おばあちゃん家みたいな匂い
やはり俺はネブスペ2に登場する烏夜朧というキャラとしての運命に抗えないのか、星河祭を境に第三部に登場するキャラ達と関わることが多くなった。少しでも未来が変わらないかと思って本来イベントが起きないはずの第一部や第二部のキャラ達を遊びに誘ったりもするのだが、どういうわけかこっちから誘うと予定が入っていたりする。大いなる力でも働いているのか、ただ単に俺が嫌われているだけなのか。
そんな中、俺は休日に夢那やワキア、ルナと一緒に葉室へ出かけることとなった。シャルロワ家の車が送迎してくれるから移動は楽なもので、ゲーセンやアニメショップ、書店にブティックなど様々なスポットでショッピングに付き合った。
「ねぇ烏夜先輩。このブラ、私に似合うでしょ~」
「ワキアちゃんのはそんなに大きくないよ」
何か当たり前のようにワキア達に女性ものの下着コーナーに連れて行かれたんだけど、俺を社会的に殺そうとしてない? こんな当たり前のように連れてこられることある?
そんな中ワキアは中々に大人っぽいというか際どい派手な下着を俺に見せたが、そもそもサイズが合っていない。現実は非情である。
しかし俺のコメントが余程ご立腹だったのか、ワキアはぷくーっと頬を膨らませて不機嫌そうに口を開いた。
「烏夜先輩は許されないことを言ってしまったね。弁護人、何か弁護は?」
「ないですね。朧パイセンはサイテーです」
「いや弁護人仕事しなよ」
「というわけで裁判長、判決を」
「兄さんは晒し首です」
「んなバカな」
ワキアは病弱というのもあったからか、多分本人が追い求めていた理想には程遠い現状だ。俺は今のワキアでも十分可愛いと思うし、そういう見た目とか体型で決めるのって失礼だと思うんだよね。
それはそれとして俺は大きいのも好きだけど。
「ワキアちゃんには赤とか黒とかそういう原色じゃなくて、淡い水色とか黄緑みたいなもっと柔らかい色合いが似合うと思うよ」
「自分の兄が女友達に似合う下着をレクチャーしてる姿、見たくなかった」
「冷静に考えると、どうして朧パイセンがここにいるんですか?」
「いや君達が無理矢理連れてきたんでしょーが」
流石に夢那の下着は選ばなかったというか助言を求められても困るのだが、ワキアとルナは俺の助言通りの下着を買っていき、俺もちょっとはお金を出した。俺が払う必要があったのかはわからんが、夏休みのノザクロでのバイトで貯めたお金も大分無くなってきている。また冬休みの間にバイト頑張らないと……いや、俺がそこまで生きているのかわからんけど。
『こ、この下着、私に似合うと思いますか?』
ふと、どこからかそんな声が聞こえてきて俺は慌ててキョロキョロと周囲を見回した。
だが、その声の主がいるわけがない。ベガはもうこの世界にいないからだ。
ブティックを出た後、ワキア達がおすすめの喫茶店があるとのことで、葉室駅前の繁華街にある喫茶店『アルゴ』を訪れていた。
「いや~ここのケーキ美味しいんだよねー。もし今度私が入院したらお見舞いに持ってきてほしいな~」
「わぁちゃん、もう入院する必要がないぐらい元気じゃ?」
「じゃあ元気になった記念ってことで週一ぐらいで食べたいな~」
休日というのもあって少し列に並んで俺達は様々なケーキを食べられるケーキバイキングを楽しんでいた。どうやらワキア達の間でも話題のお店のようだが、俺は以前この喫茶店にロザリア先輩達と訪れたことがある。
「夢那はどう? そのフルーツケーキ美味しい?」
「うん、美味しいね。サザクロとどっちが美味しいかなぁ」
俺が前にロザリア先輩や一番先輩と一緒にアルゴを訪れたこと、このお店の商品がサザクロを模倣したものではないかという疑いについては夢那に説明してある。だから夢那はワキア達と違って疑心暗鬼になりながらケーキを食べていたが、パクリかどうかまではわからないようだ。そもそも月ノ宮に引っ越してきてからそんなに日が経ったわけでもないし、あまりサザクロのケーキを食べた経験がない。
