ビッグバン事件の真犯人
突然ノザクロに現れたメルシナは俺と二人きりで話がしたいとのことで、夢那達をノザクロに残したまま俺はメルシナと二人で海岸通りを歩いていた。
真冬に海水浴を楽しむような変わり者はいないが、サーファーにとっては良い波が来る海岸ということでこんな時期でもサーファーをちらほらと見かけるし、そういうお客さんがノザクロにもやって来る。
「もうクリスマスが近いですけど、まだローラお姉様へのプレゼントが決まってないんです」
黒セーラー服の上から白のダッフルコートを着たメルシナが俺の隣を歩きながら言う。俺の頭には明後日のことしかないが、その次の日はクリスマスだ。
そういえば、プレゼントとか全く考えてなかった。
「メルシナちゃんはお姉さん達とプレゼント交換したりするの?」
「はいっ。去年はローラお姉様からはこのリボンを、ローザお姉様からは指輪を、クロエお姉様からはドリームキャッチャーをプレゼントされました」
ドリームキャッチャーって、インディアンが使ってる魔除けの道具みたいなやつか。メルシナは頭に黄色いリボンをつけているし、右手の小指に銀色の指輪をつけている。何かそれぞれ三人らしいプレゼントを贈っているように思えるな。
「ちなみにメルシナちゃんはお姉さん達に何をプレゼントしたの?」
「ローラお姉様には黒薔薇の髪飾りを、ローザお姉様には髪留めのリボンを、クロエお姉様にはルーマニアから仕入れた黒魔術の本をプレゼントしましたよ」
ローラ先輩やロザリア先輩がつけてる髪飾りやリボンってメルシナがプレゼントしたやつだったのか。そしてメルシナはどういうルートで黒魔術の本をルーマニアから仕入れたんだよ。
「今年はローザお姉様には最近流行しているコスメグッズを、クロエお姉様には人魚のミイラをプレゼントしようと思ってるんですけど、ローラお姉様に何をプレゼントしようか迷ってまして……」
俺はまずクリスマスイヴを乗り越えられるかどうかという大きな関門があるため何も考えてなかったが、クリスマスプレゼントを贈りたい相手がメチャクチャいる。幸いにも俺のノザクロでのバイトの初出勤はクリスマス当日で、明日は予定を空けてある。だから明日、迎えられるかもわからないクリスマスのために俺はプレゼントを買い集めなければならないのか。
「確かに僕も迷っているよ。化粧品とかを贈るのも何だか恐れ多いし、まだローラ先輩の好みも把握できてないから……でも、メルシナちゃんからプレゼントを貰えるだけでローラ先輩は喜んでくれるだろうけどね」
「では古代アステカで使われていた呪具でも喜んでくれるでしょうか?」
「それはちょっとわかんない」
メルシナ、大分クロエ先輩から影響受けてるだろ。それで喜ぶのクロエ先輩だけだぞ。
その後もメルシナと様々な案を出し合ったが、やはりメルシナにとってもローラ先輩へのプレゼントを考えるのは中々難しいようで、安牌なのは新しい髪飾りをプレゼントすることだろうが、もっと特別なものを贈りたいという。
メルシナがこれだけ真剣に考えてくれているというだけで、彼女を溺愛しているローラ先輩は喜んでくれそうなものだが、やはりローラ先輩は家族だけでなくシャルロワ財閥の関係者達から色々なものをプレゼントされるのだろう。その高級さに一学生である俺が敵うわけがない。
確か原作だと、第三部の主人公である一番先輩は個別ルートに入ったヒロイン一人にプレゼントを贈るはずだ。ロザリア先輩には星柄のエプロンを、クロエ先輩には一番先輩の祖父が撮影したというUFOの写真を、オライオン先輩には星柄のクッションを、そしてローラ先輩には……天体望遠鏡をプレゼントしていたような気がする。今回はローラ先輩以外の三人に贈るのだろうか、結構な出費になりそう。
