ローラ会長からローラ先輩へ
「生徒会長のおな~り~」
昼休み、屋上の扉から何故かレッドカーペットが敷かれ、ムギが扉を開くとスピカが苦笑いしながらレッドカーペットの上を歩いていた。
「誰だレッドカーペット敷いたの」
「こちらにおわす方をどなたと心得る! 恐れ多くもこの月ノ宮学園の生徒会長、スピカ・アストレア殿であらせられるぞ、頭が高い! 控えおろう!」
「水戸黄門かよ」
屋上に集まったスピカ、ムギ、大星、美空、レギー先輩、俺に加えてワキア達一年坊達も加わって、流石に頭を下げはしなかったが新たに生徒会長に就任することとなったスピカを持て囃していた。
「いよっ、大統領!」
「そこまで偉くないだろ」
「いよっ、副大統領!」
「やかましいわボケ」
今日の全校朝会でスピカの生徒会長就任が発表されたと同時に、スピカが大星と美空カップルを副会長に指名し、その他生徒会役員の面々も発表された。第三部ではシナリオの中心が月学の三年生へと移るため、スピカが生徒会長に就任したというイベント自体はサッと通るぐらいだ。
「残念だったね、ムギちゃん。意外と僅差だったかもよ」
「言いたいこと言えたから私はスッキリしてる。でも皆は気づいていないんだよ、スピカを裏で動かしている黒幕が私だということに……」
「じゃ、じゃあ今の生徒会は実質ムギちゃんのためのハーレムだということかい……!?」
「そんなことにはなりませんのでご安心を」
でもアストレア姉妹ってお互いに邪悪な感情を抱いているからどうなるかわからんな。スピカが困った時には頼れる相談相手になってくれるだろう。
「わぁちゃんも生徒会役員かぁ」
「あの腕章付けてみたかったんだよね~」
「よろしくお願いしますね、ワキアさん」
「かしこま! でも何するのか全然わけわかめ!」
「大丈夫か、この生徒会……」
スピカが率いる新生月学生徒会は、まぁノリと勢いでどんな困難をも乗り越えられるだろう。そんな気がする。
そんな新生徒会長の就任お祝いもあっていつもの昼食時間は少々盛り上がったが、俺は生徒会役員でも何かの委員会に関わっているわけでもないため、そっちは皆に頑張ってほしい。助っ人として必要なら勿論参戦するが……今は何だかグッドエンドが近づいている予感がする!
「ローラ先輩!」
放課後、俺はスピカ達新生月学生徒会への引き継ぎを終えたローラ先輩、いやローラ先輩を校門前で待ち伏せしていた。たまにはこうしてこちら側から何かアクションを起こさなければと思い立ったのだが、俺がローラ先輩に声をかけてもスルーされて彼女はスタスタと俺の横を通り過ぎていった。
「ろ、ローラ先輩!? 僕のことが見えてないんですか!? 僕の声が聞こえませんか!?」
「あら、小バエかと思ったら貴方だったのね」
良かったぁ、俺の存在がこの世界から消えたのかと思ってちょっと焦った。俺視点だとリアルにそういうことがあったからマジで怖い。俺が消える側になる可能性もあるわけだし。
「ローラ先輩、今日は何かご予定ありますか?」
「貴方のために割けるような時間はないわね」
「あ、そうですか」
なんでだ、なんで俺から仕掛けようとした時はこうも上手くいかないのか。やはりまだ何かのフラグが足りないのかと俺ががっくりと落ち込んでいると、ローラ先輩はそんな俺を見てフフッと笑った。
「冗談よ、そんなに落ち込まないの。予定はあるけれど、貴方にも同席してもらおうかしら」
「え、何か偉い人と話があるとかじゃないですよね?」
「いいえ、貴方も知っている方だろうから安心なさい」
どうやらローラ先輩のただの冗談だったようだ。こんな冗談を言うぐらいだから、今日のローラ先輩はかなり機嫌が良いらしいぞ。
ローラ先輩の目的地は海岸通りにある喫茶店ノーザクロスとのことで、車を使わずに歩いていくことにした。
もうすぐクリスマスだからか、月学から海岸通りへと続く道路沿いには店頭にクリスマスツリーを飾るお店や、普通の住宅にイルミネーションが施されてもいた。太平洋岸だし中々雪が積もらない地域だが、クリスマスと年末、そして……例のイベントが迫ってきていることを知らせてくれる。
「何だか憑き物が取れたみたいですね、ローラ先輩」
昨日の遊園地でのイベントもあったからか、今日のローラ先輩は普段と比べて明るい雰囲気を纏っているように思える。よく似た影武者とかじゃないよな?
