ボオオオオオオオオオオオオオオ!(歌声)
十二月二十二日。月学では終業式が行われ、学生にとっては待望の冬休みが始まった。俺は全然待ち望んでなかったけど。
「クリスマスに予定が入ってない奴、手を挙げろ!」
放課後、大星達いつメンを集めてムギが挙手を求める。手を挙げたのはスピカと俺とレギー先輩だけで、大星と美空だけは手を挙げなかった。俺達が二人の方に視線を向けると大星はそっぽを向いてしまったが、美空だけはニコニコと微笑んでいた。
「じゃあそこのバカップルは置いといて、人生においてかなり短い青春という時間を無駄に過ごそうとしている君達に問おう。
何しよ?」
「予定空っぽか」
最近のムギは結構自己主張が激しくなってきたが、かくいうムギ本人もクリスマス当日に予定がないらしい。いや全員が当たり前のようにクリスマスに予定があると思うなよ。
「でも朧、お前ローラと何かないのかよ、デートとか」
「特にお誘いはないですね」
「朧から誘えばいいじゃん。予定決まったら私達に教えてよ、こっそりついてくから」
「ローラだったらウマいもの食わせてくれるだろうな。オレもたまにはウマいもの食いたい」
「ディナー代はシャルロワ先輩に請求しましょうか」
「スピカちゃん、君も大分図々しくなってきたね」
俺とローラ先輩が交際していることはもう殆どの人に知れ渡ってしまっているが、この三人の自己アピールは以前より弱まったものの、何だか未だに妙な圧を感じる。第三部だとローラ先輩が殺人マシーンのように襲ってくることもあるが、今の状況的に俺はこの三人に刺される可能性の方が高そうだ。その時はボートの映像でも流しておこう。
「でも一応イヴには予定入ってるよ。シャルロワ家主催のパーティーに呼ばれてるんだ」
「え、それって私達も行って良いのかな?」
「美空、お前はウマいもの食いたいだけだろうが」
「んで、朧と元会長さんはパーティーからこっそり抜け出して、建物の裏で……」
「変な想像はやめるんだムギちゃん」
「いや公園のトイレとかかもしれませんね」
「スピカちゃんもやめるんだ」
ダメだ、コイツらエロゲのキャラだから一度下ネタトークが始まるとブレーキがかからない。スピカだって第一部、いや第三部まで通しても結構清楚よりのキャラのはずなのに、一応グッドエンドに到達してるから悪ノリにも乗っかってきてしまう。
「初詣とかはどうする?」
「私達で巫女服を着て、大星や朧っちを接待すれば良いんじゃない?」
「接待って言うな」
「それに美空さん。神の御前に仕える巫女さんに穢れがあってはいけないのですよ」
「あ、そっか」
「あ、そっかじゃねぇんだよ」
俺の目の前で、皆が着々と冬休みの予定を立てつつある。今の俺にはクリスマスイヴのその先のことを考えられる余裕もないが、俺は愛想笑いだけしてこの雰囲気に混ざっていた。
「オレ達が巫女服着るんだったら、朧とか大星とかも正装する必要があるんじゃないか?」
「別に巫女服は初詣する時の正装じゃないですよ、レギー先輩」
「じゃあ大星は門松のコスプレで」
「朧さんは鏡餅のコスプレでいきましょう」
「家に置いとけよそんなもん」
俺はクリスマスイヴを乗り越えたら、正月早々に鏡餅のコスプレとかいう愉快な姿を皆に披露しなければならないのだろうか。その時は絶対にアルタや一番先輩も巻き込んでやる。
そんな大星達との愉快な話も、もしかしたら今日で最後になってしまうかもしれない。こんな普段の日常の一場面が当たり前であることに感謝しながらも憂鬱な気分になりつつ、俺は大星達と別れて妹の夢那と合流して海岸通りにある喫茶店ノーザンクロスへと向かった。
「夢那は冬休みに予定とかある?」
「一番先輩の尾行かな」
「……それだけ?」
