ローラ先輩の挨拶が終わってから軽く一時間は経っただろうか、ようやく挨拶回りが終わって俺は待望のディナーにありつけた。


 「はぁ……大変なんですね、上流階級の人達って。あ、このステーキ美味しいですね」

 「落ち着きなさい、貴方が今食べているのはソースがかけられた紙ナプキンよ」

 「ゲホッ、ゴホッ!」


 緊張のあまり俺は紙ナプキンにソースをかけて食べようとしていたらしい。

 パーティーで提供される料理には、月ノ宮周辺で飼育されているブランド牛やアイオーン星系原産の野菜や果物なんかも使用されているようで、時折目玉が飛び出るぐらい驚かされる見た目の料理なんかもある。完全に見た目が男女の局部に酷似した料理がチラホラと見受けられるが、これが当たり前とまかり通るのがエロゲ世界か。こんなものをおじさん達が喜んで食べている姿を見ていると、いかがわしいパーティーとしか思えない。


 「にしてもローラ先輩、凄いですね。あんな方達と顔見知りだなんて」

 「貴方も早く慣れなさい、今後はこういった集まりも増えるだろうから。ちなみに貴方は飛行機や船に酔うタイプ?」

 「いえ平気ですけど」

 「なら良かったわ。海外のパーティーに招かれることもあるし、豪華客船の中で開かれることもあるのよ。いつかは宇宙でもパーティーなんか出来たら楽しいわね」


 宇宙でパーティーかぁ、そんな時代もいつかは来るのかね。資金さえあれば宇宙旅行も難しくはないが、この世界も技術の進歩が早いから数年後には月や他の惑星への旅行なんてのも夢ではなさそうだ。

 


 緊張しすぎて忘れていたが、ネブスペ2原作では今日、烏夜朧が死亡するイベントが起きるはずだ。イベントが起きる時間まではわからないがパーティーの終盤だったはずだし、まだ余裕はある。それよりも前に俺の胃が緊張で死んでしまいそうだが。

 

 そして原作ではこのパーティーの会場であるホテルのエントランスに暴走した車が突っ込んでくるのだが、それを仕掛けたのはネブラ人の過激派。

 しかしこの世界では既にリーダーだったトニーさんはバグで消えてしまい、過激派のメンバーは総崩れとなり捕まったとローラ先輩は言っていた。じゃあそもそもそのイベントが起きるために必要なフラグは折れているのでは、とも考えられる。


 本来原作で起きたイベントが発生せずに烏夜朧が生き延びる可能性は高いように思えなくもない。だがその確信を持てないのは、どうあがいても烏夜朧は死んでしまう運命にあるのではないかという恐れもあるし、今日が終わるまで俺が本当に生き延びることが出来るのかわからないからだ。


 「朧お兄様?」

 「おわっ、あぁメルシナちゃんか」


 見たこともないカラフルな色合いの魚のソテーをモグモグと食べながら考え事をしていると、いつの間にかローラ先輩はいなくなっていてメルシナが側にいた。


 「朧お兄様ってアイオーン星系の食物も平気なんですか?」

 「うん、結構いけるよ。このお魚のソテーも独特の風味が癖になるね」

 「それはただの魚ではなくて、アイオーン星系の深海に生息するネブラドワーフの白子です」

 「そうなの!?」


 アイオーン星系って深海にドワーフ住んでるの!? それはもうドワーフってよりか深海人ってカテゴリだろ。しかもそんな人の形してる生物の精巣をソテーにして食っていたのかよ、ネブラ人は。

 でも美味いなぁ。ガチムチのドワーフの精巣って頭にあっても箸が止まらない。


 「そういえばメルシナちゃん。ローラ先輩がどこに行ったか知らない?」

 「お姉様はお手洗いに行くとおっしゃってましたよ。その間、一人で子犬のように寂しがっている朧お兄様を構ってあげるようメルは頼まれたのです」

 「くぅ~ん」

 「可愛くない子犬ですね」


 結構冷たいこと言うじゃんこの子。


 「メルシナちゃんもこういうパーティーには慣れてるの?」

 「大体の方はお姉様達にしか挨拶しないので、メルは美味しいご飯を食べてるだけですよ。後は恒例のビンゴ大会が楽しみなんです!」


 それ恒例なんだ。このパーティーに参加している上流階級の人達が浮かれながらビンゴ大会をやってる姿、全然想像つかないんだけど。


 「それにメルの今日の運勢は最高だったんですよ! 絶対に優勝してみせます!」

 「そ、そうなんだ……」


 メルの今日の運勢、最高なのか……この子はこの後何が起こるのかも知らずに、こんな無邪気に喜んでいてとても心苦しい。


 「それって星座占い?」

 「はいっ。朧お兄様って何座なんですか?」

 「僕はやぎ座だよ」

 

