いえ、今日が初めてよ(震え声)
テーマパークの中にあるレストランのメニューは、改めて見るとその金額が割高に思えるが、浮かれているとそんな価格も気にならなくなってしまう。
「私はこのオムライスをいただこうかしら。貴方はお子様ランチで良い?」
「カレーでお願いします」
「お子様ランチにもミニカレーがついているけれど」
「いや普通のカレーで」
お子様ランチを食べてる俺を見て嘲笑したいだけだろうがよ、ローラ会長よ。流石にちょっと量が少ない。
「あら、ダークマター☆スペシャルもあるのね。貴方のために注文しておくわ」
「いやいらないですって。ウーロン茶にしますから」
誰だよこのレストランのメニューにダークマター☆スペシャルを加えた奴は。ネブスペ2の殆どのキャラが選択肢次第で飲まされる羽目になる超激マズ栄養ドリンクなのだが、そういえばローラ会長が飲んでいるシーンは見た覚えがないな。この人なら眉一つ動かさずに飲みきれそうな気もするが、多分俺の前では飲んでくれないだろう。
昼食を済ませた後、俺とローラ会長は遊園地の定番アトラクションの一つであるお化け屋敷へと向かった。前にレギー先輩達と一緒に入ったこともあったが他にもお化け屋敷が増えていて、今回は廃病院を舞台にした『或る病院』へ入ることにした。
最初に係員さんに案内されて壁にモニターが設置された密室へと入り、病院の設立から廃れるまでの経緯がビデオで説明される。元々泌尿器科として運営されていたこの病院は、事務員の横領事件など様々な不祥事で経営が立ち行かなくなり廃病院となってしまったそうだ。
「泌尿器科だなんて怖いわね」
「いやチョイスがニッチ過ぎませんか?」
「何よ。もしも貴方が尿管結石で悶絶することになったらお世話になるはずよ」
「いやリアルに痛そうなのやめてくださいよ」
普通は総合病院とか精神病院が舞台としては最適だと思うんだが、泌尿器科って何?って感じだし、廃病院になった理由も単純な経営不振なのは何とも雰囲気が出ない設定だ。
「ここで私達は、事務員が横領していた埋蔵金を探せば良いわけね。中々面白そうだわ」
この場所での俺達、いわばお客さんの設定はかつてこの病院に勤めていた事務員が隠していた横領金を見つけ出すためにやって来たお調子者という設定だ。ローラ会長がウキウキしているのは結構意外。
とはいえ雰囲気は中々のもので、ビデオを見終わった後に密室を出て病院の中を散策するように案内されるが、剥がれ落ちた張り紙やゴミが散らばった床、点滅して消えかかっている蛍光灯など、時折聞こえる不気味な風音が不気味な雰囲気を生み出している。
まぁ、そんな空間をローラ会長は物怖じすることなく懐中電灯片手に俺の前を突き進んでいたが。
「ろ、ローラ会長? 怖くないんですか?」
「こういうものを怖いと思うから怖く感じるのよ。怖くないと思えば何も怖くないわ」
成程。ついさっき絶叫アトラクションでヒィヒィ言ってた人の言葉とは思えない。
絶叫系はダメでもホラーは平気なのかなぁと思いながら彼女の後ろをついていくと、診察室へと辿り着いた。廊下の先は瓦礫で塞がれているし、ここが順路ですよって言われてる気がする。
そしてローラ会長は俺に確認することなく躊躇なく診察室の扉を開いたが──。
「ひゃあっ!?」
最初に診察室の中の光景を目の当たりにしたローラ会長が可愛らしい悲鳴を上げて驚いていた。俺も後ろから中の様子を覗くと、首から聴診器を下げた初老ぐらいの男が診察室の壁に磔にされて死んでいた。
いやどういう状況なのこれ。
「よよよ、良く精巧に作られた蝋人形ね、フフフフフフ」
あぁ、ダメだ、ローラ会長がまたおかしくなった。確かに蝋人形ではあるが、これだけ雰囲気のある空間を進んできていて突然猟奇的な現場を見せられたらそりゃ驚くよ。
「ローラ会長、僕が先を進みましょうか?」
「フフフ、問題ないわ。超健康体の私に怖いものなんて無いのよ」
そう言ってローラ会長は磔にされた蝋人形を睨みながら診察室の奥へと進んでいった。
診察室の奥の通路を進むと廊下に出てのだが、薄暗い廊下の床をよく見ると所々に血痕が飛び散っていた。
「ローラ会長、そこに血が飛び散ってますよ」
「ただのトマトケチャップよ」
「いや絶対違いますって」
「じゃあハバネロソースね」
「誰が病院で使うんですかそんなの」
ローラ会長は体を震わせながら現実逃避をしているがその途端、真っ暗な外しか映していない窓が強風に煽られて突然ガタガタと大きな音を立てて震え始めた!
