不意打ち移植版
十一月二十三日、今日は勤労感謝の日というありがたい祝日だ。
夢那も出かけてしまい家で一人、何だか今日も第三部のイベントに巻き込まれそうだなぁと思っていると、お昼過ぎに家のインターホンが鳴った。
「ど、どうも、烏夜君」
訪ねてきたのは隣の部屋に住んでいるシャウラ先輩だ。相変わらずジャージ姿で年上なのに低姿勢な人だが、なんだか小動物のような可愛らしさのある人だ。
「こんにちはシャウラ先輩。何かありましたか?」
「えっと、ちょっと手伝ってほしいことがあって……じ、時間ありますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
俺はオライオン先輩のイベントが起きると予想していたのだが、そのままシャウラ先輩に連れられて彼女が住んでいるお隣へ。シャウラ先輩と同居している老夫婦は不在のようで、そのまま彼女の部屋へ俺は招かれた。
女子の家に上がり込むなんて恋愛ゲームでは鉄板というか結構関係が進展してから起きるようなイベントだが(まぁそんな段階をも軽々と飛び越えるキャラもいるが)、多分シャウラ先輩にそういう感情は見られないし、俺もこの世界にやって来てからアストレア邸とか琴ヶ岡邸とか色んな女子の部屋に上がり込んだから大分慣れてきた。
「おわぁ、凄い設備ですね」
俺は勝手に華やかで可愛らしい感じの内装を予想していたが、シャウラ先輩の部屋には勉強机やベッドに本棚等、普通の学生の内装に加えて……その部屋の一角に一際目立つゲーミングパソコンが。
メーカーまでは詳しくないがモニターも高そうだし、ゲーミングパソコンって本当に虹色に光るんだ。あれ虹色に光ってる意味あるの?
それにゲーミングチェアーやヘッドホンにマイクなど、ゲーマーからすれば羨ましい限りのトップクラスの設備が整っている。
「えっと……じ、実はお恥ずかしながら動画配信をやってまして」
「あ、スコーピオンさんですか?」
「え、知ってたんですか!?」
「いや、その……前に一緒にゲームをした時にアカウント名をチラッと見たので」
シャウラ先輩とはこの前発売されたばかりのバトルロワイヤルゲーム『Cosmos Legends』を一緒に遊んだが、まぁそこで気づいたことにしておこう。元々知ってたけど。
「えっと、はい。私がスコーピオンなんです。烏夜君もゲームの配信とか見るんですか?」
「たまに見ますよ。スコーピオンさんってゲームも上手いし、何よりクールでかっこいいじゃないですか」
「そ、それほどでも~」
俺がちょっと褒めただけで気分を良くしたのか、シャウラ先輩は体をクネクネさせながら照れていた。この人ちょっとおだてりゃ調子乗る人だ。クール要素どこいった。
「何か配信で困ったことでもあったんですか? 僕はそんな技術とか全然持ってないですけど」
「いや、ちょっと次に遊びたいゲームがあるんですけど……」
シャウラ先輩がそう言って取り出したのは、某コンシューマーゲーム機のパッケージソフト。複数人の可愛い女の子のキャラ……何となく俺の知り合いに似ている女の子の友人達がパッケージに描かれている、『カミサマ・ラヴ・ストーリー』という恋愛アドベンチャーゲームだ。
何か前に美空か大星の誕生日に遊んだ気がする。
「じ、実は……いつもFPSゲームの配信をしてる配信者の人が恋愛ゲームをやったらギャップのおかげかすごくバズってて……私も少し興味があったのでやってみようと思ったんです」
「どうして僕を呼んだんですか?」
「男性視点でのご意見を貰いたかったんですけど、私の知り合いの男性は烏夜君しかいなくて……」
たまには趣向を変えようという思惑か。多分FPSの配信を見てる人達の琴線に触れるかはわからないが、まぁギャップはあるかもしれない。
「でもこのゲームで良いんですか? 恋愛ゲームなら女性向けのものもありますよ」
「ううん、男の人にとってどういう女の子が理想なのか知りたかったんです」
確かに男性向け・女性向けに限らず恋愛ゲームに登場するキャラは理想的な異性像かもしれない。色々なタイプはいるけれど、やっぱり好みってのもあるし。俺も前世で女性向けの恋愛ゲームに触れたことはあるが、自分が男なのに格好良すぎて男キャラに惚れそうになったもの。
コンシューマーゲームであるためディスクをセットして、そしてモニターにゲーム画面が映し出された。
『カミサマ・ラヴ・ストーリー』、通称カミラヴは地方にある大きな神社の跡取りである主人公と、神へ捧げる生贄に選ばれた少女達との恋愛譚を描いた作品だ。その設定だけ聞くと何となく泣きゲーや鬱ゲーの予感がするが、どういうわけか登場人物の容姿がネブスペ2のキャラと酷似しているのだ。まぁこれはネブスペ2の開発側のお遊びなのだろう。