「勿論、ワキアちゃん達と遊びに行く予定もあるよ? あと、お正月はルナちゃん家の神社のお手伝いをしようかなぁって。兄さんは鳥居のコスプレとかするの?」
「せめて普通の格好で行かせてくれないかな」
初詣はルナの実家である月ノ宮神社へ行くことになるだろう。七夕祭程ではないが屋台も並ぶし、月ノ宮町に住んでいる人の殆どはあの神社を訪れる。
「一緒に初詣に行けると良いね、兄さん」
「……そうだね」
隣で寂しそうな表情を浮かべる夢那を見て、俺は心が痛んだ。
夢那に俺の前世のことがバレてしまった原因は俺の不注意によるものだが、夢那が俺に協力してくれていることはとても助かっているし嬉しいことなのだが、やはりこうして運命の日が近づけば近づくほど、夢那のテンションは目に見えて下がっていっている。
「もし僕がクリスマスイヴを乗り越えたら、クリスマスツリーのコスプレをするよ」
「兄さん、それ死亡フラグ」
「嫌だよこんなのが死亡フラグになるの」
なんてことを話している間に、空が夕焼けで段々と赤く染まり始めた頃、俺達は喫茶店ノーザンクロスへと到着した。
「ボオオオオオオオオオオオオオオ!」
ノザクロの店内は、まるで怪物かのような雄叫びというか嘶きが響いていた。ノザクロのマスターことシリウス・トシキがギターで弾き語りをしているのだが、とても歌っているとは思えない歌声が俺達の鼓膜を破壊しようとしてくる。弾き語りしてるはずなのにギターの音色が全然聞こえないし。
「ボエエエエエエエエエエエエエエ!」
そしてノザクロに勤めるフリーターでルナのお兄さんであるレオさんが俺に対して何か喋っているのだが、マスターの歌声で全然聞こえない。
「すいませんレオさん、全然聞こえないです」
「おいマスター! 歌うの止めろ! んでだカラス、あれ何の歌だと思う?」
「悪魔の狂詩曲ですかね」
「あれ、ナーリア・ルシエンテスの『ネブラリズム』なんだと」
俺が来ない間にいつの間にかノザクロの店内が改装されていたようで、片隅にピアノやギター、ドラムのセットや音響設備が整えられており、ちょっとしたライブハウスのようになっていた。そこでマスターがワンマンショーをしていたわけだが、他のお客さん達は苦笑いしているし、一度ナーリアさんを呼んで本人に聞かせてやりたい。
「いつかはスペシャルなゲストを呼んでナイトショーを開きたいね。ちなみにボローボーイは何か楽器弾ける?」
「あ、ギターならちょっとだけ弾けますよ」
「え、兄さんってギター弾けるの?」
マスターが用意してくれていたアコギを貰ってアンプとかを調整した後、ナーリアの代表曲である『ネブラリズム』を演奏する。
懐かしいぜ、この感覚……大学に入って女の子にモテようと悪友と軽いノリでバンドを結成したことを思い出す……またしても音楽性の違いで解散したけど。
でも俺は歌うのは得意じゃないから歌いはしなかったが、演奏を終えるとマスターや夢那達だけでなく、店内にいたお客さん達もパチパチと拍手で俺を褒め称えてくれた。何だか小っ恥ずかしい。
「兄さんがギター弾いてるの、なんか似合わないね」
「実の兄ぞ?」
「良いセンスじゃねぇかカラス。俺がドラムするからセッションしようぜ」
「レオさんってドラム叩けるんですか!?」
「出来ちゃ悪いかこの野郎」
そういえば一応ネブスペ2の前作である初代ネブスペに登場していたレオさんは、初代ネブスペがアニメ化した時のオープニングでドラム叩いてた。あの頃のアニメって原作にそういう要素一切ないのに、何故か学生バンドが流行ってたからな……。
「ボローボーイがギター、レオがドラムならナイトショーもパーフェクトだよ!」
「え、でもピアノがいないですよ」
「いや、今度入る新人がピアノ弾けるんだよ」
「へ?」
すると丁度店の裏手から、このノザクロの非公式制服であるメイド服を着た銀髪の少女が笑顔で現れた!
