取り残された少女
「いや、何か部下をいきなり持ってかれた身にもなってよ」
トニーさんがマルスさんに連れて行かれた後、俺達は一旦月研の施設の中にある食堂に集まっていた。この月研の副所長であるトニーさんがいなくなってしまったため、所長である望さんはかなり慌てふためいていた。
「ちなみに望さんはトニーさんから何か聞いたことあります?」
「あるわけないでしょーが。あ、これもしかして私も疑われてるやつ? 私も警察いかないといけない? 夏場に月見山で事故死した人もいるからただでさえ疑われてるのに……え、あれもトニーちゃんの仕業なの?」
「落ち着いて望さん」
信頼していたトニーさんがネブラ人の過激派という反社会的勢力のリーダーであり、ビッグバン事件の真犯人であるかもしれないといきなり言われても、そりゃ望さんは混乱するだろう。望さんはビッグバン事件の真相を多少は知っているはずだが、流石に過激派の存在は知らなかっただろう。俺も前に月見山でベガと一緒に武装した過激派の連中に殺されかけたし……半ば内偵のように調査していたジュリさんの調査力に感服するしかないだろう。
望さんのケアは夢那に任せて、俺はコガネさん達初代ネブスペの面々が集まるテーブルへと向かった。半ば同窓会のような面子だが、今はそんな雰囲気ではない。
「しかし、まさかシャルロワ家の人間が関わっていたとはね。いざそれを知らされると意外ではあるよ」
食堂の席に座ってジュースを飲んでいたコガネさんがそう呟く。真犯人かもしれない人物が捕まったとはいえ、やはりビッグバン事件が関わっているとなると彼女達初代ネブスペのヒロインの面々の表情は明るくない。
六月頃には乙女の父親である秀畝さんがビッグバン事件の真犯人ではないかという噂さえ流れていたが、当人達がこの世界から消失してしまったため、その出来事自体がなかったことにされている。その消失自体はイレギュラーだが、あの噂を流したのもネブラ人の過激派で、地球人への風当たりを強くしようと企んでいたのだ。
「ジュリ、君もよくシャルロワ家が関わってる事案を調査したものだね。怖くなかったのかい?」
「いや最初は関わってると思ってなかったんですよ私だって。何度か死線はくぐり抜けてきましたけど、今も半信半疑です。実際、あの日に宇宙船の中でどういったことが起きていたのかまでは詳細はわかってませんので」
「でも大した手柄よ、ジュリ。明日になれば朝刊なんかでトップニュースになって、貴方もコガネやナーリアみたいに一躍有名人になれるわよ」
「もしかしたらジュリちゃんがコガネっち達よりも芸能界で長生きするかも? 情報バラエティのコメンテーターとか似合ってるかもよ」
「確かに二人より長生きしそうだね、芸能界で」
「いや私達も長生きするつもりだけど?」
今回はどうだろうか。秀畝さんの噂が流れた時はシャルロワ家が先手を打って彼らを保護したから過激派の手に渡ることなく、結局真犯人の噂も自然消滅してしまった。
しかし今度は警察に捕まることになる。ビッグバン事件という大きな出来事、それにシャルロワ家の人間が真犯人の容疑者として捕まったとなれば大きなニュースになるだろう。その場合、シャルロワ家は先手を打ってその真実をもみ消すのだろうか?
「そういえば、あのシャルロワ家のご令嬢はどこに?」
太陽さんが食堂の中をキョロキョロと見回しながら言う。確かにローラ会長の姿はない。確か俺達と一緒に月研の中に入ったはずなのだが、やはり信頼していたトニーさんが連行されてしまったことでかなり動揺しているのかもしれない。
初代ネブスペの面々はシャルロワ家をかなり敵視していたから、後継者であるローラ会長のことも嫌っているだろう。前にコガネさん達はローラ会長とちょっと口論しかけていたこともあったし。
しかし、探偵っぽくパイプを咥えていたジュリさんがそれを手に取ってから口を開く。
「あの様子を見るに、かなりショックを受けてるんでしょうね。私達があの子ぐらいの年頃に父親だったり家族が大事件の真犯人として連行されてしまったら、居ても立っても居られないでしょう。
あまり味方が多くなさそうな彼女なら、尚更です」
ビッグバン事件で突然家族や友人を失った彼女達も、今のローラ会長の心情を汲み取ることは難しくないだろう。今のローラ会長に酷い言葉をかける程、コガネさん達は悪い人じゃない。
「僕、ローラ会長のところに行ってきます」
今、彼女を一人にしてはいけない。俺は覚悟を決めてコガネさん達にそう宣言した。
「朧君ってあの子と仲良いの?」
「はい。恋人ですから」
「へ?」
「マジ?」
「では」
俺は手短に伝えて、そそくさと食堂を後にしてローラ会長を探しに行った。だが何故かいかにも魔女っぽい風貌のミールさんが追いかけてきて俺のことを呼び止めた。
「ちょい待ち、ウチの話聞いていきな」
「どうかしました?」
「ほら、前に君に生霊ついてるかもって話したじゃん? それね、あのシャルロワのお嬢様かもしんない」
前にミールさんに霊能力で見てもらった時、確かに生霊がついてるかもみたいな話をされた記憶がある。
「ローラ会長が生霊になってるってことですか?」
「それはわからんぴ。でもあの子チョ~ヤバイよ。多分ウチが住んでる山に来たらとんでもない量のオバフレ出来るレベル」
「オバフレって?」
「お化けフレンド」
