兄弟の確執
「いやー、やっぱりここの鍋は最高だね」
俺は月学の理事長であるシロちゃんに連れられて、葉室駅の近くにある料亭を訪れていた。
なんかもっと小粋な小料理屋とかレストランに連れてこられるかと思ったが、思ったよりも格式の高そうな場所だ、通されたのも個室だし。メニューはシロちゃんが勝手に注文したが、俺はメニュー表を開いて目玉が飛び出るほどその値段に驚いて、すぐにメニュー表を閉じた。
「美味しいですね。こんなものが食べられるなんて嬉しいです」
「これも社会勉強だよ、若者よ」
そんな言葉をロリっ娘に言われるの、すごい違和感ある。だって俺の向かいの席に座って鮭とかしいたけを頬張って満足そうな笑みを浮かべるシロちゃん、完全に子どもなんだよ。
なんてこの光景やシチュエーションに違和感を感じながらも俺は美味しい鍋をつついていたが、美味しそうにしいたけを頬張っていたシロちゃんはごくんとそれを飲み込むと口を開いた。
「で、あのシャルロワの娘さんとは上手くやっているのかい?」
シロちゃんの質問で俺は思わずむせかけた。
「ど、どうしてご存知なんです?」
「君達は隠しているつもりなのかもしれないけど、それなりに知れ渡っているよ、君達の関係は。ま、私はローラちゃんから聞いただけなんだけどね」
月学の創立時から理事長をやっていると言うんだからシロちゃんもシャルロワ家と関係あるはずだし、ローラ会長とも親交があるはずだろう。ロザリア先輩はシロちゃんのこと知らなかったけど。
「君の噂はかねがね聞かせてもらってるけど、ローラちゃんはどうだい? 今までに見てきたレディーの中で一番取り扱いが難しいと思うけど」
「そうでもないですよ。僕は上手くやってるつもりです」
想定より上手く行き過ぎていて怖いぐらいだが、俺が今も無事でいられるのは何気に一番先輩の功績だ。第一部では主人公である大星がメインヒロインの美空を一途に愛し続けてために俺が残るヒロインであるスピカ、ムギ、レギー先輩のイベントの回収に奔走することになったが、第三部ではその立場が逆転している。
一番先輩がロザリア先輩達とのイベントをこなしてくれているから俺はある程度ローラ会長とのイベントに集中できているし、何なら順調すぎて怖いぐらいだ。それはあくまで画面越しにこのゲームをプレイしているプレイヤー側としての視点だが。
だがシロちゃんは箸を置くと、その幼気な姿らしからぬ不気味な笑顔を浮かべながら言う。
「で、その偽りの関係はいつまで続くんだい?」
見た目はこんな子どもっぽい人だが、おそらく俺より何世代も上の人、のはず。結局この人の年齢の何が真実かはわからないが、この勘の鋭さは年の功によるものか。
「どうしてそう思われたんです?」
「あの子がまともな恋愛をするようには思えなくてね。誰かに告白されても受け入れるようには思えないし、逆に誰かに告白して付き合うようにも思えない。
どうせ殺到するお見合いに嫌気が差して、手頃な男を彼氏に据えようと目論んだんじゃないかな」
大方シロちゃんの推理通りだ。見た目が子どもだからと侮ってはいけない。
「どう? 少しはローラちゃんの可愛い所は見れたかい?」
「はい、堪能させてもらってますよ。今は偽りだとしても、僕はこのチャンスを逃したくないですね」
俺はローラ会長と良い関係を結べてそうな気がしているのだが、それはあくまで俺の主観的な考えというだけで、ローラ会長の真意はわからない。どこかのタイミングで唐突に見捨てられるんじゃないかという不安が未だに残っているぐらいには、俺はまだローラ会長のことを恐れている。
「君が楽しんでくれているのなら、私が野暮なことを言う必要はないね。
さて、君って口は堅い?」
「貴方みたいな素敵な方に迫られたら、簡単に吐いてしまうかもしれませんね」
「ロリコン」
俺罵倒される必要あった?