でもカミサマ・ラヴ・ストーリーってどこかで聞いた覚えがあるんだよな……前世でそんなゲームあったか? ネブスペ2を開発した会社が作ったわけでもないしなぁ。
「わ、わわっ」
そしてカミラヴもネブスペ2と同様に、スピカに酷似した赤髪の女の子がネブラスライムに襲われている場面から始まる。流石にネブスペ2と比べると大分マイルドに描写されているが、それでもちょっと官能的なシーンだ。
「こ、これちょっとエッチだけど大丈夫かな?」
「局部が映ってるわけじゃないし大丈夫だと思いますよ」
「わぁ……これってどんな感覚なんだろ」
スピカっぽい女の子がネブラスライムに襲われているシーンを見ているシャウラ先輩の反応が初々しくて面白い。何だかネブスペ2というエロゲを全年齢向けにリメイクしてコンシューマーゲームとして発売したみたいな内容だ。
そして大星っぽい主人公はスピカっぽい女の子を助けた後、レギー先輩に似ているオレっ娘に出会い、ムギっぽい女の子や美空っぽい女の子とも出会い──そして学校で、紫色の髪の少女と出会った。
「あ……」
「烏夜君、どうかしましたか?」
「あぁいえ、なんでもないです」
ゲーム画面には、この世界から消失したはずの朽野乙女に酷似したキャラクターが映っていた。容姿だけでなく性格や口調までそっくりだ。
そうか、ネブスペ2のパロディであるカミラヴにはまだ乙女っぽいキャラは残っているのか。久々にその姿を見ることが出来て俺は一人感動してたが、ここで出会えたとしてもどうしようもない。このキャラの写真を撮って聞いて回ってもしょうがないし、似ているというだけで乙女本人ではないからな……。
ネブスペ2とは違ってカミラヴにおける大星(っぽい主人公)は神社の家の息子だが、やはり序盤は普通の日常の風景がコメディチックに描かれる。まぁ泣きゲーというのは上げて落とすというわけじゃないが、やはり幸せから絶望へ突き落とされる時の落差が激しいほど心が揺さぶられるものだろう。
乙女やベガがこの世界から消えてしまった時の俺がそんな気分だったよ。
「デート……良いなぁ。バトロワでデートとか出来ないかなぁ」
「そういう共通の趣味でマッチングすることもあるらしいですけどね」
「ほら、デート相手と一緒に同じフィールドに立って、お互い別の場所で戦っていて、そして最後に狭まったフィールドで出会って、最後の二人になって戦う……憧れますね、そんなデート」
いや何の話をしてるんだこの人。恋人と一緒に戦いに行くんじゃなくて敵同士になって戦うデートを想定してるの? 始めて見たよそんな人。
「あの、それだとどちらかは死にませんか?」
「でも、たまに拳と拳で語り合って分かち合う友情とかもあるじゃないですか。それと一緒です」
「成程。弾丸と弾丸で語り合うわけですね」
それ相手が死んでたら語り合えてないと思うけどね。
そして俺のアドバイスも混じえながらカミラヴのシナリオは進んでいき、上手くレギー先輩っぽいヒロインのルートには入ったが彼女が生贄として神様に捧げられてしまうことに。
「シャウラ先輩はこの子が好みなんですか?」
「何だかレギーちゃんに似てる気がしてて……」
大星っぽい主人公はレギー先輩っぽいヒロインを助けるために、神社の祭事のしきたりだとか村の因習に抗おうとするも様々な妨害に遭う。しかし主人公は彼らと戦いながら、生贄が捧げられた湖へと辿り着き、その底からヒロインを救出する。
「あれ、死んでる……?」
「重し付けられて沈められてましたからね」
だがヒロインは既に息絶えてしまっていた。主人公は彼女の亡骸を抱きかかえながら絶望するも、突然湖の水面が輝き始め、この湖に住まうとされる神様が現れた。
そして主人公に選択を迫るのだ。このヒロインをこのまま生贄として捧げるか、代わりに他の誰かを生贄に捧げるか。
本来その二つの選択肢か出てこないため、プレイヤーは苦渋の決断を迫られるわけだが……しかしこれまでのイベントで俺のアドバイスを活かして最適の選択肢を選んできたシャウラ先輩にはもう一つの選択肢が与えられた。
それは、自分が生贄となること。
「あ、あぁ……こ、これで良いんですよね?」
もうシャウラ先輩の手は震えていて俺も判断は彼女に委ねたが、意外と迷わずに彼女は自分を犠牲にすることを選んだ。
そしてその選択肢を選ぶと主人公は生贄となってしまうのだが、本来生贄に選ばれていたヒロインは生き返り、死んでしまった主人公がそのまま次の神様となるのだ。村の神様となった彼は村の住人達から信奉される存在となって、物語は終わりを告げる。