「今日で普通の生徒に戻ったからかしら」
「……ローラ先輩は普通の生徒なんですか?」
「えぇ。だって何か役職を持っているわけじゃないもの」
何気に生徒会長という役職という重荷が乗っていたのかもしれないが、それでもシャルロワ家の次期当主なのだから普通の生徒とは呼べないだろう。普通っていうのは、例えば……まぁネブスペ2の登場人物は皆普通じゃないか。
「それにしても私の呼び方、少し変えたのね。随分と軽々しく呼ぶものね」
「え、ダメだったんですか?」
「いえ、何だか新鮮だわ。そういえば私って貴方の先輩だったのね」
「そんなに興味なかったんですか!?」
スピカが新しく生徒会長となり引き継ぎも終わったため、俺はローラ会長をローラ先輩と呼ぶようにした。癖で会長って呼びそうになるが、やっぱりそのイメージは簡単に抜けそうにない。
「そういえば、もう来月……いや来年にはセンター試験ですけど、ローラ先輩の進学先って結局どこなんですか?」
ネブスペ2の舞台は二〇一五年であるため、まだ受験生の登竜門がセンター試験と呼ばれていた時代だ、もう懐かしく感じる。
ローラ先輩にはもう国内の大学はスケールが小さいんじゃないかと俺は思ってしまうが、隣を歩くローラ先輩は白い息を吐きながらフフッと微笑んで口を開いた。
「実はまだはっきりと決めてないの。色々な場所をおすすめされるけれど、その先に進んだ自分が全く想像つかなくて」
「え? 願書とか大丈夫なんですか?」
「一応願書は提出して試験も受けるつもりだけど、仮面浪人して自分の進みたい道を選ぶことになりそうね」
第一志望の大学に落ちても、合格した第二・第三志望の大学に一旦入学してから試験を受け直して第一志望の大学に入り直すという仮面浪人というものはあるが、まだローラ先輩が進路に迷っているというのは意外だ。
シャルロワ財閥の関連企業は幅広い事業に取り組んでいるから、それぞれの専門的知識を得ようと思えば結構な時間が必要だろう。海外のどこかの大学で経営学を学んでそうなのだが、日本と違って向こうは九月や十月入学だから、時間はあるといえばあるのか?
「ちなみに貴方はもう決めているの?」
「まぁ、一応竹取大とは決めてます。望さんの母校なんで」
「あら、奇遇ね。私が願書を提出したのもそこよ」
「へ? 竹取大に入るんですか?」
「身内の学校だもの」
竹取大学は俺の叔母である望さんの母校で、運営しているのはシャルロワ財閥系の企業だ。確かにローラ先輩は顔が利くかもしれないが、それはそれで裏口入学とか疑われそうだ。
「でもローラ先輩ならもっとハイレベルな環境に入れるんじゃないですか?」
「それはそうかもしれないけれど、何だか未来の自分が想像つかないの。ずっと昔から」
ローラ先輩ぐらいの立場になると色々考えることも増えるだろう。俺がイマイチ自分の将来像が見えないのは、まず間近に迫る自分の死を乗り越えられるかわからないからというのが大きい。それさえなければ、俺は全然ローラ先輩についていくのもやぶさかではないのだが。
すると、ローラ先輩は小さく溜息をついた。
「レギー達を見ていると、少し羨ましく感じることがあるの。自分の夢をしっかりと持っていて、その夢を叶えるために人生を設計して、自分に足りないものを補うために日々努力してる。
それは、ローザやクロエだってそう……」
ローラ先輩がシャルロワ家の当主になってシャルロワ財閥をより拡大させるという野望を抱いているのは、あくまで父親のティルザ爺さんへの復讐が目的だ。レギー先輩達とは原動力が違うし、生まれた環境が違えば、もっと別な道もあっただろう……ローラ先輩はそう考えているはずだ。
「そんな焦ることはないですって。大学に入ってから夢とか就職先を決める人だっているんですから。
例えば自分の好きなものに関わる仕事とか趣味を楽しむってのも良いんじゃないですか? ローラ先輩の趣味ってピアノとか乗馬でしたよね?」
「それと貴方をいびることね」
「それどういう仕事なんですか」
「貴方の妻ね」
「うぐっ……」
ダメだ、調子良い時のローラ先輩は簡単に俺をときめかせることが出来てしまうぞ。
何だか、もうすっかりローラ先輩の手のひらの上で踊らされているような気分だ……だがこんな関係もちょっと楽しいなと思っていると、目的地である喫茶店ノーザンクロスが見えてきた。
「オー! ボローボーイ! セニョールを連れてくるなんてミーはハッピーだよ!」