俺も味の違いまではわからないが、見た目はかなり酷似している。
「烏夜先輩も結構甘いもの好きなんだね。私なら烏夜先輩にもっと甘々なものを提供できるけど欲しい?」
「何それ気になる」
「朧パイセン。貴方はシャルロワ会長というお人がいながらわぁちゃんに浮気する気ですか?」
「やっぱり兄さんは死刑……」
俺は第二部でベガと付き合うことになったからスピカやムギ、レギー先輩だけでなくイベントが進んでいたワキアやルナ達も振ってしまう形になったが、ベガがこの世界から消えてしまったことにより、俺がローラ会長と付き合ったことがきっかけで皆が諦めたような風に歴史が塗り替えられているようだ。
なんかワキアの誘惑は以前と変わらない気がするが。
「そういえば、どうして朧パイセンは生徒会長に立候補されなかったんですか?」
「僕ってそんな当たり前のように立候補するものだと思われてるの?」
「壇上でふざけた演説をするのが一番似合うと思う」
「だねー。でもムギ先輩が代わりにそれをやっちゃったから、烏夜先輩が演説しても大スベリするだけだったかもねー」
嫌だな、ウケ狙いの演説が大スベリしている光景、想像もしたくない。今回ばかりは割とぶっ飛んだキャラのムギが立候補してたから、俺みたいな普段からおちゃらけている奴より普段はちょっと大人しめなムギが暴れまくっている方が面白いんだよ。
「皆は何か役員とかやらないの?」
「私入るよ~」
「え、ワキアちゃんが?」
ルナは新聞部としての活動があるから難しいしむしろ生徒会を取材する立場だが、ワキアって生徒会役員になるんだっけか。いや本来は双子の姉であるベガが生徒会役員になるはずだったけど、彼女がいなくなってしまったから?
「なんか色んな部活とかバイトとか調べてみたんだけど、今までそういう委員会活動とかにも参加してこなかったからやってみたいな~って。たまたま枠が空いてたから希望だけ出しといたよ」
月学の生徒会選挙において投票で決める役職は生徒会長のみで、二人の副会長のポストは生徒会長が選び、他の役員は各クラスから推薦された生徒に対しこれもまた会長が割り振る。
ワキアは病弱だったから部活動やアルバイト、そして委員会や生徒会の活動とは無縁な生活を送っていただけに、そういうものに対して憧れがあるのだろう。ワキアがいるだけで生徒会室の雰囲気も和みそうだし。
「夢那ちゃんも生徒会に入らないんですか?」
「ボクは色んな部活から助っ人の依頼も来てるし、冬休みとかにまたノザクロでアルバイトをしたいから良いかなぁと思って。ワキアちゃんはそのまま生徒会長も目指すの?」
「私が生徒会長になったら生徒会長像を立てたいね」
ワキアが生徒会長に……なんとなく周囲を困らせそうなことばかりやってそうだが、その頃には俺も三年生になっているというわけか。
来年のことなんて全く想像できないなと俺が少しセンチメンタルになっていると、ケーキバイキングを楽しんでいた俺達のテーブルに青い髪のツインテールを揺らしながら近づく、幼気な女の子の姿が。
「私の学園に銅像を作りたいだなんて、そんなに偉くなったつもりかい?」
随分と偉そうな態度の小学生だなぁと俺は一瞬思ったが、彼女の姿をよくよく見てからようやく誰か気付いた。
「え、だ、誰?」
彼女のことを知らないルナと夢那は突然現れた謎のロリっ娘に戸惑っていたが、ワキアは笑顔で彼女に抱きついていた。
「シロちゃんだ~。あ~今日もおばあちゃん家みたいな匂いがして安心する~」
「誰がババアじゃボケェ!」
いやババア扱いされてキレてるけど、アンタそんな見た目だけどババアのはずだろうが。
「お、朧パイセン、この子は一体どなたなんですか?」
「じゃあここでシロちゃんク~イズ!」
「へ?」
「次の五つの選択肢の内、私の肩書はどれでしょ~?
