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最後の一日編① クリスマス・イヴ



 クリスマスとは、本来イエス・キリストの降誕を記念するお祭りであるが、日本ではもっぱらそのシーズンになると店頭にクリスマスツリー等の飾りつけが施されたり、街にはクリスマスソングが流れ、そして家族や友人、恋人と普段より豪勢な食事やクリスマスケーキを食べてちょっとしたお祝いムードを楽しむものだ。


 でも、私はクリスマスに良い思い出がない。

 私にとって最初で最後の、短い恋の終わりを告げられた記憶が色濃く残っているからだ。


 『今からバス停に来れるか?』


 彼から連絡が来たのは、クリスマス当日の夕方のことだった。私は夜にでも彼の家に押しかけてやろうかと思っていたのに、向こうからお誘いが来るなんて意外だった。あぁ見えて結構奥手のくせに。

 支度するから待ってと断りを入れて少しは気合い入れておめかししようとしたのに、あいつはせっかちだから早く来いって急かして、私は仕方なく手短に済ませてバス停へと向かった。



 鉄道も通っていないような田舎町だから、ちょっと街に買い物や遊びに行きたいなら親に車で送ってもらうか、あまり便利でもないバスを使うしかない。彼は原付を持ってるけど、危ないからって私を乗せようとはしてくれない。

 私と彼は恋人という関係にあるものの、その実は恋人ごっこと呼べるぐらいの、恋に憧れた子どもが幼心に始めたごっこ遊びという他ない。なんとなくデートに行って、なんとなくウィンドウショッピングをして、なんとなくファミレスでご飯を食べて、なんとなく寂れた田舎の遊園地に行って、なんとなく海岸を歩いたりして……あんなに憧れていた恋がこんなに難しいだなんて思わなかった。


 『こんなところで物憂げになっちゃって、物語の主人公にでもなったつもり~?』


 彼はバス停で一人、キャリーケースを片手にセンチメンタルな表情で空を見上げて佇んでいた。私が声をかけると彼はこっちを見たけど、私の超キレッキレなからかいに笑いもしなかったため、彼の背中をバンバンと叩いて言ってやった。


 『やっほ~そんな荷物持ってどうしたのん?』


 彼がキャリーケースを持っている姿なんて修学旅行ぐらいでしか見たことがない。これから私をデートに誘う……向こうから誘ってくるだなんて珍しいと思っていたけれど、とてもそんな雰囲気や荷物の量には思えなかった。

 そんな彼を私が不思議がっていると、彼は溜息をついてようやく口を開いた。


 『何か飲むか?』

 『ホットココア』

 『たまには俺に奢ろうという考えはないのか?』

 『私は奢ってだなんて言ってないし~』

 『あいあい』


 ちょっと文句を言いつつも、彼は自分と私の分のホットココアの缶を自販機で購入して片方を私に渡してきた。やっぱり夏も冬もココアは美味しいね。コーヒーみたいな泥水や紅茶みたいな変な匂いのお茶を飲むだなんて信じられない。


 『んで、そろそろ私を呼び出した理由を教えてほしいところなんだけど?』


 彼と遊ぶ時は大体私の方から勝手に予定を決めて呼び出していたけれど、絶対にデートのお誘いでないことはわかっていた。キャリーケースなんて旅行に行くときぐらいにしか使わないものだと思っていたけれど、その旅立ちのためにわざわざ私を呼び出すとも思えなかった。

 今の彼の様子を見る限り、今日はそういう浮かれた用事ではないということに、私は薄々と気づき始めていたからだ。いつもはひょうひょうとしている彼だけど、私から目をそらすと伏し目がちに口を開いた。


 『俺、引っ越すんだ』


 引っ越す?

 

 『え、なんて?』


 彼の言葉はしっかりと耳に届いていたはずなのに、その言葉を信じられなかった私はもう一度聞き返した。


 『俺、引っ越すことになったんだ。お袋の実家に』

 『な、なんで?』

 『親父とお袋が離婚したからだよ』


 彼の両親の仲が悪化していることは私も知っていた。確か彼のお父さんの方の浮気に始まって、今は殆ど別居状態にあって……受験シーズンだから彼にストレスがかからないように表立って喧嘩はしていなかったようだけど、遅かれ早かれ離婚するものだと近所では噂されていた。