「まぁ偽りの関係とはいえ、あのローラちゃんが恋人と据えるぐらいの人間ならかなり信用できるね。
今日わざわざ君とこうして話をしたいと思ったのは……君もよく知っているであろうアントニオ・シャルロワの件だよ」
見た目の幼気さからは信じられないぐらいの大物感を醸し出しながら、シロちゃんは再び鍋をつつきながら話し始める。
「トニーとは古い仲でね。仕事終わりに彼とサシで飲むことも多かったから、その度に与太話を交わしたものさ」
この人、この背格好でお酒飲むの? 身分証見せても絶対信じてもらえないし、年齢的にOKでもシロちゃんがビールジョッキを持ってる姿とか多分青少年の育成によろしくないって。
「私だって最初はネブラ人のことは怖かったよ。いくら地球文明に友好的で見た目は人間とほぼ一緒とはいえ、やっぱり宇宙人だからね、得体のしれない怖さがあった。
でもトニーはそこらの地球人と比べても出来た人間だったし、ネブラ人の中でも上流階級でリーダー的存在だったシャルロワ家の人間にしては良識もあったと思うよ」
トニーさんは兄のティルザ爺さんがネブラ人のリーダーとして表舞台に立つ一方で、学者としてひっそり過ごしていたから目立ちはしなかったものの、だからこそ変な諍い等に巻き込まれずに良識も残っていたのかもしれない。
「ネブラ人が初めて地球にやって来た時、ティルザさんがネブラ人達をまとめて地球文明に対して友好的な立場を取ってくれたから今があるし、トニーもその現状に不満を持っていたわけじゃないんだよ。別に地球人達に恨みを持っていたわけでもない。
ただ……トニーは大嫌いだったのさ、兄貴のことが」
片や全世界のネブラ人や大企業であるシャルロワ財閥を率いる兄であるティルザ爺さん、方や兄の影に隠れて学者として生きる弟トニーさん……二人の間には確執があったのだ。
「昔、ティルザさんとトニーが若い頃に一人の女を奪い合ったことがあるらしくてね。結局トニーが手に入れたらしいんだけど、若い頃の二人は中々良い男だったみたいで、トニーの嫁さんがティルザさんに浮気しちゃったんだと。人格的にはちょっとアレだけど、ティルザさんだって魅力ある人間だったんだよ。
んで、その浮気が発覚したタイミングでトニーの嫁さんは不審死したってわけ」
……何、その怖い話。
トゥルーエンドの世界線でネブラ人の過激派のリーダーだと暴かれたトニーさんが少しだけ語ってくれる過去はあるが、シロちゃんってそんなに知ってるんだ。
「自殺なのか他殺なのかもわからなかったみたいで証拠があるわけでもなかったけど、トニーはティルザさんを怪しまざるをえなかった。不都合な真実をもみ消したと考えたんだろうね、私もそう考えるけど。
トニーはティルザさんのことを兄貴として慕ってはいたけど、やっぱりそれまでに色々な恨み辛みが溜まっていたんだろうね。そうやって塵が積もって山となり……ティルザさんに復讐するために、ティルザさんが築き上げてきたもの全てをメチャクチャにしてやりたいと考えたってわけさ」
きっかけは、ティルザ爺さんとトニーさんの間に起きた、一人の女性を巡る愛憎劇。結局トニーさんが最初に愛した女性は死んでしまい、その後ティルザ爺さんがあてがったご令嬢と政略結婚させられたが、その妻との間にもうけた子ども共々ビッグバン事件で失っている。
トニーさんは地球人に恨みを持っているのではなく、ティルザ爺さんへの復讐のためネブラ人の過激派を率いていたのだ。
「一人の人間が死んでるからそんなことで、とは言えないけどさ、ネブラ人がアイオーン星系で起こした大戦ってのも地球で言うトロイア戦争みたく国家間で起きた一人の姫の奪い合いがきっかけだったみたいだし、その目的の達成のためにどれだけの犠牲を払ってもしょうがないという考え方はネブラ人独特のものらしいね。本人を直接傷つけるんじゃなくて、わざわざ追い詰めるってやり方なんて恐ろしいね」
奇しくも、ティルザ爺さんへの復讐を夢に掲げているという点ではトニーさんとローラ会長は似ている。やり方は全然違うが……弟や長女からそんなに嫌われるなんて中々だな。
シロちゃんは話を終えると深い溜息をついていたが、すぐに鍋の具材を箸で掴んで口に運んでいた。思いの外カロリーの高い話を聞かされた俺は、何も喉を通る気がせずシロちゃんに問いかけた。
「あの、どうしてその話を僕に?」
本来第三部では語られない裏話を聞けてラッキーな気分ではあるが、俺がそれを聞かせてもらったところで何か変わるだろうか?
するとシロちゃんはモグモグと野菜を咀嚼した後、口を開く。
「トニーが君とローラちゃんのことを気にかけていたからさ。トニーの件で君達が後ろめたさを感じる必要もないし、それに変な憶測をしてほしくなかった。トニーやローラちゃん、それに一番からも君の話を聞いていたから、君のことが気になったってのもあるけど」
「そうなんですか? どんなお話を聞いてたんです?」
「前と比べると急に真面目になったって」
真面目になったっていうか、真面目に生きざるをえないからね俺は。頑張らないともうすぐ死んじゃうから。頑張ってもその運命から避けられるかわからないけど。
「理事長はトニーさんが過激派のリーダーだということはご存知だったんですか?」
「いや、流石にそれは知らなかったよ。ただトニーから昔の話は色々聞いてたから、そういう理由と目的だったんじゃないかと思ってね。多分部下達はネブラ人の地位向上だとか武装蜂起とかを考えてたのかもしれないけど、トニーは逆にネブラ人の地位を下げようとしてたんだろうね。それが今までのティルザさんの功績を否定することになるから」
ネブラ人の長だったティルザ爺さんが築き上げてきた地球人とネブラ人の友好関係が瓦解すれば、即ちティルザ爺さんの努力を全て無駄にすることが出来る、と。そのためにどれだけの犠牲を払うつもりだったのかわからないが。
「過激派ってビッグバン事故の真相を追ってるらしいですけど、それはどうしてなんでしょう?」
「さぁ、あの宇宙船の中にお宝とかあったんじゃない? 色々噂はあるけど、まー何か隠されてるような気はするんだよねー。ティルザさんやトニーでさえ知らないんだったら誰が知ってるんだって話だけど」
それを唯一知っているのがシャルロワ家の四女であるメルシナということか。トニーさんは当日に爆心地である宇宙船の中にいたから真相を知っているはずだが、ネブラ人の地位向上を願う部下達はあの事件を地球人の仕業だと仕立て上げたいのだろう。
部下達がネブラ人の地位向上を目指す中、それを利用して逆にネブラ人の印象を悪くしようとしているトニーさんが過激派のリーダーだというのは、何とも不思議な話だ。彼らもトニーさんにとって便利な存在、目的を達成する上で必要な道具に過ぎないのだろう。
「ま、私からお堅い話はこれぐらいさ。ゆっくり鍋を食べな、それとも何か聞きたいことある?」
「貴方のスリーサイズを」
「ロリコン」
俺罵倒される必要あったか? いや真正面からスリーサイズを聞く野郎は罵倒されるべきか。
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