ノザクロへ到着すると、いつもの変な口調のマスターに猛烈な歓迎を受け俺は苦笑いしていたが、ローラ先輩はニコニコと微笑んでいた。
「お久しぶりですね、マスター。いつものをくださいな」
「ラジャー、エレオノーラ。ボローボーイもいつものでオーケー?」
「え、じゃあそれで」
俺っていつもここで頼んでるドリンクあったっけ? アイスココアぐらいしか思い浮かばない。
そしてテーブル席を探してお店の奥の方へ行くと、水色の髪の一人の少女がテーブル席に座って分厚い参考書とにらめっこしていた。
「勉強熱心だね、キルケちゃん」
「おわっ、烏夜先輩とシャルロワかいちょ……じゃなかった、シャルロワ先輩!?」
店の片隅でキルケはココアを片手に分厚い参考書とにらめっこをしていた。どうやらロケット工学について書かれた本のようだが、かなり難しそうな内容だ。
「それってロケットの本?」
「はい。私もロケット部で色んなロケットの開発のお手伝いをさせてもらってるのですが、やっぱり自分でも作ってみたいと思いまして……でも全然わかりませーん!」
そう言ってキルケはうぇーんと泣き始めた。大丈夫だよ、それは当たり前のようにロケットを自作出来るアルタがおかしいだけなんだ。
何だか大きな壁にぶち当たっているのもキルケらしいなぁと思っていると、ローラ先輩はキルケの隣に座って分厚い本をジーッと見て口を開いた。
「この本はちょっと上級者向けかもしれないわね。まずはエンジンというものの仕組みから学んだ方が良いかもしれないわ。
ちなみに、エンジンはどういう仕組みで動力を得ると思う?」
「燃料を入れてボタンを押したらウィンウィンって動くんじゃないんですか?」
「まずエンジンの先駆けになった、産業革命期における蒸気機関の発明は……」
なんだかローラ先輩がキルケにエンジンの歴史についての講義を始めた。これ、ちゃんとキルケが理解できるのか不安だ。
だが何だか微笑ましい光景だなぁと俺が眺めていると、ノザクロの店員がドリンクを持ってこちらへと近づいてきた。
「うげっ」
俺の顔を見るなり見るからに嫌そうな顔をするとは失礼な店員だな。
「やぁアルタ君。こんなに彼氏のことを想って熱心に勉強に取り組む彼女がいるだなんて、憎いぜこの野郎☆」
「貴方だってしれっと恋人を連れてデートしに来てるじゃないですか。はい、これどうぞ。いつものメニューです」
「あぁありがとう……って、これダークマター☆スペシャルじゃないか!」
確かに結構飲まされている気はするが、俺だって好きで飲んでるわけじゃないんだよ、こんなトチ狂った栄養ドリンクを。
それはさておき、相変わらずアルタ・キルケカップルがラブラブなようで何よりだ。大星と美空は同じクラスだから間近であのイチャイチャっぷりを見せつけられるから嫌気が差してるが、この初々しい二人には頑張ってもらいたい。
「……というのが地球で使用されているロケットエンジンの仕組みね。固形燃料、液体燃料それぞれに一長一短あるわ。ネブラ人が開発した核融合炉式のエンジンはまだ実用化には至っていないけれど、まぁ素人が使うものじゃないわね。最初はロケット花火くらいのシンプルなものから入った方が良いと思うわ」
「成程、ロケット花火も確かに固形燃料なんですね……何だか凄く頭が良くなった気がします!」
ローラ先輩によるキルケへのミニ講義が終わった。こんな講義出来るレベルでロケットの知識を持ってるって凄いな、ローラ先輩。月学のカリキュラムでもそんな深く学ばないのに。
ローラ先輩によるミニ講義が終わると、キルケは深々と頭を下げてお礼を言って帰っていった。健気な子だなぁ。
「お詳しいんですね、ローラ先輩」
「あら、意外だったかしら。私は文系選択だけど理系が嫌いというわけじゃないのよ」
とはいえロケットエンジンってジャンルは随分と専門的だ。俺も側で聞いていたから勉強させてもらったが、ネブラ人が使ってる核融合炉エンジンって何なの。
「そういえばローラ先輩、誰かをお会いになる約束をしてたのでは?」
「確かに遅いわね。時間はもう過ぎてるけれど……」
するとノザクロの入口に備え付けられた鐘がカランコロンと鳴り響いた。そこに現れたのは、黒いローブを羽織った月ノ宮の魔女、テミスさんだった。
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