 俺がそう答えると、俺に明るい笑顔を見せてくれていたメルシナの表情が急に曇ってしまった。


 「あ、えっと……その、良いこともありますよ!」

 「いや何その反応!? 僕の占い結果どうだったの!?」

 「や、やぎ座の人は……天変地異に気をつけましょうっていう占いでした」

 

 どう気をつけろっての? 占いを担当した人は一体何を思ってそれを結果として出してしまったんだよ。そうなると逆にやぎ座の人間の存在が天変地異を引き起こす火種になってしまってるだろ。


 「でも大丈夫ですよ朧お兄様! ラッキーアイテムはシーラカンスの鱗だったはずです」

 「そんなもの手に入らないし持ち歩きたくないよ。ラッキーパーソンとかは?」

 「玄孫だそうです」

 

 それ自分が高祖父として玄孫を持ってないと成り立たないだろうが。それに当てはまる人がこの世界にどれだけいるんだよ。いや全員が誰かの玄孫と考えれば全員当てはまるのか。


 「でも最高にラッキーなメルが側にいればきっと大丈夫です!」

 「そ、そうだね……」

 

 いや天変地異を引き起こすかもしれない奴の側には絶対にいない方が良いと思う。

 俺も今日の占いは少し気になっていたが、もしも悪かったらそれがずっと頭に残って気分が沈んでしまいそうだったから、何も見ないで来たのだ。まさか自分がダントツ最下位だなんて、この後の自分の運命を表しているかのようだが……メルから少しだけ元気を貰えたような気がした。


 

 俺がメルシナと談笑していると、シャルロワ家の親族らしい人達を見かけてメルシナはどこかへ行ってしまい、彼女の行動を注視しつつも俺は一番先輩達の元へと向かった。


 「いや~やっぱりシャルロワ家が出す料理は美味しいね。何の食材使ってるか全然わかんないけど」


 一番先輩達の集まりの中で際立つぐらい華奢で幼女っぽい雰囲気のシロちゃんが、俺がさっき食べていたのと同じネブラドワーフの白子のソテーを食べていた。


 「理事長、この酢の物も美味しいですよ」

 「これ何だろ? ローザちゃんとか知ってる?」

 「見たことないわね」

 「これはネブラザルの睾丸。理事長が食べてるのはネブラドワーフの白子」


 意外とグルメに詳しいらしいクロエ先輩の一言で和やかな場が若干凍りついたように思えた。なんでこのパーティーには白子ばっかり用意されてるんだよ。


 「どうも理事長、それ美味しいですよね」

 「わかるー。こっちのハンバーグは食べた?」

 「なんですかそれ」

 「それはネブラトンボの幼虫をすり潰して成虫の肉と混ぜたハンバーグ」


 いや急に食欲が無くなってきたんだけど。トンボの幼虫ってヤゴのことだろうし、多分アイオーン星系に生息するネブラトンボも似たような見た目をしているはずだ。

 何かもうこうなると昆虫食の類だろ。俺も昆虫食には若干興味はあるが、幼虫をすり潰したって文言だけでもう鳥肌がヤバい。


 「ネブラトンボってかなりの珍味じゃなかったかしら。確かセリでもかなりの額になるはずよ」

 「ロザリア先輩も食べたことがあるんですか?」

 「昔、何も知らされずにハンバーグに混ぜられて食べたことはあったわ。二度と食べたくない」

 「ちなみにオライオン先輩は?」


 ロザリア先輩が露骨に嫌そうな顔をしていた一方で、オライオン先輩に至っては顔色が明らかに悪くなってガタガタと震えていた。

 いやそうだよな、そんなことも気にせずにパクパクと食ってるシロちゃんやクロエ先輩がおかしいだけだ。こんなものが高級品ってのも中々不思議な話だが。



 そんな白子だったり昆虫食地味た奇妙な、そして意外と美味しい料理に舌鼓を打って大分満腹になった後、俺はローラ先輩とメルシナを探した。メルシナは他の参加者達と談笑していたが、ローラ先輩の姿が見当たらない。


 「誰かを探しているのかしら?」

 「どわーい!?」


 背後から突然話しかけられて後ろを振り返ると、黒いドレス姿のローラ先輩が笑顔で佇んでいた。


 「まるではぐれた飼い主を探している子犬のようね。はい、お手」

 「ワン!」

 「プライドの欠片も無いわね、貴方」


 ローラ先輩だって俺のお手で満足そうに笑ってるんじゃないよ。こんなことやってたら俺とローラ先輩の関係が変に思われてしまう。


 「この後はいくつか余興があるのだけれど、貴方も何かやってみる気はない?」

 「恐れ多いですよ、こんな場では」

 「あら、それは残念。貴方は裸踊りが上手そうなのに」


 そんなこと言われても全然嬉しくない。この人は俺にどんだけ裸踊りを踊ってほしいんだよ。

 そして俺はローラ先輩に席に連れて行かれ、周囲のテーブルを政財界の重鎮が囲んでいる中、俺はローラ先輩の隣に座らされた。ダメだ、このポジションだとメルシナ達の姿があまり見えない。でもローラ先輩が俺のことを許嫁のように紹介してしまったから、ここから移動するのも躊躇われる。