「じゃじゃーん! 烏夜先輩どう? 私のメイド服姿!」
現れたのはメイド服を着たワキアだった。
「え、ワキアちゃんもここで働くの?」
「生徒会の仕事もあるけど、色んなことに挑戦してみたかったんだ~。丁度ピアノが弾ける人を募集してたから、私もいけるじゃん!って応募したらいけたよ」
じゃあワキアは面接の時にマスターと「接客の経験は?」「ありません!」みたいな意味のわからない問答をしたということか。まぁワキアは元気も愛嬌もあるし、こう見えて……こう見えてってのは失礼だが、要領も良いからすぐに慣れてくれそうだ。
「というわけでよろしくね烏夜先輩、夢那ちゃん……いやここでは夢那先輩だね」
「いやボクだって先輩って程じゃないよ」
病弱で入退院を繰り返していたワキアが、こうして元気にアルバイトまで出来るようになるなんて……何か泣いてしまいそうだ。
「ちゃんとワキアちゃんをトレーニングしてあげるんだよ、夢那」
「私って結構ビシバシやられても大丈夫だから、厳しくても全然いーよ!」
「え、ホントに?」
あ、何か夢那の中に眠りしドSな部分がワキアに対して目覚めそうになってる。夢那もちょっとテンション上がってるんじゃないよ。
「おや、ワーキア。もう一人のキュートガールは?」
「他にも新人がいるんですか?」
「いや、もう一人はお試しでって言ってたぞ」
「あー、きっとメイド服を見せるのが恥ずかしいんだよ。じゃ、連れてくるねー!」
するとワキアは店の裏に向かうと、何やら奥の方で女の子と揉めながらも、力づくで無理矢理腕を掴んで、黒髪ツインテールを白いリボンで留めた、メイド服の少女を引っ張り出してきた。
「ほらルナちゃん! いつも巫女服着てるんだから今更恥ずかしがらないで!」
「それとこれとは別だって……って朧パイセン!? なんで朧パイセンがいるんですか!?」
ワキアが連れてきたもう一人の少女とは、どうやらルナのことだったらしい。星河祭の時は色々あってあまり見れなかったが、ルナのメイドコス……じゃないじゃない、これ一応制服(非公式)だった。
何だかいかにもツンデレっぽいメイドさんという雰囲気だなぁ。
「やぁルナちゃん、よく似合ってるね。ここで働くの?」
「わ、私はちょっとこの制服が気になっただけなんです!」
「MOTTAINAIね。ミーはいつでも大歓迎だよ」
「メイド服が恥ずかしいなら巫女服でも良いんじゃない?」
「それだとコスプレ喫茶になるだろ」
星河祭でもコスプレ喫茶なんてものがあったが、ルナがいつも着ている巫女服はコスプレじゃなくて本当に作業着なのだ。実家が神社なんだから、そのお手伝いをしているだけで。
年末年始は神社なんて特に忙しい時期であるため流石にノザクロでバイトする気はないそうだが、ルナのメイド服姿を見られてラッキーだぜ、グヘヘ。
「あ、烏夜先輩。いまルナちゃんのこと見ながらグヘヘって悪い笑い方してたね」
「いやしししししてないけど!?」
「今更私のことを好きだなんて言っても遅いですからねー!」
「でもルナちゃんってチョロそうだから兄さんに好きって言われたら簡単にときめきそうだよね」
「そんなこと思ってたんですか!?」
流石にもう二股も三股もしたくないが、確かにルナはどことなくチョロインっぽさがある。ワキアはあんなに猛アピールしてくるのに結構ガードは堅そうだし。
「これにアルタやキルケも加わるから、冬の間は随分とキャピキャピした空間になるんだな、ここ」
「役得ですね、レオさん」
「俺の人生は厳冬のままだよ」
そんな悲しいこと言うんじゃないよレオさん。
しかし夢那やワキア達が楽しく働いている空間で一緒にいられるなら俺も十分に役得なのだが……もしベガがこの世界から消失していなければ、ワキア達のように一緒にノザクロで働く光景を見ることが出来たのだろうか?
そんなことを考えたってしょうがないかもしれないが、未だに俺の頭をよぎるんだ……。
「どうかしたの、兄さん?」
「あぁいや、何でもないよ」
不安な感情が顔に出てしまったのか夢那が心配してくれたが、俺がすぐに笑顔を取り繕った途端──ノザクロに入ってきた一人の少女を見て、俺は血の気が引いた。
「あ、やっぱりここにいましたね、朧お兄様!」
現れたのはシャルロワ四姉妹の末っ子、メルシナ・シャルロワ──明後日、俺が命をかけて救わなければならない少女だった。
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