「ひゃわああああああああああああああっ!?」
驚きのあまりローラ会長が俺の体に飛びついたため、今日イチのローラ会長の絶叫が俺の耳元で鳴り響く。何だか俺が驚く前にローラ会長がすんごい驚き方をしてしまうから、逆に俺が冷静になってしまう。
「だ、大丈夫ですよローラ会長。ただの風ですって」
「いいえ、どこかで火山が噴火して空振が起きているのかもしれないわ、きっとそうよ」
「世界観どうなってるんですか」
なんてびっくりポイントにちゃんとびっくりしつつ、手術室の前へと辿り着いた。相変わらず強がりなローラ会長は体を震わせながらも手術室の扉を開いた。
「え……?」
やはり病院を舞台にしたお化け屋敷では手術室が一番の盛り上がりポイントだろうが、どういうわけか様々な器具が置かれている手術室の床を埋め尽くすかのように一万円札の海が出来上がっていた。しかも一万円札、赤く染まってるし。
「趣味の悪い部屋ね。一代で財を成した成金はこういうことをしがちなものよ」
「いや成金でもやりませんよ、こんなこと」
もしかして最初の方で病院の設定で語られていた、事務員の横領した金ってこれ? これ絶対隠してないじゃん。
そんな光景に俺が戸惑っていると、俺達が入ってきた手術室の扉がいつの間にか閉まっていて、突然バタァンッと開かれた。
「私の金を狙う盗人共はお前らかああああああああああああっ!?」
「ぬおおおおおおおおおおおお!?」
「ひゃあああああああああああ!?」
どうやらこれだけの金を横領していた事務員の亡霊なのか本人なのかわからないが、白装束でボサボサの長い髪の女が俺達を追いかけてきて、俺はローラ会長と一緒に一目散に駆け出してそのままお化け屋敷のゴールを駆け抜けた。
「はぁ……大丈夫ですか、ローラ会長」
「なんてことはないわ」
「……結構叫んでましたよね?」
「気のせいよ」
録音して本人に聞かせてやりたい、あの絶叫。
お化け屋敷を出た後のローラ会長が落ち着かない様子だったので、途中で見かけたクレープ屋で小休憩を取った。コーヒーを飲むとローラ会長も少し落ち着いた様子だったが、彼女の心を穏やかにするために優しそうなアトラクションを選んだ結果──迫りくるゾンビ達を撃ちまくるアトラクションへ入ることになった。
いや、穏やかにならねぇなこれ。
「こうやって持つのね。結構重量感があるわ」
「何か似合いますね、ローラ会長」
「アン女王戦争に従軍してた頃が懐かしいわね」
「いつの時代の人間なんですか貴方は」
俺達は小さなトロッコに乗って、トロッコが進む先に配置されているゾンビと戦う単純なシューティングゲームだ。銃口からはレーザーポインタが放たれていて、それをゾンビに当てて引き金を引けばいいだけだ。
ゲーセンなんかでも似たようなゲームがあるからそれが豪華になったバージョンのようなもので、俺も少しはローラ会長に良いところを見せることが出来そうだ。
……隣に立つローラ会長の構え方、絶対慣れてる人の雰囲気なんだけど。
そしていよいよトロッコが動き出し、大量のゾンビが住まうゴーストタウンへと放り込まれると、ローラ会長が次々にゾンビ達をダウンさせていく。
「根性がないわね。それぐらいじゃ私には勝てないわよ」
俺も頑張ってそこら中に配置されているゾンビ(パネル)を倒しているのだが、それ以上のハイペースでローラ会長が無双している。
ローラ会長はこういうゲームとは無縁だと思っていたが、もしかしてこういうセンスを元々持っているのか? マジで前世はアン女王戦争に従軍してたりする? いやだとしても絶対ゾンビと戦ってないだろ。
「ローラ会長! アイツ強いです! 絶対ボスですよ!」
「騒ぐことはないわ。私が仕留める」
いや頼もしすぎるだろこの人。このエロゲ世界が急にゾンビパニック映画の世界観に切り替わったら急いでローラ会長のところに逃げ込もう。
トロッコが施設内を一周してスタート地点まで戻ってくると、モニターに俺とローラ会長別々の撃破スコアが表示された。
俺のスコアが約一万点。ゾンビを一体倒すごとに百点入るはずだから百体以上は倒したのか、結構頑張った方だと思う。
対するローラ会長のスコアは約二万点。俺の倍のスコアを稼いでるじゃん、絶対S.T.◯R.S.入った方が良いよ。
「ちょろかったわね。ジョージ王戦争に従軍していた頃が懐かしいわ」
「あの、ローラ会長ってこういうゲーム、結構やられるんですか?」
「いえ、今日が初めてよ?」
「そ、そうですか……」
機会があればオライオン先輩やシャウラ先輩と一緒にゲームさせてみたい。それが叶う夢かどうか可能性はかなり低いが、折角こうやってローラ会長に近い立場になったのだから、そういうイベントを作ってみようというやる気も出てきた。
まぁ、そのためにはまず生き延びることが重要なのだが。
ローラ会長の機嫌が良くなったところで閉園時間も迫ってきていたため、次で最後のアトラクションにすることにした。
遊園地の最後の締めと言えば……そして何かと恋愛譚でイベントが起こりがちなのは、やはり観覧車だろう。
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