「ローラ先輩ってさ、天体望遠鏡とか持ってるの?」
「そういえば、最近少し見えづらくなったとおっしゃってました」
「じゃあメルシナちゃんが新しくプレゼントしたら良いんじゃない?」
天体望遠鏡も高性能なものになるとちょっと勇気のいる金額になるのもあるが、バイトとかしていないメルシナでもお小遣いで買えそうな金額だ。やっぱりシャルロワ家ってなると月々のお小遣いも破格だろうし。
しかし、メルシナは俺の隣を歩きながら少し表情を曇らせて言う。
「でも、ローラお姉様が使っている望遠鏡は、八年前に大切な方から貰ったそうなんです。性能とかそういう問題ではなくて、ローラお姉様にとって思い出の品だと思うので……」
あぁ、そうか。
八年前、ローラ先輩は初恋の相手から望遠鏡を貰い、それをずっと大切に使っていたのだ。一番先輩はその背景を知らずにただ新調してあげようという善意でローラ先輩に望遠鏡をプレゼントして、そこで彼女の初恋を知らされることになる。
「じゃあ、メルシナちゃんが新しい思い出をローラ先輩にプレゼントしたら良い」
ローラ先輩は、今も八年前に見た幻想から抜け出すことが出来ていない。今の俺との関係もその代用に過ぎないだろう。
だが、天体望遠鏡をプレゼントするのは俺の役目じゃない。
俺は……歪な関係のシャルロワ四姉妹の間に、絆を生み出さなければならない。
しかし──。
「無理です、メルには」
隣を歩いていたメルシナが突然足を止めて、顔をうつむかせてそう呟いた。
「メルは、ローラお姉様から大切な人を奪ってしまったのですから」
そう言ってメルシナがポロポロと涙をこぼして泣き始めてしまったため、俺は慌てて彼女に問いかけた。
「ど、どういう意味だい? 何があったの?」
まさか。
まさか、俺に話すつもりなのか?
八年前、大爆発を起こした宇宙船の中で、その引き金を引いてしまったことを──。
「──八年前。病に倒れたお母様のために薬を作ろうと思って、メルは宇宙船の中に忍び込んだのです。宇宙船の区画の中に、アイオーン星系原産の様々な薬草が栽培されている植物園があることを知っていたので……そこには幻の花、ローズダイヤモンドも咲いていたので、それもプレゼントしようと考えていました」
かつて月ノ宮海岸に保管されていたネブラ人の巨大な宇宙船は側で観覧することは出来たが、中は立入禁止だった。あの宇宙船を管理していた旧月研の職員ですら中に入ることは許されておらず、入れるのはシャルロワ家の関係者と、ネブラ人の王族の末裔でありベガやワキアの父親であるハーキュリーズさんを始めとした琴ヶ岡家の関係者のみだった。
「メルもお姉様やお父様と一緒に何度か中に入ったこともありますし、構造は把握していたので迷うことはなかったのですが……あの日、お父様を始めとしたシャルロワ家の重鎮達やハーキュリーズおじさんと、知らない方々が何やら秘密の会合をしていたんです。メルはこっそり聞いていたんですけど、この地球を支配するだとか人類を奴隷化するだとか、怖い話が聞こえてきて……」
まだ幼かった当時のメルシナには難しい話だったはずだが、シャルロワ家で高度な教育を受けていたばかりにある程度理解できてしまったのだろう。あの日、ティルザ爺さん達と過激派が話し合っていた計画の内容を。
「メルのお父様達は反対していたようなのですが、やがて中で争いが起きて……メルも見つかってしまい、出口も封じられて、光線銃を持った人達に追いかけられました。
そこでメルを助けてくれたのが、ローラお姉様の大切な人……いるかお兄様だったんです」
……。
……え、いるか?