「こ、こんな終わりなの……? せっかく恋が芽生えたのに……」
「シャウラ先輩、もう一周やりましょう。後半までスキップで飛ばしていいので、同じ選択肢を選んで最後の場面まで行きましょう」
「え? う、うん」
もう一周、全く同じ選択肢を選んで最後の、湖で神様に選択を強いられる場面までやってきた。そしてまた自分が生贄となることを選ぶと──なんと神様が主人公の勇気に免じて死んだはずのヒロインを生き返らせるのだ。
この神様はどこかの世界でこの主人公と同じような苦境に立たされ、そして自分が生贄となることを選んだ別世界の主人公……というカラクリだ。まぁここで晴れてハッピーエンドである。
「お、おぉ……え、烏夜君はこれをわかってたんですか?」
「まぁ長年の勘ってやつですよ」
俺はこのカミラヴというゲームについてはよく知らないが、一周目のエンディングを迎えた後にエンディングリストの数を見て何となく察しただけだ。それでどのヒロインにどれだけのエンディングが用意されているかなんとなくわかる。
こうやって選択肢だけでなく色々なフラグを回収することで新たなエンディングを迎えることもある、ネブスペ2だってそうだ。もう一周しないといけないという手間はあるが、そういう苦労を乗り越えると幸せも倍増だ。俺はそう思う。
そしてエンディングロール中もシャウラ先輩は感動からか涙を流していたが、エンディングロールが終わるとその後の主人公達の様子がチラッと映し出された。
そして画面には、窓から差し込む朝日に照らされた、ベッドの上で寝転ぶTシャツ一枚のヒロインの姿が──。
「え、えっ、えっ、えぇ? こ、これって朝チュンってこと!?」
主人公とヒロインは何だか濃密な夜を共に過ごしたかのような雰囲気だったが、まぁ全年齢版だからそういう描写は省かれたのだろう。特に名言はされてないけど、シャウラ先輩の想像通りの夜を過ごしたに違いない。
「シャウラ先輩。ちょっと調べたんですけど、このゲームは元々十八禁らしいですよ」
「へ?」
「その、ざっくり言うとエロゲです」
黎明期のエロゲはもっぱらコンピューター機のソフトに限られたしニッチな市場だったが、数々の事件や倫理的な問題もあって奇しくも知名度が上がった歴史もある。そして今も伝説のように語り継がれる名作達のおかげでエロゲ市場が盛り上がると、コミカライズとか小説とかアニメとか様々なメディアに展開され、全年齢向けにコンシューマー版が発売されることも多々だ。P◯2とかのソフトは結構そういうのが多い気がする。
「そ、そうなんですね……でも面白かったです。他のヒロインも攻略しないとですね」
「これ3までナンバリング出てるらしいですよ」
「じゃ、じゃあそれも遊ばないと……あ、でも配信で遊ぶやつも探さないと!」
「良ければ僕も探すのお手伝いしましょうか?」
「よ、よろしくお願いします……」
まぁこのカミラヴ2はネブスペ2第二部、3だと第三部の登場人物達によく似たキャラが出てくるっぽいが、シナリオは全然違うから楽しめるだろう。
シャウラ先輩の初々しい反応を間近で見ているのも楽しかったが、後のルートは自分で精進して探すとのことで俺は家へと帰ったのだが、帰り着いたその時携帯の着信音が鳴った。一番先輩からの電話だったため、また何か変なお呼び出しかと予想しつつ電話に出る。
『烏夜、お前恋愛ゲームには詳しいか?』
「はぁ、まぁまぁですがどうかされたんですか?」
『実は今、オライオンと一緒にカミラヴというゲームをやってるんだが、全然ハッピーエンドに行けなくて困ってるんだ』
いやあの人達もやってんのかーい。
そうだ、確かネブスペ2第三部で一番先輩がオライオン先輩と一緒に恋愛ゲームをやるイベントがあるはずだ。一番先輩はちゃんとそっちでイベントを回収してくれているようだが、多分一番先輩もオライオン先輩もそういう選択肢選ぶの下手そうだな。
「一番先輩。貴方ならその答えを見つけ出すことが出来るはずです。頑張ってください」
『何だとー!?』
まぁ助言しても良かったのだが、俺は原作通り一番先輩に何もアドバイスせずに電話を切った。何だかあっちはあっちで楽しそうだが、一番先輩にはハーレム系主人公になってもらうために頑張ってもらわなければならない。
俺は責任を持ってローラ会長を制御するから、俺を生贄に頑張ってくれよ、一番先輩……。
少しでも面白い、続きが読みたいと思ってくださった方は是非ブックマークや評価で応援して頂けると、とても嬉しいです!
何卒、よろしくお願いします!