そんな友達作りたくないが、それだけローラ会長は負の感情を強く抱いているということか。まぁあの人の境遇を考えると無理もない。
「ご忠告ありがとうございます、ミールさん。じゃあ行ってきますね」
「え? ウチの話聞いてなかったのん? マジ東風だった?」
これは他の人に任せられない役目だ。例えクリスマスイヴに死んでしまうからといってヤケクソになったわけじゃない。
なんで第三部で一番ハードモードなローラ会長ルートに突き進んでしまうのか、多分運命が俺をそうさせているんだ。例えもうトゥルーエンドは見られないにしても、ローラ会長がグッドエンドを迎えたって良いはずなんだ。
──一方、食堂にて。
「朧君、昔の太陽君みたいな目してたね」
「恋人のため、ね……確かにそんな理由でバカなことをしそうだよ、彼も天野君も。あ、ボクの芸術のインスピレーションになるかも」
「いや、それだと昔の僕がバカだったみたいにならないか? 僕は至極真面目な学生生活を満喫していたつもりだけど?」
「女子トイレに侵入するような輩の言葉には思えないわね」
「え? また天野君の前科が増えたんですか?」
「いやアクア、ジュリ、だからあれは違うんだって。慌ててトイレに駆け込んだらそこが女子トイレだったというだけなんだ」
「それに天野君は私みたいな良い女を振っちゃうんだもんねー」
「だよねーマジありえない。一流芸能人からの告白を振るとか炎上してネットに晒された方が良い」
「負け犬の遠吠えね」
「ブルゥゥゥゥ! お前表出ろ! これから私とナーリアとラップバトルじゃ!」
「負けないわ。私と太陽の愛のリリック、とくと御覧なさい」
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ローラ会長を探しに食堂を出て、月研の敷地内を息を切らしながら走って探し回り、ようやく彼女の姿を発見することが出来た。もう日が沈んですっかり暗くなって冷え込んだ月研の周りを囲うように生い茂る森の中に、ビッグバン事件で亡くなった人々への真っ白な慰霊塔が静かに佇んでいる。
そんな街灯も少なくお化けでも出そうな雰囲気の慰霊塔の下で、ローラ会長は夜空を見上げていた。いつもは独特の強そうなオーラを放っているローラ会長が、今はいつもより小さく、等身大の姿になっていた。
「ローラ会長、寒くないんですか?」
俺はローラ会長の隣に立って一緒に夜空を見上げる。澄んだ冬空の向こうにはオリオン座やカシオペア座がよく見えた。
しかし俺が問いかけても会長は黙ったままで何も反応しなかったため、俺は再び口を開く。
「早く体を温めないと、どれだけ賢くても風邪を引いちゃいますよ」
と、前に俺と一緒に雨の中傘も差さずに踊っていたのに結局風邪を引かなかったローラ会長をちょっとからかってみると、ようやくローラ会長の視線が俺の方へ向いた。
「どうして、わざわざ私の元に?」
いつもローラ会長の俺に対する口調は、どこか皮肉だとか冷たさとか見下しているかのような感じがうかがえるのだが、今はそんなマイナスのものが全て消えた一人の少女の声色が、俺の耳へと響いた。
「そりゃ、貴方の恋人だからですよ」
何言ってるんだろう俺。そう我に返ったのも束の間、ローラ会長は俺を嘲笑うような表情で言う。
「私は貴方に助けを求めたつもりはないけれど?」
俺がどうしてローラ会長を探しているのか、今のローラ会長が俺にどういう風に映っているのかわかった上で、俺を突き放そうとしているのだろう。
だが、俺は負けるわけにはいかないし、それがローラ会長のただの強がりだというのはわかっている。
「僕なんかに弱々しい姿を見せたくないなら、こんな所にいるんじゃなくてさっさと帰れば良かったじゃないですか。
でもローラ会長がここに留まったのは、まだ人目につきやすい月研の入口なんかじゃなくてこんな時間に誰も近づかないような場所にいるのは、誰かさんがローラ会長を探しに来て貴方の傷ついた心を癒やしてくれると、期待していたからじゃないんですか?」
するとローラ会長は俺から目を逸らして、再び澄んだ冬の夜空を見て言った。
「まるで人の心を見透かしたかのような物言いは嫌いね、しかもそんな探偵の推理みたいに。
じゃあ貴方の推理の中で、今の私はどうしてほしいと思っているか、当てられるかしら?」
何だこれ、ローラ会長特有の無理難題ですか? 原作のローラ会長はまるでかぐや姫のように一番先輩に無理難題を課すことがあるが、こんなイベントは原作にないから、俺のアドリブの推理で答えるしかない。
「こんな場所で星を見るのもなんですし、今から展望台へ行きませんか? 寒いなら僕の上着も貸しますよ」
氷点下までとはいかないが、吐いた息が白くなるくらいには外には冷たい空気が漂っている。とはいえ望さんやコガネさん達がいる月研の中には戻れないし、近場に良さげな喫茶店とかもない。ノザクロとかちょっと歩かないといけないし。
きっとローラ会長は、この澄んだ夜空に光り輝く星を見て心を落ち着かせていたのだろう。ならとっておきの場所がある。
「そうね。そうしましょう」
俺の答えはローラ会長のお気に召したようで、先導する彼女の後ろをついて俺は月見山の展望台へ続く登山道を登り始めた。
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