ローラ先輩の初恋の相手の存在自体は原作のネブスペ2でも出てくるが、ネームドキャラではなかったはずだ。え、いるかって名前なの? 確か俺の前世の名前も入夏のはずだぞ、何その共通点。
しかし俺は口を挟まずに、まずはメルシナの話を聞くことにした。
「いるかお兄様はメルを小部屋に逃がしてくれて、ネブラ人の過激派が恐ろしい計画を企んでいることを教えてくれました。そして、いるかお兄様がその計画を阻止するために忍び込んだことも。
その方法が、あの宇宙船を爆発させることだったのです」
いやそんな恐ろしい計画を阻止するために一人で忍び込むとか、主人公過ぎるだろそいつ。
「以前から宇宙船に自爆装置がついているなんていう噂も流れていましたが、メルもお父様から聞いたことがあったんです。宇宙を旅する途中で宇宙船の中で争いが起きた場合、自爆することになっていたらしいので……メルはいるかお兄様を機関室へ案内して、ボタンの場所を教えました。
でも、自爆ボタンがそう簡単に押せるわけがありません。定められたコードを入力しなければボタンは出てこないのですが、どういうわけかいるかお兄様はコードを知っていたんです」
ネブラ人は大戦で荒廃したアイオーン星系から脱出し、長い間宇宙船という狭い世界での生活を余儀なくされた。百年以上もの間、その中で文明を保っていたというのも驚きだが、いくらネブラ人の宇宙船が巨大とはいえ、そんな閉鎖空間で人々がまともな精神状態を保てるわけがない。
その時のために、同じ船団の同胞達に被害が及ばぬように、宇宙船には自爆装置が備わっていたのだ。
「そして──追手が機関室に入ってきたので、メルといるかお兄様はボタンを押して、宇宙船を爆発させました」
月ノ宮町東部の住宅街を壊滅させ、数百人以上の死傷者を出した大惨事。病に倒れた母親のために薬を作ろうと宇宙船に忍び込んだメルシナと、ネブラ人の一派の恐ろしい企みを阻止するために戦った一人の少年が、その引き金を引いたのだ。
「でも……メルは、爆発があんなに大きいものになるとは思ってなかったんです。きっといるかお兄様もそう思っていたでしょう」
自爆装置として詰め込まれていた爆薬の爆発力もさることながら、ネブラ人が使用していた未知の物質とも化学反応を起こしてさらに爆発の威力が広がったという。
「それが、あんなことになるなんて……」
ずっと涙目だったメルシナの堤防がとうとう決壊し、また大粒の涙を流し始めた。
「メルシナちゃんが気負うことじゃないよ、それは」
俺はそう言って、体を震わせて泣いているメルシナの頭を撫でる。
ビッグバン事件の責任をメルシナに背負わせるのは、あまりにも酷な話だ。本来立入禁止の宇宙船に忍び込んではいるが、良からぬことを企んでいたネブラ人の過激派がいなければ、こんな事件は起きなかっただろう。
メルシナの証言によれば、宇宙船内でティルザ爺さん達と会合していたネブラ人の過激派は光線銃で武装していたという。もし交渉が決裂したら力ずくにでも、という考えだったのかもしれない。きっとティルザ爺さん達の護衛も武装していただろうから、どちらにしろあの船内でメルシナ達は戦いに巻き込まれていたはずだ。
むしろネブラ人の過激派による企みを阻止した、という功績もあるはずだ。たくさんの人々を犠牲にして……。
自責の念から号泣していたメルシナが落ち着くのを待って、俺は彼女に問いかけた。
「メルシナちゃんは、あの爆心地からどうやって生き残ったの?」
メルシナといるか少年が自爆ボタンを押したことで宇宙船は大爆発を起こしたわけだが、宇宙船の中にいたメルシナやティルザ爺さんは生還している。ベガやワキアの父親であるハーキュリーズさんを始めとして他にも何人の人が死んでいたのに。
するとメルシナは目をこすりながら顔を上げて口を開いた。
「宇宙船の中にはネブラスライムやネブラタコといった宇宙生物が放し飼いにされていたんですけど、いるかお兄様がどこからか連れてきたネブラスライムがメルの盾になってくれたんです。でも人一人の盾になるのが精一杯だったようで、いるかお兄様は、多分あの爆発で……」
月研で飼育され望さんが管理をサボっているせいで月ノ宮町の至る所で目撃される宇宙生物は、ネブスペ2のヒロイン達を性的に襲うという習性を持った、まるでエロゲのために生み出された哀れな生き物なのだが、大星を始めとした主人公達による排除を逃れるためか核爆発にも耐えるという謎の防御力を持っているという設定がある。