 『えっと、ちなみにどこに引っ越すの?』

 『千葉だよ。九十九里浜の端っこって言ってた』


 ここから千葉の端っこってなると、車と飛行機を使って成田まで四時間ぐらいかな。そこからさらに移動するってなるともっと時間もかかる。


 『そんな……も、もしかして今から行くの?』

 『あぁ。空港までのバスに乗り換えて、飛行機に乗る』

 『そんな、急過ぎるよ!』


 彼の家庭環境については私もずっと気になっていた。近所ではずっと噂になっていたし、学生にとって大事な受験シーズンでもあるから彼が気を病んでいないか心配だった。

 ……でも、私に何も出来るわけがなかった。


 『年末だし色々忙しくなるから、かなり大急ぎで俺達も準備したんだ。でもお袋にわがまま言って、俺だけは少しだけ出発のタイミングを遅らせてもらったんだ。こんな時期だしどこもかしこも混んでるから丁度良かったし』

 『ほ、ホントに行っちゃうの? せめて、予め何か伝えてくれてたらお別れ会だって開けたよ! なのに──』


 もうすぐ卒業というタイミングだったけれど、彼と離れ離れになるなんていう事態を私は想定していなかった。どれだけその道が険しくても、私は彼の側を離れないつもりでいたからだ。

 自分の両親を説得しないといけないけれど、私だって頑張れば──私はまだ彼にすがろうとしたけれど、彼は私から顔を背けたまま言った。

 

 『やめてくれ』


 それは、いつも私のわがままをなんだかんだ聞いてくれていた彼の、初めての拒絶だった。


 『俺だって寂しいさ。卒業するまでこっちに残させてくれってお袋にも頼み込んだ。でも、今日がギリギリのタイミングだったんだ。

  でも、せめて最後は……お前の顔が見たかったんだ』


 私は、どんな反応をすればわからなかった。

 いつもはクールを気取って素直な気持ちを伝えてこない彼がそんなことを言ってくれるなんて、驚きと喜びで心が浮かれてしまいそう。

 でも、これが最後なのだ。


 

 小さい頃、彼と出会った時のことを、私は覚えていない。最初は一緒のクラスの男子ってだけで、あまり会話した覚えもなかった。良く言えば大人しい子で、悪く言えば暗い感じの子。年不相応ってぐらいに落ち着いているなぁって、それぐらいの微かなイメージ。


 でも、私が金持ちの男子に逆恨みされていじめられていた時、偶然その場を通りすがった彼が助けてくれたのだ。いや、助けてくれたってのはちょっと違うかもしれない。だって彼ったらいじめっ子達をこてんぱんにしてくれるのかと思いきや、逆に手も足も出ずにボコボコにされちゃってたんだから。

 あまりにも酷いぐらいボコボコにされちゃってたから、私もつい笑っちゃった記憶がある。でも……あの時、私の味方でいてくれたのは、彼だけだった。


 彼が唯一の味方でいてくれたから、それだけを楽しみに私は学校に通っていた。彼も喧嘩を続けている内にまぁまぁ強くなっていっちゃって、いつの間にか私へのいじめとか関係なくただ単に男同士の勝負としての殴り合いに変わっていってしまったから、男ってのは本当にわかんない。結局彼は最後の勝負でも見事に負けてたけど、格好良かったと思うよ、私は。


 私が彼に恋をしてしまったのは、必然的なことだったのかもしれない。小さい頃は私にとって唯一の話し相手だったし、いじめがなくなった後もずっと私にお節介を焼き続けていた。彼は格好つけようとしても全然格好がつかないから台無しになっちゃうけど、真っ直ぐに生きる彼のことを好きになっていた。

 いつの間にか腐れ縁って言えるぐらいの関係になっていたけれど……それも、今日で終わり?