一、月ノ宮の町長。
二、葉室の市長。
三、通りがかりの小学生。
四、宇宙飛行士。
五、月ノ宮学園の理事長」
なんか前よりも選択肢が増えてるが、おそらく彼女のことを知らないルナと夢那にとって正解は三番目しかないだろう。見た目は服装も相まって完全に小学生だし。
「わざわざこうやって問題を出してくるということは、小学生ではないということ……? ボク、あまり月ノ宮とか葉室の事情は知らないけど、有権者にロリコンが多かったりする?」
「嫌でしょそんな街」
「もしかしたら宇宙に行ったら何かの副作用で体が縮んでしまうのかもしれません! 四番です!」
「夢那はどれだと思う?」
「五番目かなぁ……」
「お、そっちの子が正解なのだよ!」
「正解であってほしくないような……」
というわけで月ノ宮学園の理事長である小金沢シロちゃんの登場である。ネブスペ2第三部の主人公である一番先輩の保護者で、見た目はロリっ娘、年齢はおそらくババアのロリババアである。
俺達が通う月学の理事長ではあるが表に姿を現さないため、おそらく殆どの生徒がこんなロリっ娘が月学の理事長だなんて信じないだろう。ワキアは知っているようだったが。
「理事長はワキアちゃんと知り合いなんですか?」
「そりゃーこの街随一の名家だからねぇ、琴ヶ岡さん所は。月学を作るときも色々お世話になったよ」
「私が子どもの頃にたくさん遊んで貰ったんだ~。シロちゃん、またプロレスごっこやろー」
「ふっ、まだまだ私は負けないのだよ!」
プロレスごっこって、本当にプロレスするの? 俺の頭は大分毒されているから何かの隠語にしか聞こえないけど、ただただパイルドライバーやってるだけだったりする? そっちもそっちで怖いけど。
「理事長さんはどうしてこちらに? ケーキ食べます?」
「うんにゃ、私は烏夜君に用があるんだよ」
「え、僕にですか?」
俺ってシロちゃんと何か話すようなことあったっけ。この人と歩いているとロリコンって思われそうだからあまり近づきたくないんだけど。
「烏夜先輩……もしかしてとうとう退学に……」
「僕が何をしたって言うんだよ」
「私とわぁちゃんの心を奪ったまま返してくれません」
「それは本当に申し訳ないと思ってるけど」
二人で話がしたいとのことでテーブルを離れ、出口までついてきた夢那にお会計分の小遣いを渡すと、夢那はシロちゃんに聞こえないように俺の耳元で囁いた。
「これって何かのイベント?」
俺の前世を知っている夢那は第三部のイベントが円滑に進むよう協力してくれていて、昨日の生徒会選挙の裏で起きていたローラ会長とのイベントのことも伝えてある。
「ううん。わからないけど、夢那はワキアちゃん達と楽しんでおいで」
今日のワキア達とのお出かけだって原作で描写のあるシーンではない。第三部のシナリオ進行に関わるようなものではないだろうから俺も安心していたが、月学の理事長であり様々な事情に詳しいシロちゃんとのお話は、ここ最近の物騒な出来事と無関係とは思えない。
そしてシロちゃんと一緒にお店の外に出ると冬空は闇に包まれ始めていて、凍えるような冬風が俺達を襲う。
「君は何か好き嫌いとかある?」
「いえ、特には」
「じゃあ鍋でも食べに行こうか」
するとシロちゃんは俺の方に手を伸ばしてきて、そのまま俺の手を掴んできた。
「ほら、寒いだろう? ちょっとぐらい手を繋いでいこう」
「温かいですね」
「だろう、一番の奴は嫌がるけどな」
一番先輩がシロちゃんと手を繋がるのを嫌がるのは、多分周囲からちょっと怪しく見えるからだと思う。多分今の俺達も通りがかる人達から兄妹みたいに思われているはずだ。
なんてルンルンなシロちゃんと一緒に、俺は葉室駅前の繁華街を進んでいた。
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