最初は何ともご都合主義的というか無茶苦茶な生き物だなぁなんて前世の俺も考えていたが、彼らが持つ謎の防御力のおかげで、メルシナのようにビッグバン事件を生還した人々もいる。
「メルシナちゃんは、その宇宙船での中のことを他の人にも話したのかい?」
「お父様には伝えましたけど、お姉様たちにはまだ……」
ティルザ爺さんは真実を知っていたが、娘を庇うためか、娘にそんな責任を追わせたくなかったからか、それを公にしなかったのだろう。現状、その現場を知っているのはメルシナしかいない。
「その……朧お兄様も、ビッグバン事故でご家族を失われてますよね?」
「まぁそうだね」
「なら、メルのことを、殺したいですか……?」
おそらく、原作でメルシナが烏夜朧にそう問うたことはないだろう。だがきっと、俺がいなくても烏夜朧はこう答えたはずだ。
「そんなことは思わないよ」
きっとネブスペ2に登場するキャラの誰もがメルシナを責めようとはしないはずだ。シャルロワ家のことを嫌っているコガネさん達だって、きっとそうに違いない。
事が明るみになれば、その真実を隠そうとしたティルザ爺さんは何かしらの追求を受けるだろう。だが当の本人は植物状態になってしまっている。
「そのことで思い悩むことがあるなら、全然気を遣わずに僕に相談しても良いからね。今までよく頑張ってきたよ、メルシナちゃん」
メルシナが負った心の傷は一生消えないだろう、あまりにも犠牲が多過ぎた。ぶっちゃけその話を聞かされた俺にも何だか重荷がのしかかってきているが、他の誰かに話すわけにもいかない。
「朧お兄様にはローラお姉様がいるのに、メルのことを構ってて良いんですか?」
「ローラ先輩だってメルシナちゃんのことを可愛がってるからね。メルシナちゃんに元気がなかったら、きっとローラ先輩も落ち込んじゃうよ」
「じゃ、じゃあメルが真夜中に呼び出しても来てくれますか!?」
「喜んで行かせてもらうよ」
「真夜中に朧お兄様の部屋に黒服の男達が押しかけてくるかもしれないですけど大丈夫ですか?」
「それはちょっと怖いけど」
シャルロワ家に仕える人達全員の顔を覚えているわけじゃないから、もしかしたらネブラ人の過激派かもと勘違いして死を覚悟するかもしれない。いやシャルロワ家の人達だってわかっていたとしても真夜中に押しかけてきたら怖いだろ絶対。
そんなことはさておき、話を本題に戻す。
「その話をローラ先輩にする必要はないよ。申し訳ない気持ちはあるかもしれないけど、償いという意味でも……お姉さんに新しい天体望遠鏡をプレゼントしてあげてほしい」
ローラ先輩だって八年前の事件を乗り越えたわけじゃない。今でも時折いるか少年からプレゼントされた金イルカのペンダントにすがる時があるのだから。
もしメルシナから真実を伝えられたらローラ先輩は動揺するだろう。でも、メルシナのことを責めようとはしないはずだ。
「わかりました」
俺の思いを汲んでくれたのか、メルシナはうんと頷いた。
もう少し時が経ってメルシナが大人になれば、過去のことを受け入れることも、完全には難しいだろうが、前に進むことは出来るはずだ。
それに、八年前で止まった時計の針を進めなけれbならないのは、ローラ先輩も一緒だ。
「では、朧お兄様はローラお姉様に何をプレゼントするんですか?」
「あぁ、もう決まったよ。楽しみにしてて」
明日はプレゼントを買い集めることに忙しくなりそうだ。クリスマスに俺が生きているかわからないが、乗り越えられると信じて……。
俺はメルシナとの話を終えて彼女と別れた後、ノザクロには戻らずにそのまま家に戻った。夢那は先に帰宅していたが、メルシナとの話の内容はプレゼントのこと以外は省いて伝えた。
どうも、メルシナからビッグバン事件の真実を伝えられたことが偶然とは思えなかった。
まるで、その引き金を引いてしまったメルシナを殺せと言っているかのように。
逆に、そんな業を背負って生きているメルシナを死なせるなと言っているかのように。
この世界を操る運命が、俺に問いかけているような気がした……。
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