 『そんな顔するなよ』


 いつの間にか彼との思い出に浸り、そして現実を受け止めてしまった私は涙を流してしまっていた。彼は笑いながら、私の頭を撫でてくる。


 『もー、私はもう子どもじゃないよ!』

 『そんなことですぐにプンプンと怒るぐらいには子どもだろうが』


 そうこうしている内に、バスが近づいてくるのが見えた。いつもは時刻表よりちょっと遅れてくるバスが、こういう時に限って定刻通りにやって来る。


 『じゃあな。お前と一緒にいられて、俺は幸せだったよ』


 やめてよ、そんな最後みたいなお別れ。

 でも、彼はもうこの時すでに、私達の関係の終わりを察していたのかもしれない。


 『待ってよ、入夏』


 バスが到着すると同時に私に背を向けた入夏の右腕を掴んで、私は引き止めた。


 『私、入夏には感謝してるんだよ、とっても。私のことを助けてくれて、変なわがままにも付き合ってくれて、クールぶってるのにすごく気遣ってくれて……』

 『クールぶってるは余計だ』

 『入夏のおかげで私は楽しい学校生活を送れていたし、夢を持つことも出来た。だから、だから……』


 あまりにも急な話だったから、私もすぐに別れの言葉なんて伝えられない。乗客が全然乗っていないバスが入夏のことを待っていたから、私は彼の腕を離して口を開いた。


 『ありがとう、入夏。入夏のおかげで、私も幸せだったよ』


 私には、勇気がなかった。

 勿論感謝も伝えたかった。でも、一番伝えたいことを伝えることは出来なかった。


 『俺も、お前からそれが聞けて嬉しいよ』


 そう言って、入夏は私から顔を背けたままバスに乗り込んで、バスは出発した。


 『入夏……』


 バスの一番後ろの席に座った彼の後頭部が見えた。それを見た私は、走り出さずにはいられなかった。


 『入夏!』


 私はバスが止まらないことも、それに自分の足が到底追いつかないことも知っていたはずだった。私がヘトヘトの状態で次のバス停に着いた時には、もうバスの姿は見えなくなってしまっていた。


 『入夏……!』


 それは、私と入夏の恋人ごっこの終わりの時だった。

 頑張って手を繋ぐことはあっても、私の勇気はそこまで。キスもしなかったし、それ以上のことなんて夢のまた夢のようなことだった。


 思えば私から無理矢理恋人ごっこに誘っただけで、彼が私のことを恋人と思ってくれていたのかもわからない。でもこうして最後に呼んでくれるくらいには、大切に思ってくれていたんだ。


 もしも私が、最後に勇気を振り絞って、この気持ちを直接伝えられていたら、それを行動に移せていたら……未来は変わった?

 でも今更、そんなことを考える必要ある?

 もう、これで恋人ごっこはおしまいなんだから……。


 今生の別れというわけではない。今の時代、携帯を使えば連絡を取ることだって難しくない。

 入夏と別れてから、年始まで私はしつこいぐらいに彼に電話をかけたりメールを送ったりした。でも受験が間近に迫ると段々と携帯に触ることも少なくなって、二ヶ月ぐらい経ってから大学に合格したことを伝えると、入夏も祝福してくれた。

 

 大学に入ってからも入夏とは連絡を取り続けたけれど、距離もあったから全然会うことも出来ず、大学で出来た友達と遊ぶことも増えて入夏と疎遠になっていき、いつの間にか私から連絡をすることすらなくなった。

 私に、遠距離恋愛なんて出来るはずがなかったんだ。


 これで私の物語はおしまい……?



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 クリスマスとは、本来イエス・キリストの降誕を記念するお祭りであるが、日本ではもっぱらそのシーズンになると店頭にクリスマスツリー等の飾りつけが施されたり、街にはクリスマスソングが流れ、そして家族や友人、恋人と普段より豪勢な食事やクリスマスケーキを食べてちょっとしたお祝いムードを楽しむものだ。

 そしてその前日であるクリスマスイヴだが、本来イヴというのはクリスマス当日の夜を指し示す言葉なのだが、日本ではもっぱら十二月二十四日をこう呼んでいる。

 こんなシーズンになると、夜にスーパーやコンビニへ行くと売れ残ったオードブルやケーキが安売りされているから、ちょっとした贅沢が出来たりするのだが……こんなに憂鬱なクリスマスイヴは初めてだ。


 「本当に、一人で行くの?」


 夕方から開かれるシャルロワ家のパーティーに備えて慣れないスーツで身だしなみを整えていると、夢那が心配そうな面持ちで言う。


 「うん。夢那は僕の無事を願ってくれるだけでいい」


 夢那は俺のことを心配してパーティー会場までついてこようとしてくれていたが、会場で何が起こるかわからないため家に待機してもらうことにした。

 すると出発前、夢那は俺の体に抱きついてきた。


 「絶対に生きて帰ってきてね、兄さん」


 この世界で生活して段々感覚が狂ってきていた俺は、メルシナのためなら死んでも構わないと思うこともあった。

 でも、夢那を残して死にたくはない。それに、ローラ先輩のためにも。

 もしここまでの物語が夢那やローラ先輩を絶望の淵に突き落とすために作り上げられたものなら、俺が絶対に破壊して見せる。


 「じゃあ行ってくるよ、夢那」


 そして俺は家を出て、マンションの前で待機していたシャルロワ家の車に乗せられて、葉室市内のパーティー会場へと向かった。



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 何卒、よろしくお願いします!

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