 俺は仕方なく、緊張状態に置かれながらこのパーティーの余興としてジャズバンドによる演奏だとか落語家による寄席などを観覧し、そしてビンゴ大会が始まった。本当にやるんだこれ。

 

 ビンゴ大会では今日、一番運が良いと自負していたメルシナが順調にビンゴを開けてはしゃいでいる姿を遠目に見ていたが、天変地異を起こすほど運が悪いらしい俺はまばらに穴を開けることしか出来ず、大外れという結果だった。ちなみにローラ先輩もまぁまぁ外していた。

 その後もいくつかの余興が披露されたが、演目が一つ、また一つと進んでいく度に俺の胃がキリキリと痛みが強くなってくる。


 ネブスペ2原作では、パーティーの終わりにローラ先輩が挨拶をして、参加者達を見送るためエントランスに並んでいたところで暴走した車が突っ込んでくるはずだ。それはネブラ人の過激派が仕組んだことだったが、もう過激派は壊滅状態にある。

 ならば、もうそのイベントは起きないのだろうか。本当に起きないのだろうか?


 「どうかしたの?」

 

 焦りか、緊張か、恐怖か、その全てが襲いかかる俺は耐え難い極度の緊張状態にあり、隣に座るローラ先輩が俺を気にかけてくれた。


 「いえ……ちょっと体調が悪いだけです」

 「お腹でも壊したの?」

 「そ、そうかもしれませんね」

 「なら醜態を晒す前にトイレに行った方が良いんじゃないかしら」


 ここで俺が糞便を撒き散らすとかいうイベントはちょっと想像したくない。それはもう俺が社会的に死ぬことになってしまう。


 「では、お言葉に甘えて」


 もう余興も終わってローラ先輩が挨拶をするタイミングのため、あまり長くトイレに籠もっているとメルシナのイベントを逃してしまう可能性がある。

 俺はローラ先輩達に断りを入れて席を立ち、会場の外にあるトイレへ大急ぎで駆け込んだ。



 あぁ……俺の、ていうか烏夜朧の胃腸は今まで多くの修羅場をかいくぐってきたから丈夫だと思っていたが、今まで経験してきた数々のイベントで大分疲弊していたのかもしれない。


 「おやおや、これは噂の旦那様ではないか」


 俺が用を足し終えてトイレの個室から出ると、同じく用を足しに来ていたらしい中年ぐらいのハゲ頭のおじさんに声をかけられた。そういえばさっきローラ先輩と挨拶回りをしていた時にこのおじさんと少し話したような気がする。確か半導体製造の会社を立ち上げて成功した実業家なんだっけ。


 「あぁどうも、旦那様だなんて恐れ多いですよ」

 「いやいや、あのお嬢様のお眼鏡に叶うだなんて大した玉じゃないか」

 「そんなことないですよ」


 なんて話ながら手洗い場へ向かうと、おじさんはゴシゴシと手を洗いながら、しみじみと何かを懐かしんでいるかのような表情で言う。


 「これはお節介かもしれないがね、君があのお嬢様のことを好いているなら、とことんアピールしてやりなさい。

  私は若い頃に事業に成功して、金を見せびらかして女をたくさん作ってきたが……女を金で買おうとした私に人生のパートナーなんて出来やしなかった。孤独を寂しく感じることはないが、人生のパートナーがいる方がより彩りのある人生になるんじゃないかと、時たま考えさせられることがあるよ」


 所謂成金と呼べるぐらいには一代で財を成した成功者だったのだろうが、プライベートではあまり上手くいかなかったようだ。大金が手に入ると使い方を間違えちゃう人もいるし、全ての人が成功するわけじゃないだろう。


 「若いってのはいいもんだよ。あのお嬢様はまだ若いのに大変な立場にあるんだから、君も支えてやっておくれ」

 「はい、肝に銘じます」


 そう言っておじさんはガハハと笑いながら先にトイレから立ち去った。何かだらだらと自慢話をされるのかと思ったが、何だか良いおじさんだったなぁ。やっぱり自分より長く人生を経験している人の言葉は重みが違う。

 人生のパートナー、か……それはまず今日を乗り越えられないと、考えられそうにない話だ。



 なんて考えながらトイレを出ようとしたその時、トイレの出口で人が倒れていることに気がついた。倒れていたのは、さっき俺と話していたおじさんだ。

 しかも、その体から大量の血を流して──。


 少しでも面白い、続きが読みたいと思ってくださった方は是非ブックマークや評価で応援して頂けると、とても嬉しいです!

 何卒、よろしくお願いします!

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